せめて、ベヒモスくらいで留めておこうよ。なんなんだよ、デモニック・ネメシスって。
二十九層から三十層へと続く階段が間近に迫った時――それは現れた。
襲い掛かってきた魔物に狙われた美雪を守るべく勇者の剣技で春翔が倒した時、攻撃が壁に命中した。
「全く……春翔! 加減を考えろ! そんな技を連発したら迷宮が崩落するぞ!」
「うっ……すみません」
ガルフォールが春翔を叱りつけ、春翔がバツの悪そうに小さく謝罪をする。
そんな春翔に美雪と花凛が駆け寄って苦笑いをしつつ慰める。……「もうお前ら三人がくっついたらどうだい?」と波菜はそんな光景を溜め息を吐きながら眺めていた。
「あれ……なんだろう? 壁の中に綺麗な何かが」
その時、崩れかけた壁の中でキラキラと輝く美しい鉱石が光を放っているのを美雪が発見したのである。
青白い輝きを放つ幻想的な水晶のような鉱石に美雪だけでなく女子生徒達も釘付けだ。
「ああ……そいつはローゼンインディゴ鉱石だ。そいつに鉱物的な価値はないが、宝石として珍重されてきているものだな」
「……胆礬に似ている気がしますけど、毒性とかはないんですか?」
「毒性はないと思うぜ? というか、毒のある鉱物とかあるのか?」
「貴族のご婦人やご令嬢に宝石として珍重されているような石みたいだからね。流石に10gから20gで致死量に達する毒のような性質を持っていたら流石に気づくのではないかな? ……どちらかというと、瑠璃に近いものだと僕は推測しているけどね」
「だったら、瑠璃が顔料ウルトラマリンの原料として使われているように、ローゼンインディゴ鉱石も顔料の原料として使えるかもしれませんね」
「これくらいの大きさなら普通に宝石として使った方がいいかもしれないけどな。ただ、屑石の使い道としてはいいかもしれない。まあ、そもそも発掘される時点で稀なんだけどな」
「だったら、俺達で回収しようぜ! 高く売れるみたいだしな!」
「まっ、待て! まだ安全確認が――!!」
ガルフォールの制止を聞かず、猟平は壁に埋まったローゼンインディゴ鉱石に触れる。
その瞬間――ローゼンインディゴ鉱石が青白い輝きを一層強く放った。辺りの魔力を急速に吸収したローゼンインディゴ鉱石は魔法陣という花を咲かせる。そして、その魔法陣は猟平だけでなく階層全体を飲み込むように広がり続け――。
◆
魔法陣によって無縫達が転移させられた先は奇妙な作りの部屋だった。
無縫達が立つのは丸い舞台のような場所。どうやら周囲は崖となっているようで、下は黒い闇に覆われている。
崖の向こう側には前方に三つ、後方に四つ、それぞれ地面がある。といっても、それらも直接は繋がっておらず、今、無縫達が立っている大地と崖の先を繋ぐものと同じ材質の石橋で繋がれているようだ。
前方と後方には二つの巨大な扉があるが、この状態で開くとは思えない。
(……迷宮第百回層。未踏領域……この形状はボスの間か。そして、アイツがこの階層の階層主)
悪魔の如き蝙蝠の翼を頭部分から大きく生やした純白と赤色の禍々しい姿形をした八頭身の化け物は物音に反応して前方の扉の前で目を覚ました。
自分の背丈に匹敵する巨大な槍を持った化け物は飛翔すると、無縫達をまるで神が下界を見下ろすが如く睥睨する。
「なんなんだ……あの化け物は!?」
人類未到達地点の魔物、それもエリアボスと思われる個体である。その強さは推してしるべし。
ガルフォールもその纏う圧倒的なオーラを見て、勝てる相手ではないと判断したらしい。
「ソレデハご覧ください?」
「……無縫君、全く関係ない侵略生物のトラウマをナチュラルに呼び起こすのはやめたげてよお! だよ。……というか、どちらかといえばカラーリングとか雰囲気は夢の蝶を逆に乗っ取った時の方に似ているんじゃないかな?」
「とりあえず、初手ブラックホールみたいな悪夢挙動はしなくて良かったね。……さて、敵は一体だがなかなか強敵そうだ。しかし、倒さなければ脱出は不可能。そして、この地形だと飛行できる敵の方が圧倒的に有利だ。困ったね」
百階層のエリアボス――デモニック・ネメシスが槍を構えた。その槍を半月状に一閃すると、半月状の斬撃が一斉に無数の槍へと変化して無縫達に殺到する。
「――ッ! なんつぅ攻撃だ! お前ら、受け止めるなんて考えるな! とにかく避けろ!!」
ガルフォールですら一つの槍を止めるだけで精一杯……下手をすれば押し切られるほどの圧倒的な攻撃。
それが、百、二百……千、万、数えきれないほど雨の如く降り注ぐ。
咄嗟に多重障壁魔法を展開しようとしていた騎士達を制止すると同時に、春翔達勇者パーティに無様を晒してもなんでもとにかく逃げろと指示を出すガルフォール。
しかし、悲しい哉――この場に逃げ道などない。
「……逃げる? どこへかな? この部屋を脱出する方法はただ一つ、アイツを討伐するしかない」
「正気か!? 無縫!! それとも、何か勝てる目算があるのか!?」
「そんなものはない! 奢りの滝珈琲!!」
デモニック・ネメシスが消えたと錯覚するほどの速度で逃げ遅れた女子生徒に肉薄し、高速で槍を放つ。
躱し切れない速度で放たれた槍を目視し、死を覚悟した女子生徒だったが、次の瞬間、彼女の視線が捉えたのは熱々の珈琲を頭上から掛けられて怒り心頭に発するといった様子のデモニック・ネメシスだった。
「お相手願おうか? 我々を見下すエリアボス殿!」
無縫の言葉が分かるのか、あっさりと挑発に乗ったデモニック・ネメシスは再び飛翔した。
上空で高速移動し、無数の分身を生み出したデモニック・ネメシスは槍を構えて次々と一団から抜け出した無縫に殺到する。
「――ッ! 無縫君!!」
「……遅いッ! 左、右、上……からの、バク転して……そこだ! 珈琲吸血樹!!」
ガルフォールですら見抜けない本物のデモニック・ネメシスを的確に見抜いた無縫の攻撃は……しかし、無情にもデモニック・ネメシスの強靭な皮膚に阻まれる。
「想定済みだよ! 珈琲樹剣!」
しかし、それも無縫の想定の範囲内である。素早くコーヒーノキで剣を作り上げて覇霊氣力を纏わせた斬撃を放つ。
流石にこれにはデモニック・ネメシスも耐え切れず、腹部に大きな切り傷を刻み込まれた。しかし、デモニック・ネメシスの頭の回転も素早く、すぐに無縫から大きく距離を取って体勢を整える。
デモニック・ネメシスも無縫を侮れない敵と判断したのだろう。今度は大きく距離を取った。
接近戦は危険……となれば、遠距離から物量で攻めるのが最善手。そう言わぬばかりに太陽と見紛う無数の巨大火球を背負い、一斉に無縫へと放った。
「たく、無茶苦茶な攻撃をしてきやがる! こっちは空中戦ができないっていうのによ!!」
無縫が本気を出せば容易に下せる相手ではある……が、実力を隠して討伐するのはかなり厳しい相手だ。
とにかくまずは攻撃をクラスメイト達から引き剥がすと言わんばかりに全力ダッシュで無縫は橋を駆使して戦場を駆け抜け、巨大火球を躱し続ける。
既にデモニック・ネメシスの眼中に無縫以外の姿はないらしい。
「ガルフォール殿、無縫君が引き付けくれている今がチャンスなんじゃないかい?」
「おおっと……人間業じゃない動きについ見惚れてしまっていた。――ッ! リューグ、ツヴァイ、マージェス! お前達は結界を張っておけ! いいかッ! 奴の気は完全に無縫に向いている! その隙を突いて一斉攻撃を仕掛ければ勝てるチャンスはある筈だ!」
ガルフォールが春翔達にテキパキと指示を出す中、一人囮役を買っている無縫はというと……デモニック・ネメシスの槍先から放たれる光条を躱しつつ、悪態を吐きながら戦場を駆け抜けていた。
「適性自体はかなり弱めだけど、アイツ、空間干渉系の力まであるのかよ!? 高速移動……に見せかけてショートワープしてくる上に、流石に長距離間を繋ぐことはできないものの時空の門穴とは別種の……ディメンションホールと呼ぶべきものまで使えるのかよ。しかも、ディメンションホールを複製する荒技でディメンションホールの中に振り下ろした槍の穂先を増殖させるとか、何それどんなバグ攻撃!? もう、天体や宇宙現象の名を冠する技とか連発してきても驚けないレベルだよ!! 絶対迷宮のエリアボスよりも良い就職先あるって!」
有能な勇者でも百回くらいは死んでいるレベルの攻撃をギリギリで躱しつつ、魔法で作り出したデモニック・ネメシスが創り出した降り注ぐ隕石を足場の代わりにして上空へと駆け抜け、再び剣に覇霊氣力を纏わせる。
「はいッ! 二撃目!! そして、三撃目!!!! そして、こいつは俺の奢りだ! 奢りの滝珈琲!!」
今度は二つ斬撃を浴びせ、その上で目眩しのつもりで熱々の珈琲を降り注がせる。
その珈琲の熱と水分が刻まれた傷に染みたらしく、デモニック・ネメシスが苦しむように奇声を発した。
「――もう一撃行けるかな? よし、目に四撃目だ! 視覚は奪ったぜ! ……っておいおいおいおい! 目が見えていないのに極大火球、放ってくるのかよ! 自爆特攻覚悟かッ!!」
「――無縫、大丈夫か!?」
「……まあ、ギリギリ? 帰ったら宿で休みたいかな?」
「……正直色々驚きしかないが、奮戦感謝する! 今から俺達全員で魔法をぶっ放す! それでトドメをさせればいいんだが……」
「……まあ、俺の攻撃じゃ高が知れているし、奴の炎との相性は最悪だ。――みんな! よろしく頼む!!」
ガルフォールの指示でクラスメイト達が一斉に魔法を放つ。
「ありったけを込めて切り裂け! 珈琲樹超新星剣!!」
無縫もそれに呼応するように降り注ぐ隕石の最後の一つを足場として一気に跳躍――覇霊氣力を纏わせて硬質化させた極大剣を一気に振り下ろした。
コーヒーノキ製の巨大剣は太陽を彷彿とさせる極大火球を切り裂き、その先に居たデモニック・ネメシスをも両断する。
その瞬間、無縫が見たのは背後から自分へと迫る火球だった。
無縫はニヤリと笑い、覇霊氣力を薄く纏わせて身を守ると火球をその身に受ける。そして、まるで意識を失ったかのように黒々とした奈落の底へと落下していくのだった。
◆ネタ等解説・二十二話目
胆礬
硫酸塩鉱物の一種。硫酸銅(II)の5水和物(CuSO4・5H2O)であり、水によく溶ける。加熱すると結晶水を失って白色粉末になる。
銅の化合物であるため、有毒。
『ポケモンSV』の目玉であるテラスタルと深い関わりがあるとされるキラーメ、キラフロルのモチーフの可能性が高い物質であり、無縫が名前を知っていたのもポケモン経由である可能性が高い。
「ソレデハご覧ください」
元ネタは『星のカービィ ディスカバリー』のボスラッシュのハードモードである「TheアルティメットカップZ」に登場するフェクト・エフィリスの強化形態、魂沌新種カオス・エフィリスの第二形態が使用する技の一つ。過去作における「ブラックホール」に相当する技。
ラボディスカバールの音声ガイド(CV高山みなみ)のトラウマ台詞でもある。
「やめたげてよお!」
元ネタは『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』に登場するベルのセリフ。
夢の煙を手に入れるために夢の跡地に入り込み、主人公との勝負に敗れてなおムンナに容赦なく蹴りを入れるプラズマ団員の外道な行為に対し発せられた。
「夢の蝶」
元ネタは『星のカービィ スターアライズ』で登場した『極楽の夢見鳥バルフレイナイト』。
ストーリークリア後にプレイできる、『星の◯◯◯◯ スターフレンズでGO!』の最終ボス。
ハイネス撃破後、一匹の蝶が飛来してギャラクティックナイトに成り変わり、蝶の羽を持つ真紅の騎士の姿でカービィと敵対する。
『星のカービィディスカバリー』でもストーリークリア後に解禁される『絶島ドリーミー・フォルガ』第七ステージ「フォルガトゥン・ランド」のラスボスとして登場し、『夢啜る極鳥』バルフレイナイトとしてカービィと敵対。更には真のラスボスである魂沌新種カオス・エフィリスの強化にも貢献した。
なお、開発側曰く「鳥」ではなく「蝶」の方が正しく、鳥の方は誤字らしい。今後の作品では修正される可能性も……。




