ルーグラン王国に戦争を仕掛けるムーブをしておいて、真っ先に攻撃するのがラーシュガルド帝国なんて訓練された読者以外誰も予想できないんじゃないかな?
庚澤無縫達の放送は当事国のルーグラン王国だけに留まらず様々な国に衝撃を与えた。
その中でも二つの大国――即ち、マールファス連邦とラーシュガルド帝国の対応は大きく分かれることになる。
マールファス連邦は速やかにこの戦争へと不干渉を表明した。
マールファス連邦もまた、白花神聖教会と同じエーデルワイスを信仰する東方白花正統教会を有する国ではあるが、東方白花正統教会と白花神聖教会は分たれて以降、互いに自分達の信じる神エーデルワイスこそが本物で、もう一つの教会が信仰する神はエーデルワイスの偽物、即ち偽神であるという認識が持たれている。
今回、無縫達は白花神聖教会の崇めるエーデルワイスを名指しで批判しており、それを、東方白花正統教会は白花神聖教会が崇める偽神エーデルワイスに対する批判並びに宣戦布告であると受け取ったようだ。
マールファス連邦もこのタイミングでの参戦は愚策と考え、情勢を見極めて可能であればルーグラン王国に侵略を仕掛けることで上層部の意見は一致した。
クリフォート魔族王国に対する敵意は今も変わらないが、多くの戦力が集まっているクリフォート魔族王国に今のタイミングで侵攻するのは愚策であると考え、戦争終結後、多くの戦力が国を去ってから攻撃を仕掛けようと考えていたのである。
といっても、マールファス連邦もルーグラン王国と同程度の戦力しか有していない。
勇者召喚に成功した現在の状況では、ルーグラン王国の方が寧ろ国の保有する戦力が優っている状態だ。そのため、クリフォート魔族王国に攻め込むにしても、なんらかの秘密兵器を用意する必要があると国の上層部は考えていた。
要するに、今は動く時ではない……というのがマールファス連邦の見解である。
そんなハイエナムーブを狙うマールファス連邦に対し、ラーシュガルド帝国はというと積極的な戦争介入の路線を選んでいた。
ラーシュガルド帝国は魔族との戦争中に傭兵団が興した武力での覇権を狙っている軍事国家だ。
完全なる実力主義で基本的に武力による世界支配を狙っているラーシュガルド帝国だが、脳筋一辺倒という訳でもなく外交での駆け引きもできない訳ではない。
今回のルーグラン王国を舞台とした戦争において、ラーシュガルド帝国はルーグラン王国側として参戦すると宣言した。
……といっても、ただ純粋にルーグラン王国と共闘する訳ではない。もし、ルーグラン王国が優勢ならば純粋に共闘して恩を売りつつ、戦力が低下したクリフォート魔族王国に攻め込むつもりでいたが、逆にルーグラン王国側が疲弊していたり火事場泥棒のようにどさくさに紛れてルーグラン王国を攻撃して弱ったところを支配する――要するにどっちに転んでもラーシュガルド帝国にとって旨みのある立ち回り方をするつもりでいた。
だが、その策略はたった一手で粉々に粉砕されることとなる。
「ルーグラン王国と大日本皇国の戦争に参戦して漁夫の利を狙うかぁ……まあ、なかなかの策ではあると思うよ。ただ、策略としては及第点かな? 戦争の当事国ならともかく、ラーシュガルド帝国は第三国だ。わざわざ派兵しなくても利益を得る方法は沢山ある。例えば、戦争終結後に調停者の役割を担えば、国内的な立場を更に強めることができるだろう。戦争終結の立役者になれるんだからね。他には、戦争という状態を利用して金を稼ぐということもできる。例えば、戦争に必要となる武器を売りつけたりとかね。人の命と金をかけて相手を叩きのめすよりも、そうした方法で外貨を獲得した方が安全で効率がいいと思うんだけどね、俺は。まあ、ラーシュガルド帝国の考えている漁夫の利戦法も戦争状態を利用しているという点では似たようなものかもしれないけどね。丁度第一次大戦において連合国側で参戦した大日本皇国がヨーロッパに派兵して直接ドイツ帝国を攻撃するのではなく近場で植民地になっている中華民国の領土に派兵して袁世凱に二十一か条の要求を突きつけたように。大日本皇国はドイツ帝国の力を削りつつ、自国の利益も手にすることができた。まさに、一石二鳥とはこのことだろう。少し状況は違うけど、まあ、ある意味似たような状況かもしれないね」
ラーシュガルド帝国の上空の空間が歪み、時空の門穴から二人の男女と一人の妖精が姿を見せたのである。
少年達がラーシュガルド帝国の宮殿の中庭に降り立った瞬間、騎士達が一斉に中庭を取り囲み、臨戦態勢を整える。
「――何故ここにいる! 庚澤無縫!!」
純魔族の美少女やその肩に止まる妖精については見覚えが無かったが、その少年の正体だけは騎士達にも分かった。
庚澤無縫――ルーグラン王国に宣戦布告をした大日本皇国の政府高官にして、ルーグラン王国の召喚勇者【神の使徒の裏切り者】。
それが何故、このタイミングでラーシュガルド帝国に現れたのか?
宮殿を守るべく臨戦態勢を取った騎士達も理解できずにいた。
「ちなみに理由は二つあるけどどっちから聞きたい?」
たった一瞬にして、まるで瞬間移動をしたかのように声を発した騎士の真横に現れ、鎧に包まれた肩をポンと叩いた無縫がにこやかに尋ねる。
それは、「お前ら程度、一瞬で殺せるんだよ?」という宣言に他ならなかった。
「って言われても、どっちがどっちか分からないなら選びようがないか? まずは、分かりやすい方からいこうか? ルーグラン王国が戦争状態になった時、他の二国がどう立ち回るのか……ってのは割と重要でね。戦争に注力したいから余計なちょっかいを掛けられたくはないし、不穏分子は潰すに限るでしょう? こういう時に多分マールファス連邦は動かない。でも、ラーシュガルド帝国はこういう時に積極的に戦争に介入するんじゃないかと思っていたんだ。で、案の定ラーシュガルド帝国が参戦を表明したから先んじて邪魔者を潰しに来たってことだね」
「――この帝国に、たった三人で!? 我らを愚弄しているのか!?」
「いや、だってこんなにあっさりと宮殿まで攻め込まれているんだよ? 正直、俺一人で十分だったけど、放っておくとどこかにギャンブルしに行きそうな莫迦二人を目の届く範囲に置いておくために連れてきたってだけのこと」
「……酷いな、無縫! 我らが信用できぬというのか!?」
「信用できる訳ないでしょ? 過去を顧みろよ!」
「我は過去を振り返らない! 未来に生きる女なんじゃ!」
「私もね!!」
「だから、学習能力がなくて何度も同じ失敗をするんだよ。……まあ、この二人も戦力は無駄に高いから多分一人でも国崩しRTAの上位は狙えると思うよ」
「それって賞金出るの? 出るならチャレンジしたいんだけど?」
「出る訳ないし開催もしねぇよ! シルフィア、お前はくだらないこと言ってないで借金をはよ返せ!!」
「酷ーい! 無縫君!」
「そして、もう一つの理由だが……それを説明するには役者が足りないなぁ。ここに皇帝を呼んでこい」
「――ッ! 貴様ッ!! 礼儀を弁えろ!!」
「立場が分かってないようだね……君らは選べる立場じゃないんだよ」
次の瞬間、騎士の瞳は真っ青な空を映した。状況の変化に戸惑っていた騎士だが、その視線はゆっくりと下降し……地面を映し出したところでぶつりと途切れる。
「……えっ?」
騎士の疑問の言葉は、しかし、口から発せられることはなかった。最後にボトリという小さい音が耳朶を打ち……その後はまるで暗い闇の中に閉じ込められたように音も光も聞こえなくなってしまう。
「――ッ!! 貴様ッ!! ――よくも!」
無縫の放った手刀が騎士の首をフルプレートの鎧諸共切り裂いたのだ。
唐突に訪れた仲間の死に……誰一人としてその状況を理解できず僅かな時間の間、本当に時が止まったかのように無音の時間が過ぎていた……が、理解を超えた状況の理解が終わり、思考力が戻ってくると、騎士達は憎悪を無縫に向け、怨嗟の声を叫ぶ。
「――ああ、それがお望みなら、全員を地獄に送ってやろうか?」
「――庚澤無縫を殺せッ!! 決して宮殿に近づけさせるなァ!!」
騎士達は一斉に抜刀し、無縫の方へと迫る。
一方、無縫の方もどこからともなく太刀を取り出し、臨戦態勢を整える。
あわや一触即発……のタイミングで宮殿の中庭に威厳ある声が響いた。
「双方武器を収めよ!!」
精悍な顔立ちに、鎧の上からでも分かる筋骨隆々な肉体。
皇帝というよりも、どこかの戦士のような男は圧倒的な威圧感を纏い、無縫達の前に現れた。
「庚澤無縫だな。お前が探している皇帝、ガフェイル・ドーヴァイル・ラーシュガルドとは俺のことだ」
「案外早い登場ですね。流石は武の皇帝、逃げも隠れもしないってところでしょうか?」
「これ以上、お前に殺されたら困るからな! それくらいなら、この国で一番強い俺が自ら出て戦った方が建設的だろ? まあ、即刻殺す気があるって訳ではないようだが……」
「この騎士を殺したのも一触即発の空気になって騎士達との戦闘が激化すれば皇帝が出て来るしかなくなるんじゃないかと狙ったものですからね。……まさか、こんなにもあっさりと現れるとは思いませんでしたが」
「で、わざわざ俺を呼び出した理由ってのはなんだ?」
「……大日本皇国の同盟国であるクリフォート魔族王国に騎士団を差し向けたこと、覚えていますか?」
「ああ、勿論だとも。その報復に同盟国の大日本皇国がやってきたってことか?」
「いや、クリフォート魔族王国への被害はないからね。そういうことじゃなくて、疑問に思っているんじゃないかと思って……消えてしまった騎士団の者達がどうなったのかって?」
「……てっきり皆殺しにされたと思っていたが、捕虜にされたってところか? それを、連れてきたと?」
「まあ、当たらずとも遠からずってところかな?」
無縫はニヤリと笑い、天へと手を伸ばす。
次の瞬間、無数の時空の門穴が出現し、空から立方体が降り注いだ。
「さあ、交渉タイムと参りましょうか? フェイル皇帝陛下」
◆ネタ解説・二百九話(ep.210)
・戦争という状態を利用して金を稼ぐということもできる
ゆっくりまっちゃ氏の「ロマノフ王朝と消えた金塊:帝国滅亡と金塊奪取編」の魔理沙の戦争論が着想元。




