もう二度とギャンブルはしないようにというお仕置きのために熱々のお湯と氷水に突っ込んでいるのに、温度差で整ったら意味ないでしょ!! もう、なんなんだよォ!!
オスカーとベアトリンクスと『黄金の塔』の本拠地にある応接室で会談を終えた無縫は瑠璃の姿に変装してフィーネリア達と共に『カジノ・オメガ』へと向かう。
そこで彼らを待ち受けていたのは……。
「――ッ! また負けたじゃと! だが、次こそは――」
「こっから一発逆転だよ!!」
目を血走らせてギャンブルに打ち込む魔王の娘と妖精と、そんな二人を止められずに崩れ落ちているレイヴン、現実逃避をして天井をボーッと見つめているレフィーナの姿があった。
そんな二人に流石に同情したのだろうか? 黒服やディーラーやバニーガールといったカジノの従業員達が気遣いの言葉を掛けていた。
「……おい、クズ共!」
その声は、可憐な少女から発せられたものとは思えないほど恐ろしく、地面を這うように響いた。
ゲームに興じていた客達も従業員も思わず、瑠璃の方に視線を向けてしまう。
「む、無縫! 次こそ、次こそ勝てるのじゃ! これで大逆転!!」
「それで勝てたことが今までありましたか? ……無かったよなぁ? カジノってのは、本来ビギナーズラックで最初は勝てるようにできているんですよ、システム的に。それで、次も勝てると思わせてそこから搾り取るのがカジノの手法なんです。惜しいところまで行ったと、目の前に多額の儲けをちらつかせてね。……で、そのビギナーズラックですら負けたんですよね? 本当になんで懲りないんだか」
瑠璃は無詠唱で魔法を発動し、ヴィオレットとシルフィアを椅子から浮き上がらせる。
「浮遊」の魔法を用いて席から強引に引き離すと同時に時空の門穴を展開する。
その時空の門穴を通って現れたのはグツグツと煮え沸る熱湯が張られた釜だ。
下からは火魔法によって生み出された炎が燃え盛り、お湯を更に加熱している。
その中に躊躇なくヴィオレットとシルフィアを頭から突っ込み、瑠璃は「ふぅ」と溜息を吐いた。
「……る、瑠璃さん! お止め下さい!! カジノの中で死者を出されると今後の営業に差し障りが――」
無縫が二人を殺す気なのではないかと思ったのだろうオスカーが、『黄金の塔』の本拠地の大事な収入源である『カジノ・オメガ』を事故物件にする訳にはいかないと瑠璃を説得しようとするが。
「ぷふぁー! 流石にこの程度で死にはしないぞ!!」
「シルフィアちゃんを舐めるんじゃないよ!! こんな大釜で煮込まれたところで痛くも痒くもないわ!! 少し熱いけど……」
「一応、百度まで加熱している筈なんですけどね……本当にタチ悪いよなぁ、お前ら」
当然の如くヴィオレットとシルフィアは生きていた。
平然と顔を出して、まるで「熱々の湯を楽しむ」温泉客のように顔を少し赤らめつつ勝ち誇ったような笑み浮かべる。
「時空の門穴」
そんな二人に青筋を立てつつ、瑠璃は躊躇なく時空の門穴を開く。
その時空の門穴を通ってキンキンに冷えた水の中に無数の氷が浮かぶ極寒の氷水が張られた釜が現れた。
「浮遊」
瑠璃は躊躇なく「浮遊」で持ち上げた。
濡れた服がほんのり透け、身体にピシリと張り付いて美しいボディラインを艶かしく強調する。
ほぼ一瞬の出来事であったがヴィオレットとシルフィアの扇情的な姿を目の当たりにした男性従業員達や男性客達の目にはその一瞬が焼きついてしまったのだろう。中には衂を出して倒れてしまった者もいるようだ。
「……まさかの二段構えじゃが……これはこれで良いなぁ」
「これが整うという感覚なんだね!」
熱々のお湯から氷水に一瞬にして突入させられた二人だが、心臓に寒暖差で激しい負荷が掛かって大きく疲弊するかと思いきや、二人はサウナ水風呂外気浴をして整うサウナーのように整ってしまったようだ。
これは流石の無縫……じゃなかった、瑠璃も想定外だったようで「ちっ」と舌打ちする。
恥じらいもないのか、ヴィオレットとシルフィアは服が透けていることも気にせず氷水の張られた釜から出た。
「……本当にお前ら恥じらいを持てよ。というか、自分達のプロポーションに自信があるのか知らないけど、実際にやっていることって公共の場での猥褻物陳列だからな。【乾燥】」
「誰が猥褻物じゃ! 絶世の美少女の美しい身体を見れて大満足じゃろ!!」
「……呆れてものが言えないよ」
折角のご褒美シーンが【乾燥】で一瞬にして没収されたことで男性陣が心の底から残念そうにしていた。
そんな分かりやすい態度を取る男達にレフィーナや女性従業員達がジト目を向ける。
「お久しぶりですアリアさん」
ヴィオレットとシルフィアを鎖でぐるぐる巻きにしてから、「封印」と書かれた禍々しいお札を貼り付けて動きを封じた後、無縫は顔見知りのパニーガールに声を掛ける。
声を掛けられたアリアはまさか自分に声が掛けられるとは思っていなかったのは驚きのあまり「はっはい! アリアです!」と彼女らしからぬ返答をした。
「あの莫迦二人の借金ってどれくらいですか?」
「はっはい、お調べします! オーロラチップ、五枚ですね」
「では、こちらをお支払いしますね」
アリアの目の前に時空の門穴を開き、カウンターの上に金貨五十枚を降らせた。
「はっ、はい……確かに丁度ですね」
あっさりと全額二人が作った負債を支払われたことに嫌な予感がしつつも、アリアは金貨を一枚ずつ確認してから一纏めにして店の奥へと戻っていき、金貨を片付けてきた。
「ところで、二人がギャンブルをしている姿を見ていたら私もギャンブルがやりたくなりましてね。オーロラチップをこの金貨で購入させて頂いてもよろしいでしょうか?」
戻ってきたアリアの目の前に新たに十枚の金貨を置く瑠璃に、アリアは青褪めて支配人であるオスカーや、カジノの責任者であるゾーラタに助けを求めるように視線を向けた……が二人とも目を逸らした。
次にベアトリンクスに、最後に同僚達に視線を向けるが誰一人アリアと目を合わせてくれる者はいなかった。
「……申し訳ございませんが、お売りする訳には」
「アリアさんはこのカジノに来たばかりの時に色々と親切に教えてくださいました。お優しい方だと思っていたのですが……」
「そ、そんな目で見ないでくださいよ! わ、私だって……こんなことしたくないんです! でも、カジノに莫大な不利益をもたらすことなんて、で、できません!!」
「アリアさん、諦めた方がいいわ。……この莫迦二人にギャンブルをやらせた時点で、瑠璃さんは誰にも止められなくなるのよ。瑠璃さんには自分の負債の埋め合わせをしなければならないっていう大義名分が与えられてしまったの」
「フィーネリア! 誰が莫迦じゃ! 酷い言い草じゃ! 断固として抗議するのじゃ!!」
「そうだそうだ!! 私達は莫迦じゃないよ!!」
「……それでしたら、交渉するしかありませんね。瑠璃さん、どこまで稼いだら満足して頂けますか?」
「私は最低支払った金額の三倍は回収することにしています」
「……『黄金の塔』のボスのオスカー様ですよね。一従業員として過ぎたことを申し上げることを承知で申し上げます。オーロラチップ二十五枚までギャンブルを許可することを条件に、オーロラチップを売ってもよろしいでしょうか? ……勿論、私が決めてしまった責任はしっかり取ります。私のことはどうぞお好きなようになさってください。覚悟はできていますわ」
「……そのようなことをするつもりはありません。寧ろ、お礼を言わなければならない立場です。よくぞ、この恐ろしいお客様相手の交渉を引き受けてくださいました」
「……私の扱いが酷くありませんか? オスカーさん」
「……後ほど、相応の報酬をお支払いさせて頂きます。オーロラチップを交換してあげてください」
アリアは金貨を受け取り、オーロラチップを一枚瑠璃に手渡した。
緊張で手が震えながらも仕事をやり遂げたアリアに従業員達だけでなく客達やマフィア達からも尊敬の眼差しが向けられる。
「お久しぶりです、ゾーラタさん。その後、傷は癒えましたか?」
「まだまだ貴方にやられた傷がズキズキと痛みますよ。……それで、俺にどのような用ですか? 物凄い嫌な予感がするんですが」
「いい勘していますね。前回のギャンブルで私、相当ディーラーの方々から苦手意識を持たれていて誰も勝負に乗ってくれないと思うのですよ。そこで、ゾーラタさんにゲームのディーラーをお願いしたいと思いまして」
「いやいやいやいや! 責任重大じゃないですか!! 完全に負けまくって戦犯扱いになりますし、ボスに処分されちまう!!」
「……そんなことはしないよ。ゾーラタ、健闘を祈っている」
張り付いた満面の笑み(なお、心の中では最悪の状況に発狂していたりする)を浮かべるオスカーにがっくりと肩を落とすゾーラタだった。
なお、結果は当然ながらゾーラタの完全敗北となった。
◆
ゾーラタとのギャンブルでヴィオレットとシルフィアの負債を遥かに超える利益を得た瑠璃はヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、レフィーナ、レイヴンと共に帰り支度をしていた。
ちなみに、レイヴンは未成年の学生ということもあってギャンブルには参加せず、フィーネリアは前回のギャンブルで懲りているので参加せず、同じくヴィオレットとシルフィアの負けっぷりを見て「ギャンブルなんてやるものじゃないわね」と改めてギャンブルに手を出さないことを堅く誓ったレフィーナと共にマジックを見ていた。
ちなみに、レフィーナやレイヴンといったクリフォート魔族王国出身者の話に興味を持つ者が多かったようで、マジックの合間に二人は客達や従業員の一部から質問責めにあっていた。
「……ああ、そうだ。一つ聞き忘れていたのですが、大日本皇国はブルーベル商会を通じてクリフォート魔族王国と取引をするつもりなのですよね? この都市にも支店を置いて頂くことはできないでしょうか?」
異世界の技術は魅力的だ。「是非とも恩恵に預かりたい」と希望を無縫に伝えるオスカーだったが、瑠璃は首を横にする。
「オスカーさんとベアトリンクスさんのことは心から信頼しています。しかし、ここは無法都市。非合法の地域です。流石にそのような場所に支店を出してもらいたいなんて言えませんよ。……まあ、クリフォート魔族王国にはお二人の希望を伝えておきますので、今後は【悪魔の橋】を超えて交易が可能になるかもしれませんね」
「まあ、私は魔族だし自由に行き来できるからようござりんすけど」
「……やはり、人間側にも支店は欲しいところですね。我々ではハードルが高過ぎます。ルーグラン王国辺りに支店があると利用しやすいのですが」
「まあ、戦後の統治とか細かいことは決まっていませんし、王侯貴族や教会はどう処分するのとか、その後の統治はどうするのか決めなければならないですからね。恐らくクリフォート魔族王国の保護国として今後は統治することになるでしょうが、そうなれば遠くない未来にブルーベル商会の出展も可能かもしれませんね」
オスカーに未来の可能性を伝え、僅かな希望を与えると瑠璃達は時空の門穴を開いてクリフォート魔族王国へと戻る。
ちなみにその後、ゾーラタの指示によりヴィオレットとシルフィアの絵姿を添えた書類が無法都市中のカジノに配られ、ヴィオレットとシルフィアの二人は無法都市全面出禁措置を受けることとなった。……まあ、致し方ないよね。