クリフォート魔族王国での激闘を終えて……。前篇
テオドア達との会談を終えた無縫はリリィシアと共に他の面々と分かれてシトラスの執務室に向かった。
ちなみに、大田原達は大日本皇国に一度戻り、ヴィオレット、シルフィア、リリスの三人はひと足先に宿屋『鳩の止まり木亭』へと戻っている。
執務室に到着したところで、シトラスは二人に席につくように促した。
そして、執務室に併設されている給湯室に向かうと手づから飲み物を淹れて無縫とリリィシアに差し出した。
それは、なんと珈琲だった。異世界ジェッソに来て初めての現地の珈琲に無縫は思わず目を見開く。
「以前、美味しい珈琲をご馳走になりましたのでそのお礼も兼ねています。お口に合えばいいのですが……」
クリフォート魔族王国に珈琲を嗜む文化はない。恐らくシトラスが激務の合間に探して見つけ出したのだろう。
その努力に感謝をしつつ、無縫は一口味わい、「美味しいですね」と感想を口にした。
「では、まずそちらの要件からお聞きしましょう。魔王陛下への謁見の件では私の我儘を聞いて頂きましたから、その埋め合わせとして私の叶えられる要望であれば叶えさせて頂きます」
「まだこの話は関係者や当事者にもお話ししていないことなのですが……私の友人にタタラというドワーフの職人がいます。主に聖剣や魔剣の製造を手掛ける優れた職人で、人間と敵対関係にある亜人種族でありながら戦争時代には異世界ハルモニアという世界のルビリウス王国の庇護下に置かれ、人間側に協力して聖剣の製造を行ってきました。その功績が認められて先代スミスは儀仗剣としての聖剣を国に収める役割を与えられて国費により戦争後も保護されてきました。しかし、人間と魔族の対立が集結し、亜人種族も社会の一員として認められた今、武器の需要はほとんどありません。仕事を与えるために聖剣以外の武器の製造をスミスに依頼し、その対価として生活費を支給してきましたが、戦後ほとんど役に立たなくなった武器を買い続けることへの疑問が主に革新派、左翼系の新興貴族の者達を中心に上がっています。実際、王権の証の宝剣は先代スミスに修復され、聖剣を儀仗剣として使う機会も減ってしまったため、スミスの一族を囲い込む必要性は薄れました。その一方で、保守派の右翼系の古参貴族達の多くは『貴重な職人を手放すことで将来的にルビリウス王国が困る可能性がある』と考え、スミスとの契約の継続を王家に求めました」
「……貴重な技術の断絶を恐れる古参貴族の考えも膨らむ不必要な出費を減らしたい新興貴族の気持ちも、どちらもよく分かります。難しい話ですね」
「そんな矢先に、タタラさんの父親である先代スミスが死去。タタラさんはスミスの名を継承しました。……そんな彼女はボロボロの寒々しい工房で生活し、ただひたすらに鉄と向かい続ける孤独な日々を送っています。タタラさんの立場はかなり危ういものです。そんなタタラさんに俺はリリスさんが魔王を目指すにあたり必要な魔剣の生産を依頼し、その後紆余曲折あってこの異世界ジェッソに彼女が来ることになりました。特に宿屋『鳩の止まり木亭』の看板娘のスノウさんと友情を結び、二人で一緒にいる時はとても楽しそうです。……しかし、やるべきことが終わればまたタタラさんは戻ってしまう。あの冷たい工房に。それに、スノウさんも宿を手伝っていて同世代の友人は少ないですから、折角恵まれた友情がそこで断絶してしまうのはあまりにも悲しいことだと思います。そこで、俺はタタラさんの工房をバチカル区画に移転させたいと考えています」
「……ほう」
その言葉を聞き、シトラスの目が細められる。
「こちらにいらっしゃるリリィシアさんのブルーベル商会が出店すれば、空間魔法での輸送が可能になるため距離の問題は解決します。武器の需要はクリフォート魔族王国を始め、世界中にまだまだありますから、仕事に困るということもないでしょう。これまでルビリウス王国が支払っていた生活費については打ち切り、今後はブルーベル商会を通じて必要に応じて依頼されたものを納品するという形にすれば、ルビリウス王国の出費も減らせます」
「……しかし、ブルーベル商会が噛むとなれば当然手数料が発生することになるのでは?」
「ルビリウス王国からタタラ様への依頼のうち、聖剣や王権の証の製造や修復については手数料は取らないことをお約束するつもりです。そうすれば、今後もタタラ様の技術を頼りつつ、一定の距離感を維持することができます。タタラ様もルビリウス王国への恩義に縛られず自由に製造ができるようになりますので、彼女の才能は更に羽搏くことになると私は考えておりますわ」
「……なるほど、そういうことであればルビリウス王国側にも利益がありますし、我々が恨まれるようなこともなくなるでしょう。我々も優秀な職人を国内に招くことができるのはありがたいお話しですし……そして、何より折角結ばれた友情を守ることができる。とても良い考えだと思います。バチカル区画の領主であるメープルと交渉して、土地の用意の方はこちらでさせてもらいます。丁度、ブルーベル商会の出店場所も決めなければなりませんからね。……そうですね、店舗の一つはバチカル区画に置くのが良いでしょう」
「感謝致しますわ」
「無縫殿にはルビリウス王国の説得とタタラ殿へのお話をお願いします」
「勿論です。ご理解とご協力ありがとうございます、シトラス宰相閣下」
「いえいえ。……さて、こちらの要件をお伝えしましょうか? といっても、そう身構えるようなことでもありません。単なるアンケートです。今回、無縫殿は十人の魔王軍幹部を撃破し、四天王や魔王とも戦いを繰り広げました。そこで、今後の『頂点への挑戦』運営のブラッシュアップや、魔王軍関係者の能力向上のためにいくつか質問をさせて頂きたいと思っています」
「……大変なお仕事ですね」
「クリフォート魔族王国の発展のためには必要不可欠な仕事ですからね。……では、まず魔王軍幹部の中で最も印象に残っている方はどなたですか?」
「どの方もかなり印象に残っている感じですね。……折角なので、魔王軍幹部、魔王軍四天王、魔王陛下、一人ずつ印象と感想を述べましょうか?」
「印象に残っている方、戦いやすかった方、苦戦した方、好きだと感じた方を一名ずつ聞こうと思っていましたが、折角ですのでお言葉に甘えてお一人ずつお聞きしてもいいでしょうか? まずは、バチカル区画のメープルからお願いします」
「第一印象はほんわかとしたお姉さんだと感じました。最初のバトルということで手加減を求められているということでかなりフラストレーションを溜めていたご様子だったのが強く印象に残っています。難易度調整については新規の挑戦者に優しい仕様だとは思いますが、二回目以降のチャレンジャーもいますから、難易度を選べるようにしてもいいかもしれないと感じました。肝心の戦闘についてですが、ナックルダスターを使った白兵戦はそこまで脅威に感じませんでした。印象に残っている技は『猛毒の針千本』と、『劇毒纏う拳』、『猛毒の針千本』の攻防一体の技は強力で、並の挑戦者であれば突破は難しいかもしれません。それを守りではなく攻撃のための武器として扱い、複数の『猛毒の針千本』を的に向かって放つという作戦もなかなか素晴らしいアドリブだったと感じました。『劇毒纏う拳』の方は狙いこそ単純でしたが、劇毒は脅威的な力を持っていたのでまともにやり合っていたら危なかったでしょう。毒は千変万化、様々な形に姿を変えますから、もっと様々な技を編み出されるといいのではないかと思っています」
「ほうほう……では、続いてエーイーリー区画のエスクードについての感想をお願いします」
「やはり一番印象に残っているのはエーイーリー区画で魔王軍即応騎士団のメンバーと共に総出の出迎えを受けたことですね。敵対の意思があるのかとヒヤヒヤしました。アンデッド系でありながら聖属性に耐性があり、実質弱点がないのも強いポイントですね。元聖職者ということでエスクードさんを撃破した魂を消滅させる神聖魔法である浄魂滅壊も習得できる可能性があります。圧倒的な防御と強力な聖属性魔法が組み合わさった時、どんな成長を遂げるのか個人的にはとても楽しみな人材です」
「ほうほう……では、シェリダー区画のアルシーヴについての感想をお願いします」
「まず試練についてですが、図書館長室を探すという内容である都合上、二回目以降はほとんど試練の意味を成していない点が問題だと思います。俺みたいに感知能力で場所を特定するような挑戦者にも意味が薄いですから、試練の見直しは行うべきかなと思いました。アルシーヴさん本人の強さについて言いますと、固有魔法の【不可視の天地雷原】は探知スキルや魔法でもその位置を知ることはできませんし、存在を知っていても対処方法がほとんどありませんからかなり凶悪だと思います。また、知識が豊富で様々な魔法を習得していますは手札が多いのも強みです。異世界との交易が更に増えれば新たな知識も入ってきますから、様々な知識を得てどんな風な成長を遂げるのかとても楽しみな方ですね」
「ほうほう……では、アディシェス区画のラピスについての感想をお願いします」
「ランウェイを利用した試練は独創的で、とても面白かったです。ただ戦闘力を鍛えればいいのではなく、用意されたルールの中でいかに上手く立ち回るかという柔軟さが求められたいい内容だと思います。ファッションの街であることを最大限活かしていて、アディシェス区画も出ていたとは思います。まあ、試練はどれもそれぞれの個性が出ていて面白いものばかりでしたけどね。シェリダー区画の試練についてはあれこれ言いましたが、初見ではなかなか難易度が高くワクワク感もあるものだと思いますよ。後はパンを焼く体験があったりと、魔王になる以外の道があることを学生のうちに知ることができるような環境作りがされていて、よく練られているなぁ、と感じる場面が多かったです。ラピスさんについては、蜘蛛脚族の女王の種族特性である糸を発展させ、属性攻撃なども交えて完璧と言えるレベルまで仕上がっていました。糸使いは暗殺特化とイメージが強いですが、新たな可能性のようなものを見せてもらえたような気がします。既に完成されているので特に言うことはありませんね」