クリフォート魔族王国……否、異世界ジェッソの命運を変える会議。後篇
その名を聞き、テオドア、レイン、ゼクレイン、ベンマーカ、コクリコの五人は衝撃を受けて固まる。
それも致し方ないことだろう。
全ての魔族の生みの親である夜と闇を象徴する神ベンタスカビオサ。
基本的にはそれぞれの種族で独立しており、種族全体としての仲間意識が芽生えたのも初代魔王ジュドゥワード・サタナキア・ヒュージスが魔国統一を成し遂げてからである。
それまでの長きに渡る種族対立の暗黒戦争時代を考えれば、ごくごく最近の出来事。しかし、それ以前から魔族という種族には一つの共通項が存在していた。それが、生みの親であるベンタスカビオサへの信仰である。
人間達のように宗教組織を築き、強固な信仰を根付かせることは無かったが、今なお魔族内の様々な種族に信仰され、生活の一部となって溶け込んでいる。
そのあり方は、西洋的な信仰の形態に近いエーデルワイスを信仰する白花神聖教会や東方白花正統教会とは近い、大日本皇国の古い信仰――神道のような位置付けにあると言えるだろう。
ただ一人、クリフォート魔族王国側の中で例外なのがシトラスだが、彼女は初代魔王に対しても己が筋を通そうとするような剛の者である。例外中の例外と言えるだろう。
『初めまして、皆様。創世に関わった神の一柱ベンタスカビオサと申します』
「……ジュドゥワード、どういうことかしら? なんで、貴方が神話に語られるような神様と友人なのよ!!」
「まあ、昔色々あってな。面倒だからそういう話は割愛させてもらいたい」
「……全く、貴方というお方は。しかし、まさか我々の祖たる魔神様に拝謁できる機会に恵まれるとは、恐悦至極に存じます!」
「……そんなに凝縮するようなことだろうか?」
「「恐縮することに決まっているでしょ! このお莫迦!!」」
ベンマーカとコクリコが二人揃ってジュドゥワードにツッコミを入れる。
『私は魔族の生みの親と言える存在です。に生じていた魔力と動物などの融合させることで魔族や魔物と呼ばれる存在を生み出しました。全ての生命が自然に競争する社会こそが美しいと考え、多様性を創り上げましたが、その後は私のような存在が必要以上に星に関わることで生じる悪影響を考え、世界への干渉を避け神として地上を見守ることにしました。他にも創世に携わった神は数多いましたが、そんな神々の多くは私と同じ選択をしました。しかし、たった一柱だけ干渉を続けている女神がいます。それこそが、エーデルワイスです。遊戯の神である彼女は世界を遊戯盤に見立て、魔族と人間を対立させ、その戦争に干渉することでゲームを楽しんできました。……本来であれば、我々のような神が責任を持って止めなければならないことなのでしょうが、私はそれも魔族達の試練であると考えて黙認してきました。しかし、流石に異世界の無関係な人間を巻き込む異世界召喚は一線を超えています。多くの神々は創世後に眠りにつきました。残っているのは私だけ……相手も年若いとはいえ創世に携わった女神です。例え刺し違えても、彼女の考えを変えなければ……と、そう考えて行動に移すことを考えていました。そんな矢先に現れたのが庚澤無縫殿です』
「まあ、つまりエーデルワイスをどうにかしたいという点において、ベンタスカビオサと俺の考えは一致していたということですね。ただ、エーデルワイスに対するスタンスが、俺は元凶である彼女を殺害することでルーグラン王国や白花神聖教会に対する考え得る最も効果的な嫌がらせをしたいと考えているのに対し、ベンタスカビオサは同胞であるエーデルワイスの命までは取りたくないというなんとも甘い考えを抱いていました。正直、クリフォート魔族王国との国交樹立もテオドア陛下を倒せばこうして交渉の席につけることが確約されているのですから、お二人の話を聞くメリットもありません。ほとんどやるべきことが終わったところで突然、神の権威を提げてきて何の見返りもなく、相手は本気で殺す気でくるというのに同胞を助けるために手心を加えろなんて言ってくるんですから、流石に殺意の一つも湧きますよ」
「……至極当然のことですね。交渉とは、反対側の天秤に乗せる対価があるからこそ成立するもの。神の権威を振り翳し、自分の目的に協力しろなどというのであれば、それはエーデルワイスとなんら変わらないのではありませんか?」
『……本当に弁解のしようもございません』
「まあ、無縫殿やシトラスが言うことが全面的に正しいとして、流石に創世に携わった神様相手に本当によく言えるよなぁ……ズケズケと」
「生憎と無神論者なので」
「俺も神の存在していることは認識しているけど、特別敬ったりとかしていないからなぁ……。で、対価として天秤に乗せられるものは何かって、聞いたらお二人とも何もないって仰るんですよ。流石に笑えてきました。そのまま二人を無視して帰っても良かったんですが、その時天啓なのか名案が降ってきましてね。なので、二つの条件を対価としてベンタスカビオサの願いを叶えることにしました」
「……完全に立場が逆転しているなぁ。それで、対価というのは一体どういうものなのかな? クリフォート魔族王国が払うのであれば、俺も色々と考えないといけないが」
「……じゃあ、逆に吹っ掛けたら払ってもらえますか? 国家統一という大仕事は成し遂げたものの、やりたいことだけやったら魔王の仕事を部下に押し付けてトンズラこいたこの魔王の風上にも置けない男のために?」
「無縫殿! もっと! 言ってやってくれ!!」
「流石に酷過ぎると思うぞ、ベンターカ!」
「まあ、流石に対価の支払いは拒否したいな」
「そう仰ると思って、対価はお二人に払ってもらうことになっています。では、対価とは何か。一つ目は今回の会談において、クリフォート魔族王国と大日本皇国の同盟締結及び各種条約への調印に向けた説得への協力……まあ、これに関しては二人ともあんまり力になってもらえませんでしたけどね」
「私抜きでも交渉は順調だったし、わざわざ口を挟む必要もなかったからな。……今代の魔王殿、どうか私やベンタスカビオサの顔に免じて大日本皇国との国交樹立や条約締結を前向きに検討してもらいたい」
「……元々前向きに検討するつもりだったが、流石に魔神様と初代魔王陛下に頼み込まれたら、断る方が難しいな」
「まあ、そっちは別に大したことがないので大丈夫です。重要なのはもう一つの条件ですよ。今回、ベンタスカビオサから提案されたのはエーデルワイスの命を助けることです」
「そうだな……何か凄い嫌な予感がするんだが」
ここで改めて無縫が条件を確認したことに嫌な予感を感じたのだろう。
テオドア、ゼクレイン、ベンマーカ、コクリコ、リリィシアの顔が引き攣った。
「つまり、逆に言えばエーデルワイスの命以外は如何様にしてもいいってことですよね?」
「そうはならんやろ!」
「なっとるやろがい!!」
テオドアのツッコミに素早く無縫が定型分のツッコミを入れる。
「まあ、エーデルワイスの良い使い道が思いついたので、彼女をボコボコにした後にその身柄も我々内務省の方で引き取りたいという話です。……そもそも、ヴィオレットの莫迦がやらかさなければ間違いなくこいつは魔王国ネヴィロアスの次の魔王になっていたんですよ! それが、国民が集めた血税をギャンブルで全部溶かすというとんでもない事件を起こして支持率が地の底に落ち、リリスさんが魔王に立候補せざるを得ない事態になり……まあ、その影響で、内務省も大変優秀な人材を失って穴埋めが欲しいんです。具体的にはヴィオレットとシルフィアのお目付役が」
「……今までリリスさんが内務省異界特異能力特務課参事官補佐の役目と共に担ってきたヴィオレット・シルフィア対策総合司令本部の総司令を引き継ぐ後任に当てようとしているってことですね」
「本来は他の人に任せたくはない……私は次期魔王である前にヴィオレット様付きのメイドだからな。だが、流石に魔王になれば自由な時間は少なくなり、国の為に尽くすことが増える。優秀な後任であればいいのだが……」
『一先ず、エーデルワイスが不当な扱いを受けずに済みそうで良かったです』
「いや、全然良くないからな!! 折角、我を監視するリリスの目が消えて、少しは内務省の職員も撒き易くなると思ったのに! 何故じゃ! 何故そんな非道なことを!!」
「ひ、酷いよ! 無縫君!! 断固として抗議するよ!!」
この期に及んで頑なにギャンブルを止めようとしない莫迦二人にリリスは大きく落胆し、苦笑いを浮かべた。その心中には最後まで二人を変えられなかった己の不甲斐なさへの怒り、相変わらず懲りもせずギャンブルに勤しむ二人の精神性に怒りを通り越して生じる笑い、その他様々な感情が暴れていることだろう。
「ということで、大日本皇国はルーグラン王国並びに白花神聖教会に宣戦布告し、戦争を行います」
「ならば、その戦いには我々も参加しないといけないな」
「……別に参加しなくていいと思いますよ」
「そういう訳にはいかないさ。異界間共同防衛条約があるだろう? 困っている時に協力することは当然のことだ。それに、我々の生みの親である神の願いを叶えたいという気持ちもあるし、正直、ルーグラン王国や白花神聖教会に恨みもあるからね。それにこれはこの世界の問題だ。他の世界の人達が力を尽くすというのに、何もしないという訳にはいかないよ!」
「ありがとうございます! それではお言葉に甘えさせて頂きますね」
「では、今回の二つの条約の締結、ブルーベル商会商会長リリィシア=ブルーベルがヴィオレット様とシルフィア様と共に見届けさせて頂きました。今後、通商の際にはご協力よろしくお願いしますね」
「ああ、勿論だ。魔王軍の方でブルーベル商会の出店用に物件を押さえておくよ。詳しい決め事はシトラスに任せる。よろしく頼むぞ!」
「承知致しました」
「もうすぐ会談も終わりそうなので、シトラス宰相閣下。お約束通りこの後――」
「えぇ、承知しております。時間は用意してありますので、宰相室までご案内致しましょう」
これで無縫達の目的は果たされた。
後はあらかじめ内務省で作成した条約の書類に調印するだけだ。
だが、ここで待ったをかける者がいた。――内閣総理大臣、大日本皇国の首相である大田原惣之助だ。
「条約の調印、少し待ってもらえないだろうか? 折角の機会だし、その調印をルーグラン王国の上空で流すのはどうかと思ってな」
「独立国家ロードガオン地球担当第一部隊に人工惑星セルメトを提供して、近々同盟を締結したことを報道することになりそうですし、正式な調印式は後日大日本皇国でメディアも呼んで大々的にやるとして、今回、そのお披露目として三国での同盟締結をしてもいいかもしれませんね」
「それは楽しそうなお話ですね! 私だけ参加しても味気ないですし、既に同盟に参加している異世界アムズガルドのミシャエリーナ・ルーモス・イシュメーア第一王女殿下と異世界ハルモニアのエリザヴェート=ルビリウス第一王女殿下にも声をかけておきましょうか?」
「……ミシャエリーナ殿下を呼ぶのであれば、父上が絶対面倒なことになるぞ!」
「なら、いっそ魔王国ネヴィロアスのノワール陛下にも参加して頂いて」
「……あー、もう滅茶苦茶だよ!!」
たった一国と一宗教と一女神を落とすために終結する過剰にも程がある戦力のラインナップを脳裏に浮かべ、無縫はなんとも言えない顔になった。
◆ネタ解説・百九十六話
「そうはならんやろ!」
ツッコミに用いられる定型文の一つ。
大川ぶくぶ氏の漫画『ポプテピピック』で用いられて以降ネットミームとして広まった。
『ポプテピピック』では反論、というか合いの手として「なっとるやろがい」が使われており、セットで見かけることも多い。