クリフォート魔族王国……否、異世界ジェッソの命運を変える会議。前篇
魔王城の謁見の間……ではなく、会議室の一つにて。
クリフォート魔族王国、否、異世界ジェッソの運命を大きく変える会議が始まろうとしていた。
出席者は大日本皇国側が首相である大田原惣之助、内務省異界特異能力特務課参事官の内藤龍吾、同じく内務省異界特異能力特務課参事官補佐にして異世界アムズガルド魔王国ネヴィロアスの次期魔王であるリリス=マイノーグラ、内務省異界特異能力特務課非正規職員の庚澤無縫。
クリフォート魔族王国から四代目魔王テオドア=レーヴァテイン、魔国宰相シトラス=ライムツリー、魔王軍外交部門部門長レイン=シュライマン、魔導近衛騎士団騎士団長ゼクレイン=ニーズヘッグ。
見届け人としてブルーベル商会商会長リリィシア=ブルーベル、魔王国ネヴィロアス現魔王の娘のヴィオレット=ノルヴァヌス、魔法の世界フェアリマナの妖精シルフィアが参加している。
それとは別に特別ゲストとして初代魔王ノワール=ノルヴァヌスも同席しているが、彼はクリフォート魔族王国側での参加ではなく個人として出席している。
伝説の魔王とはいえ、既に王座を退いた者――本来は治世に口が出せる立場ではないため、かなり特異な立ち位置だ。
なお、ノワールが変なことをしないか見張るために二代目魔王ベンマーカ=ヴァイスハウプトとノワールの側近の一人にして二代目魔王時代の四天王筆頭であるコクリコ=クラムベリの姿もあるが、今回の会議に口を出すつもりはないと予め宣言をしていた。
「まあ、本来であれば国家のトップ同士で会談をするべきなんだが、今回の件は無縫に全権がある。私は首相としてそれを承認し、一大人として全力で現実のものにするのが役割だ。ということで、好きにやるといい」
「ありがとうございます。では、まずテオドア陛下、シトラス宰相閣下、クリフォート魔族王国の皆様、本日はお時間を作って頂きありがとうございました」
「まあ、そういう約束だったからな。……というか、シトラスが変な条件つけただけで俺個人はクリフォート魔族王国に利がある話なら普通に話くらいするつもりだったんだが……」
「相手は魔族の仇敵である人間ですから信用を得る必要がありました。それに、無縫殿も魔族に対する情報が少なく判断材料が足りないと仰っていましたので、私の判断に間違いは無かったと思っています」
「シトラス宰相閣下の仰る通り、この国を巡って本当に良かったと思っております。……さて、この国に来た当初の目的ですが、最大の目的は情報の収集です。ご存知の通り、俺はルーグラン王国と白花神聖教会によってこの世界に召喚されました。彼らの目的は魔族の殲滅――彼らの崇める遊戯の女神エーデルワイスの神託を受け、女神の助力を得て召喚に成功したようです。彼らは魔族が絶対悪である……と語っていました、が、正直なところ俺にはそれが正しいかどうかを判断する根拠がありませんでした。これまでも色々な世界を巡ってきました。魔族が本当に邪悪な世界、人間達が魔族を迫害している世界、召喚した勇者を使い捨てにするような人間が跋扈する世界、人間と魔族の戦争が終わったものの別の問題を抱えて滅亡の危機に瀕している世界。本当にケースバイケースなのです。なので、俺は片方の言い分を鵜呑みにするのではなく両方を確かめた上でこの世界での自分のスタンスを決めるつもりでした」
「それで、君の目にはこの国はどのように映ったのかな?」
「まあ、大凡想定通りですね。魔族側はかつてこの国にやってきた勇者との約束を守り、戦争を回避してきた、比較的善よりの方々が多いと感じています。まあ、それでも色々な価値観がありますから完璧に真っ白とは言えませんけどね。ちなみに、想定しうる最悪の状況はエーデルワイスの影響力が魔族側にもある場合でした」
「……それは、極めて最悪な状況ですね」
「まあ、でも名前を変えて二つの勢力圏で影響力を持ち、人間と魔族の両陣営を操っているっていう可能性もないとは言い切れなかったんですよ。というか、遊戯の女神であるエーデルワイスはこれを狙っていたんじゃないかと思いますね。上手くはいかなかったみたいですが」
「……そんなことになっていたらと思うとゾッとするよ。胸糞悪い世界だ」
「ということで、クリフォート魔族王国と敵対する意思はありません。寧ろ、友好的な関係を築きたいというのが今の本音です。そうなると、次に考えたいのがクリフォート魔族王国との国交樹立です。現在、ここにいるヴィオレットやリリスさん、リリィシアの故郷である異世界アムズガルドをはじめとして幾つかの異世界と友誼を結び、リリィシアさんの商会――ブルーベル商会の構築したネットワークを利用して各異世界と大日本皇国を繋ぐ巨大な通商網を築いています。クリフォート魔族王国にはこの通商網への加盟と、異界間共同防衛条約への加盟をお願いしたいと考えています」
「通商網への加盟は分かるが、異界間共同防衛条約……か?」
「簡単に言えば、お互いの国がピンチな時には全力を出し合いましょうという取り決めです。大日本皇国は現在、様々な危機に直面しております。邪悪心界ノイズワールドという異界から現れたネガティブエネルギーの集合体であるネガティブノイズの侵攻、地底世界アンダグラウンドからの地底人襲来、通常では認識できない隣り合う世界が存在するもう一つの宇宙のような存在である虚界――そこに浮かぶ惑星状の世界の一つで怪人製造を得意とする悪の秘密結社のような者達が国を治める独立国家であるロードガオンによる侵略活動、地球に古来から存在する魑魅魍魎、鬼や妖怪など呼ばれる怪異達、頻発する時空災害。その上、今後敵対する可能性がある存在としてシルフィアの故郷であるフェアリマナも存在しており、とにかく敵が多いのが現状です。なので、少しでも味方を増やしておきたいというのが本音です。幸い、地球侵攻を行っている二つの部隊の隊長達と、第二部隊の副隊長一名、第一部隊の全員については協定を結んで味方のような立ち位置になりましたが、ロードガオン本国との敵対の可能性も未だ存在するという状況です。勿論、助けて頂いた分、こちらも困っている時に助けるのが人情というもの」
「人間の国家であるルーグラン王国、マールファス連邦、ラーシュガルド帝国が攻めてきた時に協力してもらえるのはありがたい話だ。……こっちも戦力を派遣しないといけないのがネックだが、まあこういう話はお互い様、一方に利があるようなものでもないしなぁ。俺は同盟を結ぶべきだと思う」
「この国の頂点は魔王陛下。陛下が決めたことが全てです。国民は陛下のお考えに納得するでしょう」
「……まあ、そのうちルーグラン王国から兵力を向けられるリスクは今後は無くなると思いますけどね」
「ん? それはどういうことだ?」
テオドアの問いに、無縫はにっこりと微笑み答える。
「クリフォート魔族王国については協力関係を築くことになりましたが、ルーグラン王国の処遇をお話ししていませんでしたね。魔王陛下、今回の勇者召喚についてどうお考えですか?」
「まあ、そりゃ災難だったとは思うよ」
「勇者召喚なんてご大層なことを言っていますが、実際のところは集団神隠し……というか、時空を超えた拉致並びに戦争強要です。大日本皇国の側からすれば、大切な国民を拉致された挙句強制的に戦いに身を投じさせられ、命を危険に晒すことになるのですよ。それに、仮に魔族を倒したところで帰還は果たされることはありません。彼らは元の世界に戻す術を持っていないでしょうし、そんなことをするメリットはありませんからね。魔族を殺したら他国への人間兵器として運用するか、勇者の優秀な血を利用しようとするか、そのいずれかでしょう。王侯貴族との結婚を餌に、召喚勇者達に首輪をつけ、元の世界に帰りたいという気持ちに蓋をさせて、この世界で生きるように強要する。本当に巫山戯ていると思いませんか?」
「無縫に同意だ。大日本皇国の首相として、ルーグラン王国の行いは唾棄すべきこと。故に、勇者として召喚された者達の保護と帰還のために大日本皇国として全力を尽くすと共に、ルーグラン王国並びに白花神聖教会にその罪を償わせる必要があると考えている。これは、国の首相として……否、大日本皇国の総意だ」
「ということで、俺達はルーグラン王国と白花神聖教会に宣戦布告し、彼らの信仰するクソ女神を目の前で葬って絶望を与えつつ、守るべき国民を助けようと考えていました。まあ、その守るべきクラスメイト達の中には俺を殺そうとした奴らもいるんですけどね」
「ああ、大丈夫だ。俺も流石にブチギレている。無縫のクラスメイト達にも社会的な死を与えるつもりだ。イジメを隠蔽した学校も全て解体する。まあ、いい薬になるだろう。イジメを隠蔽する腐り切った学校が最近増えてきているからな。保身に走って隠蔽するような奴らにお前達もこうなるぞ! と思い知らせてやる。……だが、獅子王春翔、勇者の天職を持つアイツだけは全く違う処遇を与えるがな」
「俺を殺すように教唆したアイツは殺人教唆の罪で内務省が立件し、獅子王家の家宅捜索を行い、芋蔓式に司法庁上層部の腐敗の証拠を掴み、汚職塗れの連中を逮捕・一掃して司法庁の解体を進める……ってことで良かったですよね」
「えぇ、こちらとしても司法庁は邪魔なので渡りに船です。無縫君の命が狙われたことは許せませんが、結果的にこれで良かったですね」
「……これで、無縫殿の憂いも消えるという訳だな」
「忌々しい連中が消えてくれたらありがたい限りですよ。……と、まあそんなことを考えていたのですが、魔都を目指す途中で初代魔王陛下に旧魔王城に誘導され、彼と戦いの末に話を聞いたことで計画を少し変更せざるを得なくなりました」
「私の旧き友の願いを叶えられるだけの力量があるかを試したのだ。結果として、想像を遥かに超える強さだった」
「ジュドゥワード陛下、そろそろお呼びしてもらってもいいですか?」
「そうだな。……姿を見せてもらいたい、聞いておるのだろう? ベンタスカビオサ」