頂点への挑戦での対決! 魔王軍四天王総大将・ゼクレイン=ニーズヘッグ!
お玉杓子を武器に微笑を浮かべながら闘う緋月と、「冥斬刀・夜叉黒雨」を振るう無縫の戦いは二十分程で幕を下ろすこととなった。
これまでの試合のように一つの場面が転換点となり、一気に撃破へと至った訳ではない。
無縫側も欠片も本気を見せない緋月を相手に大技は必要ないと判断したのだろう。
それ故に、「桃源天剣流」のような派手な技などはその後、何一つ使わず純粋な剣技のみで戦った結果、戦闘が長期化したのである。
戦いはほとんど拮抗していた。
しかし、結果は無縫が無傷で戦いを切り抜けたのに対し、緋月は無数の傷を負い蓄積ダメージで撃破されたという、拮抗とはかけ離れた結果となっている。
「……本来の緋月さんであれば、この程度の斬撃、涼しい顔で突破したんでしょうね」
厄介なのは、この状態の緋月でも四天王の三番手に相応しい実力者という扱いであるということだ。
彼女の本性たる夜叉の部分が全く顕れていない状態の緋月にも幹部巡りを突破してきた挑戦者達は彼女に勝利できていないのである。
無縫クラス……特にAブロックで無縫相手に死闘を演じたレフィーナやレイヴンのような上澄みの実力者達であれば緋月の力に不満を覚えたがしれないが、大半の者達には本気も手加減も関係のない話。
鍛錬を怠り、現役時代より弱くなったとはいえそれでも黄金世代を牽引した【羅刹の戦乙女】の名は伊達ではないのである。……まあ、だからこそ余計にタチが悪いのだが。
緋月を撃破し、残る魔王軍四天王は一人。――遂に総大将のお出ましである。
「――ようやく俺の出番か。まあ、あの緋月さん相手に本気になれなかったってのはよく分かるぜ。正直、あの方は本気になれば四天王の総大将の座を譲るべき生きた伝説だ。……まあ、そうなった理由も分からないってこともないけどな。……俺には実力が伯仲している競い合うライバルみたいなのがいなかったから、実感が籠っているって訳でもないが」
「……折角なら、本気の緋月さんと戦ってみたいと思いましたが、あれはダメでしょうね。……俺じゃ、その相手として相応しいと思ってもらえなかったのは残念でなりません」
「まあ、実力云々とか、そういう話じゃなくて緋月殿がライバルと認めているのは結局三代目魔王ロズワール殿だけってことなんだと思うぜ。……誰が悪いっていう話でもないとは思うんだ。四代目魔王陛下の圧倒的な力を前にして絶望したってのも致し方ないことだしな。それに、これまでの魔王も代替わりをしたら表舞台から姿を消している。歴代の魔王を考えても隠遁は別に不自然な行動じゃない……強いていえば、終わり方が良くなかったってことだな。さて、お喋りはこれくらいにして勝負といこうぜ! 辛気臭い空気は俺が、全部、この剣で、吹っ飛ばしてやるよ!!」
『龍気纏衣』と呼ばれるドラゴンの力を呼び覚ます龍人族の力を発動し、ゼグレインはドラゴンオーラを纏うと巨大な黒剣の鋒を無縫へと突き出した。
「龍の咆哮!!」
纏った龍の魔力がドラゴンの顎のように変化――その口から放たれるのはプラズマ化したドラゴンブレスを彷彿とさせるエネルギーの奔流だ。
「【被害の逸避】――」
「――ッ!?」
「で、無効化してもいいのですが、折角の本気の一撃ですから真っ向から打ち破るとしましょう。『|龍殺しの魔剣《ドラゴン・スレイヤー』の一振り、龍爪剣クエレブレ!」
聖剣や魔剣――伝説級の武具に匹敵する力を持ちながらも、聖剣や魔剣以上に入手が困難な武器というものも存在している。
『|龍殺しの剣《ドラゴン・スレイヤー』と呼ばれる龍殺しに特化した武器も、神殺しの剣である神剣などと同様に一つの世界にあるかどうか分からないレベルの希少武器だ。
「龍の力を持って龍を制すのが『|龍殺しの剣《ドラゴン・スレイヤー』だ」
時空の門穴から取り出した龍爪剣クエレブレを構え、無縫は無造作に剣を振り下ろす。
次の瞬間――青い輝きが剣に収束し、龍の鉤爪で引っ掻いたような三つの斬撃が放たれた。
斬撃はプラズマ化したブレスと衝突し、ブレスを三つに切り裂いた。
切り裂かれたブレスは徐々にエネルギーを失い、無縫に衝突する前に消滅してしまう。
「こういう搦手は好きですか? 魔導近衛騎士団騎士団長?」
無縫がニヤリと笑った瞬間、無数の時空の門穴が戦場の各所に出現する。
これまでほとんど時空の門穴を攻撃手段として使用していない無縫だが、その空間魔法の規格外さはこれまでの『頂点への挑戦』での戦いの各所で何度も見てきた。……主に様々な武器を瞬時に取り出す武器変更の早業として。
だが、ゼグレインはこの時、本当の時空の門穴の恐ろしさを知ることとなる。
「龍滅爆星斬!」
膨大な竜の属性が付与された魔力が龍爪剣クエレブレに収束する。
そして、その魔力の収束した龍爪剣クエレブレを思いっきり振り下ろした……ゼグレインのいる方向とは逆方向に。
その先にあるのは時空の門穴だ。斬撃の形をした竜属性の膨大なエネルギーは時空の門穴の中に吸い込まれていく。
斬撃は別の時空の門穴から飛び出し、また別の時空の門穴へと吸い込まれていく。
無縫は次々と時空の門穴を生み出しており、ゼグレインの方向に門を開いている時空の門穴の数も増すばかりだ。
「……いつ攻撃が飛んでくるか怖すぎて、迂闊に動けないなぁ、これは」
「ちなみに、俺もどの時空の門穴が時空の門穴に繋がっているのか分かりません。いつ発射されるのか、それを含めてギャンブルですね」
「……あー、なんか物凄い嫌なワードを聞いた気がするな! よし、全部諦めてこっちから仕掛けさせてもらうぜ!」
大剣を構えてゼグレインは地を蹴って加速――無縫へと迫った。
「龍の爪撃!!」
龍の魔力を纏い、勢いよく振り下ろされた黒剣を無縫は『|龍殺しの剣《ドラゴン・スレイヤー』であっさりと受け止めた。
と、次の瞬間――無縫はニヤリと口角を上げる。
「――ッ!? おっと危ねぇ!」
嫌な予感がしたゼグレインは素早く後退する。その目の前を無縫が放った「龍滅爆星斬」が通過していく。
「よし、回避成功!」
「なぁんてねぇ……」
次の瞬間、ゼグレインは大量の赤いポリゴンを吐き出した。
腹部には大きな風穴が空いてしまっている。ぽっかりと空いた穴から小さなポリゴンの粒子が溢れ出した。
その背後にはいつの間に現れたのか、時空の門穴が真正面を向けて口を開いていた。
「――ッ!? 油断……しちまったか」
ゼグレインは無数のポリゴンと化して戦場から消滅する。
そして、この時をもって『頂点への挑戦』第二回戦の勝者が決定したのだった。
◆
『頂点への挑戦』が開始されてから前回大会に至るまで、魔王軍四天王を全て撃破して魔王に挑む挑戦者が現れることはなかった。
それが、今日この日、破られることになる。
四代目魔王テオドアと相対するのが、異世界ジェッソに勇者の一人として召喚された学生――庚澤無縫。
その対戦カードは、一見すれば勇者と魔王の対決という誰もがワクワクするようなものである。
……まあ実際には、無縫は無数の異世界を渡り歩いた勇者と魔王の力を併せ持つ存在であり、それ以外にも無数の手札を持つ前代未聞の化け物と呼ぶべき存在なのだが。
「……これは必然だったんだな。シトラスが君を挑戦権を与えたあの瞬間から運命付けられていたのかもしれない。改めて、十人の魔王軍幹部、そして魔王軍四天王を倒し、ここまで辿り着いた前代未聞の挑戦者殿、庚澤無縫殿にこの場を借りてお礼を言いたい。君のおかげでこの大会に参加した者達、君と旅を通して出会った者達は良い刺激を受けることになっただろう。……人間だからと、勇者として召喚された者だからと門前払いをしていれば得られなかったものだ。……さて、俺個人としては君との交渉に興味がある。我々にとっての異世界、地球にある大日本皇国との通商、実に魅力的な話だ。それに、他の異世界との交易にも興味がそそられる。……まあ、だけど魔王としては敗北を許されないんだ。だからね、俺は全力で君を倒させてもらうよ」
四代目魔王の象徴――魔剣ダークネスディアマンテを鞘から引き抜き、テオドアは中段に構える。
「聖剣オクタヴィアテイン! 魔剣デモンズゲヘナ!」
一方、無縫も聖剣オクタヴィアテインと魔剣デモンズゲヘナを構え、勇者と魔王の力を併せ持つ臨戦態勢を整えた。
そして遂に、クリフォート魔族王国での旅の集大成――魔王との戦いが幕を開けることとなる。
◆ネタ解説・百九十三話
龍爪剣クエレブレ
スペイン・アストゥリアス地方で龍を意味するクエレブレから。後に固有名詞としても扱われるようになる。
この竜は主に森や地下洞窟や源泉に住んでいるという。その体は、弾丸すら弾き飛ばすほど堅い鱗に覆われ、飛ぶことのできる羽を持つようだ。
強暴なクエレブレばかりとは限らず、金髪をもつ水の妖精・シャナの面倒を見ている竜もいると言われている。
龍滅爆星斬
着想元は『転生したらスライムだった件』に登場する魔王ミリム・ナーヴァの技「竜星拡散爆」。
◆キャラクタープロフィール
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・ゼクレイン=ニーズヘッグ
性別、男。
年齢、四十歳。
種族、龍人族。
誕生日、二月十八日。
血液型、A型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国自治領龍の里。
一人称、俺。
好きなもの、鍛錬。
嫌いなもの、閉鎖的な里。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国四天王、魔導近衛騎士団騎士団長。
主格因子、無し。
「魔王軍四天王の一人で魔導近衛騎士団騎士団長。四番手。漆黒の鎧を纏った騎士風の大男。龍人族で龍の里の族長の家系出身。幼少の頃から次期族長として嘱望されてきたが、外の世界を知りたいと思うようになり里を出た。妹のティナ=ニーズヘッグからは再三に渡って龍の里に戻り族長を継ぐように言われているが、のらりくらりと躱している。なお、ゼクレインは妹の方が族長に相応しいと考えている模様。真面目一辺倒な性格で騎士団員に対する指導は熾烈を極めるが、一方で甘いものに目がなくスイーツを食べると顔を綻ばせるといったギャップ萌えな点もある」
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