頂点への挑戦での対決! 魔王軍四天王次鋒・アルルーナ=ドリュアデス!
アルルーナが円形闘技場の中央部に歩みを進める。
その表情はこれまでの残念さを感じさせるものから一変し、凛々しく真剣味を帯びたものに変わっている。
「魔王軍四天王次鋒のアルルーナ=ドリュアデスと申しますわ。美しい花の持つ生命力、その勁さ! 存分に味わってくださいませ!!」
アルルーナが両手を前に突き出した瞬間、大輪の向日葵が咲き誇った。
その中心部から眩い光条が解き放たれる。
「向日葵光束砲!!」
「紙舞一重」
無縫は素早く攻撃を見切り、紙のようにひらひらとした動きで光条を躱す……が、アルルーナは「向日葵光砲」を躱されることを想定していたようで、次の瞬間には無縫の眼前に迫っていた。
「鉄線の回転草」
鋼鉄のように硬いクレマチスの花が回転鋸のように回転しながら無縫の頭部に振り下ろされる。
咄嗟に無縫は帯刀していた「冥斬刀・夜叉黒雨」を鞘から抜き払い、クレマチスの花を受け止める。
覇霊氣力を纏わせていたことで辛うじて刃こぼれせずに済んだが、普通に受けていれば小さくないダメージを負っていたとクレマチスの花を押し返したタイミングで確信した。
アルルーナは一旦距離を取ってからクレマチスの花を投げつける。手裏剣の如く飛来するクレマチスを両断し、無縫はほんの少しだけアルルーナから距離を取った。
「薔薇の舞鞭」
アルルーナが無数の種のようなものを放つと、円形闘技場の地面を割るようにヒビが入り無数の薔薇の蔦が生えた。
まるで意思を持った一つの大きな生き物の一部のように、無数の薔薇の蔦が振り下ろされる……が。
無縫は覇霊氣力を纏わせた刀を振るい、呆気なく蔦を全て斬り捨ててしまった。
「――ッ!! ――薔薇の剣」
地を蹴って一気に加速した無縫に、アルルーナは脅威を感じ、薔薇の蔓を束ねた剣を生み出した。
「鉄線の回転草!!」
無数のクレマチスの花を手裏剣の如く投げつけるアルルーナだが、無縫はそれを見飽きたと言わんばかりに次々と斬り捨て、アルルーナに迫る。
アルルーナも接近を許すのは承知の上だったのだろう。薔薇の剣を構えて無縫に斬りかかった。
「桃源天剣流・北斗ノ太刀・巨門!」
アルルーナは無縫の斬撃を躱しつつ、無縫に袈裟斬りを放った……筈だった。
しかし、次の瞬間――突如として、無縫の姿がブレた。
それと同時に、アルルーナの胸元に刃が届く。
「――ッ!」
普通であればあの時点で撃破に追い込まれていた……が、アルルーナはアルラウネ系の最上位種である毒花の女帝だ。
刺し傷の痛みに耐えつつ素早く後方に飛ぶことで身体から刀の刃を抜き去ると、その圧倒的な生命力を駆使して傷を治癒する。
「超速光合再生」
血の代わりに生じた赤い小さなポリゴンの流出は傷口が塞がると同時に綺麗さっぱりなくなった。
あれだけの傷を負いながらも立て直したのは流石は四天王というところだが、アルルーナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
それもその筈、ここまでアルルーナは無縫に全くといっていいほどダメージを与えられていないのである。
二人の間に横たわる実力の差は圧倒的だ。
「――賭けるしかないようですわね」
自身の持つ手札を数え、普通に戦えば無縫に勝利することは不可能だと再確認したアルルーナは危険に賭けに打って出ることにした。
「俺もそういうの好きですよ。一か八かの賭け――折角なので乗りましょう!」
「冥斬刀・夜叉黒雨」を構え、再び無縫はアルルーナへと迫る。
「鉄線の回転草!!」
「それはもう見飽きましたよ!」
迫り来る無数のクレマチスの花を手裏剣の如く投げつけるアルルーナだったが、無縫は呆気なく迫り来るクレマチスの花を次々と両断して見せた。
勿論、この攻撃で無縫を倒せるとは思っていない。これは無縫を油断させるための一手だ。
「――薔薇の剣」
もう一振りの薔薇の剣を生み出し、アルルーナは双剣の構えを取る。
「――二刀流ですか。単純に手数は増えますが、それじゃあ俺は討ち取れませんよ」
「えぇ、そうでしょうね」
双剣を振るうアルルーナの斬撃の軌道に無縫は冷静に「冥斬刀・夜叉黒雨」を振るって攻撃を受け止めようとする……が、アルルーナはあろうことか斬撃を放つ途中で双剣から手を離した。
無縫が剣に込めていた毒――『毒禍の斬撃』に気づいたからだろうか? いや、違う――。
「向日葵大光砲!!」
アルルーナの手に咲く無数の満開の向日葵――そこから眩い光条が放たれる。
その巨大さも込められた熱量も「向日葵光束砲」とは比べものにならないほどだ。
「――ッ! やべぇ!!」
至近距離で光条を浴びそうになり、無縫は本気で焦っていた。
とはいえ、ここですぐに負けを認めるほど無縫の諦めは良くないのだ。ここから「紙舞一重」で躱すのは不可能だと判断すると、素早く左手を伸ばす。
「【被害の逸避】」
「――ッ!! 〜〜――くぅッ!!」
アルルーナは心の底から悔しそうな顔になり、歯を思いっきり食いしばった。
次の瞬間、【被害の逸避】の効果を受け、光条は呆気なく逸れていってしまう。
「鬼斬我流・厄災ノ型・神避!」
無縫はアルルーナを脅威であると判断した。
「向日葵大光砲」が直撃していたとしたら、流石に撃破とまではいかないもののかなりの痛手を負っていただろう。
それ故に、アルルーナを一撃で撃破すると心に決めたのである。
「冥斬刀・夜叉黒雨」に乗せられた膨大な覇霊氣力が黒い稲妻と化して放出される。
そして、アルルーナが捉えられないほどの圧倒的な速度で肉薄すると同時に薙ぎ払いを放つ。
アルルーナの身体は斬撃に耐えきれずに傷口から溢れた膨大なエネルギーで内部から破壊され、身体を構成していた無数のポリゴンが爆発するように飛び散った。
◆
アルルーナを撃破し、残りは緋月とゼクレインの二人となった。
魔王軍四天王の序列に従い、アルルーナを撃破したばかりの無縫の前に緋月が歩を進める。
「あらあら、もうアルルーナさんを倒しちゃうなんて……お噂通り強いのね。おばちゃん、そんなに強くないからお手柔らかにお願いしたいわ」
ほんわかした空気感を纏っているが、その奥に夜叉のような気迫を無縫は感じ取った。
とはいえ、緋月はその本性と呼ぶべきものをこの戦いで出すつもりはないらしい。
「初めまして、魔王軍四天王で三番手をしている曼珠=ラジアータ=緋月よ。魔王城の中にある【満月食堂】で女将をしているから、戦いが終わったら是非お店に来てね。おばちゃん、サービスするわよ」
「改めまして、内務省の庚澤無縫と申します。お手合わせ願います」
無縫もここまでの旅で緋月の名は耳にしていた。
かつて後に三代目魔王となるロズワール=マーノードと鎬を削り、彼の治世においては四天王の四番手を務めていた女傑。
その頃は近づき難い気迫を纏っていたと言われている。その一方で、美しく、凛々しく、そして鬼神の如き圧倒的な力を持っていた緋月を神聖視する者達も多く、ファンクラブのようなものもあったと言われているようだ。
そんな緋月はロズワードが今代の魔王テオドアに敗れてからすっかり変わってしまった。前線を退き、鍛錬もすっかり辞めてしまい、ただの優しい食堂のおばちゃんのようになってしまった……が、それでも魔王軍四天王の三番手の座にいるということはそれだけの実力を持っているということなのだろう。
「それじゃあ、少しだけおばちゃんと遊んでもらうわねー」
そう言いつつ、取り出したのは調理器具のお玉杓子だ。
現役時代は背丈ほどの大剣を使っていた彼女だが、現在は調理器具を得物としているらしい。
「……本気で戦っては頂けないのですね」
「申し訳ないのだけど、それはできないわー。……貴方を軽んじているとか、そういうことではないのよ。ただ、おばちゃんが本気を出して戦うべき相手は、もうこの世にはいなくてね。まあ、でも、本気云々を言いたいなら、まずは私を一度倒してもらわないと、おばちゃんも困っちゃうわ」
そう言いつつ、緋月は地を蹴って加速――それに合わせて彼女の肉がポヨンポヨンと揺れる。
凄まじい肉感……現役時代と比べれば、明らかに戦いに不向きな体型だが、だからと言って侮っていい相手ではない。
「えぃ!!」
高速で振り下ろされるお玉杓子を無縫は「冥斬刀・夜叉黒雨」で受け止める……が、その威力は武器ですらない調理器具から繰り出されたとは思えないほど強烈な重さを秘めていた。
「あら、やっぱり強いわねぇ」
「桃源天剣流・北斗ノ太刀・巨門!」
一度距離を取った無縫は「桃源天剣流」の特殊な歩術で複数の分身を生み出したように見せかけ、同時攻撃を仕掛けるが――。
「なかなか凄いわねぇ……本物はこれかしらぁ? えぃ!」
その分身は呆気なく見切られ、コンクリートの塊ですら一瞬で粉砕するほどの威力を秘めたお玉杓子を振り下ろした。
「素晴らしい……この技を初見で見切られたのは初めてですよ。本気になってくれたのですか?」
「まさかぁ……でも、これくらいはなんとかしないと四天王三番手の面目は立たないでしょう?」
場外で観戦しているアルルーナと少し離れた地点から同じように戦いを見守っていたゼグレインが「あれ? 見切れて当然なの?」と衝撃を受けていた。
特にアルルーナは巨門を躱し切れずにダメージを負っているので悔しそうな顔をしている。
「……まあ、次鋒って剣道においてはメンバーの中で最弱の人を配置することが多いですからね。レインさんより弱くても仕方ないと思いますよ」
「全然フォローになっていないわよ! というか、傷に塩を塗り込むようなことやめて欲しいわ!! なんなのよ! そんなにニートが悪いっていうの!!」
外でアルルーナが叫んでいるが、無縫は気にせず緋月に袈裟斬りを放った。
緋月はニコニコしながらお玉杓子で斬撃を受け流す……が、完全には受け流しきれずに小さくない傷を負った。
本来の緋月の実力であれば、簡単に受け流せたような攻撃だ。
しかし、その程度の攻撃にも手傷を負ってしまう緋月に無縫は苦虫を噛み潰したような表情になった。
◆ネタ解説・百九十二話
ドリュアデス
ギリシア神話に登場する木の精霊であるニュムペー。単数形がドリュアスで、複数形がドリュアデスである。英語ではドライアド、フランス語ではドリアードと呼称される。
ドリュアス達は普段は人前に姿を現すことは滅多にないが、美しい男性や少年に対しては緑色の髪をした美しい娘の姿を現して相手を誘惑して木の中に引きずり込んでしまうことがあるという。
また、多くのニンフと同じく長命であるが、ドリュアス達の場合、自らの宿る木が枯れると共にその命を閉じてしまう。
超速光合再生
光エネルギーを化学エネルギーに変換して生体に必要な有機物質を作り出す反応過程、つまり光合成のことをphotosynthesisと呼ぶ。
葉緑体をもつ一部の真核生物や、原核生物であるシアノバクテリアが行う例がよく知られている。
光から得たエネルギーを使って二酸化炭素からグルコースのような炭水化物を合成する。
この合成過程は炭素固定と呼ばれ、生命の体を構成するさまざまな生体物質を生み出すために必須である。
向日葵大光砲
元ネタは遠藤浅蜊氏のライトノベル『魔法少女育成計画』に登場する魔法少女、袋井魔莉華の魔法「頭に魔法の花を咲かせるよ」を使った向日葵地獄と呼ばれる技。アルルーナの技はこれ以外にも袋井魔莉華の技から影響を受けたものが多々ある。
曼珠沙華
ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である彼岸花の別名。学名であるLycoris radiataからリコリス・ラジアータや単にリコリスとも呼ばれる。
お玉杓子を武器にする
スマートフォンゲーム『きららファンタジア』に登場するライネが使用した戦闘スタイルより。
ちなみに彼女は元勇者であるが、現在は勇者を引退しており、戦闘もほとんど素手でこなしている。とっておきの場面ではこのお玉を使った攻撃をしており、専用武器としてお玉型のハンマーも実装されたが、いずれにしてもちょんと触れた程度で敵を吹っ飛ばす破壊力は異常。
◆キャラクタープロフィール
-----------------------------------------------
・アルルーナ=ドリュアデス
性別、女。
年齢、二十三歳。
種族、毒花の女帝。
誕生日、八月七日。
血液型、O型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国アディシェス区画。
一人称、私。
好きなもの、怠惰な生活、光合成。
嫌いなもの、お仕事。
座右の銘(?)、「何の責任もない人間がみんなが働いている時間にする午睡は気持ちいいよね?」。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国四天王。
主格因子、無し。
「魔王軍四天王の一人で四天王唯一の専任(魔王軍内に四天王以外の役職を持たない人物)。二番手。種族はアルラウネ系の中でも最上級の毒花の女帝。緑髪の妖艶な女性で魔王軍内でも高い人気を誇る」
-----------------------------------------------
-----------------------------------------------
・曼珠=ラジアータ=緋月
性別、女。
年齢、六十一歳。
種族、鬼族(魔族)。
誕生日、十月二日。
血液型、AB型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国エーイーリー区画。
一人称、私。
好きなもの、料理、客の笑顔。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、「食事は人を幸せにする」。
尊敬する人、特に無し。
かつて尊敬していた人、ロズワール=マーノード(先代魔王)。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国四天王、【満月食堂】女将。
主格因子、無し。
「魔王軍四天王の一人で魔王軍の食堂【満月食堂】の女将。三番手。恰幅の良く優しそうな食堂のオバチャンという出立の鬼族の女性。魔族どころか世界随一の料理の腕を持つが、『食べる人があってこその料理人』と魔王軍の食堂という食の最前線に立ち、仕事で疲れた魔族達に料理を届けている。人間や魔族以外の亜人種族にも偏見は持っておらず、差別することなく料理を振る舞う。また、代金を支払えない者には食堂の手伝いをしてもらうことを条件に代金を免除するなど柔軟な対応を行う。最前線を退いて久しいがそれでも魔王軍四天王の三番手に名を連ねているほどの実力者。先代の魔王の時代には魔王ロズワールと競い合った【羅刹の戦乙女】として名を轟かせていた。現在の姿とは異なり、この頃はスラっとした体型の美女だった。なお、緋月は自身の能力【全盛期回帰】で現在も全盛期の姿と力を取り戻すことができるが、頂点への挑戦を含めて現在の姿で戦っており、ロズワールがテオドアに負けて表舞台から去った後は一度も本気を出していない」
-----------------------------------------------