頂点への挑戦での混戦! ライバル達との連戦に次ぐ連戦! 肆
「時間もないし、私の新たな固有魔法、早速見せつけさせてもらうわ! 『辺獄の影』!!」
魔法少女ダークネス=ブラダマンテの影が一瞬眩い輝きを放ったかと思うと消失してしまった。
とはいえ、それ以外に何かが起きた訳でもない。魔法少女ダークネス=ブラダマンテも動く気配を見せず、何を企んでいるのかと魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが探っていた最中、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの脇腹から鮮血……の代わりに小さなポリゴンが飛び散った。
何が起きたか分からず、困惑を隠せない魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは後方に飛びつつ神聖属性の回復魔法を掛けて傷を修復する。
魔法少女ダークネス=ブラダマンテは不敵な笑みを浮かべたまま、大きく黒々とした翼を広げた。
魔法少女ダークネス=ブラダマンテは広げた翼を羽撃かせて無数の黒い羽を弾丸の如く放ってくる。
「【暴風の盾】」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは風魔法で荒れ狂う風の盾を生成して黒い羽の弾丸を全て弾き返す。
魔法少女ダークネス=ブラダマンテを全て無力化した魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスだったが、突如として口から小さな赤いポリゴンを吹き出した。
まるで背後から刺されたかのようにいつのまにか穴という以外に表現のしようがない大きな傷が深々と刻まれていた。
「――ッ!? 二人、いるな!」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは大きく跳躍し、回復魔法で傷の回復を急ぎつつ【黄金錬成】を使用して膨大な熱量を誇る火球を足元目掛けて放った。
魔法少女ダークネス=ブラダマンテを狙わず、あらぬ方向へと放った攻撃に会場にいた誰もが困惑を隠せずにいたが、ただ一人、魔法少女ダークネス=ブラダマンテだけは頬を伝う冷や汗を拭い、真剣な表情を無縫に向けていた。
次の瞬間、魔法少女ダークネス=ブラダマンテの足元の影が戻る。
その光景を目の当たりにして確信したのだろう。魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは笑みを浮かべ、魔法少女ダークネス=ブラダマンテは悔しそうに歯噛みした。
「影の世界から透明な分身を連れてきて戦わせる。……それが、『辺獄の影』ですね。恐らく、【気配察知】や【魔力察知】といった探知系の技能も通用しないんでしょう。……それに、見気を使ってもその存在を捉えることができませんでした。同じように戦える分身を複数操る戦法は初代魔王ジュドゥワード陛下も使ってきましたが、多分こちらの方が厄介さは上ですね。あちらは、本体がどれかを隠す方に特化していたので、どちらが優れているって訳でもありませんが」
「初代魔王陛下に一点でも勝っていることがあるなんて評価を戦った無縫さんからもらえるなんて……本当にシルフィアさんには感謝してもしきれないわね。でも、やっぱり無縫さんは凄いわ。私の奥の手をこんなにあっさりと見抜いてしまうなんて……でも、見抜いたからって止められない。だって、『辺獄の影』によって呼び出された私の影達を無縫さんは捉えられないのだから!!」
魔法少女ダークネス=ブラダマンテの影が四方へと伸び、四つの影が生じた。
その影が同時に一瞬眩い輝きを放ったかと思うと消失してしまう。
この瞬間に会場にいる誰もが悟った。――今度は魔法少女ダークネス=ブラダマンテの影が四人に増え、無縫は魔法少女ダークネス=ブラダマンテを同時に五人相手にしなければならなくなったと。
とはいえ、それが分かったところで対処は不可能だ。魔法少女ダークネス=ブラダマンテの影を観測できなければそもそも攻撃は当てられないのだから。
「ふっふっふっ! 魔法少女ダークネス=ブラダマンテは完璧なんだよ!! いくら無縫君といえども勝てない!! 初白星は私とレフィーナさんが頂きだよ!! ということで、私はレフィーナさんが勝つ方に全財産をベッドするよ!!」
ここでシルフィアが妖精の翅を羽撃かせて観客席から飛び上がり、大きく胸を張って宣言する。
「……全財産って微々たるお金じゃろう。それに、多分、今のは負けフラグじゃ」
これまでギャンブルで一度も勝ったことがないシルフィアが賭ける……即ち、レフィーナの負けを確定させるような行為に隣に座っていたヴィオレットが小さく俯いた。
「――ッ!? まだよ! シルフィアさんが賭けたとしても、まだ、私の、『辺獄の影』が、破られた、訳ではないのよ!!」
あれだけ余裕ある態度を見せていたというのに、突如として魔法少女ダークネス=ブラダマンテは余裕を失って動揺してしまった。
……シルフィアの扱いは完全に疫病神のそれである。
「シルフィア、その宣言覚えておけよ。俺は自分に俺の全財産をベッドし賭けに出る!!」
「もうやめてよッ!! 勝利確定演出じゃない!!」
魔法少女ダークネス=ブラダマンテが妖艶な色気をぶち壊す勢いで絶叫する中、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはニヤリと笑みを浮かべた。
「魔力の海」
それは、ただ己が魔力で円形闘技場全体を満たすだけの魔法技術だ。
薄く広げられた魔力を起点に魔法を発動してタイムラグなく攻撃できるものの、それだけで魔法少女ダークネス=ブラダマンテの『辺獄の影』を破れる方法はない……筈。
そこまで考えて、魔法少女ダークネス=ブラダマンテの顔が絶望に染まった。
何を目論んでいるのかを理解したのだろう。そこからの魔法少女ダークネス=ブラダマンテの行動は早かった。
「暗黒螺旋魔砲!!」
一斉に漆黒の魔法陣を顕現して回転する闇のエネルギーの奔流を解き放つ魔法少女ダークネス=ブラダマンテ達。
魔法剣を使ってしまったら位置が特定されてしまうため、遠隔操作の魔法に切り替えた魔法少女ダークネス=ブラダマンテだったが、『操力の支配者』を封じているため支障はない。
「【被害の逸避】」
だが、『操力の支配者』を無効化できても、自身に対する攻撃を避けるという概念によってあらゆる攻撃から自らの身を守る【被害の逸避】を貫通して攻撃することはできない。
闇の奔流は魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに僅かなダメージも与えることができずに逸らされてしまった。
「レフィーナさんの攻撃は確かに『操力の支配者』で制御できない。じゃあ、『操力の支配者』で制御できる攻撃をぶつければいいだけのこと。『辺獄の影』も、影の場所を特定できないのであれば、その周辺の動きを見ればいいだけのこと。動く以上、僅かな風の動き、魔力の動きが生じる。存在して物理的な攻撃ができる以上、周囲に影響を与えないなんてことはできないんですよ! 【黄金錬成】!!」
圧倒的な熱量を持つ火球が魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの掌中に生じる。その力を『操力の支配者』で五分割して、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは魔法少女ダークネス=ブラダマンテへと放った。
魔法少女ダークネス=ブラダマンテはまだ抗うことができた……が、これ以上足掻いても勝ち目はないと目を瞑り、降り注ぐ火球をその身に受けた。
◆
「『頂点への挑戦』Aブロックの勝者は庚澤無縫となりました。それでは、次のBブロックの開始まで十分間のインターバルを設けます。Bブロックの選手の皆様は三分前までに控室にお集まりください」
円形闘技場の中央に現れたシトラスがアナウンスを終え、無縫に『夢幻の半球』の掛け直しを依頼すると、再び円形闘技場の建物内へと消えていく。
通常であれば戦いによって荒れた部分を修復班の者達が修繕するのだが、『夢幻の半球』の効果は建物にも影響を及ぼすため、一度解いてもう一度掛け直せば破損していた部分は全て元通りになる。
普段の大会に比べたら慌ただしい部分もなく、大会の運営はかなり楽な形になっていた。
……まあ、その分、建物を壊さないように、あるいは相手を殺さないように、なんていう意識を割かずに暴れ回れるため、例年のものとは比べ物にならないほど大会は苛烈さを増していたが……。
何より、選手達の精神状態は例年の大会よりも最悪だと言わざるを得ないだろう。
目の前で神話の一頁のような戦いを初戦から見せつけられ、「はい、次もこのレベルの戦いをよろしくね」とバトンを投げつけられたような形なのだ。
あれほどの戦いを見た後だと、どんな戦いも霞んでしまうだろう。
……では、大会の決勝の舞台で挑戦者を待つだけでいい魔王テオドアの精神状態は、というとAブロックの選手達に比肩する戦いを求められている四天王の面々以上に発狂していた。
「――ああっ! なんなんだよ! 今年はッ! 豊作にも程があるだろッ!! ジェイドさんも普通に俺戦ったら負けるって確信したし、ヴィトニルも、白雪さんもそれぞれの分野で最高峰の戦いを繰り広げていた。新人もレフィーナさんとレイヴンさんは、明らかに魔王軍幹部や魔王軍四天王以上の実力者……っていうか、もうほとんど魔王レベルだし、他の参加者も無縫さんがいなければ魔王を狙えるレベルの猛者達ばかりじゃないか!! えっ、何? 俺、あんな化け物に挑むの? そんでもってボコボコにされるの!?」
魔王の威厳って何それ? と言わんばかりに「俺、帰りたいんだけど!!」と叫ぶテオドアに、「一緒に帰りましょう! 戦ったって勝ち目がありませんよ!!」と同調するアルルーナにゼグレインは溜息をついた。
「……そりゃないだろ、魔王さん。レインさんが頑張りを否定するような真似はしないでもらいたいな。……ってか、レインさんはどこに行ったんだ?」
「そういや、いないな。さっきまで居た筈だけど……」
「レイン殿なら、先ほど無縫さん達が向かった観客席に向かいましたよ。お祝いの言葉を伝えたいようです」
戻ってきたシトラスが無表情でゼグレインの問いに答える。
「……シトラス、お前本当にとんでもない奴を連れてきたなぁ」
「お褒めに預かり恐悦です」
「……褒めてねぇけどな。まあ、喚いているし、正直怖いっていう気持ちはあるが、俺も魔王だ。この国の王として魔族の頂点に立つものとして責任は果たす」
「それでこそ、私の主君ですよ。陛下と無縫殿の戦い、特等席で楽しく見せて頂きます」
「本当にお前はなぁ……まあ、それも魔王軍四天王を突破できたらの話だ! 期待しているぞ! お前達! 特にアルルーナ!」
この場から逃げるように……より正確には、Bブロックに出場するためにこの場を去ろうとしたアルルーナにテオドアは圧たっぷりの微笑を浮かべた。
◆ネタ解説・百九十話
『辺獄の影』
名称の元ネタはウェストミンスター・システムによる議院内閣制を採用している国で実施されている影の内閣、Shadow Cabinetと呼ばれる野党が設置する政策立案機関。
イギリスでは野党第一党が影の首相に就任し、党所属国会議員から影の閣僚を政府の各省の担当領域ごとに任命して影の内閣を組織する。
影の内閣はイギリス政府・与党の内閣と対する組織として存在し、その運営には予算が計上され、議会内に影の内閣専用の執務室が提供されている。
着想元は岸本斉史氏の漫画『NARUTO』のうちはマダラの忍術「輪墓・辺獄」。辺獄あるいはリンボ(limbus)とはカトリック教会において「原罪のうちに死んだが、永遠の地獄に定められてはいない人間が、死後に行き着く」と伝統的に考えられてきた場所のことである。
暗黒螺旋魔砲
着想元は真島ヒロの漫画『FAIRY TAIL』に登場する「六魔将軍」のギルドマスターであるブレイン及びゼロが使用する魔法「常闇回旋曲」。