頂点への挑戦での再戦! 魔王軍幹部・淡空白雪!
真っ白な吹雪が吹き荒れる戦場――円形闘技場はまさに銀世界だ。
「アヴァランチ山では、私も本気で戦いましたわ。あの敗北は全力を尽くした結果です。……本当にッ! 魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの力は反則だと思いますわ」
「……まあ、あの固有魔法は俺も反則だと思いますよ。エントロピーの増大則――熱力学第二法則によって導かれる宇宙の熱的死を回避でき、事実上無限のエネルギーを生み出すことができる力ですからね。どこぞの宇宙人が喉が手が出るほど欲しがりそうです。……現実的な話をしてもエネルギー不足は深刻ですから、戦争が起こるレベルで取り合いになる魔法だと言えるでしょう。高度に科学が発達した世界であればあるほど」
「……そんな世界の存亡を左右するような大魔法、ポンポン使わないでもらいたいものですわ!! ……ごほん。前回の二の舞になるだけですから、雪女の力を馬鹿正直に振るう戦法は使いませんわ。ですので、前回みたいな派手な攻撃には期待しないでください」
白雪は氷の棺のようなものを地面から浮かび上がらせる。
その棺の蓋を取り外すと、中に入っていた自分の背丈ほどの大きな薙刀を取り出した。
「『薙刀・雪嵐雲斬り』……私の愛用する業物ですわ」
「ならば俺も剣士として戦おうか?」
無縫も「冥斬刀・夜叉黒雨」を取り出して構える。
空気が緊迫し、両者が互いの出方を見て場が膠着した。
しかし、永遠に続くかに思えた膠着はものの数秒で終わりを迎えることとなる。
――無縫と、白雪がほぼ同時に地面を踏み締めて一気に互いに肉薄し、攻撃を仕掛けたのである。
薙刀を大きく振り下ろす白雪の一撃を無縫は渾身の横薙ぎでもって受け止める。
「大地からの氷槍!!」
薙刀による振り下ろし攻撃は白雪の細腕から放たれたとは思えないほどの破壊的な威力を秘めていたが、この程度の攻撃は無縫に受け止められてしまうと踏んでいたようだ。
素早く冷気によって凍らせている地面から大量の氷の槍を生やして無縫に嗾ける。
更に、両手で持っていた薙刀をいつの間にか右手のみに持ち直し、純白のドレスに帯びていたミスリル製の細剣を左手で抜刀して無縫の心臓目掛けて躊躇いなく刺突を放った。
「【被害の逸避】」
……が、無縫が左手を突き出して呪文を呟くと心臓を狙った筈の細剣の鋒も地面から生やした氷の槍も物理法則を無視して無縫から逸れていく。
「――ッ!? これは、ヴィトニルさんの攻撃を逸らした魔法!?」
「手を突き出している間は魔力消費と引き換えに自分に降りかかる厄災を避けることができる魔法です。どんな攻撃の被害も逸らすことができる……簡単には打ち破れませんよ。それこそ、この魔法そのものに干渉でもしない限りは、ね。では、お返しといきましょう」
打ち合ったまま拮抗していた薙刀を強引に押し返し、距離を取った無縫は再び斬撃を放つ。
未だに無縫が左手を下げていないことを目視で確認した白雪は搦手による攻撃を捨てて細剣をドレスに帯びると、薙刀を両手で構えて思いっきり振り下ろした。
無縫は白雪の薙刀が振り下ろされたタイミングで左手を下ろして【被害の逸避】を解除し、斬撃を放つ。
「――ッ!?」
次の瞬間、白雪は薙刀を手放してしまった。手に襲い掛かった異常な衝撃に耐えきれなかったのである。
「『振動剣』……渾身の斬撃を相手に受けさせることで、剣から発する振動波を剣を通して相手に伝え、相手の神経を麻痺させる技だよ。『毒禍の斬撃』とはメカニズムが違うけど、似たようなものかな? いずれにしても、これで淡空さんはしばらく武器を握れない」
「困ったわね……これじゃあ薙刀だけでなく、細剣の方もしばらく使えないわ。だったら、無効化させるとしても真っ向から大魔法を放つしかないわね」
「……前回みたいに『操力の支配者』を使ってエネルギーの制御を奪うのは無しで、互いに大魔法を撃ち合って決着としましょうか?」
「心遣い感謝するわ。……それなら、まだ勝ち目が出てくるわね」
白雪の周りに膨大な魔力が渦巻く。白雪の周りに集まった白い魔力が吹雪へと変化し、轟音を鳴り響かせた。
対する無縫も魔力を練り上げる。白雪の魔力に相反するように、赫赫と燃え盛る炎のような赤い魔力だ。
「――絶対零度の世界に沈めて差し上げますわ! 超克極寒の摩訶鉢特摩!!」
「灼熱の炎で世界を塗りつぶせッ!! 紅煉焔獄の大焦熱世界!!」
氷系最上級魔法の一つ「極寒世界」と炎系最上級魔法の一つ「灼熱世界」の強化版の如き固有魔法が戦場を二分するように顕現する。
「極寒世界」と「灼熱世界」の同時顕現は既にベンマーカが温度差によって対象を死に至らしめる魔法戦術として編み出している……が、明らかにその規模はベンマーカのものと比べても桁違いだ。
氷属性魔法に天賦の才を持つ雪女の、更に上澄みでしか再現できないような大魔法だ。範囲を絞って発動しているため被害はそこまでではないが、魔法の運用の仕方によっては戦略級魔法としても通用するものである。
……属性魔法に特別秀でているという訳でもないのに、それと拮抗する大魔法を放つ無縫は一体何者なのだろうか?
ベンマーカほどの実力でもどちらか片方の再現すら厳しいだろう。
そんな魔法が同時に戦場に顕現している。その力が他の挑戦者達に向けられれば生き残れる者はほとんどいない……が、白雪も無縫もその力をライバルには向けるつもりがないようだ。
白い吹雪の世界と灼熱の炎の世界は互いの世界を塗り潰さんと侵食していく。
とはいえ、その侵食力は完全に拮抗しており、二つの世界は互いの世界を塗り潰そうとしながらも均衡を崩せずに出現した時の圧倒的な力を保ったまま存在し続けている。
この二つの力の拮抗がいつまでも続くと、半ば観客と成り果てていた挑戦者達の誰もが思っていた……が。
唐突に白雪が膝をついた。ただでさえ白い肌が蒼白に染まり、ゼエゼエと苦しそうに息を吐く。
「もう……魔力が限界」
白雪の魔力が欠乏した瞬間、均衡は崩れた。白銀の世界は一瞬にして消失し、阻むものがなくなった世界に灼熱が一気に傾れ込む。
白雪は迫り来る灼熱の世界を眩しそうに見つめながら「完敗よ……」と一言呟き、炎の中に飲まれていった。
◆
「……どうしてこうなった」
白雪を撃破して、見事Aブロックの魔王四天王と魔王軍幹部を全員撃破した無縫は……目の前で繰り広げられている光景に頭を抱えていた。
本来であれば、魔王軍四天王と魔王軍幹部を撃破して大きく消耗している無縫は真っ先に狙うべき相手……の筈だ。
初代魔王ジュドゥワードと二代目魔王ベンマーカを倒した優勝候補筆頭――ライバルとして厄介極まりない相手である無縫を落とす絶好の機会だというのに、誰一人無縫に戦いを挑む者は現れなかったのである。
「魔王軍四天王と三人の魔王軍幹部を撃破して戦力を大きく削ってくれたんだ。そんな無縫さん相手に全く消耗していない状態で攻撃するのは流石に気が引ける」
ルシフェール山の山中で待ち構えて闇討ちするような者達であれば、消耗した無縫に攻撃を仕掛けるような真似をしたかもしれないが、そういった卑怯な者達はルシフェール山の山中で敗北して権利を失うのが王道のパターンである。
今回も闇討勢は一人も本戦に出場することはできなかったようだ。
無縫とは面識がなくても、基本的に騎士道精神を持ち合わせるような者達ばかりであり、率先して無縫を狙うような者達は現れなかった。……まあ、ここで襲撃を仕掛けられても返り討ちにできるほどの体力は残しているので、無縫としては肩透かしを食らった気分なのだが。
それに、挑戦者達には他にも無縫を直接狙えない理由があった。
なんと、レフィーナ、レイヴン、クロムロッテ、イクス、カーリッツ、ミリア、シエル、オズワルド、スグリ、マルセラ、ガルド、シャルロ、ギミード、ワナーリ――無縫との戦いを希望する者達がなんと戦闘の只中に徒党を組んでしまったのである。
レフィーナ達の同盟に対抗するために、挑戦者達も徒党を組まざるを得なくなり、結果としてレフィーナ達の連合と残る挑戦者の激突へと戦いは塗り替えられてしまったのだ。
「『騎士魔法』・浄罪の聖輝!!」
魔法少女エルフィン=ブラダマンテに変身したレフィーナは自身の得物『妖精魔法少女の細剣』に光属性の魔力を纏わせて次々と迫り来る挑戦者達を切り捨てていく。
「魔導忍法・劫火球でござる!!」
レイヴンは腰に帯びている刀を抜かず、魔導忍法を使って挑戦者達の相手をするつもりのようだ。
口内に燃え盛る炎が出現し、その炎を吐き出すと同時に炎が巨大化――迫り来る挑戦者の一人を一瞬にして消し炭へと変えてしまう。
「魔を導く剣よ! 【劫焔爆裂】!!」
「雷流星拳!」
クロムロッテとイクスの二人も後輩であるレイヴンに負けられないと言わんばかりにそれぞれの得意技で迫り来る挑戦者達を次々と放っていく。
クロムロッテは天職である魔導剣士の力で大魔法である【劫焔爆裂】を剣に込めて斬撃に乗せて爆裂魔法を発動させて挑戦者達を次々と爆発に巻き込んで撃破していき、イクスは雷撃を乗せた拳で次々と挑戦者達の胸部を粉砕していった。
「若い者達には負けていられないな……『破城戦鎚』!!」
膨大な魔力を纏わせたカーリッツが豪快に戦鎚を振り下ろし、挑戦者の一人の頭を粉砕――続け様に迫り来る挑戦者達に横薙ぎを放って挑戦者達を吹き飛ばす。
「ワーブリングシステム起動っす! 特注式ワーブウェポン・狂乱惑刃!」
「ワーブリングシステム起動ですぅ! 特注式ワーブウェポン・破壊砲鎚!!」
ミリアとシエルは同時にワーブウェポンを起動し、ワーブル体へと換装した。
どちらも肇が開発した特注式ワーブウェポンであり、無縫もその存在を把握していない逸品である。
ミリアの狂乱惑刃は惑刃の改良版で弱点だった耐久力を大幅に強化したものになっているようだ。
体のどこからでも出し入れでき、ワーブルを消費して自在に形状を変えられるという性質は健在で、短所だった部分を徹底的に強化する形の改良が加えられている。
変則的な攻撃を得意とするミリアと相性が良かった「惑刃」をより強化できないか、というミリアの提案が発端となっており、余計な改良は一切施さずにシンプルな形で正統進化がなされていた。
一方で、シエルの特注式ワーブウェポンは完全特注だ。
シエルの持つ戦鎚をベースに銃撃も行えるように変形機能が追加されている。銃撃はワーブルを消費して弾を生成する形式で、弾の種類も選べるため見た目に反して攻撃は多彩だ。
新たな武器を駆使してミリアは双剣による変幻自在の攻撃を、シエルは戦鎚を活かした豪快な一撃を放ち、次々と挑戦者達を粉砕していく。
どうやら、シエルは銃撃能力を奥の手として隠し持っておくつもりのようだ。
「鸑鷟飛斬!!」
オズワルドは背丈ほどの巨大な黒い剣を構えると、紫色の炎を纏わせる。
そのまま剣を振り下ろすと、斬撃は紫色の鳥の形へと変化して挑戦者達に次々と襲い掛かった。
鸑鷟は紫色の鳳凰を指す言葉である。
紫炎を変化させて紫色の鳥型の斬撃を放つこの技に似合う名前だなぁ……と暇を持て余した無縫は漠然と考えていた。
「疾風刺槍!!」
「【水奔瀑】よ!!」
「大喰らいの斧槍!!」
「変幻自在のボクの攻撃の攻撃を堪能してよね!! 嵐刃乱舞!!」
風を纏わせた槍を構えたスグリが次々と刺突を放って挑戦者達を撃破していく。
負けじとマルセラが水魔法によって生み出した激流を放って挑戦者達を場外に押し出し、ガルドが腐食効果のある特殊な魔力を纏わせた斧槍を容赦なく振り下ろして挑戦者を粉砕し、シャルロットの変幻自在の双短剣から繰り出される斬撃が次々と挑戦者達を絶命に追い込んでいく。
無数のポリゴンが各所で撃破された挑戦者達の身体から溢れ出す中、Aブロックの試合は新たな局面へと突入した。
◆ネタ解説・百八十六話
『薙刀・雪嵐雲斬り』
着想元は『ONE PIECE』に登場する元四皇『白ひげ』エドワード・ニューゲートの得物である最上大業物十二工の内の一工、薙刀「むら雲切」。
使用者が雪女なので、雪雲を切るというネーミングの方が似合いそうということでこういう名前になった。ちなみに雪嵐雲は積乱雲とかけている。
超克極寒の摩訶鉢特摩
氷系最上級魔法の一つ「極寒世界」の更なる上位魔法としてデザインした魔法。
摩訶鉢特摩は八寒地獄の最下層に位置する極寒の地獄であり、ディザスター(disaster)には厄災という意味がある。
紅煉焔獄の大焦熱世界
炎系最上級魔法の一つ「灼熱世界」の更なる上位魔法としてデザインした魔法。
大焦熱という名称は八大地獄の七番目に位置する大焦熱に由来し、その下には阿鼻地獄が存在する。
グレンという読みの言葉には、紅蓮という字があるが、これは八寒地獄の七番目に位置する紅蓮地獄の「寒さのために皮膚が破れて血が流れ、紅色の蓮の花のようになる」という表現がなされることから氷を連想するため、意図して炎の表現をする際には紅煉と煉獄にも使われる字を用いる。
狂乱惑刃
蝙蝠を意味するラテン語vespertilioに由来する。
破壊砲鎚
北欧神話に登場する神ミョルニルが名称の元ネタ。
『ありふれた職業で世界最強』に登場するシア・ハウリアの武器である大槌型アーティファクト「ドリュッケン」から着想を得た武器で鎚として使える他に砲撃も行える。当然、ワーブウェポンの様々な弾丸を扱えるため、砲撃モードでは予測不可能な攻撃を行うこともできる。
鸑鷟飛斬
中国神話に登場している伝説の霊鳥である鳳凰の姿の一つ。
鸑鷟は紫色のものを指すとされる。なお、色で分ける説は『毛詩陸疏広要』に由来するもので、別の霊鳥とされることもある。
疾風刺槍
名称の元ネタは『ファイナルファンタジー』シリーズにおいてよく用いられるハイウィンドという名。竜騎士や飛空艇関係によく用いられるらしい。
大喰らいの斧槍
着想元は『転生したらスライムだった件』に登場するガルドの能力「混沌喰」。