頂点への挑戦での再戦! 魔王軍幹部・ヴィトニル=ヴァナルガンド!
シトラスとジェイドを相次いで撃破した無縫は円形闘技場の中心でヴィトニル=ヴァナルガンドと対峙していた。
幹部巡りの時と同じ道着姿で円形闘技場に立ったヴィトニルは右の拳を握りしめて後ろに引き、左の手を前に突き出して構える。
対する無縫は空中に無数の賽子を投げて弄んでいる。
明らかに覇霊氣力を漲らせ、近接戦闘の構えを取っていた前回と比べて臨戦態勢とは程遠い態度だが、ヴィトニルは前回よりも無縫が全力に近づいていることを本能的に察していた。
「お望みの通り、俺の本来の戦い方――変幻自在のギャンブル戦法でお相手しよう。ああいう真っ向勝負は性分じゃないんでな。……負けても泣きべそかいて逃げ出すなよ? お嬢様」
「――ッ!! 莫迦にしやがって!! 後、お嬢様って呼ぶな!! 俺様はそういう扱いが嫌いなんだよ!!」
ヴィトニルは吼えるように叫び、一気に地を蹴って加速した。
「喰らいつくせ! 天壌喰らいの狼!!」
ヴィトニルを猛烈な魔力が包み込む。
その身に炎を纏い、全身を覆うように巨大な炎の狼と化したヴィトニルは地を蹴って一気に加速し、無縫に迫る……が。
「神天魔の賽子、その力、封じさせてもらうよ。『奥義封印』」
次の瞬間、ヴィトニルの身体を包む炎が綺麗さっぱり消え去ってしまった。
無縫への肉薄を諦め、一旦距離を取って再び「天壌喰らいの狼」を発動しようとするが、やはり魔法は発動しない。
「『奥義封印』の効果は任意の技一つを封印する効果だ。効果時間は二十分。その間、いかなる方法でもヴィトニル、お前は『天壌喰らいの狼』を使えない」
「――ッ!? 搦手を使ってくるとは思ったが、そういうことかよ!! 不意打ちで初見の技を使わなければならないのか!? 厄介なことこの上ない!!」
「俺はどっちかというと搦手の方が好きだからな。馬鹿正直に真正面から攻撃してくるお前との相性は最悪だろう」
「馬鹿って言うな!! 俺様だって真っ向から突っ込むことしかできない猪じゃないんだよ!! ――肢体剣!!」
「【被害の逸避】」
ヴィトニルは体を武器に見立て、超高速の手刀を繰り出すことで飛ぶ斬撃を放つ……が、無縫で右手を突き出すと、まるて無縫を避けていくように攻撃が逸れていった。
「――ッ!! 俺様の攻撃を逸らしたのか!? 厄介な魔法を……遠距離から削る作戦は通用しないということか! ならば、近づいて仕掛けるだけだ。――指突貫!!」
遠距離からの攻撃は全て無効化されると悟ったヴィトニルは一気に攻めに転じる。
地面を抉る勢いで跳躍し、人差し指を前に突き出して銃の構えを取り、人差し指に全ての力を集約する。
ピキリと腕の筋肉の筋が立ち、指先に渾身の力が込められていることを無縫は一瞬のうちに見抜いた。
「じゃあ、こちらも指突貫でお相手しよう」
無法は涼しい顔で人差し指を突き出してそれ以外の指を軽く握り、指突貫の構えを取る。
そして、ヴィトニルが指突貫を放った瞬間にヴィトニルの指先に向けて指突貫を放った。
寸分の狂いもなくヴィトニルの指の中心に向けて放たれた指突貫はヴィトニルの渾身の指突貫を受け止めてしまった。
無縫の顔は実に涼しげで、ヴィトニルは苛立ちを募らせる……が、その顔はすぐに驚愕の感情に塗り潰される。
「――ッ!? 痛いッ!!」
唐突にヴィトニルの腕の筋肉が裂け、血液の代わりに大量のポリゴンの飛沫が溢れ出したのだ。
「これは、浸透勁かッ!!」
「流石は武術の達人だな。全身の筋肉を振動させて生み出した衝撃波を放つ浸透勁――これを応用した技に逢坂詠防衛大臣が編み出した技『毒禍の斬撃』がある。『飛ぶ斬撃』と『究極挙動の斬撃』のコンボが厄介なように思えるけど、実際には柔の剣も剛の剣も厄介な、まさしく最強の剣士の一角なんだ。まあ、俺が『肢体剣』を盗まれた時に仕返しとばかりに盗ませてもらったけど、この『毒禍の銃剣』は更にそれの応用。刀や剣ではなく指突貫の指先に破壊的な衝撃を乗せたって訳だ」
会場にいた詠が忌々しそうに「チッ」と舌打ちを鳴らす。
そんな詠に惣之助は「またこいつは……」と呆れ顔を向けていた。
「利き腕の右手はこれで潰したが……まだ終わりじゃないだろ? 狼さん?」
「俺様は両利きだから左手で相手をしてもいいが、折角だ! 魔王のために取っておいた奥の手を使わせてもらう! 無縫、お前をここで倒せなければ魔王に挑むことすらできないからな!! 覇霊氣力――魔導硬化!!」
流石に覇霊氣力まで使われるとは想定していなかったのだろう。無縫の顔が驚きのあまり歪む。
ヴィトニルは覇霊氣力を漲らせると、ズタズタになって満足に動かせない腕を強引に包み込み、丸ごと硬化させた。
覇霊氣力の効果の一つに纏わせて硬化させる力がある。どんな鈍の刀でも切れ味抜群の刃こぼれしない剣へと変貌させてしまう強力無比な硬化だが、あくまでその力は纏わせるだけのものである。
ボロボロの腕を固定して武器に変えるような力はない筈……だが、ヴィトニルはなんと魔力を利用して腕を包み込み、魔力ごと覇霊氣力で硬化させることで腕を固定化しつつ硬化させたようだ。
黒稲妻を迸らせ、ヴィトニルが再び距離を詰める。
「――覇魔王狼拳!!」
「――真っ向から迎え撃つ! 覇霊硬化!! 五本指突貫!!」
対する無縫も五本の指を覇霊氣力によって硬化させ、ヴィトニルの放つ右ストレートに真っ向から抜き手を放った。
両者の一撃は再び拮抗し、衝突の衝撃で衝撃波が黒い稲妻と共に放たれる。天が割れるほどの力が爆発し、あまりの気迫故かAブロック参加者の三分の一と観客の一部が意識を刈り取られてしまった。
たった一度の衝突で戦ってすらいない参加者の三分の一を戦線離脱させてしまった無縫とヴィトニルだが、二人はそんなことに意識を割く余裕はなかった。
互いに全力を出し切り、拮抗を破壊しようと吼える。
「吹っ飛びやがれ!! 庚澤無縫ッ!!」
「粉砕されろ!! ヴィトニル=ヴァナルガンド!!」
魔王軍四天王のレインとの戦いも、魔王軍幹部のジェイドとの戦いも一つの戦いの頂点と言えるものであった。
そんな二人に比べてヴィトニルとの闘いは些か見劣りするのではないかという予想が会場の各所でされていたが……結果は二人とは大きくベクトルが違うものの、純粋な力と力のぶつかり合いという意味では間違いなく今回の『頂点への挑戦』において頂点の一戦となった。
「――なあ、庚澤無縫!」
「なんだヴィトニル? 話をする余裕があるのか?」
「滅茶苦茶愉しいな!! こうして全力をぶつけ合える!! こんな愉快なことはないと俺様は思うぜ!! 勿論、勝つのは俺様だけどな!!」
「随分と自分に都合がいい未来を見ているようだな。まあ、愉しいっていうのは同意見だ!! 賭け事を抜きにすれば、これほど愉しい力のぶつかり合いもないさ。……だが、拮抗はいずれ崩れる。いつまでの愉しい戦いは続かないんだよ」
無縫の宣言通り、拮抗は一瞬の均衡の揺らぎを発端として急速に崩れ始める。
ヴィトニルの腕が無縫の貫手によって粉々に粉砕された。そして、無防備を晒したところに無縫の容赦ない攻撃が迫る。
「指弾乱れ撃ち!!」
指突貫の応用で超スピードで放つ突きにより空気を弾丸のように押し出す――飛ぶ指突貫が宛らマシンガンから放たれた弾丸の雨の如くヴィトニルの全身を撃ち抜く。
流石に覇霊氣力を習得したばかりで操れる量も練度もまだまだという段階のヴィトニルには咄嗟に守りに転じることもできず、全身を撃ち抜かれ、無数のポリゴンと化して消滅する。
撃破されたヴィトニルはすぐに円形闘技場の『夢幻の半球』の外で蘇った。
「――ッ!! 庚澤無縫!! 今回は俺様の負けだ!! だが、俺様はいずれ魔王になる女!! 魔王ノワールも、そして俺様のライバルであるお前のことも倒し、俺様が頂点に立って俺様のことを認めさせてやる!!」
負けたのがよっぽど悔しいのだろう。顔が崩れるほど悔し涙を流し、それでもヴィトニルは悔しさに耐えて地面を踏み締め、無縫を指差す。
「何度来たって返り討ちにしてやるよ! ヴィトニル」
「――ッ!? くっ……こっ、これで勝ったと思うなよ!!!!」
そして、いつものように涙を溢しながら脱兎の勢いで円形闘技場から去っていった。
◆
「戦闘は一時中断です! 戦闘は一時中断です! 回収班が入りますので暫しお待ち下さい!!」
無縫とヴィトニルの激闘が終わったところで大量の魔族達が円形闘技場の中心に雪崩れ込んでくる。
彼ら彼女らは気絶した挑戦者達を担架に乗せると円形闘技場の出入り口の方へと去っていく。
「ご協力感謝致します! それでは、引き続きバトルを楽しんでください!!」
救護隊の責任者と思われる純魔族の女性はAブロックの挑戦者達の健闘を祈って最敬礼をして、そのまま円形闘技場の出入り口へと消えていった。
「では、そろそろ普通のバトルロイヤルに戻りましょうか? ……えっ?」
白雪は「もう個人同士の戦いは終わりましたよね?」と言わんばかりに手をぱんぱん叩いていたが……誰一人として臨戦態勢を取るものはいなかった。
「……白雪さんも無縫さんにコテンパンにされたのよね? リベンジマッチ、しなくていいのかしら?」
レフィーナが心底不思議そうに首を傾げる。魔王軍四天王のレイン、魔王軍幹部のジェイドとヴィトニルが一対一の対決をしたのである。同じ魔王軍幹部白雪も希望していると考えたのだろう。
「私にその意思はありませんよ! 普通にバトルロイヤルをするつもりでした!!」
「……正直、全体攻撃できる白雪さんって厄介だし、無縫さんと同時に相手をするのは辛いっていうか、潰しあってくれた方がありがたいんだよな。ずっと黙って観戦してきたのも消耗を抑えつつ猛者達が脱落していくのを待っていたって話だし」
観戦している挑戦者達は空気感としてこの考えを共有していたが、ギミードがそれを言語化するとなんとも言えない雰囲気になってしまう。
ワナーリも「おい、それは言わない約束だろ?」と冷たい視線を向けていた。
「……ああ、でも、無縫殿は戦う気満々のようでござるな!」
「アヴァランチ山の山頂以来ですね。あの時よりも更に愉しいバトルをしましょう!!」
「ああっ!? なんか掌で転がされているようで嫌な気分になりますけど……でも、無縫さんにリベンジしたいって気持ちは私にもあるんです!! アヴァランチ山の雪女の力、もう一度味わわせてあげますよ!」
半ば投げやりな態度になりながら、白雪は臨戦態勢を取った。
そして、三人目の魔王軍幹部との再戦が幕を開ける――。
◆ネタ解説・百八十五話
【被害の逸避】
元ネタは『クトゥルフ神話TRPG』に登場する魔術「被害を逸らす」。
外なる神の名前を口に出して唱え、ぐっと片手を伸ばすことで発動することが可能でマジックポイントと正気度を消費することと引き換えにあらゆる物理的な攻撃を逸らすことができる。
本作においてはクトゥルフ的な要素はほとんど消滅しており、ただ魔力を消費して手を前に向けるだけで発動できる。本戦まで封印しているくらいには強力で汎用性の高い最強クラスの防衛魔法である。
『毒禍の斬撃』
着想元は『落第騎士の英雄譚』に登場する七つの秘剣の一つである「毒蛾ノ太刀」。
この技術は中国武術の一つである勁に分類される浸透勁の技術を刀に応用したもので、更にそれを指突貫の指先に込めた一撃として『毒禍の銃剣』が編み出されている。