頂点への挑戦での対決! 魔王軍四天王先発・レイン=シュライマン!
『……ん? えっと……もしかしてこれ、繋がっている!? 無縫君、いきなり連絡がつかなくなったと思ったら急に連絡してきて、しかもそれって『頂点への挑戦』の会場!? 私達、もしかして映っている!?』
空中ディスプレイに【悪魔の橋】の映像が映し出される。
画面に映った部隊を指揮する凛々しい顔のフィーネリアはあちらに出現した空中ディスプレイに驚き、続いて自分が映されていることに気づいたのだろう。
「軽くメイクしただけでとても映像に映れるような状態じゃないのに……」と赤面して顔を手で覆った。
『というか、何やっていたのよ!?』
「初代魔王陛下の悪巫山戯に乗って大会の開会式にギリギリのところで滑り込もうとしたら遅刻して怒られました」
『本当に何やっているのよ!! 心配したんだから!! ……というか、よく参加を許可してもらえたわね。で、こちらに話を振ってきたということは魔族の皆様を安心させるためかしら?』
「一応、俺の母国に侵略活動をしてきた侵略者だし、信用ないのは仕方ないよね」
『異世界ジェッソには侵攻していないから!! ……まあ、私達が信用できるか信用できないかは別としていいタイミングだったわ。つい先ほど、【悪魔の橋】に対して中規模の侵攻がありました』
フィーネリアの言葉に会場にいた魔族達……だけでなく、翼冴から提供を受けた空中ディスプレイが投影されている十個の区画に暮らす魔族達も衝撃のあまり固まった。
「……だ、大丈夫よね」
「大丈夫だよ! フィーネリアお姉さん達がきっとなんとかしてくれたんだよ!」
宿屋『鳩の止まり木亭』では、心配そうなビアンカにスノウが希望の籠った眼差しを向けていた。その隣では宿屋『鳩の止まり木亭』に滞在しているタタラがコクコクと小さく頷いている。
フィーネリア達が無事な姿で映っている時点で安全は確保されているのが確定しているが、やはり侵攻を受けたことへの恐怖は完全に拭い去れないのだろう。
『当初の想定通り、侵略を仕掛けてきたのはラーシュガルド帝国の騎士達、総勢八千名程度。こちらは長尾驢鎧と、徒手拳兎を嗾けて騎士の九割をキューブ化、残りは全員戦意を喪失しているわ』
フィーネリアが外に出て【漆黒の闇の森】を見下ろす。
そこには真っ白なワーブルの立方体がいくつも転がっており、僅かに残った騎士達が同僚だった者達を抱きしめ……或いは涙を流し、絶叫し……完全に戦意を喪失し切っていた。
「当初の予定通り、彼らの処遇についてはシトラス宰相閣下やテオドア陛下の判断に従います。彼らを捕虜として情報を引き出すもよし、戦争を仕掛けてきたラーシュガルド帝国に送りつけて警告に使うも良し。……ただ、殺すのだけは得策ではないのでやめておいた方がいいと思います。あのワーブルキューブはエネルギーとして利用できます。殺すくらいならフィーネリアさん達に高値で売りつける方がクリフォート魔族王国の利益になるのではないでしょうか? あのキューブについては解除する方法を内務省で開発していますのでご提供させて頂きます」
「技術の提供の申し入れ、感謝致します。大会が終了した段階で決めさせて頂きたいと思います。……今回の大会でテオドア陛下が陥落する可能性も否定できませんからね。庚澤無縫殿が勝利するか、魔王陛下が玉座を防衛できなかった場合は次の魔王陛下が決める話になりますので」
「ではそういうことで。……フィーネリアさん、ということだから残っている騎士達もキューブ化よろしくお願いします」
『やっているのは私達だけど……本当に容赦ないわね。人の心とかないのかしら? マフィア相手の殺人にも躊躇なかったし、本当に倫理のタカが外れているわね。……まあ、殺さないだけマシかしら? じゃあ後始末やってくるわー。無縫君、絶対勝ち上がりなさい!! まあ、貴方が負けるところなんて想像できないけど』
「まあ、無縫は我の父上――魔王ノワールも普段からボコボコにしているから、遅れを取ることはないじゃろう」
フィーネリアは欠伸を噛み殺し、部隊の仲間に指示を飛ばす。
そんなフィーネリアの姿を最後に通信は終了となった。
「では、今後こそ開会式を終了し、これより第一ブロックの開戦に移りたいと思います。第一ブロックの参加者を除き、皆様控室に移動してください。控室にもディスプレイは配置してありますので、そちらで観戦はできるようになっております」
――こうして、何回かトラブルに見舞われたものの、今年の『頂点への挑戦』が始まったのである。
◆
今年の『頂点への挑戦』の参加者は総勢千名。
そのうち、二百五十名が一つのブロックの参加者ということになる。
全員が敵同士……の筈だが、参加者達は「戦闘開始!」の宣言がなされた後も一向に戦いを始める気配はなく、緊張の面持ちで円形闘技場の中央を見守っていた。……一部を除いて、ではあるが。
「この度は私の申し入れを受け入れてくださりありがとうございます」
蒼み掛かった銀髪を腰まで伸ばした美少女とも美女ともつかない美しい容姿。
黒いパンツスーツ姿の銀色の瞳を持つ極魔超粘性体のレインは相対する無縫に会釈をした。
「改めまして、私はレイン=シュライマンと申します。クリフォート魔族王国・魔王軍四天王と魔王軍外交部門部門長、魔王軍兵站部門部門長を兼任しております。本日はクリフォート魔族王国・魔王軍四天王としてお世話になります」
「どうもご丁寧に。改めまして、庚澤無縫です。本業は勝負師ですが、副業として内務省異界特異能力特務課でアルバイトをしています」
互いに名刺交換をして、社会人のやり取りを済ませる無縫とレイン。
一瞬、本当に戦場か? と思うような光景が繰り広げられていたが、両者が互いに背中を向けて距離を取ると、空気は徐々に張り詰めていった。
「それでは、業務開始と――」
「待ってもらいたい! ワタシは今、コヤツと戦いをしているのだ! 次に無縫、キサマと戦う権利を賭けてな!」
先ほど除いた一部とは、ジェイドとヴィトニルだった。
彼らは無縫と戦う権利をかけてなんと戦いの観戦そっちのけでじゃんけんを始めてしまったのである。……なお、決め方自体は観客席にいたシルフィアの発案だ。こいつ、ホント余計なことしかしないな。
「うむ! ワタシの勝ちだ! キサマはワタシの後に無縫と戦うが良い!!」
「ぐぬぬ! 無縫! 俺様と戦うまで負けるんじゃねぇぞ!!」
「……お騒がせして申し訳ございませんでした。どうぞ、戦いを始めてください」
二人と同格の魔王軍幹部ながら二人の暴走を止められなかった白雪が頭を下げた。
ちなみに基本的にはルール無用のバトルロイヤルで待ってあげる義理などないのだが、誰一人として横槍を入れる者はいない。強者達が潰しあってくれることを望んでいるのか、それとも魔王軍四天王と存在そのものが規格外のルーキーの戦いをこの目に焼き付けたいと思っているのか。
「それでは、業務開始です。貴方は強い。ですので、私も本気を出させて頂きます」
かっちりとしていたネクタイを少し緩め、目に黒く分厚い隈がある不健康そうな顔に凛々しい微笑を浮かべ、レインは手を突き出した。
「私は魔王軍の中でも最高火力の技の使い手です。魔王軍四天王先発、最弱だと侮らないように。――空元気球」
その力は無縫ですらゾワっとするほどだった。
レインの手に青白く輝く魔力が収束していく。その力が氾濫しそうなほど高まっていくと同時にレインの顔から疲労が抜け落ち、くすんでいた美貌が花が咲いたように眩く輝いた。
「空元気球はただの魔力弾ではありません。その威力は術者の心理状態や体の状態――即ち、疲労の蓄積量によって変化します。即ち、疲れているほど威力が増す一撃なのです。特に最高レベルの疲労の蓄積がされた状態での空元気球の火力は魔王城を消し飛ばすほどのものです」
「……なるほど。だから、あえて兼業をして仕事を増やして疲労を蓄積しているということですか。トリプルフェイスにはそんな意味が。……真正面からの高火力技、俺にはそれを真正面から受け止める方法はありません」
「降伏宣言ですか? それとも隠し球が? まあ、いいでしょう! 思う存分味わってください! これが社会人のお得意の技です!」
理不尽なエネルギーの塊が無縫へと殺到する。
「――切り札の一つを解放します。固有魔法『操力の支配者』」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに変身した無縫は瑠璃色の陽光に命じた。
その瞬間、空元気球がレインの制御を完全に外れてしまう。
「初代魔王ジュドゥワード陛下を敗北に導いたあの戦法の応用で終わらせてあげましょう。俺が異世界を渡り歩いた中で手に入れた天職の一つ万物錬成師――【万物創造】と対を成す矛と呼ぶべき戦いの錬金術。――その名は、【黄金錬成】!!」
膨大なエネルギーが魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの掌に収束する。
超高温・超高圧によって引き起こされる核融合によって元素転換を行い「金」を錬成する術式――【万物創造】を用いればこれほどの魔力を消費する必要はないが、あえてその非効率な手法を用いるのは、生じる莫大なエネルギーの方に利用価値があるからだ。
錬成術から派生した核融合魔術により、膨大なエネルギーを秘めた火球が生み出され、レインに向けて放たれる……かと思いきや、そのエネルギーは空元気球のエネルギーと融合してしまう。
既に空元気球だけでもレインを容易に消し飛ばす力を秘めていたのだ。そこに核融合魔術の莫大なエネルギーまで込められてしまったらオーバーキルにも程がある。
「スライムの技能を使っても勝ち目がない。……二発目の空元気球ではあのエネルギーを相殺するには至らない。……完敗ですね」
負けを認めたレインは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスがエネルギー球を解体して放ったエネルギーの奔流に飲み込まれ、戦場から跡形もなく姿を消した。
◆ネタ解説・百八十三話
空元気球
名前及び技のイメージは鳥山明氏の漫画『ドラゴンボール』に登場する必殺技の一つ元気玉。
とはいえ、この技の性質は元気玉の丁度対極に位置するといっても過言ではない。
本作のレインは、『転生したらスライムだった件』のリムルから少なくない影響を受けている(無性別であることや人間体での美しい容姿など)が、最も影響を受けたのは『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』に登場するジムリーダー兼四天王件ポケモンリーグ営業部のサラリーマンであるアオキであり、トリプルフェイスである点やサラリーマンらしい言葉を使ったりといった点が共通している(ただし、アオキが仕事に対する積極性が欠けているのに対し、レインは戦闘スタイルの関係もあってか自ら進んで多くの仕事に取り組んでおり、その点で二人は対極の存在であるとも言える)。
この空元気玉の着想も、ノーマルタイプ使いであるアオキが「社会人お得意」と表現する「からげんき」から取られている。
◆キャラクタープロフィール
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・レイン=シュライマン
性別、無性。
年齢、二十六歳。
種族、極魔超粘性体。
誕生日、一月十九日。
血液型、A型Rh+。
出生地、【漆黒の闇の森】。
一人称、私。
好きなもの、労働後の食事。
嫌いなもの、先の見えないタスク。
座右の銘、「空元気は本物の元気になる」。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国四天王、魔王軍外交部門部門長、魔王軍兵站部門部門長。
主格因子、無し。
「魔王軍四天王の一人で魔王軍外交部門、魔王軍兵站部門の部門長。一番手。蒼み掛かった銀髪を腰まで伸ばした美少女とも美女ともつかない美しい容姿をした人物。瞳は銀色。なお、実際にはスライムであるため性別が存在しない。基本的には黒いパンツスーツ姿で黒いビジネスバッグを常に持ち歩いているサラリーマン風の格好をしている。その美しい見た目から魔王軍の中にファンクラブもあるらしい」
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