開幕! 頂点への挑戦〜サタン・カップ〜 前編
『頂点への挑戦』の本戦は魔都の中心に位置する魔王城――その広大な庭に作られた円形闘技場にて行われる。
『頂点への挑戦』は魔王との一騎討ちを行う魔王戦を除いては、基本的にバトルロイヤルの形式を取っている。
まず、参加者達は四つのグループに分かれてバトルロイヤルを行い、グループの勝者を決する。
そのグループの勝者四人が魔王への挑戦権をかけたバトルロイヤルを行い、その勝者が魔王に挑戦できるという流れだ。
公平性を保つため、各グループには必ず四天王が一名参加する。余程のことがない限りは四天王が勝ち上がり、四天王の四人が第二回戦の舞台で戦うことになる。
……とはいえ、他の参加者や魔王軍幹部が挑戦権を手に入れるということも全く無い訳ではない。
一方、同じくシードの立場にある魔王軍幹部だが、こちらは十人ということでどうしても不公平なところが生じてしまう。
そこで、二つのブロックのみ三人の魔王軍幹部が参戦し、残りは二人の魔王軍幹部が参加するという形をとっている。どの魔王軍幹部がどのブロックになるのか、またどの四天王がどのブロックになるのかも大会が始まってから行われる籤によって決められるため、魔王軍四天王の中でも公平性が保たれている。
参加者は円形闘技場の入り口付近にある受付に手帳を見せると籤を一本もらうことができる。
大会開始のタイミングで明かされる各ブロックの参加者名簿は籤の数字と合致する数字が書かれており、大会の開会式のタイミングで初めてどのブロックで戦うかが決まる。
なお、籤と手帳に記されている名前は大会運営委員会の職員に記録されているため、籤を交換するといった不正は行えない形になっているようだ。
◆
「お久しぶりですね、レフィーナさん。その節はどうもありがとうございました」
カーリッツと共に受付を済ませたレフィーナは、背後からかけられた声に少し驚きつつ振り返ると、そこには長槍を背負った革鎧を着ている純魔族の青年、魔女風の三角帽子を被り、黒いローブを纏った金髪碧眼のラミア族の少女、重厚な金属鎧でガチガチに身を固めた豚頭族の王の男、銀色のナイフを弄んでいる緑のシャツの上から茶色いマントを羽織った、ミニスカートに黒いタイツを合わせている盗賊らしい軽装備を纏っている茶髪の短髪と澄んだ青い瞳が美しいボーイッシュな有翼の乙女の少女――懐かしい顔ぶれが揃っていた。
純魔族のスグリ、ラミア族のマルセラ、豚頭族の王のガルド、有翼の乙女のシャルロット――アディシェス区画からアクゼリュス区画に向かう道中、僅かな時間だが車中で同じ時間を過ごした四人の幹部巡りの挑戦者達だ。
「まあ、当然資格は集め終えているわよね。ただならぬオーラがあったから、きっと強いんだと思っていたのだけど……魔王様に挑戦できるのは一人だけど、そこまで互いにベストを尽くしたいわね!」
「うむ、勝負が今から待ち遠しいな!」
「ところで……無縫さん達は一緒じゃないの?」
「レフィーナ殿の友人じゃな? 儂はカーリッツじゃ。……ところで、お主達も無縫殿達を見かけていないのか?」
「お噂はかねがね。……ということは、お二人も……」
「えぇ、ルシフェール山の入山口で分かれてから一度も。私より後に来ているとは思うわ。……でも、流石に着いていないのはおかしいと思うのよね」
「……おいおい、無縫達が来ていないって本当なのかよ!?」
「お久しぶりですね、ギミードさん。ワナーリさんも」
このタイミングでレフィーナ達に合流したのはギミードとワナーリだった。
「確か無縫って運営にも用事があるって言っていたよな? 空中ディスプレイを映し出せる魔法を付与した魔道具を提供して、全ての区画で観戦できるようにするって言っていたんだが……」
「そちらの件でしたら、私共の方で対応しておきました」
ワナーリが無縫がまだ到着していないという話を聞いて頭を抱える中、冷静な声音で語り掛けてくる男の姿があった。
魔族の国では明らかに浮いている人間の男はかっちりとしたスーツを纏っていた。
「お久しぶりっすね! レフィーナっち!」
「会いたかったですぅ!!」
「ミリアさん、シエルさん、久しぶりね! ここにいるってことは……もしかして?」
「ウチ達も実は幹部巡りをしていたっすよ! 内務省秘密開発部門部門長の肇さんと、内務省の藤牧さんの力をお借りして、滅茶苦茶頑張ったっすよ!」
「私の方も良いデータが撮れましたので、お互い持ちつ持たれつということで。皆様、お初にお目にかかります。豺波肇と申します」
「皆様、お初にお目にかかります。内務省職員の藤牧翼冴と申します」
「……藤牧さんの下の名前って翼冴っていうですね」
「てっきり、下の名前は無いのかと思っていたっす」
「……流石に苗字だけではありませんよ。それと、豺波殿にはすでにフルネームで名乗っていたと思いますが」
「……そだっけ?」
内心では「本当にこの人、興味ないことにはとことんリソースを割かないよな」と思いつつも一切表情に出すことはない翼冴。
そんな翼冴にここ数日で肇のマイペースっぷりを嫌というほど味わうこととなったミリアとシエルは心の中で翼冴に同情した。
「……ミリア、お前しばらく休んでいると思ったら幹部巡りをしていたのかよ」
「お、オズワルド司令!? ど、どうしてここにいるんすか!?」
ここで合流を果たしたのはオズワルドだった。
「しばらく有給を消化させてもらうっす」とだけ伝えてしばらく対人間族魔国防衛部隊を休んでいたため、オズワルドもまさか「ミリアが友人のシエルと二人で幹部巡りをしている」とは想定もしていなかったのだろう。
一方、ミリアの方もオズワルドが【悪魔の橋】を離れるとは思っていなかったので、この場にいることは欠片も想定していなかったようだ。
「……まあ、俺もレイヴンとか若い奴のやる気に当てられて昔の夢を追いかけたくなってな。ちなみに、対人間族魔国防衛部隊の奴らも観戦に来ているぞ」
「【悪魔の橋】の防衛はどうしたんすか!? 流石に対人間族魔国防衛部隊があそこを離れるのはまずいっすよね」
「そっちはフィーネリアさん率いるロードガオンの部隊が代わりに引き受けてくれた。四天王のレイン様から提案して頂き、無縫さんが仲介してくれてフィーネリアさんに頼んだ形だな。……ってか、その無縫さんが来ていないってどういうことなんだよ?」
「私も内藤参事官と定期的に連絡をとっていますが、あちらも連絡がついていないようです。……そうでした。今回の大会、大田原総理や内藤参事官、リリス参事官補佐も現地で観戦されるおつもりのようです。もう少ししたら時空の門穴を開く手筈になっております」
「内藤さんとリリスさんは来るかもしれないと思っていたけど、まさか総理まで来るなんて……本当にフットワークが軽いわよね。……そういえば、会場には既にブルーベル商会のリリィシア=ブルーベル会頭もいらしているのよね。タタラさんはスノウさんと一緒に宿で観戦するっていう話だったけど、リリィシアさんは会場で観戦したいって言って一足先に馬車に乗って向かった筈だけど。……ちゃんと到着できたのかしら?」
観戦希望者は馬車や魔導列車といった挑戦者が利用できない公共交通手段も当然ながら利用できる。
仮に迷っても各地の駅で魔王城へのアクセスは教えてもらえるので到着できていない……ということは流石にないだろうが、実際に会場で顔を合わせている訳ではないので少しだけ不安になるレフィーナだった。
「皆様、お揃いのようですね。お久しぶりです、レフィーナさん」
このタイミングでレフィーナに声を掛けて合流したのはクロムロッテとイクス――ルキフグス=ロフォカレ学園の二人だった。
「ところで、皆様。レイヴンさんのことはお見かけしておりませんか?」
「……無縫さんもそうだけど、レイヴンさんも見てないわね。内務省の方では何か掴んでいないのかしら?」
「おそらく防衛省管轄の自衛陸軍で鍛えられていると思いますが……そこまで強固な関係にはないので我々も掴んでおりません。大田原総理なら何か知っているかもしれませんが」
「……まさか、時間が足りなくて資格を全て集められなかった、なんてことは……」
「ふん、この俺が自ら修行をつけたんだ。そんな愚かな真似をする訳がないだろう? 馬鹿にしているのか? 小娘」
人垣を打ち砕くが如く、傍若無人な態度で詠が姿を見せた。その隣にはほんの少しだけ凛々しくなったレイヴンの姿も姿もある。
「お久しぶりでござる! レフィーナ殿! 皆様も!!」
「久しぶりね。……修行はどうだったかしら?」
「思い出したくもない辛い修行だったでござる。逢坂殿のことを何度も鬼だと思ったでござるが、辛い修行の分、しっかりと着実に強くなれたとは思うでござるよ!」
「……ほう、いい度胸だ。ここで真っ二つにされたいようだな」
懐かしい顔ぶれと再会して気が緩んだのかほんの少しだけ本音を吐露してしまったレイヴンは背後から刀の鞘で背中をトントンと小突かれ、恐怖のあまり竦み上がった。
「……それで小娘、あの愚か者はまだ来ていないのか?」
「小娘じゃなくてレフィーナよ、詠防衛大臣。やっぱり、貴方って無縫君のことがなんだかんだ好きなのね」
「……くだらんことを言うなら叩き斬るぞ。俺はただくだらん理由であいつが不戦勝になることが許せんだけだ。戦場で無様に負けるならともかくな。……まあ、いい。折角ここまで足を運んだんだ。暇潰しに弟子の無様な負けっぷりでも鑑賞してから帰るとしよう」
「……本当に素直じゃないわよね」
憎まれ口を叩きつつ、傲慢に振る舞いながらも内心では弟子であるレイヴンのために会場まで足を運び、無縫のことを心配する詠に思わず苦笑を浮かべてしまうレフィーナだった。
『会場にお集まりの皆様、間も無く開会式を行います。出場者の皆様は円形闘技場の中央にお集まりください』
「――ッ!? そろそろ時間がまずいわね。無縫さん、間に合うといいのだけど」
宰相シトラスの風魔法を使ったアナウンスを聞き、レフィーナ達は円形闘技場へと繋がる地下道へと向かった。
無縫達の姿は相変わらず会場のどこにもない……。