異世界の女神を相手に不殺という危険を犯すのに対価に何も差し出さないって、流石に俺のことを馬鹿にし過ぎていないかな? それとも、神の権威でどうにかなると思っている?
無縫、ヴィオレット、シルフィアの三人はジュドゥワードに先導され、旧魔王城内の廊下を進んでいた。
「……この部屋がいいな」
ジュドゥワードは応接室として使われた部屋に無縫達を案内すると、一度部屋を後にし、紅茶とお茶菓子を持って現れた。
四つの紅茶の入ったカップをジュドゥワードはヴィオレット、シルフィア、自分の前、そして誰も座っていない椅子の前に配膳する。
一方、無縫は珈琲セットを取り出して優雅にネルドリップで珈琲を淹れ始めた。
「そろそろ姿を見せてもらいたいのだが……」
ジュドゥワードがそう呟くと部屋の一角に黒い魔力が渦巻き、その渦から姿を見せたのは背中まで届く黒の長髪を持つ黒衣の青年だった。
見た目は人間とほとんど変わらない……が、その金色の瞳は怪しく輝き、纏う気配も明らかに人間離れしている。
「彼の名前はベンタスカビオサ、私の古い友人だ」
「ベンタスカビオサ……夜と闇を象徴する神ですね。なんでも、創世に関わったとか。白花神聖教会の聖典には邪悪な邪神、魔族の創造に関わった黒幕のような書かれ方をしていましたね」
『おや、一応神を目前にしているというのにお三方ともそこまで驚いている様子ではありませんね』
「まあ、我も無縫もシルフィアも神にはあったことがあるからな。神については多少の知識もあるぞ。細かく見ていてばいくつかの括りに分かれるのじゃろう? まず、魂の輪廻の機構――所謂転生システムを司る神界の神々。その地の動物などが神格を獲得した土着の神や自然神と呼ばれるもの。お主達のようなタイプは創造神タイプじゃな。一つの世界を創造して管理するタイプ……恐らく、エーデルワイスも単一世界の神々の一柱じゃろう」
「神界の神々は無数の世界を管理するような立場だけど、単一世界の神……ご当地の神様よりも必ずしも優っているとは言えないんだよね? アザトースみたいな神は神界の神々を凌駕する力を持っていたりするし」
『……想像以上に詳しいのですね。というより、魂の輪廻を司る場所、そのようなものが本当にあるのですね?』
「……ヴィオレット、シルフィア、お前ら必要以上のことを喋ったな。その辺りの話はあんまり広めたくない話なのでくれぐれも内密にお願いしますね。……まあ、既に色々なところで知られているような気がしますが。……それで、ジュドゥワードさんが俺を見極めようとした理由は古い友人――ベンタスカビオサさんと引き合わせたかったからなのですね。なんで、魔族の神と初代魔王陛下が対等な友達みたいな関係になっているのかは分かりませんが」
「その辺りは長くなるから割愛させてもらおう。かなり長い付き合いだからな……」
『本題に入らせて頂く前にまずは謝罪をさせてください。この度は異世界召喚に巻き込んでしまい申し訳ございませんでした。勇者召喚により見知らぬ世界に連れてこられ、ご不便をおかけしたと思います。それに、危険な目にも沢山遭ったのではないでしょうか?』
「まあ、ルーグラン王国に召喚されてからはこの世界に拉致されて連れて来られたにも拘らず謝罪の一つもないまま王国と教団に魔族討伐するように強制されましたし、天職が珈琲師という魔族討伐に役立たないと分かると冷遇されるようになりましたし、異世界で力を得たばかりに迷宮挑戦中に事故に見せかけて殺されそうになったり……思い出したら散々な目に遭いましたが、別に珍しいことでもありませんしね。後半は地球にいた頃からの火種でしたし」
「……今回は潜伏を選んだから甘んじて受け入れたようじゃが、あの程度の国、無縫なら簡単に一捻りできたのではないか?」
「まあ、実際にクリフォート魔族王国での交渉が終わったらルーグラン王国と白花神聖教会に戦争を仕掛けるつもりですからね」
「より正確に言えば、ルーグラン王国と白花神聖教会と勇者一行に対してだよね?」
「いや、シルフィア……勇者一行とは敵対できないぞ。大日本皇国政府・内務省でバイトをしている身としては国民の安全を守る義務がある。とはいえ、ここは異世界だ。危険と隣り合わせの世界では命の価値が軽くなる。最善を尽くしたが、それでも助けられない命というのもどうしても生じる。致し方のない犠牲だと思わないか?」
「敵対するならば消すということじゃな。物騒じゃな。怖くて震えてしまうのじゃ……」
「怖がってねぇだろ? ただ、獅子王春翔だけは生け捕りにする。俺を殺そうと一計を案じた殺人未遂教唆の罪があるからな。たっぷりとお礼をしてやらないとな。――獅子王家を、司法省を潰せる良い機会だ。ありがたく上手く利用させてもらうとしよう」
『なるほど……既にルーグラン王国や白花神聖教会とは敵対するつもりなのですね。ところで、召喚を主導したエーデルワイスについてはどのように対処する予定なのですか?』
「まあ、積極的に潰すつもりではありませんが、敵対するなら殺すつもりです。異世界召喚できる存在を野放しにしていたら、また召喚されてこの世界に連れ戻される可能性もありますからね。戦争に介入してくるのであれば、生かしておく理由がありませんね。……魔族の生みの親としても彼の女神は愛しい我が子に刃を向ける敵、殺したいほど憎いのではありませんか? 勿論、そういうことでしたら目的が合致しているので請け負いますが」
『……確かにエーデルワイスは遊戯の女神、この世界を遊戯盤に見立て、異世界から勇者一行を召喚して駒として操ろうとしています。彼女は人間と魔族が争うこの状況を楽しんでいるのでしょう。悪趣味なことこの上ないと思います。……これまではこれも魔族の試練だと受け入れていましたが、異世界から関係のない人々を召喚するのは流石に一線を超えています。……とはいえ、殺したいとは思いません。彼女の考えには共感できませんが、共に創世に携わった仲間ですから』
「甘いお考えですね。……戦いに挑む以上は命の奪い合いになります。相手を殺さないように手心を加える? そんな甘い考えで戦いには臨めませんよ。こっちも命賭けて戦うんですから」
『……無茶苦茶なことを言っている自覚はあります。それでも……どうか』
「第一、そんなことをするメリットがない。俺にとって大切なのは大日本皇国の利益です。神だろうとなんだろうと関係ありません。この世は等価交換が原則、頼みを聞いて欲しいのであれば見返りを用意してください」
「と言われてもな……魔王の座も明け渡して隠遁していた私には何も差し出せるものはないし」
『私に差し出せるものもありませんね。……相手は創世に関わった女神。かなりの強さを持っています。そのような相手を殺さずに倒すとなれば求められる対価も相応のものになってしまうでしょう』
「……頼めば対価を求めずに助けてくれると思っていたのですか? 随分と甘い考えですね。人間の善性を信じているのか、それとも、単に俺のことを莫迦にしているのか。良い機会なので覚えておいてください。契約とは等価交換です。天秤の片方だけでは釣り合わないのですよ。……交渉をする前にちゃんと考えておきましょうよ」
「同感じゃな。……ベンタスカビオサ、お主は人間を侮り過ぎじゃ。神が頼めば二つ返事で答えてもらえると思ったのか? それこそ愚の骨頂。神と戦うことを期待されている存在は、神と同等かそれ以上の力を持っているということじゃろう。そう踏んで、お主は無縫に賭けようとしたんじゃないのか?」
「もう少し考えておいた方が良かったと思うよ。紅茶とお菓子ありがとう! それじゃあ、無縫君! 行こうか? ……ん? どうしたの? なんか腹黒そうな笑みを浮かべているけど。嫌な予感がするんだけど!」
「ベンタスカビオサ、貴方の提案を受けましょう」
『本当ですか?』
「ただし、助けるのは命だけです。エーデルワイスの身柄は俺の方で預かります。丁度いい使い道を思いつきました」
「……この世界の人間側の三分の二を牛耳る女神を相手に使い道とは……流石は無縫じゃな」
「それとは別にベンタスカビオサ、ジュドゥワード、お二人には対価を支払ってもらいます。今回、『魔王への修羅道』に挑戦して思いましたが、いまだに人間に対する偏見が根強い状況です。このままでは、仮にクリフォート魔族王国との同盟が成立しても反発する者が現れる可能性があります。そこで、初代魔王と魔族の神のネームバリューを使ってポジティブキャンペーンを行って頂きたいのです。エーデルワイスの命だけは助けてあげましょう。その対価として、俺の述べた条件を受け入れてください。それができなければ交渉は決裂です」
「ほっほっほっ、随分吹っかけてきたようだな!」
『……致し方ありません。こちらも無茶苦茶な頼みをしている側です。受け入れざるを得ませんね』
「ありがとうございます。それでは、俺達は先を急ぎますので。ご馳走様でした」
「……ちょっと待ってもらいたい! ここまで道中疲れただろう。今日はここで泊まっていくといい」
気を遣って泊まっていくように言葉を掛けたジュドゥワードだったが、何故だろう? その口が無縫には少し歪んでいるように見えた。
◆キャラクタープロフィール
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・ベンタスカビオサ
性別、男。
年齢、三億四千八百二十五万四千二十三歳。
種族、神。
誕生日、一月一日。
血液型、AB型Rh-。
出生地、神域。
一人称、私。
好きなもの、あらゆる生命。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、夜闇の神。
主格因子、無し。
「創世に関わった神の一柱。夜と闇を象徴する神で当時、星に生じていた魔力と動物などの融合させることで魔族や魔物と呼ばれる存在を生み出した。全ての生命が自然に競争する社会こそが美しいと考え、多様性を創り上げてからは世界への干渉を避けるようになった。エーデルワイスの干渉を危険視しており、暴走するエーデルワイスを止める方法を探し求めている」
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・エーデルワイス
性別、女。
年齢、三億四千八百二十五万四千二十三歳。
種族、神。
誕生日、一月一日。
血液型、AB型Rh-。
出生地、神域。
一人称、私。
好きなもの、遊戯。
嫌いなもの、思い通りにならない駒。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、遊戯の神。
主格因子、無し。
「異世界ジェッソにおいて唯一神として崇められる神。実際に創世に関わった神の一柱で遊戯の神である。世界を遊戯盤に見立て、魔族と人間を対立させ、その戦争に干渉することでゲームとして楽しんでいた。しかし、マンネリを感じてきていたため人間に力を貸して勇者召喚を行わせた」
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