初代魔王ジュドゥワード・サタナキア・ヒュージス
「――【降雷破】!!」
相対する無縫とジュドゥワード――先に仕掛けたのはジュドゥワードだった。
『夢幻の半球』が展開されるのとほぼ同時に無数の雷撃を無縫へと降らせる。
雷撃は覇霊氣力を目に宿すことによって発揮される力――見気を駆使することで辛うじて捉えられるほど素早く、無縫は戦闘開始早々に回避を選択せざるを得なくなった。
「悪魔の賽子」
勿論、ただジュドゥワード相手に防戦一方に追い込まれるほど無縫も弱くはない。
雷を回避しつつ時空の門穴から取り出した「悪魔の賽子」を振って狙い通り麻痺の出目を引く……が。
「この程度の麻痺で、私は縛れんよ!」
ジュドゥワードは圧倒的な魔王覇気を漲らせて麻痺の効果を粉砕すると、地を蹴って加速した。
その手にはいつの間にか二振りの魔剣が握られている。
「【双闇堕魔翔刃】!!」
「【天翔光閃斬】! 【闇堕魔翔刃】!!」
双刀から繰り出された魔王技の斬撃竜巻を無縫は勇者技と魔王技の斬撃竜巻で相殺し、そのまま「瞬閃走」でジュドゥワードへと肉薄した。
「――ッ!? 【勇者の一撃】!!」
「何をしている無縫! そっちに魔王はいないぞ!! ――ッ!?」
何かに気づいたのか一瞬だけ動きを止めた無縫は何故か目の前にいるジュドゥワードではなくあらぬ方向に勇者の一撃を放った。
その意図を理解できずに思わず叫んでしまったヴィオレットだったが、すぐに無縫の意図に気づき背筋を凍らせる。
「ほう、我が【幻影夜魔】に気づくとは……」
何もない空間から唐突に漆黒の斬撃――【魔王の一斬】が放たれた。
闇の斬撃は無縫の放った聖なる斬撃と衝突し、粉砕されて無数のキラキラとした輝きを撒き散らせる。
それと同時に無縫が斬撃を放った方向からジュドゥワードが現れた。
いや、それだけではない。無縫を囲むように、先ほど無縫が攻撃を仕掛けようとしていたジュドゥワードを含めて計十人のジュドゥワードが戦場に姿を見せたのである。
「高度な幻惑魔法だね。……本物は一人なんだろうけど、私には見分けられないな」
「まあ、無理だろうな。……異世界を渡って手に入れた探知系技能も全員本物だって言っている。見気の精度を高めてほんの僅かな殺気の濃さを見分けられなかったらあのまま攻撃していたと思う」
「……ほう、探知系は全て技能【情報偽装】で誤魔化していたつもりだが、まさか殺気の濃さで見分けられるとはな。改善点が見つかったのは良いことだ。だが、これはただの幻影にあらず!」
「「「「「「「「「「【双闇堕魔翔刃】!!」」」」」」」」」」
「おいおい嘘じゃろ! 幻影も魔王本体と同じ練度の技を放てるのか!?」
ヴィオレットが衝撃を受けるのも無理のないことである。
普通の幻影魔法は相手を惑わせるのが目的であり、攻撃手段を持たないのが普通だ。
しかし、ジュドゥワードの分身にはそのような制約がなく魔王技も本体と同等の練度のものを放つことができる。
それでは、まるでジュドゥワードが十人に増えたようなものだ。
幻影というよりは、分身や分裂と呼ぶべき傾向の魔術なのだろう。
もし、ヴィオレットがジュドゥワードと相対していたらこの時点で絶望して勝利を投げ出していたかもしれない。
「……まあ、それでも無縫には勝てないじゃろうがな」
「そうだね。……無縫君にはアレがあるから」
魔王の中でも上澄みであるジュドゥワードが十人に増えるという状況――本来であれば、絶望という他に表現ができない。
だが、ヴィオレットもシルフィアも無縫が敗北するとは欠片も思っていないようだ。
「使いたく無かったけど、奥の手を使わざるを得ないな。――力の保存!」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに変身した無縫は聖剣と魔剣を握ったまま遠隔で顕現した瑠璃色の陽光に命じた。
次の瞬間、ジュドゥワード達が放った魔王技の斬撃竜巻は全て時が止められたように動きを停止してしまう。
「な、何が起きている!? 「「「「「「「「「【双闇堕魔翔刃】!!」」」」」」」」」」
「無駄だよ。……エネルギーを伴った攻撃はエネルギーを操作できる固有魔法『操力の支配者』を持つ俺には通用しない」
「――っ!? 魔王技や魔法が封じられたということか!? 無茶苦茶な魔法だ!!」
「さて、こっからは俺のターンだ。【太極・円環の蛇剣】」
勇者のみが扱える聖剣と魔王のみが扱える魔剣――そこに込められた聖なる魔力と闇の魔力が混ざり合い、混沌が生じた。
理解を拒絶するほどの膨大なエネルギーの奔流が一人のジュドゥワードに向けて放たれる……かと思いきや、先ほどジュドゥワード達が放った斬撃竜巻のように動きを止めた。
「勇者と魔王の力を合わせるなど前代未聞! ……だが、庚澤無縫――お主はそれ以上のことをしようとしているのか!?」
「【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】! 【太極・円環の蛇剣】!」
たった一振りであってもジュドゥワードの体が蒸発しかねない一撃――それをあろうことか無縫は『操力の支配者』の力で束ねていった。
更にはジュドゥワードが放った【双闇堕魔翔刃】の力まで取り込んでいき、理解不能なほどの高エネルギーを内包した理不尽な一撃へと強化していく。
これだけでもオーバーキルだが、無縫の手は止まらない。
「俺の悪魔の賽子が破られたのは癪だったからね。この貴重な神天魔の賽子を使わせてもらおう。俺の手持ちにも二桁あるかないかの高級品だ。……出目は、ああ! 素晴らしい! この状況にここまで似合う出目もないだろう。『技の威力を百倍に増加させる』という出目だ」
神天魔の賽子という百面ダイスを振り、百分の一の望んでいた出目を出した無縫はニヤリと笑みを浮かべ、ジュドゥワードの顔が更なる絶望に染まっていく。
「異世界ジェッソ最強の魔王様に放つ一撃としては、これでも足りないかもしれないが……」
「ああ、間違いなくオーバーキルじゃな」
「……やり過ぎだよね」
「あんなの耐え切れる筈がない!! ならば、撃たれる前に総攻撃を仕掛ける!!」
魔王技を使っても解除されてしまう――それ故にジュドゥワード達は双剣を構えて一斉に無縫に攻撃を仕掛けた。
……が。
「――【太極・円環の蛇神剣】」
突如として一斉に開かれた時空の門穴にジュドゥワード達は勢いそのままに吸い込まれてしまった。
ジュドゥワードは時空の門穴が開いたことに気づいていたが、その時には既に足を止めても間に合わなくなっていた。まさに絶妙と表現する他にないタイミングである。
そして、時空の門穴の先は無縫の目の前――双剣を振り下ろして膨大なエネルギーを解き放った瞬間だった。
膨大なエネルギーは瞬く間にジュドゥワード達の身体を消し飛ばしてしまう。
「――ッ!? これが、新しい風の力……完敗だな」
『夢幻の半球』の効果で復活したジュドゥワードは心の底から無縫を讃え、惜しみない賛辞を拍手に込めた。
◆
「ああ! 素晴らしい戦いだった! 新しい風の噂は届いていたが、まさかここまでとは期待以上だった!!」
「それで、わざわざ俺達をコースアウトさせてまでこの場所に連れてきて勝負を挑んできた目的は一体何なのですか? まさか、戦いたかっただけってことはないですよね?」
「まさか? 勿論、わざわざこの場所に招いて実力を見極めるようなことをした目的はちゃんとある。私の古い友人の頼みを引き受けてもらえる人材を探していたのだ。庚澤無縫、新しい風であるお主なら可能性はあるかもしれないと思っていたのだが……想定以上だった」
「で、その目的って一体なんなの? それに、一方的に戦いを挑んできただけじゃなくて、勝ったら勝ったで頼み事があるって? その頼み事を叶える利益が無縫君にはないのなら、受ける必要もないと思うんだけど」
「……損得云々ならお前らを見捨てる方が俺に利があるが」
「酷いことを言うではないか! 我らは無縫に見捨てられたら野垂れ死ぬぞ!!」
「……それ、胸を張って言うことじゃねぇだろ。……まあ、だがシルフィアの言う通りだ。内容次第……そして、俺にどのような利益があるか、その点を示してもらわないとな。確かに貴方は伝説的な初代魔王だが、今の魔王は四代目の魔王だ。大日本皇国としては、今の魔王陛下と交渉して同盟を組めればそれで十分。そして、そのための準備はシトラス宰相閣下が整えてくれた。そして、与えられた試練をこなして『頂点への挑戦』に出場して勝ち上がり、魔王を倒して交渉のテーブルについてもらえばそれで完結なんだ。少なくとも、圧倒的な強さがあるとはいえ表舞台から姿を消した初代魔王陛下の要望を聞く理由はないんでね。失礼させてもらうよ」
「ま、待って欲しい!! ……まあ、確かに私は隠居の身。ベンマーカに面倒ごとを押し付けて、姿を眩ませていた。故に差し出せるものは……残念ながら存在しない。だが、せめて話だけでも聞いて欲しい。その後にどうするのかは庚澤無縫、お主の判断に任せる」
「……まあ、初代魔王陛下ほどの猛者が、今回の交渉を無視した結果敵に回るとなれば厄介極まりない。……話だけは聞かせてもらいます。ですが、全く心が動かされなければこの話は無かったということで」
「感謝する。では、申し訳ないが魔王城まで御足労願いたい。紅茶とお茶菓子を用意しているのでお茶を飲みつつ話をしよう」
「ああ、紅茶は大丈夫です。自分の珈琲がありますから」
◆キャラクタープロフィール
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・ジュドゥワード・サタナキア・ヒュージス
性別、男。
年齢、六百二十歳。
種族、大悪魔。
誕生日、六月二十六日。
血液型、A型Rh+。
出生地、紛争地域。
一人称、私。
好きなもの、フィレ肉のステーキ。
嫌いなもの、ブラッドソーセージ。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、初代魔王→隠居。
主格因子、無し。
「まだクリフォート魔族王国という国が存在せず、魔族同士が戦争を繰り広げていた時代に魔族の戦争を終結させてクリフォート王国を建国した伝説の魔王。たたし、国の統治には興味がなく腹心であったベンマーカ=ヴァイスハウプトに魔王の座を丸投げしたため、在位期間はたった三日である」
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