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魔王への修羅道〜ルシフェール山〜 前編

 『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦まで残り四日となった。


 無縫、ヴィオレット、シルフィア、レフィーナの四人は空間移動を加味してもそろそろルシフェール山に入山した方がいいと判断して、準備を整えて宿屋『鳩の止まり木亭』を出発し、時空の門穴ウルトラ・ワープゲートでルシフェール山の入山口へと転移した。


 ちなみに、無縫達の行動はかなり遅い部類である。

 既に挑戦者達の大半はルシフェール山に入山して登山を開始している。


 顔見知りの中では宿屋『鳩の止まり木亭』の常連客であるギミードやワナーリも早めに出発していたグループに区分されるだろう。


「そういや、無縫。名乗っていなかったな! 俺は俺とワナーリは二人で便利屋『ギミード・アンド・ワナーリ』をやっているんだ。毎年早々に八人の幹部を巡って資格を集め、お気に入りの宿で過ごしながら仕事を受けるってのが俺達のスタンスだ」


「一応、俺達も『頂点への挑戦(サタン・カップ)』本戦の常連なんだぜ! ……まあ、結果はお察しだけどな」


 ギミードやワナーリのような存在は特段珍しいものでもない。

 幹部巡りの常連挑戦者の中には早々に幹部巡りを攻略して、お気に入りの宿で『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦の一週間前までゆっくりと過ごす者も少なくはないのである。

 彼らはいつでも魔王に就任できるように腕を磨き、あえて定職に就かない者も多い。そんな彼らの多くは傭兵をしていたり、便利屋のような仕事をしたりなど、個人事業主とした生計を立てている場合が多いようだ。


 特に宿屋『鳩の止まり木亭』は『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦の舞台である魔王城に最も遠い場所にあるもののホスピタリティに溢れ、しかも宿代がそこまで高くないということで玄人の『頂点への挑戦(サタン・カップ)』本選出場者達に重宝されている。

 始まりの街に存在している宿屋『鳩の止まり木亭』が、挑戦者の魔王軍幹部メープルへの挑戦がほとんど終わっているであろう幹部巡りの後半時期にも安定して宿泊客を維持することができた絡繰はこれだったのである。


 ちなみにフィーネリアは同行していない。

 二日前、オズワルド率いる対人間族魔国防衛部隊がルシフェール山を目指して出発する日に無縫が開いた時空の門穴ウルトラ・ワープゲートを開いて連れてきた独立国家ロードガオン地球担当第一部隊の面々とマリンアクアに合流して【悪魔の橋ディアボルス・ポーンズ】に向かったのである。

 オズワルド達が対人間族魔国防衛部隊が保有する二角獣(バイコーン)の馬車で出発するのトイレ違いにフィーネリア、ミリアラ、マリンアクアの指示の下、対人間族魔国防衛部隊が【悪魔の橋ディアボルス・ポーンズ】の各所に散り、いつでもワーブリス兵を呼び出せるように万全の準備を整えていた。


「ルシフェール山に着いたわね。ここまで連れてきてくれてありがとう。……無縫さんには沢山お世話になったわ。私だけではきっとここまで辿り着けなかった。だけど、私と無縫さんはライバルよ! 『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦で競い合う……次会った時は敵同士よ! 決勝の舞台で全力をぶつけ合いましょう! ……同じブロックに選ばれなかったら、決勝の舞台で!」


「えぇ、決勝の舞台で戦えることを楽しみにしています」


「それじゃあ、私は先に行かせてもらうわね! あっ、そうだったわ! お礼という訳じゃないけど、無縫さんに細やかなアドバイスをさせてもらうわ。ルシフェール山は確かに過酷な場所みたいだけど、『魔王への修羅道(サタンロード)』と呼ばれている主な理由は別にあるのよ。ここには『頂点への挑戦(サタン・カップ)』出場を妨害して、参加者を減らそうとする挑戦者が待ち構えているの。負けたら手帳を奪われて破り捨てられてしまう。酷いと思うかもしれないけど、魔王軍も黙認しているから仕方ないのよね。それくらい勝てないんじゃ魔王にはなれないってことなんだろうけど。無縫さん達が遅れを取るとは思わないけど、心算をして山に登るといいわ」


 レフィーナはアドバイスをしてから無縫達に手を振って、魔王門(デモンズ・ゲート)を潜って山の中へと入っていった。


「……いよいよじゃな」


「闇討ちかぁ、楽しくなってくるね!」


「しかし、大丈夫なのか? レフィーナは一人で」


「大丈夫だと思うよ。レフィーナさんは強い。闇討ちをするような輩に遅れを取ることはないだろう。さて、俺達も行きますか! ルシフェール山」


 魔王門(デモンズ・ゲート)を潜っていよいよルシフェール山に入山する。

 そのまま山を登っていくこと数分、大きな洞窟の入り口が顔を覗かせた。登山道はまだ少し続いているようだが、これまでの登山道とは違い整備が行き届いていないようだ。


「……恐らく放棄された登山道じゃな。険しい環境故に整備を放棄して洞窟の方を利用することにしたんじゃろう」


「まあ、それもあるだろうが……俺は別の理由もあるんじゃないかって睨んでいる」


「ほう? 別の理由じゃと?」


「あっ、もしかしてアレのこと? この山の山頂に魔王城があるって話?」


「あっ、シルフィアは知っていたのか? 今の新たな魔王城はルシフェール山の反対側、海沿いにあるけど、かつて使われた魔王城がこの山の山頂にあるって話だな。今代の魔王陛下が『頂点への挑戦(サタン・カップ)』を制定するにあたって海沿いにあった魔都に魔王城を遷都したっていう話だ。それまでは、挑戦者が魔王軍の四天王と連戦をして、四天王に勝利した挑戦者と魔王が戦う構図だったから狭い場所でも良かったけど、『頂点への挑戦(サタン・カップ)』を開催するには山頂は狭すぎるという話になったらしい。……まあ、試験的に魔導列車を通す計画がシトラス宰相閣下の発案で行われ、海沿いの魔都の方が都合が良かったってのもあるんだろうけどな。いずれにしても、山頂にあったら挑戦者はともかく毎日山の外から出勤するような人達には不便極まりないし、新魔王城の方が利便性が段違いに高いってことで好印象を持たれているみたいだ」


「まあ、ほとんどは城詰めだろうが、仮に毎日魔王城に出勤するなら地獄という表現も生ぬるい……まあ、どちらにしろ休みには下山することになるから辛いのは変わらないのだろう。我はそんな魔王城お断りじゃ! 平地で良かったのじゃ」


「でも、確かその頃は登山道があったんだよね?」


「そうみたいだな。ただ、かなり厳しい環境だったらしい。そんな通勤ルートを使う人は魔王軍幹部や魔王軍四天王にもいなかったそうだ。最終的に登山道は危険と判断されて大岩などで物理的に塞がれた。今残っているのは、かつての登山道の名残みたいだな。……まあ、そのルート自体が存在しなかったことにされているみたいだから、執事長のロイドさんも詳しく話してくれなかったんだろう。そのルートは三代目魔王の治世で正式に封鎖されることになり、天然の洞窟を改造した洞窟登山道が整備された。海沿いの魔都に行く時も山をぐるって回るよりも洞窟を使った方がいいってことでこっちになったんだろう。……ただ、天然の洞窟を使っているから真っ直ぐ行ける感じじゃないみたいだけど」


「で、無縫君はどうするの? やっぱり、大岩を破壊して旧登山道で?」


「そんな愚かなことはしないよ。普通に洞窟ルートでいく」


「ちぇーつまらないね!」


 不満そうなシルフィアを無視して、無縫を先頭に洞窟に入る。

 まず見えてきたのは小さな山小屋のような建物だ。


「これが、山の各所に設置されているという休憩地点だな」


「なんだか物騒な話が聞こえてきたけど、噂の人間の挑戦者さんかい? ここから先は大変だからね、一杯飲んでいくといいよ」


 エルフ族の山小屋の女将さんと思われるエプロン姿の女性が店の中から出てきて無縫、ヴィオレット、シルフィアの三人に木の器を差し出した。

 中身は温かい豚汁のようだ。


「ありがとうございます」


「いいってことよ! 幹部巡りを終えて危険な山に挑むっていう挑戦者さん達にお節介を焼くのがあたしの生き甲斐なんでね! この山の洞窟は曲がりくねっているが基本的に一本道だよ。だけど、途中から旧魔王城に繋がる道との分かれ道があるからね。気をつけるんだよ! それと、広いところも警戒した方がいいね。ライバルを闇討ちして少しでも優勝に近づこうって輩が罠を張っていることもあるからさ!」


「旧魔王城への分かれ道……見分け方はあるのか?」


「まあ、看板立っているから分かると思うよ。少し前までは文字が掠れて読めなくなっていたけど、今年、看板の建て替えがあったから読めないってことはないと思うよ。……ただ、中には看板を外したり逆方向を向けたりしてコースアウトを狙うタイプの妨害をする輩もいるからね。道自体はほとんど高さも同じだし、見極めるってのは難しいわ。私もたまに行くと右だったっけ? 左だったっけ? って迷うし。でも、確か右の道だったわよ。まあ、看板あるから大丈夫でしょうけどね! オホホ!」


「豚汁ありがとうございます。お代は……」


「いいってことよ! その代わりといっちゃなんだけど、優秀目指して頑張ってきなさいな!」


 無縫達がお礼を伝えて去っていくと、女将は山小屋の食堂に戻って溜息を吐いた。

 閑散とした食堂で、一人ラーメンを啜っていた悪魔族の上位種(・・・・・・・)――大悪魔(サタン)を睨め付ける。


「で、久しぶりに姿を見せたと思ったら……一体何を考えているのかしら? ジュドゥワード・サタナキア・ヒュージス。それとも、初代魔王陛下と呼ぶべきかしら?」


「全く酷い言い草じゃないか? かつて共に背中を預けて戦った仲間だというのに……コクリコさん」


 コクリコ=クラムベリ――最強の弓使いとしてその名を轟かせるエルフこそ、かつて初代魔王ジュドゥワードと共に戦い、その後、二代目魔王ベンマーカの治世で最初の魔王軍四天王の一人を務めた女性だ。

 魔王軍四天王を引退してからは山小屋を構え、魔王挑戦を志す若者達を見守ることを何よりも楽しみにしているが、その強さは今なお健在である。


 ベンマーカの退位後、魔王軍四天王を辞めて表舞台からフェイドアウトして久しく、彼女の名を知る者はいても、その顔を知る者はほとんどいない。

 少し前に通っていったエルフ族の少女も彼女がエルフの里で【伝説の弓使い】として存在を語られている英雄であることには気づかなかったようだ。


 そんな、初代魔王の黎明期からクリフォート魔族王国を見守ってきたコクリコだが、ジュドゥワードとは百年以上顔を合わせていなかった。

 あの日、唐突にベンマーカに「次の魔王はお前に頼む! よろしくな!」と魔王の地位を押し付けてからジュドゥワードはずっと行方不明だった。


 それなのに、何故今更出てきたのか……その後、魔王を任されたベンマーカがどれほど頑張ってきたのか間近で見てきたコクリコは沸々と湧いてきた怒りを抑え、冷静を装った。


「新たな風が吹こうとしている。庚澤無縫――彼に私の古い友人の夢を託してもいい存在なのか確かめる必要があって、私も隠遁生活を中断することにしたんだ」


「本当に勝手な人ね……ベンマーカさんがどんなに大変だったか知らないでしょう」


「だが、私よりも良い治世になっただろう? 私は戦は得意だが、治世には才能が無かった。適任な人材に任せるのも一つの選択肢だ。私はそれを最良だと判断した」


「……そんなカッコイイ言い回しをしているけど、結局面倒臭くて仕事を丸投げしたんでしょう?」


「まあ、そうとも言うな」


「……貴方の都合なんてどうでもいいわ。若者の邪魔をするのは老害の悪い癖よ。年寄りは後進に道を譲って隠遁するべき……若い新芽の邪魔だけはしないで頂戴」


 ジュドゥワードはその言葉に答える代わりに「ご馳走様」と一言告げて漆黒の魔力を球状に放つ。

 黒い球は一瞬にして四散し、黒い羽を撒き散らしたが、その羽を大気に溶けるようにして消えていった。

◆ネタ解説・百七十七話

若い新芽

 『ONE PIECE』に登場するシルバーズ・レイリーが二年後のシャボンディ諸島で海兵達に発した台詞「若い芽を摘むんじゃない…これから始まるのだよ‼︎ 彼らの新時代は……‼︎」とカイドウ撃破後のワノ国で海軍大将アラマキに対してシャンクスが発した台詞「海賊の歴史を変えて疲れきった"新緑"達に…そりゃあちょっとヤボじゃないか?…………」が着想元。

 自然と共に生きるエルフだし、植物に例える描写って似合いそうだなぁ、と思いました。


◆キャラクタープロフィール

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・ギミード=スカルフォーン

性別、男。

年齢、三十四歳。

種族、人狼。

誕生日、九月十八日。

血液型、AB型RH+。

出生地、クリフォート魔族王国アィーアツブス区画。

一人称、俺。

好きなもの、おでん。

嫌いなもの、極寒。

座右の銘、特に無し。

尊敬する人、特に無し。

嫌いな人、特に無し。

好きな言葉、特に無し。

嫌いな言葉、特に無し。

職業、便利屋『ギミード・アンド・ワナーリ』経営。

主格因子、無し。


「宿屋『鳩の止まり木亭』の常連客の人狼の男。魔王を目指して『頂点への挑戦(サタン・カップ)』に毎年挑戦している挑戦者の一人で相棒のワナーリと共に便利屋『ギミード・アンド・ワナーリ』を経営している。寒い地域出身なのにも関わらず寒いのが苦手であり、トラウマを植え付けられたキムラヌート区画の試練と共々二度と挑戦しないことを心に決めている」

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・ワナーリ=ゼージィザス

性別、男。

年齢、三十四歳。

種族、純魔族。

誕生日、一月十八日。

血液型、O型RH+。

出生地、クリフォート魔族王国バチカル区画。

一人称、俺。

好きなもの、メロンソーダ。

嫌いなもの、猛暑。

座右の銘、特に無し。

尊敬する人、特に無し。

嫌いな人、特に無し。

好きな言葉、特に無し。

嫌いな言葉、特に無し。

職業、便利屋『ギミード・アンド・ワナーリ』経営。

主格因子、無し。


「宿屋『鳩の止まり木亭』の常連客の純魔族の男。魔王を目指して『頂点への挑戦(サタン・カップ)』に毎年挑戦している挑戦者の一人で相棒のワナーリと共に便利屋『ギミード・アンド・ワナーリ』を経営している。キムラヌート区画の試練がトラウマになっており、二度と挑戦しないことを心に決めている。寒さには苦手意識を持っていないため、実はケムダー区画よりもアィーアツブス区画の試練に挑戦したいのだが、相方が寒いのが苦手なため渋々ケムダー区画の試練に挑戦している」

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・コクリコ=クラムベリ

性別、女。

年齢、五百九十七歳。

種族、エルフ族。

誕生日、十二月二十五日。

血液型、AB型RH+。

出生地、エルフの隠れ里。

一人称、私。

好きなもの、勇気ある若者。

嫌いなもの、若者の邪魔をする老害。

座右の銘、「老兵は去るべき」。

尊敬する人、特に無し。

嫌いな人、特に無し。

好きな言葉、特に無し。

嫌いな言葉、特に無し。

職業、二代目魔王四天王筆頭→山小屋経営。

主格因子、無し。


「エルフの里で【伝説の弓使い】として存在を語られている英雄。後に二代目魔王となるベンマーカと共にジュドゥワードの率いる終戦軍に参加し、クリフォート魔族王国統一に貢献した。ジュドゥワードが姿を眩ましてからは二代目魔王となったベンマーカの側近、四天王筆頭として活躍。三代目魔王となるロズワールが現れたことで世代交代の時期だと考えて四天王を引退、その後は表舞台から姿を消した。エルフの里の族長はコクリコの妹の子孫に当たる」

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