魔王継承の儀は、交戦論者の策略で魔王軍四天王と魔王を相手に五連戦をするというクソゲーと化しました。 後編
生粋の武闘派種族――魔族。
その中において、【悪夢】の二つ名を冠する最強の騎士団が存在する。
魔王軍最強の騎士団ナイトメア・ナイツ――その最強の騎士団において騎士団長を務める男こそ黒翼龍の龍人、ヴァルフレウ=ドラゴニアスである。
「ガハハッ! 最高だな! 強くなったとは聞いていたがここまでとは! だが、魔王軍四天王の壁も想定より高かっただろう? 魔法少女の力には驚かされたが、既に結構な手札を使わせている。鬼斬に、守護戦士と巫女……異世界で手に入れた天職だろ? それに、魔法少女。後どんだけ切り札を隠し持っているかは知らないが無尽蔵って訳にはいかねぇだろ? ここで、リリスの嬢ちゃんの手札を全部丸裸にしてやるよ! 魔王軍四天王最強は伊達じゃないってこと、見せつけてやんねぇと、俺の面子も保てないんだわ」
「……ああ、私も切らざるを得ないと思っている。魔王の力をな」
「ああ、そりゃいい! いよいよ嬢ちゃんの手札は最後の一枚か! ……それとも、何か企んでやがるか? 嬢ちゃんは腹芸ができないタイプの筈だが、魔法少女っていう隠し玉も持っていたし、何か隠している可能性は拭いきれねぇ」
ヴァルフレウが龍鱗で防御を固めたところで「それでは、魔王軍四天王第四戦! 勝負開始!!」の掛け声が掛かった。
「――先手はもらうぜ! 龍爪ッ!!」
自身の愛刀である『竜剣ゴルィニシチェ』に魔力を流し込み、龍の爪のような三叉の斬撃をリリスへと放つ。
「【魔王の一斬】!!」
対するリリスも『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』を横薙ぎして魔王技を発動し、漆黒の斬撃を放って三叉の斬撃を放った。
「【闇堕魔翔刃】!」
「――ッ! まずいッ! 大技かッ!」
本来、闇の力を纏わせた魔剣を高速で振るうことで無数の斬撃を飛ばす「闇堕魔翔刃」を槍用にアレンジして無数の斬撃を飛ばすリリス。
戦闘の序盤にいきなり大技を放ってくるとは想定していなかったのだろう。
ヴァルフレウは驚きつつもなんとか回避行動を取るが、三つほど斬撃がヴァルフレウの鎧を貫通し、鱗にひびを入れた。
とはいえ、全身に龍鱗を纏っているヴァルフレウにはほとんどダメージがないようなもので、素早く後退して体勢を立て直している。
「【魔王の一突】!」
ここでリリスは更に畳み掛けた。体勢を立て直させてはならないと闇の力を槍の穂先に収束させ、刺突と同時に打ち出す。
膨大な覇霊氣力を刺突に込めて強化した、黒い稲妻がバチバチと音を立てている一撃にヴァルフレウの口から思わず「マジかよ」という言葉が漏れる。
とはいえ、攻撃そのものは決して回避できないほどの速さではない。攻撃を回避してから一気に反撃に転じることも可能だ。……しかし。
「そいつは面白くねぇな! 真正面から打ち破ってこそ完全勝利だろう! 黒龍の咆哮!!」
ヴァルフレウは真っ向からリリスの攻撃に対抗するという選択肢を選んだ。
大きく息を吸って、渾身の漆黒の龍のブレスを迫り来る覇霊氣力を纏った魔王の一撃目掛けて放つ。
ヴァルフレウの放ったブレスは「魔王の一突」と一瞬拮抗したが、ヴァルフレウのブレスの方が優ったのか、少しずつ拮抗が崩れてリリス側にブレスが迫っていく。
「【魔王の一突】!」
「…………はっ!?」
だが、その僅かに崩れた拮抗はたった一瞬に粉々に打ち砕かれることとなった。
リリスから放たれた二撃目の漆黒の槍は「黒龍の咆哮」の中心に突き刺さり、ブレスを貫いてヴァルフレウへと迫る。
ブレスが漆黒の槍に貫かれて形を保てなくなり、エネルギーが四散していく中、漆黒の槍がヴァルフレウの顔面に突き刺さり、上半身を消し飛ばした。
龍鱗は確かに鉄壁の防御力を誇る……が、完全に龍化している訳ではないため全身に龍鱗を纏うといっても顔などの露出してしまっている部分はある。
その明確な弱点をリリスは確実に貫いたのだ。……まあ、結果論を言えばリリスの一撃はヴァルフレウの龍鱗で守られていた上半身も含めて消し飛ばしており、ヴァルフレウが逃げの一手を選ばずに真っ向勝負を挑んだ時点で勝敗は決していたのだが。
ちなみにリリスは覇霊氣力を纏わせた魔王技を後三十発くらいであれば息切れせずに連発できる体力を残していた。
仮にヴァルフレウが逃げの一手を選んでもどんどんヴァルフレウ側がジリ貧になっていっただろう。
どちらにしろリリスの勝利は揺るぎないものであった。
◆
ヴァルフレウが撃破されたことで、全ての四天王がリリスに敗れた。
残るは魔王ノワールただ一人である。
「四天王は敗れたが、リリスは消耗している筈だ。このまま魔王に連戦して勝てる筈がない」
ルーガノフは万全の状態ならともかく四天王との戦いで消耗し、更に対魔王のために用意した切り札の多くを詳らかにしてしまったリリスでは勝ち目がないと踏んでいた。
まさか、リリスが勝つとは露ほども思っていないのだろう。余裕な態度を崩さず高みの見物をしている。
「よくぞここまで辿り着いた。だが、例えリリス、お前がヴィオレットに長年仕えてくれたメイドであろうとも魔王の座は譲るつもりはない! 何故なら! 魔王を継ぐべきなのはぁ! 可愛い可愛い私の娘! ヴィオレットちゃんだからだ!!」
やはり親バカは親バカであった。「娘以外に絶対に魔王の座は譲らん!!」と高々に宣言するノワールに決戦の舞台に集まった者達……否、この戦いを見ている全ての者達が一斉に冷たい視線を向けた。
どうやら、これほどのことをやらかしてなお娘に魔王の座を譲るつもりらしい。「魔王国ネヴィロアスはもう終わりだよ!!」という心の声が各地から聞こえてきそうなほどだ。
これには無縫も苦笑いだ。流石にここまで耄碌しているとは思っても見なかったのだろう。
……なんなら中継を見ている当の本人――ヴィオレットすら呆れて物が言えないという顔になっていた。
「勝ってください! リリス様!! このままでは魔王国ネヴィロアスが終わってしまう!!」
「リリスさんしかいないんです!! どうか! 平和な魔王国ネヴィロアスを守ってください!! お願いします!!」
交戦論者達を除き、魔王国ネヴィロアスの民達の心が一つになった瞬間だった。なお、交戦論者達も「いや、流石にヴィオレット様はアウトだろ……」という点では一致している。
リリスを素直に応援できないというだけで、ノワールの妄言をどうにかしたいという気持ちは一緒だった。
「……最初は魔王だなんて恐れ多いと思った。ヴィオレット様のやらかしを聞いて、その唯一の打開策が私が魔王になる道しかないと聞いて、ひっくり返りそうになった。それでも、無縫殿が、内務省のみんなが応援してくれた。異世界ジェッソで出会ったスノウさんや、宿のみんなが背中を押してくれた。タタラさんが私のために作ってくれたこの槍は心の支えとなってくれた。魔王陛下、貴方を倒して私が魔王国ネヴィロアスの平穏を取り戻します!!」
「やれるものならやってみるがいい! 容赦はせんぞ!! 【魔王の一斬】!!」
「【勇者の一撃】!!」
「それでは、挑戦者リリスvs魔王ノワール! 勝負開始!!」の掛け声が掛かる前に両者は遂に激突した。
魔王の一撃を容赦なく放つノワールに対し、リリスはなんと勇者の力を使って迎撃――これには、ノワールも驚愕のあまり目を見開く。
「勇者の力だと!? さっきは魔王の力を使っていた筈だ。だが、勇者と魔王の力を合わせるなど、憎き無縫くらいしか! それに、聖剣と魔剣の二刀流ではなく槍一本で!? 前例がない!」
「これがタタラさんから頂いた『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』の真の力だ! 魔法少女に変身! 一気に仕掛けさせてもらう! 【天翔光閃斬】!」
魔法少女マイノグーラは勇者固有技を発動して無数の光の刃をノワールへと放つ。
「くだらん! 【闇堕魔翔刃】で相殺してやるまで!!」
「【魔王の一突】!」
魔法少女マイノグーラの攻撃を相殺するべく「闇堕魔翔刃」を放つノワールだったが、リリスは「天翔光閃斬」と「闇堕魔翔刃」が相殺されると信じて次の手を打っていた。
即ち、膨大な覇霊氣力を刺突に込めて強化した魔王の刺突である。
攻撃の相殺に動いていたノワールは大技への対処に遅れをとった。なんとか回避に動くが、完全に躱し切れずに左手が肩もろとも消し飛ばされる。
とはいえ、利き手の右手は健在でまだまだ戦える状態だ。
「我が手に魔杖を! 『混沌の双翼』!! 冒涜的な咆哮をあげて削り取れ!!」
化け物の咆哮のような声と共に冒涜的な漆黒の触手が地面から生えた。
『黒魔術魔法』で生えた冒涜的な触手の先端はドリルの如く高速回転を始め、超高速でノワールに迫る。
「――ッ! 地上戦は厳しいか! ならば、飛翔! 上空から一気に消し炭にしてやる!! 真紅超爆発!!」
飛翔で高速飛行して触手の追尾をなんとか回避しつつノワールは禁呪クラスの戦略級魔法を練り上げる。
命中した地点を中心に半径数キロメートルを灼熱の炎と爆発の衝撃で木っ端微塵にする奥の手だ。
『夢幻の半球』が存在しなければ流石のノワールも使用を選択肢には入れられなかっただろう。
大魔法の発動を察知したリリスだったが、絶望的な状況を前にしてもほとんど動じていなかった。
「【太極・円環の蛇剣】」
勇者のみが扱える聖剣と魔王のみが扱える魔剣――二つの力が込められた聖魔混沌槍から聖なる魔力と闇の魔力が溢れ出し、混ざり合い、混沌が生じた。
理解を拒絶するほどの膨大なエネルギーの奔流がノワールへと殺到する。
「これは、まさかッ! あの憎き無縫のォ!?」
今、「真紅超爆発」を放とうとしていたノワールの身体を混沌のエネルギーの奔流が貫く。
混沌のエネルギーによって既に致命傷を受けていたノワールだが、混沌のエネルギーに貫かれたことによる「真紅超爆発」の起爆に巻き込まれて跡形もなく消し飛ばされた。
だが、ここで戦いは終わらない。「真紅超爆発」をどうにかできなければリリスとノワールの試合は痛み分け――引き分けとなる。
「護法の障壁、最大展開! 守護の結界、全力展開! 大いなる守りの力よ! 最大防御奥義」
リリスはこの瞬間、完全に勝利を確信した。
エルゼビュートの置き土産――「凍界地獄」を耐え切った時と同じ鉄壁のコンボを展開し、巫女と守護戦士の力で完璧に爆発を切り抜ける。
爆発が収まった時、戦場に立っていた人影はただ一人。
――この瞬間、リリスの魔王継承の儀が完全勝利で幕を閉じたのだった。