魔王継承の儀は、交戦論者の策略で魔王軍四天王と魔王を相手に五連戦をするというクソゲーと化しました。 中編
一戦目にリアムを、二戦目にエルゼビュートを撃破して三戦目に歩を進めたリリス。
そんなリリスが次に相対することになったのはヴェノゼラ=トリコデルマだった。
魔王軍四天王は龍人族のヴァルフレウ=ドラゴニアスが頂点に君臨しており、それ以外の面々は同格ということになっている。実際、実力も伯仲しており、かつてのリリス、ヴェノゼラ、エルゼビュートの実力は拮抗していた。
……しかし、リアムの場合は少し違う。リアムはリリスがヴィオレット付きの侍女として大日本皇国に赴くことになってしまったため臨時として立てられた魔王軍四天王代理である。
実力は他の魔族に比べれば高いものの、若手ながら厳しい修行を経て魔王にその実力を認められ、魔王軍四天王と愛娘の専属侍女の地位を勝ち取ったリリスと比べればどうしても数段実力が劣る。
そのため、魔王軍四天王代理であり、経験値も他の魔王軍四天王に劣る新参のリアムが一番手、魔王軍最強のヴァルフレウが四番手を務めることは今回の魔王継承の儀のルールが伝えられた時点で分かっていた。
残るはエルゼビュートとヴェノセラのどちらが二番手、三番手を務めるかという話だが、二番手がエルゼビュートだと分かった時点でもう一人も自動的に固定化される。
「リリスさん、貴女は昔から強かったですが……魔王軍四天王時代の貴女と今の貴女では実力があまりにも違うようですわね。できる限り実力を隠して魔王に挑もうとしている……そのようなことは、同格の相手にできる筈がありませんわ。貴女の成長はとても嬉しいですわ。姫様と共に成長し、姫様のために人一倍頑張る貴女を私達はずっと見てきましたから。同格の同僚ではありますが、同時に親戚の子の成長を喜ぶような、そんな気持ちもありました。……ですが、同時に素直に喜べない気持ちもあります。先を見据えている貴女の目に、果たして私達の姿は映っているのかしら? 私の知らない間に貴女は成長し、私達を超える強さを手に入れた。……どうせなら、私は、貴女の成長を側で見守りたかったわ。……こんなことを言われても困ってしまいますわね。……私と今の貴女には大きな実力の隔たりがあるかもしれません。ですが、なんとしても貴女の目に私達のことを映させますわ。魔王軍四天王を舐めないでくださいまし!」
「それでは、魔王軍四天王第三戦! 勝負開始!!」の掛け声と共にヴェノゼラが地を蹴って加速した。
「――眠茸の胞子」
「風を纏え! 暴風の槍!!」
ヴェノゼラは吸い込んだ相手を一瞬にして眠らせてしまう胞子を飛ばす茸を手から生やして胞子をリリスに向けて飛ばすが、リリスは三戦目開始前に装備し直していた『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』に風魔法を纏わせて暴風を放ち、胞子を吹き飛ばした。
ここまでは互いに想定の範囲内――ただの挨拶代わりに過ぎない。ここから戦闘は一気に動くことになる。
「弾む茸! 回転盾茸!」
踏むと大きく弾む茸を設置して、その勢いを利用して一気にリリスに肉薄するヴェノゼラ。
右手から盾のように大きな傘の茸を生やすが、その傘の先端は一際硬く、錐のように鋭い。
先端を中心にドリルような螺旋を描く「回転盾茸」は傘の部分全体を含めて硬く、高速回転することによって攻撃対象を削り取ってしまう。
例え鉄製の剣であっても回転に巻き込めば破壊してしまう「武器破壊」は脅威だ。
『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』はアダマンタイトやオリハルコンなどの伝説級の金属で作られた武器でもないため、破壊されてしまう可能性が極めて高い。勿論、結界の中での戦闘のため、次の試合では復活するが、ヴェノゼラほどの相手に『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』抜きで戦うとなれば、魔法少女への変身という切り札の一つを切らざるを得なくなる。
「……一度引かざるを得ないか」
「そんなこと、させるとお思いですか? 飛弾茸」
一旦距離を取ろうとするリリスだが、そうはさせまいとヴェノゼラが「回転盾茸」を射出する。
実は「回転盾茸」はただ盾にするだけでなくいざとなれば弾丸の如く高速で射出することも可能なのだが、ヴェノゼラは「回転盾茸」の射出を不意打ちの手段とするために隠してきた。
魔王ですらもその存在を知らなかった切り札の投入に、リリスは大きく目を見開いた。
「紙舞一重」の技術を使ってギリギリのところで躱し、そのまま崩れた体勢を立て直しつつカウンターを狙う……がヴェノゼラは新たな「回転盾茸」を生やして防御体勢を整えている。
「まだまだ行きますわよ! 火焔龍茸」
ヴェノゼラは頭の茸から真紅の胞子を飛ばした。胞子はリリスを取り囲むように無数の赤い茸を生やす。
リリスが「空駆翔」を使って地上からの脱出を図った瞬間、赤い茸は一斉に燃え上がり、無数の灼熱の竜と化してリリスに殺到した。
「……やはり切り札の一つを切らざるを得ないか」
「えぇ、突破するのであれば使わざるを得ませんよね! 魔王の力を!!」
「変身・魔法少女! 魔法少女マイノグーラ」
「…………はい!? なっなな、なんですの!? 魔法少女!? まさか、シルフィアさんの力を――」
リリスが魔法少女に変身するというあまりにも予想外な状況に困惑する中、リリス――魔法少女マイノグーラ・ナイトメアはほんの少し躊躇をして……顔を紅潮させ……しかし、それではダメだと覚悟を決めたのだろう。
可愛らしいウィンクを放った。
魔法少女マイノグーラ・ナイトメアの固有魔法『黒魔術魔法』に内包されている『魅了』の力は対象を石化させてしまう。
その力は生物だけに留まらず、無機物や感情を持たない生物にも作用するものだ。
「なっ、なんで!? 回転盾茸が!? 一体何をしたんですの!?」
その力をリリスは『回転盾茸』に向けた。
『回転盾茸』は確かに強力だが、その強さは傘の高速回転と傘そのものの強度に由来するものである。傘の回転を止め、石化させることで硬さを石程度に変化させてしまえば破壊することは容易い。
「我が手に魔杖を! 『混沌の双翼』!!」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが『瑠璃色の陽光』を、魔法少女プリンセス・カレントディーヴァが魔法少女の杖『静かなる歌姫の杖』を、魔法少女ヴァイオレット=レイが『紫黒の魔剣杖』を、魔法少女シルフィー=エアリアルが『妖精の風』を、魔法少女プリンセス・マスケットが『白銀の魔杖』を、エルフィン=ブラダマンテが『妖精魔法少女の細剣』を、それぞれ固有武器とするように、魔法少女マイノグーラ・ナイトメアにも固有武器が存在する。
そんな固有武器である『混沌の双翼』と呼ばれる二つの漆黒の翼を持つ絡み合う蛇のような形をした冒涜的な杖を魔法少女マイノグーラ・ナイトメアは襲いくる炎の竜達にウィンクを放って石化させつつ、ヴェノゼラへの放った。
と、次の瞬間――化け物の咆哮のような声と共に冒涜的な漆黒の触手が地面から生えた。
無数の触手は完全に魔法少女マイノグーラ・ナイトメアだけに意識を向けていたヴェノゼラの不意を突き、二本の腕を触手で拘束する。
「回転盾茸は前方にしか生やせない。だが、他にも攻撃手段はある。早々に決着をつけなければ、もっと手の内を晒させてしまいそうだ。……覇霊氣力全開! 砕撃覇槍ッ!!」
もし、「回転盾茸」の盾があればほんの僅かな時間だが攻撃を耐えることができた。しかし、腕を拘束され、盾まで失った今、魔法少女マイノグーラ・ナイトメアの放つ覇霊氣力の槍を避けることはできない。
魔法少女マイノグーラ・ナイトメアの放った「砕撃覇槍」は身動きの取れないヴェノゼラを貫通し、身体の三分の二以上を消し飛ばした。
残った僅かな肉片も無数のポリゴンと化して消滅する。
「魔王陛下との戦いまで手札はできるだけ隠しておきたかったが……魔法少女の力まで使ってしまったのは想定外だ。高い壁だな、四天王……」
全てリリスの想定通りに事は運んでくれていないが、これで魔王軍四天王のうち三人は撃破した。
残りはヴァルフレウと魔王ノワール――魔王国ネヴィロアスが誇る第二位と第一位の猛者達である。
高い二つの壁を前に、リリスは息を整えて心を落ち着かせた。
◆ネタ解説・百七十四話
火焔龍茸
実在するボタンタケ目ボタンタケ科トリコデルマ属の名の通り燃え盛る炎のような形と色をしている、触れるのも危険なほど極めて強力な毒を持つ毒キノコ・カエンタケが元ネタ。使用者であるヴェノゼラ=トリコデルマの苗字もこのトリコデルマ属から取られている。
この存在は、餅月望氏の『ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~』を通じて知り、作中での名称、火蜥蜴茸も技名に大きな影響を与えている。