魔王継承の儀は、交戦論者の策略で魔王軍四天王と魔王を相手に五連戦をするというクソゲーと化しました。 前編
実力主義の風潮が強い魔王国ネヴィロアスにおいて、様々な種族を束ねる魔王には何よりも『強さ』が重んじられてきた。
庚澤無縫の手によって人間達と魔族の対立が解消され、平和な時代になった異世界アムズガルドだが、そんな時代においても『魔王』という存在に求められるのは『強さ』である。
魔王の座は親から子へと継承されることが比較的多い……が、これは血統主義ではなく「親が強いならば当然その子も強いであろう」という長い歴史によって裏打ちされた考え方があるからである。
もし、魔王の子が魔族達の想定を下回る強さであれば魔王の座が継承されないということも特段珍しいことではない。そうして、魔王の座を追われて姿を消した魔王の子息は幾人もその名を歴史に刻んでいる。
近年は『強さ』だけでなく『考え方』も重要視されている。
特に平和な時代に旨みを感じている者達にとっては再び人間との血で血を洗う争いの時代に直面するのは避けたいことである。
しかし、例え現魔王の方針を継承すると宣言したところで魔族達を納得させるための強さがなければ意味がない。
況してや、魔王の血統を受け継いているわけでもない元魔王軍四天王の一人が魔王の後継者を名乗るとなれば尚更である。
そのために、無縫は古の儀式――魔王継承の儀を現代に甦らせることにした。
即ち、古い魔王と魔王の座を狙う挑戦者が戦い、勝った者が次の魔王になるという血生臭いものの単純明快な方法である。
とはいえ、この儀式で魔王に勝利したところで即座にリリスが魔王に就任するという訳ではない。
だが、魔王継承の儀で現魔王に勝利したという実績、そして、現魔王の政策を継承するという現状維持の姿勢は人間と魔族が和睦を結んだ平和な世の中が今後も存続していくことを意味しており、平和な今の時代を愛する大半の魔族達の信用を得ることになるだろう。
ヴィオレットの引き起こしたあの愚かしい事件さえなければヴィオレットが最有力候補であり、交戦論者達がいくら盛り上がろうともひっくり返すことができない圧倒的な差が存在していたのだ。
ヴィオレットという反戦論者の最有力の存在が消えたことで交戦論者側が俄かに活気付いているというだけで、交戦論者側の方が少数派なのだからリリスが正当な後継者と認められれば交戦論者側に勝ち目はないだろう。
今回、ヴィオレットとシルフィアはイシュメーア王国の王宮に預けられ、フィーネリア、ミシャエリーナ王女と近衛騎士二十四人、更に内務省の職員数名の監視下に置かれるという厳戒態勢でリリスの戦いを遠方から観戦している。
予め、無縫は今後の世界情勢を左右する魔王継承の儀を各国に光魔法を利用して生み出したディスプレイを配置しており、遠く離れた地からでも戦いを観戦できるようにしていた。
今回の儀式にそもそもの元凶であるヴィオレットを連れていく訳にはいかないが、かといって目を離せばまたカジノに行きかねない。そこで信頼に足るどこかに預けるという話になったのだが、ヴィオレット自身も「リリスの戦いを見届けたい」と言ったため、放映予定だったイシュメーア王国の王宮に二人を放り込み、ミシャエリーナ達と共に観戦してもらうということになったのである。
一方、現地には無縫、龍吾、レフィーナ、スノウ、タタラの五人が応援として向かっていた。
無縫が映像を魔法で異世界アムズガルド各地の主要都市や大日本皇国の内務省などリリスに所縁のある者達のいる場所に飛ばしつつ、他の面々と共にリリスを応援をしているという形である。
……まあ、当のリリスには応援に気を配れるほどの余裕は無さそうなのだが。
「まさか、姉上とこうして相見えることになるとは思いませんでした」
魔王城の中庭にて、リリスと対峙していたのは本来リリスが戦う筈だった魔王ノワール=ノルヴァヌス……ではなく、リリスの弟であるリアム=マイノーグラだった。
これは、交戦論者の筆頭であるニルヴァヌス家のルーガノフの「力を示すというのであれば魔王陛下だけでなく四天王も含めて相手をするべきではないのか? 魔王陛下は素晴らしいお方だが、愛しのご息女であるヴィオレット様の大切な臣下であるリリス嬢を痛めつけることができずに手心を加える可能性もあるからな。まあ、魔王軍四天王も含めて五人全員を倒せるのならば認めてやってもいいだろう」という発言によるものである。
ちなみにルーガノフは「魔王はヴィオレットを魔王にすることを諦めていない筈。例え愛しの娘の大切な臣下であっても魔王継承を阻止しに掛かるだろう」と読んでおり、そもそも手心を加える筈がないと確信していた。
そのため、魔王軍四天王云々の話は完全にリリスに試練を突破させないための策略である。
ルーガノフ自身、魔王だけでなく四天王まで連戦で相手をするのは不可能だと考えていた。自分が同じ立場に立たされれば素直に負けを認めるほどの高難易度である。
そんなことが可能なのは庚澤無縫くらい――そして、それほどの力がリリスにあるとは思えない。
「最初はこの状況に驚いた……が、いい機会だと思っている。弟の成長を実感できるいい機会だ。魔王を目指す挑戦者として、魔王軍四天王であるリアム=マイノーグラに勝負を挑ませてもらう!」
「それでは、魔王軍四天王第一戦! 勝負開始!!」の掛け声と同時にリアムが仕掛けた。
「劫火の爆裂ッ!!」
左手を前に突き出し、解き放つのは小さな火球だ。しかし、この火球には高いエネルギーが秘められており、着弾と同時に大爆発を巻き起こす。
しかし、リアムはこの程度の魔法――魔王を目指す姉には容易に止められると考えていた。
そのため、リアムは魔法発動と同時に地を蹴って加速しており、得物である細剣にしても『闇の吸魔』の魔法を込めていた。
「覇霊氣力全開! ――いくぞッ! リアムッ!! 砕撃覇槍ッ!!」
しかし、次の瞬間――リアムは後悔した。
あまりにも自分の目算が甘かった、と。
事前にリアムは『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』が聖剣であり魔剣でもある特殊な槍であることを聞かされていた。
その力の一端を少しでも引き出すことができれば、などと考えていた……が、リリスは『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』の力の一欠片も見せずにリアムに勝利する気であると、リアムはこの瞬間、確信したのである。
込められた覇霊氣力はあまりにも濃厚で、黒い稲妻を周囲に迸らせていた。
リリスが槍の穂先を横に向ける。薙ぎ払いの構えを取るリリスの穂先には更に黒い稲妻が発生し、バリバリと音を立てていた。
そしてリリスが槍を思いっきり薙ぎ払う。次の瞬間、膨大な覇霊氣力が巨大な投槍のような形に収束してリアムへと放たれた。
リアムは咄嗟に回避行動を取ろうとしたが、リリスの放った覇霊氣力の槍は一瞬にして火球を貫いで大爆発を巻き起こす。
爆発に巻き込まれて大ダメージを負ったリアムに追い討ちをかけるように漆黒の槍の形をした覇霊氣力の奔流がリアムに迫り来る。
リアムの腹部に突き刺さった黒い槍は瞬く間にリアムの身体の三分の二を消し飛ばし、戦闘不能になったリアムの身体だったものの残骸も無数のポリゴンと化して中庭の中心部から消滅した。
◆
リリスに敗北し、その後『夢幻の半球』の効果でエリア外に体を再構成される形で復活したリアムが無縫達のいる応援特設席に合流した頃、リリスは二人目の四天王であるエルゼビュート=ソーダリオンと対峙していた。
「リリスさん、本当にお強くなったようですわね。まさか、リアムさんを魔王の力抜きで倒してしまわれるとは……」
「対魔王陛下戦のためにできるだけ手の内は隠しておきたいのだが……エルゼビュート殿相手に切り札を隠して立ち回るのはなかなかの難題だな」
「あらあら、随分と先を見据えておられるのですわね。気持ちは分からない訳でもありませんが、もう少し私のことも見て欲しいですわッ!!」
「それでは、魔王軍四天王第二戦! 勝負開始!!」の掛け声と共にエルゼビュートが人型の擬態を解いて粘魔族の女王本来の姿を見せる。
無数の水色の触手を高速でリリスへと伸ばすエルゼビュートに対し、リリスは冷静に時空の門穴を展開して『聖魔混沌槍ケイオス・ハウリング』を投げ入れる。
代わりに取り出したのは銀色に輝く大盾と指向性音響共振銃だ。
「守護銃士スタイル! 護法の障壁を展開! 撃ち抜けッ!!」
銀色の盾で守りを固めつつ、ダメージ遮断効果のある障壁を展開する巫女のスキルで水色の触手を受け止め、指向性音響共振銃で確実に触手を撃ち抜いていく。
異世界ジェッソで手に入れた守護戦士と巫女の技能を組み合わせたエルゼビュートの知らない戦法に虚を衝かれる中、リリスは盾を構えたまま一気に前進して棘盾の盾撃を発動して縦に無数の棘を生やした。
「無駄ですわ! スライムの身体は流体、棘など効きません! 寧ろ逆に喰らって見せますわ! 粘魔の暴食!」
「承知の上だ。放電の盾!!」
棘盾の盾撃と化していた盾から突如として電撃が放たれた。
雷撃は棘を通じて身体全身で盾を喰らおうとしていたエルゼビュートに流れ込む。
「――あ゛あ゛ぁ゛っ゛ッ!!」
断末魔を上げ、かなりのダメージを負いつつも流石は四天王の一角――このまま沈んでなるものかと言わんばかりに魔力を迸らせる。
「置き土産にしては強過ぎるな……」
その魔法がエルゼビュートの代名詞である大魔法「凍界地獄」であることをリリスは見抜いていた。
極寒の領域を展開してあらゆるものを凍てつかせる大魔法だが、普段のエルゼビュートであれば味方に被害が出ないように威力をセーブして発動する。
しかし、今回はそのような威力の制限をする必要もなく、更に言えば威力を制限するだけの余裕も無かった。
エルゼビュートの身体はポリゴンと化して消滅する……が第二回戦はそれで終了とはならない。
エルゼビュートの魔法に対処できなければ結果は相打ちで、リリスの挑戦はここで終わりになってしまう。
広がり続ける極寒の領域は範囲内の大気にも影響を及ぼし、猛吹雪を発生させた。
目の前に迫り来る天災を前に、リリスは目を瞑り策を巡らす。そして、黙考すること数秒――リリスの考えは定まった。
「護法の障壁、最大展開! 守護の結界、全力展開! 大いなる守りの力よ! 最大防御奥義」
リリスが選んだのは極寒の領域そのものをどうにかするのではなく耐え忍ぶという手段だった。
巫女の力を総動員してダメージ遮断効果のある障壁を限界まで展開し、更に結界を幾重にも張って守りを固める。
その上で守護戦士の奥義を使い、完全防御形態で守りを固める。
唯一の懸念点は「最大防御奥義」が長時間維持できないことだが、その点は限界まで使用タイミングを粘り、結界と障壁が突破されるタイミングで使用することでなんとか切り抜けることができた。
「凍界地獄」は強力な魔法だが、無限に魔法を発動し続けることはできない。魔力の供給源が絶たれれば自然に消滅していく。
「凍界地獄」が消えるのが先か、リリスが耐えきれなくなるのが先か――そんな難しい賭けにリリスは見事勝利して三戦目に歩を進めたのだった。
◆ネタ解説・百七十三話
「砕撃覇槍」
着想元は『ONE PIECE』に登場する技術『覇国』。
『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記 〜前世で作った乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢が前世の因縁と今世の仲間達に振り回されながら世界の命運を懸けた戦いに巻き込まれるって一体どういうことなんだろうねぇ?〜』においては武装闘気と呼ばれるエネルギー、本作においては覇霊氣力を使った攻撃で、エネルギーを槍の如く変化させて遠当てを行うという点が共通している。
「凍界地獄」
異世界アルマニオスにおける「極寒世界」のような魔法。世界が異なっていれば、当然似たような別の魔法も登場するため、特段珍しいことでもない。
ちなみにインフェルノ(inferno)は「地獄」、「猛火」、「烈火」などを意味しており、氷的なイメージはあまりない。八寒地獄をイメージして、氷の地獄ということからニブルヘイムにインフェルノを合わせている。ちなみに、「ニブルヘイム」と「ニヴルヘイム」と発音も少し変えている。