愛国心で盲目になって暴走している同郷の者達のためにマリンアクアさんが謝罪する必要はないと思うんだけどなぁ……。
その後も無縫達は萬屋商会の商品を物色し、子供向けの自転車にスノウが興味を示したので購入した。
影澤兄妹にお礼を言って店を後にし、その後も街を巡る。宿屋『鳩の止まり木亭』で待っているビアンカ達へのお土産も無事購入したところで、サクラと分かれて異世界ジェッソに帰還することとなった。
ちなみに、タタラはリリスの魔王挑戦の見学のために大急ぎで今月分の王宮に納品する武具の製作を終えたようで、しばらくの間は休暇の満喫できるとのこと。
更にルビリウス王国第一王女エリザヴェート=ルビリウスが気を遣って休暇の期間を「庚澤無縫が関わっている異世界ジェッソのゴタゴタが片付くまで」に延長すると宣言してくれたので暫くは異世界ジェッソに留まれるようになったようだ。
実際のところ、ルビリウス王国としても聖剣を打つことができ、いざとなればルビリウス王国の王権の証である宝剣の修復もできるスミスという優れた鍛冶職人の保護と、後は先代スミスへの恩から契約を続けているという状態で、スミスに鍛冶職人を続けられるための費用を支払う対価として武器を納入してもらっているのである。
今は戦時中ではないため大量の武器が必要という訳ではない。そのため、多少武器の納入のタイミングが前後したり、回数が減ってもあまり問題はないのである。
それに、先代のスミスが死去してからは「先代スミスへの恩はあるものの戦時中でもないのだから税金を使っていつまでも囲い込みを続けるのはあまり良いことではないのではないか?」という意見や「聖剣が儀仗剣として使われる機会も減っており、王権の証の宝剣も先代スミスの手によって修復されている。そのため、今代のスミスの時代の力を借りることはないのではないだろうか。起こる可能性が低いことのために腕はいいとはいえ時代にそぐわない職人をいつまでも囲い込むのではなく、先代スミスの死去したタイミングをいい機会として契約を打ち切るべきなのではないか」と言った意見が広く出ている。
こうした意見は革新派、左翼系の新興貴族に多く、保守的な右翼系の古参貴族達の多くは「貴重な職人を手放すことで将来的にルビリウス王国が困る可能性がある。先代スミスへの恩もあるし、今後ともスミスとは付き合っていくべきだ」と契約の継続を考えているが……どちらの言い分も正しいとはいえない。
スミス――タタラはルビリウス王国の税金で生かされてきた。王国からの仕事で父の代から生計を立ててきた。そのため、ルビリウス王国には恩義がある。
しかし、その一方で王国お抱えの職人という立場がタタラをルビリウス王国という地に縛り付けてきたのも確かだ。
聖剣や魔剣を打つ技術が、不要になることで途絶える可能性もある。……とはいえ、誰もいない寒々しい鍛冶工房にタタラをたった一人留まらせている今の状況はお世辞にも良いとはいえない。
かといって、「保護はしないけど聖剣が必要になったり宝剣の修復が必要なタイミングだけ力を貸して欲しい」というのは流石に身勝手な考えだ。
これは「今回を良い機会としてスミスとの関係をキッパリと断ち切るべき」と考える左派の貴族、「技術の保護のためにスミスへの援助は続けるべきだ」と考える右派共に「流石にその選択だけはあり得ない」という見解で一致している。
なんだかんだ、右派左派共に良識は弁えているのである。
このようにタタラの立場は危ういものではある……が、今のところは契約が維持されているので早急にタタラが仕事を失うことはなさそうである。
とはいえ、「何かしら考えないといけないなぁ」とは漠然と無縫も考えていた。
それに、スノウとタタラの仲が良い姿を見ていると、二人のために何かできないかという気持ちが強くなってくる。
何よりもタタラが幸せだと感じられる未来を目指すために、タタラとルビリウス王国が納得することができる方法をこの日から無縫は人知れず模索し始めたのだった。
◆
サクラ聖皇国の街歩きから数日が経過し、独立国家ロードガオン地球担当第一部隊の面々とマリンアクアを人工惑星セルメトに招待する日がやってきた。
今回は『頂点への挑戦』本戦期間中の【悪魔の橋】の防衛についての打ち合わせをするためにオズワルドとヴィクターも同行している。
「……これほどの広さならば、虚界のロードガオンの母星から全員移住しても問題なく暮らせそうね」
「やっぱりワーブルを使わない安定した土地があるのはとてもありがたいわ。魔法を使って環境を整えているってところはあんまりよく知らない技術だから気になるけど、移住先としてはこれ以上ないと思うわ。地球侵略を諦める代案としては、これ以上のものはないんじゃないかしら? それに、科学技術や魔法という一点を考えればバビロヌス文明は地球よりも発展しているようだし、その技術を継承できるという点では地球侵略を続けるよりも旨みがあるわね」
ミリアラとマリンアクアも人工惑星セルメトを気に入ってくれたようだ。
他のロードガオンの面々――独立国家ロードガオン地球担当第一部隊の者達も一目で自然豊かな環境と発展した魔法科学文明が融合した人工惑星セルメトを気に入ったようで、各々興味の赴くままに各地に散って見学を続けている。
まあ、彼らにとって何より嬉しいのは自然が豊かなことでも、発展した魔法科学文明が残されていたことでもなく、ワーブルを失えば生まれ育った星が消えてしまうという恐怖に苛まれずに済む、或いはそのような環境に家族や大切な人達を縛り付けずに済むというところだろうが。
こればかりは、当たり前のように揺るがぬ大地に抱かれて生きてきた無縫、ヴィオレット、シルフィア、オズワルド、ヴィクターには理解できない感覚である。
「……まあ、とりあえず移住先が見つかって良かったな」
「問題はロードガオン側が移住先の提供と引き換えに本当に停戦を受け入れてくれるかですね。現在、ロードガオンの頂点に君臨するヴァッドルード=エドワリオはいかにも侵略者らしい思考をしていると思われます。即ち、欲しいものは全て奪うという考え方です。星だけでなく、先住民の自由を含めて……まあ、ロードガオンに負ければ先住民が支配下に、最悪の場合は奴隷として扱われるということです。これは、元々四大領主と呼ばれるロードガオンの元支配者達が他の支配した虚界の星々にも行ってきたことですから、これまでのロードガオンの方針からすれば普通のことです。寧ろ、『ロードガオンの置かれている現状を知ってもらい、移住できるだけの土地を分けてもらい、良き隣人として同じ星で現地の民とロードガオンが手を取り合えるようにする』なんで考えているフィーネリアさんの方が異端なんですよ。……フィーネリアさんは当初、移住先が提供されれば独立国家ロードガオンは侵略をやめると考えていました。しかし、その可能性は低いと思います。侵略を止める代わりに土地を手放すということは、『これ以上戦いたくない』というある種の降伏宣言と受け取られかねないですからね。相手が弱っている好機と捉えて攻撃を仕掛けてくる可能性はあり得ます。その上で地球もそこに住まう者達も、ついでに人工惑星セルメトも手中に収めてしまえばいいと、こう考えるのが自然だと思います」
「……まあ、フィーネリアさんの考えは少々……というか、かなり甘い目算だと言わざるを得ないなぁ。で、大日本皇国としては……いや、庚澤無縫、お前はどうするつもりなんだ?」
「準備を調えてから、フィーネリアさん達と連盟で人工惑星セルメトを提供する代わりに停戦を求める提案をするつもりです。もし、提案を受けずに更に刺客を差し向けてくるようであれば迎撃し、ロードガオンを滅ぼします。まあ、正直これまではフィーネリアさんやドルグエスがあまり好戦的じゃなかったので見逃していたというところもありますからね。それに、ロードガオン以外にも厄介な敵がいてそちらにも防衛戦力を割かないといけないため、ロードガオンだけに注力できなかったと……これは言い訳だと言われても致し方ないか。面倒だからと放置した結果ここまでズルズルと引き摺ってしまった。いい加減決着をつけるべきなんでしょうね」
「いずれにしても、独立国家ロードガオンには極秘で準備を進めなくてはならないな。先に大規模侵攻なんてされたら目も当てられない。大日本皇国の世論がロードガオン人に向ける視線も今以上に冷たいものになるのがありありと想像できる」
「まあ、ヴィオレットの言う通り、ロードガオンからの大規模侵攻自体は今の戦力でも十分跳ね除けられるけど、だからといって被害をゼロにはできない。それに、フィーネリアさん達への風当たりが更に強まる可能性もある。だから、大日本皇国が正式発表するまではなるべく人工惑星セルメトの存在や、俺達とフィーネリアさん達が繋がっていることを秘匿しておきたいんだ」
「ガラウスや独立国家ロードガオン地球担当第第二部隊の人達を招待しなかったのも、情報の漏洩を恐れたからだよね」
「独立国家ロードガオン地球担当第一部隊の人たちは客観的に『このまま大日本皇国と戦っても勝てる見込みはない』と現実が見えている人が多いし、ロードガオンへの愛国心で盲目になっている人も少ない。家族や大切な人のためならロードガオンが今とは異なる形になることも許容できるという人が多数を占めている。一方、独立国家ロードガオン地球担当第第二部隊はガラウスを筆頭に選民主義者や愛国者が多い。ドルグエスのような脳筋やマリンアクアさんみたいな話ができる人の方が希少なんだ。だから、情報流出を避けるために奴らにはなるべく秘匿して話を進めていくつもり。……まあ、それでもどこかで情報が漏れる可能性も捨てきれないし、情報が漏れなくてもガラウス達が余計なことをする可能性は高い。ロードガオンへの逆侵攻をするつもりで準備は進めていくということで、内務省……というか、大日本皇国の方針は固まっている」
「……本当にご迷惑をおかけします」
「マリンアクアさんが謝ることではないと思うんだけどなぁ」
愛国心のあまり盲目になっている同郷の者達の手綱を握り切れていない(そもそも、同じ部隊の所属で隊長補佐の地位にあるとはいえ一人でできることには限界がある)ことを誠心誠意謝罪するマリンアクアになんともいえない顔になる無縫達だった。