スライムが擬人化すると中性的な美少年や美少女の見た目の無性になるのがテンプレだよね。でも、その見た目でサラリーマンみたいな格好をしているのはノットテンプレじゃないかな?
ジェイドとの戦いに勝利した無縫は屋敷の応接室へと案内された。
手帳に「キャンパスを前に筆を持って絵を描いているジェイド」の姿を模したスタンプを押してもらい、さらさらとサインをしてもらう。
「素晴らしい合作だった! ああ、インスピレーションが止まらない!! 庚澤無縫、キサマは一流の芸術家だ! 本戦で再び合作できることを心待ちにさせてもらおう! それでは、ワタシは新作の制作に取り掛かる故これにて失礼! さらばだ!」
ジェイドはやるべきことをやり終えるとそう言い残して応接室を去っていった。
マイペースなジェイドに苦笑いを浮かべていると、執事長のロイドが部屋に入ってきた。
「皆様お疲れ様でした。そして無縫様、我らが主人ジェイド様と戦って頂けたこと心よりお礼申し上げます。あれほど楽しそうにされているジェイド様を見るのは私共も初めてです」
「こちらこそ、良い勝負ができて楽しかったです」
「では、僭越ながら私の方から皆様の今後についてお話をさせて頂きます。庚澤無縫様、レフィーナ=グリーンウッズ様、お二人は幹部巡りを達成されました。つまり、『頂点への挑戦』の本戦に出場する権利を勝ち得たということになります。本戦は魔王城にて行われますので、このキムラヌート区画から魔王城に向かって頂くことになります。このキムラヌート区画にはキムラヌート区画と魔王城を結ぶ魔導列車がありますが、『頂点への挑戦』の期間中、挑戦者の皆様は利用することができません。ですので、ルシフェール山のキムラヌート区画側唯一の入山口である魔王門から入山し、ルシフェール山を越えて頂くことになります。これが、『頂点への挑戦』のある意味第二の予選と言える『魔王への修羅道』です」
ここまでの旅で既に無縫達が得ている情報だが、改めて聞くとなかなかに過酷なルートである。
魔王軍幹部の試練とは別ベクトルの――例えばサバイバル能力などの力が求められるのかもしれないな、と無縫はこの時点でそのような予測を立てていた。
「ここからはジェイド様を喜ばせて頂いた細やかなお礼として特別にお話しさせて頂きますが、『魔王への修羅道』ではルシフェール山をそのまま登って頂く必要はありません。寧ろ、山をそのまま登ることは自殺行為に等しいと言えます。切り立った岩壁、急な斜面――天然の要塞という表現がこれほど似合う山もないというくらいの険しい山です。なので、山の外ではなく内側――内部の天然の洞窟が開拓されてルートが作られました。山の中盤では一度外に出て、山を少し登山することになりますが、整備された登山道は洞窟の入り口と別の洞窟の入り口を繋ぐ程度の短いものとなります。本来であれば山の外にあるべき山小屋も洞窟の内部に一定間隔で配置されていますので、目印にすると良いと思います。ただ、洞窟内部は複雑ですから、山小屋を通らないルートというものもありますので参考程度に留めてください。後は……そうですね、内部での食料調達はできませんので山小屋を見つけられなかった場合に備えてテントや食糧を持ち込むことをオススメします」
「情報提供ありがとうございます。参考にさせて頂きますね」
ロイドは屋敷の外まで無縫達を送ってくれた。
時刻は十一時頃、昼食の時刻までもう少し時間があるため無縫達は一度魔王門に向かうことにした。
キムラヌート区画の街をルシフェール山を目指して更に南下していく。
活気溢れる街は少しずつ遠ざかり、鉄道の線路と並走する街道との野原が続く景色へと辺りの様子が変化した。
更に進むと、山とキムラヌート区画を隔てる巨大な長城が徐々に存在感を強めてくる。
この長城こそ魔王門、ルシフェール山の玄関口である。
魔王門には既に先客が三組ほど並んでいた。
一組目と三組目は受付を終えるとルシフェール山には向かわずに来た道を引き返し、二組目は長城の受付から真っ直ぐ進んだ先にあるポッカリと空いた洞窟の中へと消えていく。
「次の方!」
無縫達の順番が回ってきた。手帳を手に無縫とレフィーナが受付へと歩みを進め、その後ろにヴィオレット、シルフィア、フィーネリアの三人がついていく。
「無縫様とレフィーナ様ですね、手帳を確認致しました。無縫様は十人全て、レフィーナ様は八人の魔王軍幹部の試練を達成したということで『頂点への挑戦』の本戦出場を認めます。お二人の名前は記しましたので、今期の『頂点への挑戦』については次回からは受付をせずそのまま入山して頂いて構いません。同行者のお三方はどうなさいますか? こちらの方で魔王城までの移動手段をご用意することもできますが」
「無論、我らもついていくつもりじゃ」
「流石に私達だけ魔導鉄道で行くってのはちょっとね。それじゃあつまらないし」
「私もここまで旅に同行したのに一人だけ魔導鉄道で魔王城に向かうのは違うと思うわ」
「なるほど、承知しました。でしたら一応お三方のお名前も伺っておいてもよろしいでしょうか? 魔王軍としては誰が入山したのか把握しておかなければなりませんので」
受付を担当する純魔族の女性はヴィオレット、シルフィア、フィーネリアの名前を聞くと無縫達の名前を記したものとは別の台帳に名前を記していく。
どうやら、挑戦者以外に挑戦者の他に同行者がルシフェール山に入山するケースも特段珍しいことではないらしい。
「……しかし、思った以上に少ないですね」
無縫達の前には何人か先客がいたが、無縫達の後ろに並んでいる者はいないようだ。
『頂点への挑戦』の本戦が間近に迫っている筈だが、それにしては入山者が少ないように思える。
「『頂点への挑戦』の本戦は三週間後に開始ですからね。魔王城の城下町にはホテルもありますが基本的にお高いですし、長期間の滞在には不向きです。一度魔王城に辿り着いても期間中は魔導鉄道を使えませんのでギリギリのタイミングで魔王城入りをされる方が大多数を占めます。大体三日前から一週間という方が多いですね。山に不慣れな方などはかなり早めに入山される場合もありますが」
「……なるほど、そういうことでしたか。……レフィーナさん、どうしますか? 俺達は別に時空の門穴で行き来できますが」
「別に私も今登る必要はないと思うわ。……このまま挑んでも満足いく結果は出せないでしょうから個人的に鍛え直したいし、それに、幹部巡りの最低ラインは超えているけど、やっぱり白雪さんとジェイドさんの試練に再チャレンジさせてもらいたい気持ちもあるのよ。一応何回でも試練は受けさせてもらえるし」
「では、ルシフェール山への挑戦日だけ決めて後は互いに別行動にしましょうか? ……本当はジェッソの案件が片付いてからの予定でしたが、異世界アムズガルドの冒険者ギルドに届いている指名依頼を片付ける時間もありそうですし、ロードガオン人の移住先である人工惑星セルメトの状況確認と、後は引き渡しに向けて実際にフィーネリアさん達にも確認してもらったりとやることはまだまだありますからね。お互いに『頂点への挑戦』が始まるまで時間を有効活用しましょう。ああ、空間魔法の魔道具は宿に戻ってからお渡ししますね」
「本当に何から何までありがとう。――本戦までに私はもっと強くなるわ。この恩返しは、『頂点への挑戦』の本戦でしっかりとさせてもらうわね」
「えぇ、レフィーナさんと本戦の舞台で戦えることを楽しみにさせてもらいます」
◆
その場で別れて、次は『頂点への挑戦』の本戦で相見えよう――という雰囲気だったが無縫とレフィーナが戻る場所は同じ宿屋『鳩の止まり木亭』である。
一度部屋に戻って惣之助に「幹部巡りを終えた」という報告をした後、昼食を食べるために一階の食堂に降りる。
ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、レフィーナと同じテーブルでランチメニューを食べていると、宿屋『鳩の止まり木亭』の扉をノックする音が聞こえた。
「スノウ、申し訳ないけど今手が離せないから代わりに応対してくれないかしら?」
「はーい! どちら様ですか……!?」
来客の対応に向かったスノウは扉を開け……そこで固まった。
入り口に立っていたのは蒼み掛かった銀髪を腰まで伸ばした銀色の瞳を持つ美少女とも美女ともつかない美しい容姿をした女性だ。
黒いパンツスーツを華麗に着こなし、黒いビジネスバッグを持った姿はサラリーマンを彷彿とさせる。
目の下には黒い隈があって少し不健康そうな見た目だが、それでも彼女の美貌は欠片も翳っていないようだ。
「ま、魔王軍四天王レイン様!?」
スノウが驚くのも至極当然のことである。
彼は魔王軍の四人の最高幹部の一人に名を連ねる四天王、一般人のスノウ達では会うことすら困難を極める雲上人なのである。
「皆様、お食事中に失礼致します。また、宿屋『鳩の止まり木亭』の従業員の皆様におかれましてはお忙しい時間に失礼致します。クリフォート魔族王国四天王のレイン=シュライマンと申します。魔王軍外交部門と魔王軍兵站部門の部門長も兼任していますが、本日はそれとは別件でシトラス宰相閣下より依頼を受けて参りました。庚澤無縫さんはいらっしゃいますか?」
「俺が庚澤無縫です。……しかし、驚きました。四天王の皆様とは『頂点への挑戦』の本戦で相見えることになると思っていましたので」
「私も正直そのつもりでした。……無縫さんはあまり情報を集めずに魔王軍幹部に挑んできたと聞いております。戦いの中で相手がどのような人物で、どのような戦法を使うのか、そういったことを探っていくのが楽しいという気持ちも理解できない訳ではありません。ですか、私だけが一方的に無縫さんのことを知っているのは不公平だと思いますのでお一つだけ情報をお渡ししておきます。私は極魔超粘性体と呼ばれる種族です」
「……なるほどスライム系の上位種族、厄介ですね」
「まあ、それはさておき私が無縫さんを訪ねた理由をお伝えしなければなりませんが……お腹が減りました。女将さん、差し支えなければランチを頂けないでしょうか?」
「えっ、ええ……魔王軍四天王を務める方のお口に合うかどうかは分かりませんが、ご用意させて頂きます」
「そう畏まらなくて大丈夫ですよ。それと、私はこうして出張の合間に食べる外食が楽しみの一つなんですよ。宿屋『鳩の止まり木亭』の噂は魔王城まで轟いていますから是非一度味わってみたいと思っておりました」
「魔王城までその名が轟いていた」と聞いて畏れ多いと思いつつも、どこか誇らしそうな顔でビアンカはレインのためにランチの準備を始めた。
◆ネタ解説・百六十四話
極魔超粘性体
伏瀬氏のライトノベル『転生したらスライムだった件』の魔粘性精神体などの表現から着想を得ている。