キムラヌート区画担当魔王軍幹部ジェイド=ニェフリートvsバビロヌス文明の兵器使い・庚澤無縫〜幹部巡り最終戦〜
幹部巡り最後の戦いの舞台はジェイドの屋敷の中庭となった。
『夢幻の半球』を展開して戦闘準備を整えた無縫とジェイドは中庭の中心で相対する。
最後の魔王軍幹部戦の武器として選んだのはバビロヌス文明の武装。
【万物創造】によって創り上げた機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンム、戦滅巨兵ニヌルタ――四つの兵器にも搭載されていた武装を小型化した「超重力断層生成拳銃」と「分子分解砲撃拳銃」を装備している。
マルドゥーク文明の兵器には、主砲の中で対消滅を起こし、質量をエネルギーへと変換して超圧縮して解き放つ「天壌割り焼く主砲」、広範囲に超重力の断層を作り出し、射線上にあるあらゆるものを押し潰す「超重力を生み出す歪曲」、砲撃した対象を原子レベルに分解する「存在を滅却する蒼煌」、高密度に圧縮することで霊煌粒子と呼ばれるエネルギーに昇華させた精神波を打ち出すことで霊的存在にもダメージを与える「霊界を穿ちし兵装」、本来存在しえない同座標の亜空間を無理やり生成し、そこにあったものや周囲のものを亜空間ごと世界の修正力によって消し去る「亜空を捻じ曲げる常闇」の五つの武装が用意されており、それぞれの武装を小型化した試作品には、他に「天壌割り焼く主砲」を小型化した「対消滅拳銃」、「霊界を穿ちし兵装」を小型化した「霊煌粒子射出拳銃」、「亜空を捻じ曲げる常闇」を小型化した「亜空還噴進拳銃」の三つが存在し、全ての武装を威力と規模を縮小する形で再現することに成功している。
一方、ジェイドは絵の具に染まったエプロンを纏い、片手にスケッチブックを持ち、もう片手に無数の絵筆を握るというこれから戦闘をするとは思えない格好をしている。
……まあ、キャンバスを立てずにスケッチブックを持っているため、移動しながらでも絵を描けるという点では理に適っているのかもしれないが。
「なるほど、これは……今まで戦ってきた魔王軍幹部の中で最も厄介なタイプかもしれないですね」
「戦闘で絵を使うという時点で嫌な予感しかしないのじゃが……」
「ジェイドさんって保有魔力量多いみたいだし、もし想像通りの魔法の使い手ならかなり厄介だよね」
その格好からジェイドの戦闘スタイルを察し、無縫は警戒を強めた。
フィーネリアは「絵を描く技術って全く戦闘に活かせそうにないけど……」と何をそんなに警戒するのか不思議そうにしていたが、ヴィオレットとシルフィアも察しがついたのか「ごくり」と唾を飲み込む。
「では、最高の合作を始めよう! キサマがワタシの望んだ通りの最高の芸術家であることを祈るぞ! まずは小手調べだ! 単色魔法・獄炎のフレイムレッド!!」
ジェイドが赤い絵の具を筆から飛ばした瞬間、灼熱の炎が無縫へと襲い掛かる。
しかし、攻撃の狙いそのものは単純で「紙舞一重」でも簡単に回避できるレベルだ。
無縫は呆気なく灼熱の炎を躱して攻めに転じようとするが……。
「単色魔法・雷閃のライトニングイエロー!!」
間髪を入れずにジェイドが黄色い絵の具に染まった絵筆を振るって空に向かって無数の黄色い絵の具を空に飛ばした。
飛ばされた絵の具は無数の雷撃と化して地上に降り注ぐ。
攻撃は全て「紙舞一重」で躱したが、その一撃の速さと鋭さに無縫は目を見開いた。
「ふははは! やはり、単色では通用せんか! ならばワタシの真骨頂を見せてやろう! 幻想絵画魔術・不死者の大隊!!」
ジェイドが高速で筆を動かしてスケッチブックに絵を刻むと、無数の黒い髑髏の軍隊を顕現した。
剣や槍、斧など様々な武器を装備した不死者の兵士達は雪崩れ込むように無縫へと殺到する……が。
「超重力断層生成拳銃、分子分解砲撃拳銃」
不死者の大隊を巻き込むように「超重力断層生成拳銃」で超重力領域を展開し、完全に動きを止めた不死者の大隊を「分子分解砲撃拳銃」で纏めて消し去った。
「まあ、大方予想通りであるな。不死者の大隊では止められぬ……か。ならば、もっと強い幻想絵画魔術をぶつければ良い……と言いたいところだが、魔王軍幹部のほとんどは既にキサマに倒されているし、四天王や魔王はこれからの楽しみに取っておきたいと思っているのだろう? ネタバレをするのは流石にワタシも気がひけるのでな……」
「やはり、魔王や四天王、魔王軍幹部のような猛者も顕現することができるのですね」
「いかにも! ワタシが本気を出せば本物と寸分違わぬ幻想絵画魔術を顕現することだってできる。三流の画家ならば、その動きをなぞっただけの中身のない構図になってしまうだろうが、ワタシならば心技体全て揃った戦士を作り出すことも可能だ! しかし、強力な戦士を中身を伴った形で創り出すのであればそれ相応に魔力を消費する。その者の強さと、どこまで再現するのか、どこまでを決まりきった動きをする構図に置換するのか、その塩梅がなかなか難しいところなのだよ。……何かを再現する方向性より、いっそ新たな戦士を空想のままに創り上げた方が良いかもしれないな! ――意思の篭った筆には魂が宿る! そしてもう一つ、ワタシには切り札がある! 幻想絵画魔術・黒の大魔女! 幻想絵画武装・決戦仕様完全武装!」
ジェイドが描きあげたのは漆黒のドレスと魔女らしい三角帽子姿の純魔族の女性だった。
腰まで届く銀色の髪と、翠玉を思わせる緑色の瞳――絶世の美貌を持つ魔女は赤色の宝石が嵌められた杖を頭上へと掲げる。
一方のジェイドは籠手付きの白銀色に輝く甲冑を纏っていた。
背丈ほどの巨大な長剣を軽々と持ち上げる姿は、歴戦の戦士のそれを思わせる。
ジェイドの種族は緑小鬼だ。
しかし、弱者であるが故に小さな社会を築き、群れで動くことを好み、狡猾さと邪悪さを持ち合わせる緑小鬼とジェイドの在り方はかけ離れている。
緑小鬼でありながら、他の緑小鬼とは一線を画する彼を無縫は緑小鬼の突然変異と睨んでいた。
その最大の違いは緑小鬼にはない優れた知能と芸術に対する深い造詣にある……と考えていた無縫だが、どうやら本人の戦闘力という点においても他の緑小鬼とは一線を画するようだ。
「幻想絵画武装とは、幻想絵画魔術と対を成す武装を顕現する力ということですか?」
「いかにも! 時に芸術家自身も筆を武器に持ち替えて戦う! それこそが真の芸術であるとワタシは確信している! さあ、黒の大魔女よ! 神話級の魔法を操り、星を降らせるのだ! 流星群」
黒の大魔女が杖を掲げた頭上に無数の魔法陣が出現し、魔法陣の中から隕石が現れる。
「分子分解砲撃拳銃」
無縫はこれ以上厄介な魔法を放たれる訳にはいかないと真っ先に黒の大魔女を「分子分解砲撃拳銃」で撃ち抜いで分子レベルまで分解し、続いて隕石一つ一つに照準を定めて「分子分解砲撃拳銃」の力で分解していく。
黒の大魔女が一瞬にして消失し、ジェイドの基準では強力無比な神話級の魔法が呆気なく破られたことに一瞬驚きはしたものの、ジェイドは足を止めなかった。
「分子分解砲撃拳銃」
「こういう遅延は好かんが、単色魔法・防壁のウォールグレイ!!」
どこからともなく取り出した絵筆を左手に持ち、無数の灰色の絵の具を飛ばす。
灰色の絵の具は即座に巨大な灰色の壁へと変化し、ジェイドを狙って放たれた「分子分解砲撃拳銃」の分解魔術の身代わりとなった。
ジェイドが「防壁のウォールグレイ」を展開するのと無縫が「分子分解砲撃拳銃」を発動する速度はほとんど同じだ。
無縫も流石に「防壁のウォールグレイ」を突破してジェイドに肉薄される前にジェイドを撃破するのは不可能と判断し、「超重力断層生成拳銃」と「分子分解砲撃拳銃」を背後に投げ捨てた。
「――そちらが剣ならば、こちらも刀でお相手しましょう」
「――ッ! それもまた一興!」
時空の門穴を開き、取り出すのは愛刀である「冥斬刀・夜叉黒雨」と「魔剣デモンズゲヘナ」だ。
覇霊氣力を黒稲妻へと変化させて纏わせ、臨戦態勢を整える。
「――行くぞ!!」
ジェイドが壁を飛び越え、空中で剣を上段に構えて一気に振り下ろした。
「――鬼斬我流・厄嵐ノ型・螺旋剣舞連!」
対する無縫は双剣を翼の如く広げる連撃の構えから嵐の如き斬撃を放つ。
無縫の左の太刀――「魔剣デモンズゲヘナ」による横薙ぎはジェイドの長剣の刀身を粉砕する。
ジェイドの双眸が大きく見開かれる中、残る二十五連撃が無防備を晒したジェイドに殺到し、その身に纏う鎧諸共ジェイドの身体を切り刻んだ。
◆ネタ解説・百六十三話
天壌割り焼く主砲
初出は『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』でマルドゥーク文明が開発・保有する兵器。作中に登場する終焉戦艦マルドゥーク、機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンムにも基本武装として搭載されている。
対消滅を起こし、質量をエネルギーへと変換して超圧縮して解き放つ砲台型兵器。
着想元は佐島勤氏のライトノベル『魔法科高校の劣等生』に登場する戦略級魔法「質量爆散」及び結界容器ブリオネイクを使用した「ヘビィ・メタル・バースト」。
名前の由来はメソポタミアの太陽神シャマシュ。ちなみにこの神の名を知ったのもツカサ氏のライトノベル『銃皇無尽のファフニール』だった(シャマシュ自体は別の形で登場している)。
対消滅拳銃
天壌割り焼く主砲を小型化した兵器。
名前の由来は聖書に登場する都市ソドム。
『旧約聖書』の最初の書物『創世記』において、天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされている。
宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』において、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタはラピュタの雷をこのソドムの火と同一視する形で言及している。
超重力を生み出す歪曲
初出は『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』でマルドゥーク文明が開発・保有する兵器。作中に登場する終焉戦艦マルドゥーク、機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンムにも基本武装として搭載されている。
広範囲に超重力の断層を作り出し、射線上にあるあらゆるものを押し潰す砲台型兵器。
着想元はツカサ氏のライトノベル『銃皇無尽のファフニール』に登場する遺失兵器の一つである天を閉ざす塔。
名前の由来はシュメール神話の愛と美の女神イシュタル。何故この兵器に女神の名前をつけたのかは忘れた。何らかの理由があったような気がしないでもない。
超重力断層生成拳銃
超重力を生み出す歪曲を小型化した兵器。
名前の由来は天を閉ざす塔と同じく『旧約聖書』の『創世記』中に登場する巨大な塔バベル。
バブイルとはアッカド語で「神々の門」を意味し、後世これがギリシア語読みされたのがバベルであるため『旧約聖書』から取られているものの名称はメソポタミア寄りである。
『ファイナルファンタジー Ⅳ』にてバブイルの塔及びバブイルの巨人というダンジョンが登場し、バブイルという名称はここから取られているといっても過言ではない。
存在を滅却する蒼煌
初出は『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』でマルドゥーク文明が開発・保有する兵器。作中に登場する終焉戦艦マルドゥーク、機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンムにも基本武装として搭載されている。
砲撃した対象を原子レベルに分解する砲台型兵器。
着想元はツカサ氏のライトノベル『銃皇無尽のファフニール』に登場する遺失兵器の一つである境界を焼く蒼炎。
名前の由来はシュメール神話の大地の女神ニンフルサグ。何故この兵器に女神の名前をつけたのかは忘れた。何らかの理由があったような気がしないでもない。
分子分解砲撃拳銃
存在を滅却する蒼煌を小型化した兵器。
名前の由来は境界を焼く蒼炎と同じく『ヨハネの黙示録』中に登場するハルマゲドンの舞台であるメギドの丘。
霊界を穿ちし兵装
初出は『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』でマルドゥーク文明が開発・保有する兵器。作中に登場する終焉戦艦マルドゥーク、機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンムにも基本武装として搭載されている。
高密度に圧縮することで霊煌粒子と呼ばれるエネルギーに昇華させた精神波を打ち出すことで霊的存在にもダメージを与える砲台型兵器。
着想元はツカサ氏のライトノベル『銃皇無尽のファフニール』に登場する遺失兵器の一つである彼岸を貫く方舟。
名前の由来はメソポタミア神話に登場する女神ダムガルヌンナ。
霊煌粒子射出拳銃
霊界を穿ちし兵装を小型化した兵器。
名前の由来は彼岸を貫く方舟と同じく『旧約聖書』の『創世記』に登場するノアの方舟。
亜空を捻じ曲げる常闇
初出は『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』でマルドゥーク文明が開発・保有する兵器。作中に登場する終焉戦艦マルドゥーク、機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンムにも基本武装として搭載されている。
本来存在しえない同座標の亜空間を無理やり生成し、そこにあったものや周囲のものを亜空間ごと世界の修正力によって消し去る砲台型兵器。
着想元はツカサ氏のライトノベル『銃皇無尽のファフニール』に登場する遺失兵器の一つである星を呑む風穴。
名前の由来はバビロニア神話やエヌマ・エリシュなどに登場する天の神アンシャル。
亜空還噴進拳銃
亜空を捻じ曲げる常闇を小型化した兵器。
名前の由来はヘブライ語の音訳で『新改訳聖書』においては「黄泉」、「陰府」を意味するシェオル。
単色魔法
着想元は『落第騎士の英雄譚』に登場するサラ・ブラッドリリーの技「色彩魔術」。
本作では絵の具の単色のみを使った場合にその絵の具と関連する属性の効果が発動するような設定になっている。
幻想絵画魔術
着想元は『落第騎士の英雄譚』に登場するサラ・ブラッドリリーの技「幻想戯画」。
サラの「幻想戯画」には「あくまでも彼女自身の勝利のイメージを具現化したもののため身体能力・魔力量・技などは本人と同等だが、内面などは再現されずあくまで勝利する構図の具現化に過ぎない」という明確な弱点が存在していたが、本作のジェイドはその圧倒的観察力や想像力で内面すらも再現することができるという規格外の力を持っている。
ただし、完全に再現をしようとすれば魔力の消費が激しくなるため、どこまで再現するか、どこまでを構図に置き換えるのかという塩梅も腕の見せ所となっている。
本気を出せば魔王や魔王軍四天王、魔王軍幹部といった実力者も完璧にコピーできるため、クリフォート魔族王国内で間違いなく最強クラスの一角。……そして、この能力は後に真のスペックを見せつけることとなる。
幻想絵画武装・決戦仕様完全武装
幻想絵画魔術が人を再現するなら、武器の再現能力があってもいいんじゃないかということで作り出した技。
決戦仕様完全武装という名前の着想元は天野明氏の漫画『家庭教師ヒットマンREBORN!』に登場する幻騎士の武器である大戦装備。
鬼斬我流・厄嵐ノ型・螺旋剣舞連
「鬼斬我流・厄災ノ型・神避」が一撃技であることに対し、対を成す連撃技として構想した。
念頭に置いたのは例の如く『精霊使いの剣舞』に登場する絶剣技・破ノ型〈烈華螺旋剣舞〉。
カタストロフ(catastrophe)は破局や大惨事を意味する言葉で、、「薨ずる」は皇族や三位以上の人が亡くなった時に用いられる表現、歿は「没」が書き換え字であるなどこちらも不吉な言葉が詰め込まれているネーミングとなっている。
◆キャラクタープロフィール
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・ジェイド=ニェフリート
性別、男。
年齢、二十八歳。
種族、緑小鬼の突然変異。
誕生日、五月一日。
血液型、B型Rh+。
出生地、【漆黒の闇の森】。
一人称、ワタシ。
好きなもの、芸術。
嫌いなもの、芸術を理解できない者、理解した気になっている者。
座右の銘、「芸術は品性のあるもののみが理解できる」。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、他人の評価を鵜呑みにして芸術を分かった気になっている者達。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国魔王軍幹部、キムラヌート区画の領主、芸術家。
主格因子、無し。
「魔王軍幹部の一人でキムラヌート区画の領主。ゴブリンの突然変異で見た目こそ一般的なゴブリンとほとんど同じだが高い知能を有し、ゴブリン系最上位の緑小鬼の皇帝よりも高い戦闘力を有する。魔族王国で絶大な人気を誇る芸術家で絵画、音楽、文学、陶芸とマルチな才能を有している。「戦いとは芸術」であるという考えを持ち、全力のぶつかり合いこそが新たな芸術の境地に導くと確信している。そのため手加減などナンセンスという考えから魔王軍の指示を無視した戦いを繰り広げており、ジェイドの説得を諦めた魔王軍が序盤の区画からキムラヌート区画に移動させるという前代未聞の配置換えを行わせたほどの問題児である。実力を認めた相手のことは自身と同じ芸術家であると認識し、その相手との戦いは「合作」と表現する」
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