表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

161/238

芸術を見て、その作者やタカイモノだからという先入観に囚われずに己の感覚だけで芸術を本当の意味で味わうことができる人って本当に一握りなんだよね、きっと。

 無縫相手に保有する遺物(レリック)ではなく結晶化した剣を武器に戦っていたベークシュタインだったが、決して無縫を軽んじていた訳ではなくあれで一応魔王軍幹部としての本気(・・)のつもりだったようだ。


 その後のレフィーナとの戦いでは普通の剣に属性魔法を纏わせる所謂魔法剣と呼ばれる手法で魔法少女エルフィン=ブラダマンテと相見える。

 熟練の魔法剣を相手に多少苦戦を強いられたものの、魔法少女エルフィン=ブラダマンテは長期戦の末にベークシュタイン相手に勝利を収めた。


 領主公館の応接室に移動して手帳に「大穴を前に白衣を靡かせるベークシュタイン」の姿を模したスタンプとサインをしてもらう。

 この時点で、レフィーナも無縫に続いて『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦に出場するための資格を手にすることとなった。


「では、私はこれにて失礼する」


 もう用事は済んだと言わんばかりにベークシュタインは応接室を去っていった。


「……本当に申し訳ございません。お二人ともご気分を害されたことでしょう。ベークシュタインにも決して悪気があるのではありません。本当に始まりの大穴(ホール・ゼロ)以外のことに無頓着な人でして……そ、それよりもレフィーナ様、まずは『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦に出場する資格の獲得おめでとうございます。本戦に出場する方法についてはご存知でしょうか?」


「キムラヌート区画の先にある魔王門(デモンズ・ゲート)で手帳を一度提出し、ルシフェール山の登山道や洞窟を経由しながら魔王城を目指すのよね?」


「はい、通常であれば魔王城とキムラヌート区画を繋ぐ魔導鉄道などの公共交通機関がありますが、『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の期間中には公共交通機関の利用に制限が掛かります。また、魔王門(デモンズ・ゲート)で説明があると思いますが、飛行手段の利用も制限されますので基本的には徒歩での登山となります。このルシフェール山は別名『魔王への修羅道(サタンロード)』と呼ばれています。魔王軍幹部との戦いが第一の篩であるとすれば、この『魔王への修羅道(サタンロード)』は『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦に出場するに値するかを選別する第二の篩です。この山を制することができない者が魔王になどなれる筈がありません。とはいえ、第一の篩を突破できたレフィーナ様や無縫様であれば問題なく突破できると思います。同行者の皆様もお強いようですし、魔王城に辿り着くことができるでしょう。それから、前人未到の魔王軍幹部十名全員に勝利するという偉業に王手を掛けた無縫様。最後の魔王軍幹部、キムラヌート区画のジェイド=ニェフリート様は望む実力に達した挑戦者になかなか巡り合うことができずにいると聞いております。確かに、本戦で彼に勝利した者は一部の魔王軍幹部や一部の魔王軍四天王、一部の挑戦者など決して全くいないという訳ではありませんが、真に自身の認める芸術家(アーティスト)足り得なかった。……私はベークシュタイン様付きで彼のことは少ししかしりませんが、あの天才芸術家(アーティスト)が挑戦者に恵まれずに苦悩しているとボヤいている姿を何度か見たことがあります。九人の魔王軍幹部に勝利した無縫様であれば、ジェイド様の求める芸術家(アーティスト)になり得るのではないかと思っています。願わくば、彼の退屈な日々を終わらせてください」


「俺は十人の魔王軍幹部に勝利して『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の挑戦権を獲得すると宣言しました。その言葉に二言はありません。そのための準備もしてきたつもりです。――キムラヌート区画のジェイド=ニェフリートに勝利して、誰にも文句を言わせない形で俺は『頂点への挑戦(サタン・カップ)』に挑みます」


 長きに亘って対等な芸術家(アーティスト)に相見えることができなかったジェイド。

 そんな彼がようやく求める挑戦者に出会えるかもしれない。


 無縫の大きな背中に、カトレアはその希望の光を確かにその目で見たのだ。



「レフィーナさん! 『頂点への挑戦(サタン・カップ)』本戦出場おめでとうございます!!」


 宿屋『鳩の止まり木亭』に戻ったレフィーナを待っていたのはスノウのレフィーナを祝う言葉と、スノウ、ビアンカ、ギミード、ワナーリ……その他多くの宿泊客達の祝福のクラッカーだった。

 なお、ちゃっかり宿の外にいた無縫、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリアもクラッカーを鳴らしている。


「こ、これは……どういうことかしら?」


 クラッカーで祝福されるという文化を知らないレフィーナは嬉しさよりも困惑が勝ったようだ。


「無縫さんから教えて頂いたのよ。お祝い事でこのクラッカーっていうものを鳴らして祝うことがあるって。今日はレフィーナさんの本戦出場を祝って細やかだけどご馳走を用意したわ」


「ほ、本当に……あっ、ありがとう、ございます。私、無縫さん達と出会えなかったら、きっとここまで来れなかったと思うわ。それに、ビアンカさんの温かい料理や宿屋『鳩の止まり木亭』のみんなの応援があったから、私はここまで勝ち抜けたのだと思う。お礼を言わないといけないのはこちらの方よ。本当にありがとう」


 涙を流すスノウと抱き合い、共に嬉し涙を流すレフィーナ。

 そんな二人と、自分達のことのように嬉し泣きをする宿屋の客達の姿を無縫は少し眩しそうに眺めていた。


「……そういえば、無縫君も資格を得ているけど本当に主役が私のお祝いの席でいいのかしら?」


「まあ、俺の試練はまだ終わってないからね。『頂点への挑戦(サタン・カップ)』は本戦が本番だから区切りかどうかも微妙だし、俺に関してはお祝いなんて別にいいかな? って思っていたんだけど、大田原さんが張り切っちゃって、なんか既に店を押さえているらしい。ビアンカさん、スノウさん、後は宿屋『鳩の止まり木亭』の宿泊客の皆様もどうぞご参加くださいって伝えて欲しいってメッセージを預かっているよ。それと、魔王軍幹部の皆様やクリフォート魔族王国での旅で出会った方々も誘えるようであれば是非招待したいという話だ。お店は『L'Assiette Blanche』という『美食の巨人』高遠敦さんがシェフを務める料理店で、『究極の美食評議会』が出版する『NEW GASTRONOMY HORIZON』で殿堂入りを果たしているくらいの超人気店だから期待していいと思うよ」


「……各国首脳や王族の来日の際には必ずといっていいほど持て成しの場として使われるあの『L'Assiette Blanche』!? 『ステーキ処 IWAMI』の時も大概だったけど、本当に凄い店ばかりね。流石は大日本皇国の首相の力ってところかしら?」


「俺も正直よく知らないけど、首相のコネクションってよりもそれ以前から個人的な繋がりがある程度の無茶でも聞いてもらえるような関係に繋がっているんじゃないかな? 祝井さんとも内務省官僚時代かそれ以前から友人みたいだし、その師匠である高遠さんとも親交があるんじゃないかな? ちなみに、当日はその祝井さんも店を休んで『L'Assiette Blanche』に駆けつけるみたいだよ。それに、お店も貸切だからドレスコードは無しでいいって」


「……『L'Assiette Blanche』で、高遠シェフと祝井シェフがタッグを組んで……しかも、貸切!?」


 あまりに刺激が強かったのだろうか? ロードガオンの四大領主、つまりお嬢様でありながら庶民的な感覚を持ち合わせているフィーネリアがあまりの衝撃に倒れた。

 かくいうビアンカ達もあまりの衝撃で固まってしまっており、いつもならフィーネリアを心配して駆けつけそうなスノウも完全に思考が停止してしまっている。

 なお、ふらりと倒れそうになったフィーネリアはヴィオレットに支えられて倒れずに済んだようだ。


「まあ、祝勝会云々は別としてまずは最後の魔王軍幹部に勝たないとな」


「まるで無縫が勝つ前提で話が進んでいるが、実力で勝っても試練で合格できない可能性もあるのじゃ。……まあ、それでも無縫が勝ちそうな気がするが」


「いざとなれば幸運に身を任せればいいだけだからね。……というか、この件に関しては幸運でなんとかなるんじゃない?」


「まあ、できる限り実力……というか、自分の知識で確証を持って頑張りたいけど、幸運云々言い出されると否定できないからね。本当に厄介な力だと思うよ」


 己が持って生まれた『気紛れなノルン・ブレッシング・女神の寵愛オブ・ネームレス・グローリー』と呼ばれる力に溜息を吐く無縫だった。



 キムラヌート区画が芸術の街と呼ばれ始めたのはエーイーリー区画からキムラヌート区画に魔王軍幹部ジェイド=ニェフリートが配置換えをされた頃だと言われている。

 それ以前はエーイーリー区画に多くの芸術家が集まり、芸術家の集まる街とされていた。


 優れた芸術家であるジェイドの近くにいることで刺激を受けることができる。そういった思惑もあるのだろう。


 地球でいうところのイスパニアの街並みを思わせる旧市街を歩いているといくつかの画廊や博物館、美術館などが目に止まり、街中にはベンチに座って絵を描いている画家やアコーディオンを奏でる音楽家などが自然と街に溶け込んでいる。


「チャレンジャーの無縫殿とレフィーナ殿とお見受けする。お二人の姿を描かせて頂けないだろうか?」


 街を歩いて領主公館へと向かおうとしていると一人の純魔族の男が話し掛けてきた。

 絵筆を持った老紳士に頼まれ、折角の機会だからとヴィオレット、シルフィア、フィーネリアの三人も交えた五人で老紳士の前に立つ。


 少し前までならば人間だからと敵意を向けられていた……が、無縫の名前も知られるようになり敵意を向けられることが少なくなってきたように感じる。


「キムラヌート区画にお越しになったということは、ジェイド先生に挑戦されるのじゃな」


「えぇ、そのつもりです」


「先生は気難しい芸術家じゃが、クリフォート魔族王国の芸術を牽引してきたお方じゃ。……正直なところ、魔族は人間に比べてあまり文化的なものが発展しておらぬ。魔族にとって重要なものは圧倒的な力、武力であると……そういう時代が長かったからのぅ。人間から蛮族と捉えられるのも無理はない。……しかし、クリフォート魔族王国はここ数年で目まぐるしく発展を遂げた。特に芸術という分野では人間の国々と遜色ないレベルにまで至っていると確信している。……しかし、当の先生はあまり今のクリフォート魔族王国の芸術をよく思っていないようじゃ。誰かが描いたものだからこそ価値があると芸術の何たるかを知らぬ者が高値で売り捌き、高値で買う。勿論、儂を含めて芸術家はメシの種であると考えている者も多い。生活ができなければ絵は描けない……お金になればそれでいいと仕事として絵を描くこともある。じゃが、そういった価値を分からぬ者が芸術を売買することを、何も知らない者が知った風を装って含蓄を垂れることをジェイド先生はよく思っていないのじゃ。ジェイド先生の試練は審美眼が問われる試練――己が美しいと、良いものだと思ったものを先入観なく純粋に選ぶといい。まあ、かくいう儂も先生の試練を突破できなかった敗北者じゃがのぅ。では、期待しておるぞ、若人達よ」


 純魔族の老紳士は描いていた二枚の絵画の一枚を無縫に手渡すと、楽しそうに笑みを浮かべて街の喧騒の中へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ