ケムダー区画担当魔王軍幹部ベークシュタイン=フリネーオvs陰陽師・庚澤無縫〜幹部巡り九戦目〜
ラピスとの魔王軍幹部戦に勝利した日の翌日、無縫、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、レフィーナの五人はケムダー区画へと向かった。
領主公館に辿り着くと、側近であるカトレアが無縫達を出迎えた。
豪華なエントランスから真っ直ぐ廊下を進んでいく。
前回は他の領主公館とほとんど変わらない、いかにも洋館といった内装の廊下を進んで木の机と椅子が置かれた学校の教室の一室のような試験室へと案内されたが、今回は案内される場所はどうやら前回とは少し様子が違うらしい。
灰色の金属製の床や壁、天井は少し汚れており年季の入った研究所を彷彿とさせる。
先程まで無縫達が居た場所がケムダー区画の領主公館の区画であるとすれば、こちらは始まりの大穴研究所の区画と呼ぶべき場所なのだろう。
「見給え、この果てしない大穴を。前人未到の最後の秘境を! 深さ二万メートルを遥かに上回るこの大穴の下に何が埋まっているのか、君達は興味あるかね?」
黒い髪を無造作に伸ばして背中の所で束ねた眼鏡の奥に怜悧な光を宿す銀色の瞳を隠した浅黒い肌をした男は大穴を抱くように手を広げて演説していたが、一区切りがついた所で無縫達の方へと振り返った。
灰色のスーツの上から真っ白な白衣を纏ったその姿は学者然としている。
カトレアが「また病気が始まったよ」と言いたげな顔で顳顬を押さえる中、学者風の純魔族は演説を続ける。
「魔族の神話においては、魔族や魔物は夜の神ベンタスカビオサの手によって創造されたとされる。しかしッ! 創世神話をいくら探しても魔力の出自については何一つ書かれていない! 人間の神話も可能な範囲でかき集めて読んだが結果は同じだ。魔法とは不思議な力だ。炎を生み出すこともできれば、その対極である氷を生み出すこともできる。即ち、あらゆるものになることができる可能性を秘めたエネルギーなのだ! しかぁし、魔力というエネルギーは不可逆なものである。魔力を変換して例えば炎を生じさせたとして、その炎を元に魔力を作り出すことはできるだろうか? 答えは否である! エネルギーがより煩雑なものへと形を変え、決して不可逆なように、魔力もまた同様に元の魔力に戻ることはないのである。このままでは魔力は枯渇してしまうだろう。この夢のようなエネルギーが、だ!! 我々は日常的に魔力を使うが、そもそも魔力とは如何なるものかということについて無知である。私はその秘密が創世後すぐに生まれたという始まりの大穴にあると睨んだ。実際、私はこの穴のほんの表層ではあるものの始まりの大穴の内部を探索し、魔力の元となったと思われるエネルギーを有する存在と戦ったこともある。――始まりの大穴の研究は魔族の、いや、この星に住む全ての者にとって有意義なものになる筈だ。私は学者としてこの大穴を隅々まで探索したいものだが、魔王軍はあろうことか始まりの大穴を危険視して厳重に調査の行手を阻んだのだ。しかし、ケムダー区画の魔王軍幹部であればその面倒な手続きを省略することができる。所謂、管理者特権という奴だ。しかし、魔王軍幹部という地位は永久的なものではない。この立場を守るためには『頂点への挑戦』で結果を残し、ケムダー区画の領主としての仕事に励み、挑戦者共の相手をせねばならない。実に面倒だと思わないかね。だが、仕事は仕事だ。やるべきことはしっかりとせねばなるまい。――では、挑戦者諸君、とっとと試合をしようではないか!」
学者風の魔王軍幹部――ベークシュタイン=フリネーオが武器である剣を取り出す。
それは、結晶のようなもので刀身ができた武器だった。今までに感じたことのない波長を持つ武器に無縫が警戒の視線を向ける。
「始まりの大穴の内部にいるのは魔物ではない。侵略者や外宇宙生物と呼ぶべき存在だ。私の仮説では、彼らは外宇宙より飛来した。あの巨大なクレーターを創り上げたナニモノか……恐らくは隕石のようなものから生み出されたのではないかと推測している。ここでは便宜上侵略者と呼ぶが、彼らは身体が結晶によって構築されている。その厄介な点は既存の物理法則がほとんど通用しない点だ。剣による攻撃も、魔法による攻撃を通用しない。火、水、風、土と属性を変えても、光や闇という希少な属性を駆使しても、だ。物理攻撃に至っては使用した武器が逆に侵食されて結晶化してしまうという厄介な事態に陥った。だが、奴らに対して対抗手段が無い訳ではない。例えば空間に干渉する魔法――侵略者そのものではなく、奴らの周囲の空間ごと破壊する魔法に対して、彼らは無力だった。古の時代、我々の先達である彼らは空間魔法を武器に始まりの大穴の研究に着手し、いくつかの拠点と兵器を残した。侵略者の結晶の力を兵器として応用した遺物には凄まじい力を秘めたものばかりだ。……が、魔王軍幹部の試練であればこれで十分だろう。この剣はかつて何の変哲もないただの剣だった。そこら辺で売っているような名刀でもなんでもない一振りだったが、侵略者の結晶に侵食されることでその力を一端を得ている。さて、この武器に何かを感じたそこの貴方……確か、庚澤無縫でしたね。貴方から相手をして差し上げましょう」
『夢幻の半球』を展開すると同時に、無縫はベークシュタインに肉薄する。
その手に握られていたのは刀……ではなく、一枚の霊符だ。
「紫電霊符、急急如律令!」
陰陽術とは龍脈と呼ばれる星のエネルギーを借り受け、その力を操る技である。
霊符と呼ばれる符にその力を宿して持ち運び、術を使用したいタイミングで霊符に込められた術を解放する。
一方で、陰陽術には式神を使役する力もある。これは契約した式神に龍脈のエネルギーや生命エネルギーなどを提供し、その対価として力を借り受けるということが一般的だ。
基本的には呪によって式神を使役して陰陽師側が有利な契約を交わすが、中には飯綱ちゃんのように呪によって縛らず友情によって結ばれている式神もいない訳ではない。
この式神も、十二天将、或いは十二神将と呼ばれる存在や十二月将のような神獣、神から飯綱ちゃんに代表される妖怪、更には動物や陰陽師の思念から形代を媒介にして生み出されたものに至るまで実に様々ある。
こうした式神を使役する術も無縫は会得しているが、基本的に戦闘では前者の霊符を媒介にした術を好んで使う。……まあ、陰陽術を使うこと自体が極めて稀なことなのだが。
魔法の基礎が火、水、風、土の所謂四大元素であるのに対し、陰陽術の根幹は陰陽五行である。
木、火、土、金、水に陰陽の二つの属性を加えた七つの属性の術の行使は基本的に低コストで行えるが、それ以外の属性を再現しようとすれば大きなエネルギーロスが発生する。
基本的に陰陽五行の属性に比べて威力が落ちる印象だが、無縫の術は威力の減退が感じられないほどに強い力を秘めていた。
迫り来る紫電に対し、ベークシュタインは剣を振り下ろす。
結晶の刀身に紫電が触れた瞬間、紫電は力を大きく失って霧散した。どうやら、魔法を含めて攻撃手段がほとんど通用しないというのは事実のようだ。
「陰陽霊装・蒼羅」
基本的には後方から術を使う陰陽師だが、中には近距離での肉弾戦を得意とする者もいる。
そんな異端な陰陽師達が生み出した技術こそ、陰陽霊装と呼ばれる武器だ。
陰陽術の力、つまり龍脈の力が込められたこの武装は陰陽師達の身体能力を強化すると同時に属性の力を操る能力を装備者に与える。
蒼羅と呼ばれる蒼いエネルギーでできた羽織を纏った無縫は「瞬閃走」を駆使してベークシュタインに迫る。
「結晶の本質を見せてやろう!! 異界の結晶断崖!!」
一方、ベークシュタインは地面に剣を突き立てて巨大な結晶の壁を生成した。
無縫は陰陽術の力を宿した蒼い籠手を特殊な霊符から羽織を顕現したのと同じタイミングで顕現していたが、例え陰陽術の力が宿っている籠手であっても結晶を殴れば逆に取り込まれてしまうだろう。
無縫に完全に肉薄する前に結晶の壁を展開したベークシュタインは勝利を確信してニヤリと笑った……が、ベークシュタインには見えない壁の裏側では無縫が同じようにニヤリと人の悪い笑みを浮かべていた。
「宿星桔梗印・五芒創天」
無縫が五枚の霊符を上空へと投げる。五枚の霊符は不自然に上空に留まった。
背筋に冷たいものが走る感覚がして、ベークシュタインは空を見上げた。
五つの霊符は五芒星――晴明桔梗を一瞬にして描き、上空に巨大な星が生じる。
龍脈の存在を知らないベークシュタインも理不尽なほどのエネルギーが渦巻いていることを本能の部分で感じ取った。
五芒星から眩い光が降り注ぐ。眩い光はベークシュタインの頭上から一瞬にして放たれ、ベークシュタインの身体を跡形もなく消し飛ばした。
しかし、ベークシュタインの身体と共に剣の柄を消し飛ばしても結晶と化した剣の刀身は消えることなく結界の中に残り続けている。
結晶の異常な力を目の当たりにした無縫はほんの少しの間興味深そうに刀身を見つめていたが、一度状況をリセットするために『夢幻の半球』を解除した。
◆ネタ解説・百五十九話
始まりの大穴
影響を受けたものとして、『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』に登場するパルデアの大穴ことエリアゼロ及びつくしあきひと氏の漫画『メイドインアビス』に登場するアビスが挙げられる。
実際、遺物的なものが存在している点はアビスと共通している一方、魔力の元となったエネルギーが存在している点は、テラスタルエネルギーが溢れているエリアゼロと類似していると言えなくもない。
陰陽霊装
元ネタは助野嘉昭氏の漫画作品『双星の陰陽師』に登場した呪装の一つ「星装顕符・焔」。
宿星桔梗印・五芒創天
元ネタはかつてドリコムが開発・運営し、アニプレックスが配信していたスマートフォン専用基本無料ゲーム『きららファンタジア』に登場した七賢者ハッカが使用するチャージ技のシリーズである「宿星桔梗印」及び、強敵チャレンジクエスト2020年11月、強敵チャレンジクエスト2021年12月で使用する通常技「五芒創天」。
◆キャラクタープロフィール
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・ベークシュタイン=フリネーオ
性別、男。
年齢、三十五歳。
種族、純魔族。
誕生日、三月十八日。
血液型、A型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国エーイーリー区画。
一人称、私。
好きなもの、研究。
嫌いなもの、研究を中断させる雑事。
座右の銘、「全ては始まりの大穴に通ずる」。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国魔王軍幹部、ケムダー区画の領主、始まりの大穴研究者。
主格因子、無し。
「魔王軍幹部の一人でケムダー区画の領主。純魔族のいかにもマッドサイエンティストといった風体の男。自身の研究以外には情熱を注ぐことができない性格で魔王軍幹部の義務である領主の仕事も側近のダークエルフ族のカトレアに丸投げしてしまっている。魔王軍幹部の地位には興味がないが、ケムダー区画の領主が管理する始まりの大穴が研究の対象の一つであるため、不本意ながら魔王軍幹部を続けている。『数億年後に魔力が消滅する』、より厳密にはエントロピーの増大則により魔力が使用できない状態になることに気づき、魔力のリサイクルの方法を研究していたが、一度魔法を使用して煩雑なエネルギーとなったものを元の魔力に戻すことが不可能であることを数々の実験で理解せざるを得なくなり、その後は何故魔力が生まれたのか、魔物や魔族とは一体何なのか? というルーツの研究へとシフトしていった」
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