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アディシェス区画にて、トップモデル達と競うように魅せるランウェイでのバトル ファーストルック

 魔道具と思われるスポットライトに照らされた長いランウェイ――席を埋め尽くさんばかりの観客達の注目を一身に受けるその場所に、一人のスーツ姿の少年が足を踏み入れる。


 ランウェイとは様々に着飾ったモデル達が男女問わずその衣装の美しさを披露する場である。

 モデルはあくまでその衣装の良さを引き立てるための脇役に過ぎず、美しいウォーキングやポージングで衣装の良さを演出する。


 そんなランウェイの流れを汲む試練において挑戦者・庚澤無縫の服装は些か……否、明らかに地味であった。

 濃紺の上着とズボン、真っ白なカッターシャツに紺のネクタイという服装はフォーマルな場においては良い評価を得られる場所だが、ことランウェイにおいてはもう少し派手さや華のある服装が求められる。


 スポットライトが無縫の周辺に収束し、ステージの光が再び消える。

 そして、無縫が来た方の反対側にほとんどのスポットライトが向けられ、眩い光の中を一人の美しい女性が華麗なウォーキングで無縫の近くまでやってきた。


 肩まで届くほどの群青の髪に、澄んだ水面のような水色の瞳。

 本来耳があるべき場所には小さな青いヒレのようなものが生えている。

 クリフォート魔族王国でも人口が少ない川霊歌姫(ローレライ)と呼ばれる種族なのだろう。


 服装は水色のミニ丈のドレスに白いニーソックス、水色のパンプスを合わせた甘めのコーデで、彼女の可愛らしさを最大級に引き上げている。


「あら? 今回の試練のコンセプトは聞いているわよね? その格好で本当にいいのかしら? 公式の場ではフォーマルな格好は尊ばれるけど、ここはランウェイ――スーツにしてももう少し派手さがあった方がいいと思うのだけど」


「ああ、この格好ですか? これは内務省で働いている時のスーツでして、流石にこれで試練に挑むなんてことはしませんよ。ステージに上がるまでの服装として、流石にカジュアルなシャツにジーンズみたいな服装は選べませんし、丁度内務省に行ってきた後なのでそのままの格好ということですね」


「……ということはステージ上で早着替えでもする気なのかしら? まあ、確かに注目は集められるかもしれないけど、周り一周お客さんに囲まれているこの場所では流石に難しいんじゃないかしら?」


「ご心配なく、これを使いますので」


 懐から取り出した銀色の柄のようなものを見て、ヴィオレット、シルフィア、レフィーナは何かを察したような顔になった。

 一方、フィーネリアはというと、それ(・・)を見た他の観客達のように困惑している……という訳ではなく、得体の知れないものを目撃したような顔で固まっていた。


「――ワーブリングシステム起動! (シルヴァー)ワーブウェポン・氷雅(アイス・ローヴ)


「な、なんなのよ、それ!! 聞いてないわよ!!」


 フィーネリアの絶叫が響き渡る。

 それもその筈、無縫の手に収まっているワーブウェポンはこれまでのものとは一線を画する力を秘めている、ワーブウェポン先進国であるロードガオン出身フィーネリアのもその概念を知らない新たなワーブウェポンなのである。


 これまで内務省が開発したのは汎用性と呼ばれるジャンルに区分されるものだ。

 内務省式ワーブウェポンは、予め用意されている「偃月(えんげつ)」、「惑刃(アンタレス)」、「双影(そうえい)」、「盾剣(ディフェンダー)」といった剣型、「立方弾(キューブスター)」、「跳追弾(バウンドスター)」、「爆裂弾(プロージョンスター)」、「飛燕弾(スワロースター)」といった弾型、「短拳銃(ピストーラ)」、「細口銃(イーグル)」、「閃如銃(ライトニング)」、「大口銃(カノン)」と言った銃型に区分されるメインワーブウェポンといくつかのサブワーブウェポンの中から八種類選んで設定する形式をとっている。


 ロードガオンの汎用ワーブウェポンが一つにつき一種類のみ設定されており、複数のワーブウェポンを時と場合に応じて使い分けたり、同時に複数起動をするという形で使用するのに対し、内務省式ワーブウェポンは一つで複数切り替えが可能という画期的なシステムが組み込まれており、その詳細を聞いた時にはフィーネリアも常識を揺さぶられるほどの衝撃を味わった。


 こうした汎用ワーブウェポンが確立している一方で、特注式(オーダーメイド)ワーブウェポンと呼ばれるものも内務省では開発されている。

 伸錫刺ホーミング・インフレーションなどがその代表例だろう。ロードガオンのワーブウェポンのような一点特化型で、単体ではワーブル体の換装と予め設定された一種類の武器の生成しかできないが、その分、ワーブウェポンの出力は汎用ワーブウェポンに勝るという利点がある。

 しかし、特注式(オーダーメイド)ワーブウェポンもあくまで量産型のワーブウェポンとほとんど大差のない領域に収まっており、(ホワイト)ワーブウェポンに匹敵するほどの性能はない。


 その一方で、(シルヴァー)ワーブウェポンには(ホワイト)ワーブウェポンに限りなく近い力があった。

 (ホワイト)ワーブウェポンとはワーブルの含有量に優れた者が、自らの全てワーブルを注ぎ込むことで己の命と引き換えに作り上げる文字通りの一点もので、その性能は汎用型のものとは一線を画する。


 フィーネリアが保有する「赫霆剣クリューエル・サンダー」も、ミリアラが保有する「空の門(ウラノス・テュリス)」もその強さや希少性から国宝に指定されているほどのもので、その力や便利さは他の追随を許さない。

 無縫の持つ(シルヴァー)ワーブウェポンからは流石に(ホワイト)ワーブウェポンほどの力は感じられないものの、そこに迫るほどの力をフィーネリアは感じ取っていた。


 眩い光と共に無縫の身体がワーブル体に換装される。

 そして光が収まると、そこに立っていたのは一人の女性だった。


 腰まで届くほどの銀色の髪、底冷えがするほどの冷たい蒼玉色(サファイアブルー)の瞳。

 白銀の胸当てと、腕を覆う金属製の籠手、ミニスカートをベースにした草摺――二の腕、腹部、太腿が顕になった戦乙女(ヴァルキューレ)を彷彿とさせる露出度の高い鎧を纏い、その手には二つの刀身のない剣の柄の部分を握っている。


「……ワーブル体は基本的にその人の姿をそのまま再現するわ。姿を変えると身体の感覚が変わってしまうから、装備のみを変更するイメージね。……髪色とか直接関係ない部分を弄る人はたまにいるけど。でも、ここまで元の姿から掛け離れたワーブル体に変更することはないわ。できないんじゃなくて、特段メリットがないからしないのだけど……そういえば、無縫君は魔法少女とか聖女とか性別の違う姿でも関係なく戦っているから今更かしら」


 ワーブル体の性能は一律だ。姿を弄っても、例えばワーブル体を筋肉質な姿に変化させても性能は変わらない。

 しかし、ワーブル体の体型が本来のものから著しく変化する場合、体を動かす感覚にズレが生じる。このズレが、戦闘においては致命的な隙を生みかねない。


 そのため、見た目を少し可愛らしく見せたり、美しく見せるためにワーブル体の見た目を多少変える者は女性を中心に一定数がいるが、ここまで大きく外見を変更するような前例は、少なくともフィーネリアが知る限りでは一つもなかった。


「イッツショータイム! モデルのアイネ=オラトリオvs庚澤無縫のファーストバトル、開始です!!」


「仕掛けるわよ! 水の楽団(アクア・オーケストラ)


 先制攻撃を仕掛けたのは川霊歌姫(ローレライ)のモデルだ。

 美しい歌と共に無数の水の球体が出現し、一斉に無縫に殺到する。


 その華麗な歌と美しい水魔法に、観客達は沸き立つ。

 会場のほとんどが青一色に染まり、無縫に強力なデバフ魔法が掛かった……が。


雪の蝶(スノウ・パピオン)


 右手に握られた銀色の刀身のない柄を突き出すと、柄の部分に青白い輝きが宿った。

 そこから真っ白な蝶の形をしたエネルギー体のようなものが射出され、次々と水の球体に着弾していく。


 デバフの影響を一切感じさせない動きにアイネが困惑する中、真っ白な蝶は水の球体に飲み込まれると同時に瞬時に球体を凍て付かせた。

 真っ白なアイスボールと化した水の球体は完全にアイネの支配を外れた。そのまま落下するかと思いきや、氷の球体に一瞬にしてヒビが入り、無数の氷片となって砕け散った。


「……あんなのどうすればいいのよ! 『夢幻の半球(ドリーム・フィールド)』が無かったら即死じゃ――」


 圧倒的なデバフの中でも即死級の攻撃を容赦なく放ってくる無縫の理不尽っぷりに泣き語を漏らすアイネだったが、その言葉も途中で途切れてしまう。


凍結大気(ダイアモンドダスト)


 柄の部分の青白い輝きが消え去ったのと同時にアイネの身体が周囲の大気ごと凍り付けにされてしまったのである。

 分厚い氷の中に閉ざされたアイネだったが、幸か不幸か意識はあった。どうやら「雪の蝶(スノウ・パピオン)」のように凍られた対象を瞬時に粉砕するような凶悪な効果は付与されていなかったようだが。


蒼氷双剣(アイスダブル)


 二つの柄に青白い輝きが収束し、半透明の青白い刀身を形作る。

 一瞬消えたように錯覚するほどの超高速でアイネを包む氷塊に肉薄し、刀身が形成されるのと同時に氷塊ごとアイネの身体を粉砕した。


 恐ろしいのは「凍結大気(ダイアモンドダスト)」の生成からアイネを包む氷塊を破壊するまでの速さだ。

 ボタン一つで無縫達を応援する桃色のペンライトに変更できるにも拘らず元から無縫を応援しているヴィオレット達以外は誰一人としてボタンを押すことすらできていなかったのである。


 アイネが撃破されてランウェイの端っこにリポップしてから数秒経過してから、ようやく桃色のライトがぽつりぽつりと点灯し始めるという有様だ。

 ライトはやがて桃色一色に染まった。「雪の蝶(スノウ・パピオン)」の美しさに魅せられ、評価を覆した華々しい結果だが、既に一戦目が終わった現在では大した意味もない。

◆ネタ解説・百五十六話

川霊歌姫(ローレライ)

 ドイツのラインラント=プファルツ州のライン川流域の町ザンクト・ゴアールスハウゼン近くにある、水面から突き出た岩山、あるいはその岩にいるとされる精霊の伝承のことである。

 様々な伝承が存在するが、多くの話に共通するモチーフとしては、ローレライとは不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女であり、水の精となった彼女の声は漁師を誘惑し、破滅へと導くというものになっている。

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