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アディシェス区画の試練はランウェイで行われるファッションの要素を取り入れたバトルらしい。それを聞いた無縫の『秘策』とは果たして……?

 午前中をそれぞれ有意義に過ごし、宿屋『鳩の止まり木亭』の食堂で昼食を摂り、翌日の午後一時になったことを確認した無縫一行はアディシェス区画の領主公館に向かった。

 昨日よりも長くなっている列を「大変そうだなぁ」と眺めていると、無縫達の姿を目敏く見つけた職員の一人が無縫達の方へと走ってきた。


「昨日ご予約してくださった無縫様とレフィーナ様、観戦希望者の皆様ですね。昨日はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。魔王軍幹部の試練ですが、まずはアラクネ服飾店というお店に向かってください。事前に皆様の情報はお伝えしておりますが、念のために手帳を見せて頂けるとスムーズだと思います」


 パティシエやショコラティエ、ベイカーの顔を持つメープルしかり、魔王軍即応騎士団騎士団長を務めるエスクード然り、シェリダー大書架の図書館長とルキフグス=ロフォカレ学園の理事長を務めるアルシーヴ=ライブラリアン然り、プロウィンタースポーツプレイヤーの白雪然り、クリフォート魔族王国の魔王軍幹部は副業を持っている場合が多い。

 同人作家のイリアも含めれば、無縫がこれまでにあったほぼ全員が副業持ちであると言える。

 ヴィトニルについても、道場主として領主公館裏手の道場で指導し、金銭を受け取っているのであれば彼女も副業持ちと言えるだろう。更に言えば、彼女は財閥の令嬢という立場でもあるため家業に携わっている可能性もない訳ではない。

 純粋に魔王軍幹部――領主一筋なのはマラコーダくらいだろうか? 彼もまた領地の薔薇を商品にしているため商売人としての顔も持ち合わせているが、そこで得られた利益は全て領地に還元して懐には一銭も入れていないため、薔薇に関しては趣味兼領主の業務の一環と言えなくもない。仕事か公務か趣味かはかなりグレーなところである。


 アディシェス区画を治める魔王軍幹部もこれまでの例に漏れず副業持ちの魔王軍幹部のようだ。

 服飾というキーワードやアラクネの名前を冠した屋号から、魔王軍幹部の正体が魔族の一種である蜘蛛脚族(アラクネ)であることは容易に想像がつく。

 種族特性である糸を生成する力を利用した糸使いが多いイメージだが、魔法や武器といった種族に左右されないものを戦いの中心に据えている可能性もないとは言い切れないのが実情であ。


 魔王軍幹部に関する情報を得やすい魔族達であれば、それぞれのスタイルに合わせてメタを張った戦闘スタイルを使うこともできるが、積極的に魔王軍幹部の情報を耳に入れないようにしている無縫にはそのようなことはできない。

 まあ、これまでも出たとこ勝負で魔王軍幹部とは戦ってきたので、今回も特段前回までの挑戦から何かが変わるものでもないのだが。


 アラクネ服飾店は人気のお店なのか、店の前に長蛇の列ができていた。

 客の十割が年若い女性達で、どうやら店内は入店制限をしており、この列は整理券を受け取るためのものらしい。


「エルフの里にもアラクネ服飾店の噂は轟いていたわ。若者から圧倒的支持を集めているガールズブランドね」


 比較的閉鎖的なエルフの里にもその名が轟くほどの人気店ということらしい。

 ファッションに興味のあるフィーネリアが興味を示す一方、ヴィオレットとシルフィアの二人はそこまで興味なさそうにしている。妖精の感覚は不明だが、ヴィオレットの方は麗しい乙女……の筈である。しかし、可愛い服よりも別のものに対する興味の方が強いのか、そこまで関心を示さなかった。

 なお、ヴィオレットとシルフィアが興味を示すものといえば、競馬とか競輪とかボートレースとかカジノギャンブルとかその辺りである。色気の欠片もありゃしない。


 無縫達はアラクネ服飾店に用事がある訳ではないが、かといって列を無視する訳にもいかず、とりあえず列の最後尾に並んで待つこと二分。

 閉じられていたアラクネ服飾店の扉が突如として開いた。


 腰まで届く青から瑠璃色へと鮮やかにグラデーションする長い髪と澄み切った紫水晶のような瞳。

 真っ白なブラウスと水色のロングスカートという出立ちの女性が姿を見せた。


 足元から覗くのは二本の足ではなく、蜘蛛を彷彿とさせる脚だ。

 アラクネ服飾店の店員の一人なのかと一瞬考えた無縫だが、これまで戦ってきた魔王軍幹部達の纏う気配と同質のオーラから、彼女がアディシェス区画の魔王軍幹部であることを察した。


「本日一時頃に挑戦のご予約を頂いた庚澤無縫様、レフィーナ=グリーンウッズ様はお見えになられますか?」


「俺が庚澤無縫です」


「レフィーナよ」


「た、大変申し訳ございません! お暑い中お待たせしまいまして……。初めまして、で良かったでしょうか? アディシェス区画の魔王軍幹部を務めるラピス=アネモネと申します。それでは、お連れ様の皆様もどうぞ店内にお入りください」


 ラピスに先導されて無縫達は店に入っていく。店内を横切り、「スタッフルーム」と書かれた扉を開けると、ラピスは店のバックルームにある休憩室に無縫達を案内した。


「さて、改めましてファッションの街アディシェス区画へようこそいらっしゃいました。この街は昔から蜘蛛脚族(アラクネ)が多く暮らしている地域で、その影響もあってか服飾分野が発達しています。老舗から新進気鋭のお店まで三桁から四桁のお店が日々切磋琢磨を続けています。私の試練はそんなアディシェス区画らしさを取り入れたものになります。残念ながらここでは魔王軍幹部の試練ができないため特設のステージで行わせて頂きますが、その前に準備などもありますのでこちらで事前説明の形を取らせて頂いております。勿論、既に準備を終えられている場合はこのまま試練の会場にご案内しますが、準備を終えられていない方やここで初めて試練の内容を知るという方もいらっしゃいますのでその場合は後日試練を行う形になっています。その場合は、その場で日程を決めさせて頂き、当日に会場に来て頂くという形になりますのでよろしくお願いします」


「……ファッションを取り入れた試練、ですか?」


 事前に情報を仕入れるタイプのレフィーナは当然のように知っているが、極力情報を仕入れずにまっさらな状態で魔王軍幹部に挑む方針の無縫には皆目見当がつかなかった。


「試練そのものは既にお二人が昨日挑まれたと聞いているアクゼリュス区画のものに似ています。一応私の部下という扱いになる三人の女性に勝利することができれば試練は合格になります。ですが、戦いにはいくつか特殊なルールがあります。まず、バトルフィールドですがアラクネ服飾店が保有するランウェイにて行います。普段はファッションショーが行われている会場ですね。戦って頂くのはいずれもそのファッションショーで活躍されている現役のモデルさん達です。会場には最大で五千人の観客が入場することができます。観客にはサイリウム型の魔道具が一人につき一つ配られています。サイリウムは桃色と青色の二色に色を変えることができまして、観客は応援したい側の色にサイリウムの色を変えます。挑戦者は桃色、私達は青色ですので覚えておいてください。このサイリウムには強化魔法が込められており、その色の対象に強化魔法を付与します。つまり、より多くの観客の心を掴むことができればそれだけ試練が簡単になるということです。判断の材料には、『その人の纏う衣装』や『戦う姿の美しさ』などがあります。観客の心を掴むような戦いを演じられれば勝利は容易いでしょう。勿論、全てを無視して力で捩じ伏せるといった方もいない訳でもありません。コンセプトは無視していますが、それもまた一興だと考えています」


「一応私も挑戦するつもりだったから衣装は用意しているわ。……といってもそこまで自信のあるものではないのだけど。相手が一流のモデルさんだから萎縮してしまうわよね。勿論、難易度は四番目の試練だから難易度は控えめだと聞いているけど」


「そうですね。そう難しく考えなくてもいいと思いますよ。無縫さんとの戦いは本気を出させて頂きますが、試練そのものの難易度を変えるつもりはありません。不合格者もここまでほとんどいませんから」


「…………で、どうするのじゃ。さっきから何やら考えているようじゃが」


「いや、ちょっとプランが崩れてな。……レフィーナさんは魔法少女の姿で挑戦するつもりかな?」


「そうね。安全策を取って魔法少女の姿で戦おうと思うわ。……用意していた衣装じゃ間違いなく釣り合いが取れないから、普通に魔法少女の姿そのもので挑もうと思うのだけど」


「…………よし、決まった。ラピスさん、挑戦までお時間を頂けませんか?」


「分かりました。では、後日の挑戦として……何日の何時頃がよろしいですか?」


「一時間、今から一時間後にお願いします」


「ええっと……い、一時間ですか!? えっと、その……流石に一時間で衣装を作るなんて、流石に私でもできませんよ!? ほ、本当によろしいんですね!」


「はい、間に合わせてみせます。とりあえず、会場の場所を教えて頂けますか?」


「はっ、はい! 分かりました! ですが、もし間に合わなさそうであれば連絡してくださいね。別の日に時間を取りますから!」



「……今をときめくクリフォート魔族王国のファッションションリーダーを相手にたった一時間で勝負を挑むみたいなことを言い出した時には正気を疑ったけど、やっぱり無縫君は凄過ぎるわね。まさか、一時間……どころか、二十分ほどで本当に完成させてしまうなんて」


 魔法少女エルフィン=ブラダマンテに変身し、魔法少女の衣装の代わりに緑色のマーメイドラインドレスを纏ったレフィーナが舞台袖で小さな溜息を吐いた。

 ラピスに試練を行うランウェイの場所を聞いた無縫は即座に空間魔法を発動して、宿屋『鳩の止まり木亭』に帰還。フィーネリアに採寸を任せて【万物創造】でとある異世界で幻想級(ファンタズマル)と呼称される美しい反物を作成し、フィーネリアから魔法少女エルフィン=ブラダマンテを採寸した結果を聞くのと同時に高速で針を動かし始めた。


 異世界で獲得した魔縫師と呼ばれる天職の技能(アビリティ)を総動員し、僅か二十分で魔法少女エルフィン=ブラダマンテの魅力を引き立てる美しいドレスを作成。

 髪留めなどの細かなアクセサリーを魔法少女エルフィン=ブラダマンテに手渡すと、ヘアメイクなどの手伝いをフィーネリア、ヴィオレット、シルフィアの三人に任せてヴィオレット達の前から姿を消した。


 そのため、無縫とこうして合流するのは会場入りしてからである。

 ちなみにアディシェス区画への空間移動はヴィオレットに協力してもらった。


 最初にヴィオレット、シルフィア、フィーネリアが会場入りし、控え室で時空の門穴ウルトラ・ワープゲートを開いて魔法少女エルフィン=ブラダマンテが会場入りする。

 その後、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリアの三人はスタッフによって会場の観客席に案内された。

 魔法少女エルフィン=ブラダマンテはしばらく控え室で待っていたが、つい先ほど係員が呼びに来て舞台袖に移動し、そこで無縫と合流したという形である。


 無縫は濃紺のスーツというフォーマルな格好をしていた。

 海外の国との外交は基本的に魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの姿で、時と場合に合わせてドレスやスカートスーツを着用しているので、この男性のフォーマルな格好をするのは内務省でアルバイトとして働いている時くらいである。


 お世辞にもファッションショーで有利に働くとは思えない格好だが、魔法少女エルフィン=ブラダマンテは何かしらの思惑があってのことだと察していた。

 大凡四十分という魔法少女エルフィン=ブラダマンテの準備時間の二倍(それでも尋常ならざる速さであることに違いはない)も時間を掛けて準備をしたのだ。流石に何もないという訳ではないだろう……が、無縫はここまでの魔王軍幹部戦でメインにする戦闘スタイルを変えるという縛りプレイを貫いてきているという。


 メープルは聖剣と魔剣を主軸にギャンブルや覇霊氣力を交えるといった構成、白雪は魔法少女の力を主軸にギャンブル戦法を交えるという構成、アルシーヴは珈琲師の能力を主軸にギャンブル戦法を交えた構成、イリアは鬼斬の技、マラコーダは二丁拳銃と魔法、エスクードは大聖女の姿での神聖魔法、ヴィトニルは無縫式戦闘体術『六身技』と覇霊氣力の組み合わせ――この中でファッションショーに相応しいのは魔法少女の姿と大聖女の姿だが、華のある姿に変身する二つはどちらも使用済みである。


 「ちょっとプランが崩れてな」という台詞は事前に魔法少女と大聖女の姿を使ってしまった故のものだったのだろう。

 しかし、その上で無縫は何かを思いついた。つまり、何かしらのプランはあるということである。


 そのプランが一体どのように魔法少女エルフィン=ブラダマンテ――レフィーナの期待をいい意味で裏切ってくれるのだろうか?

 緊張を吹き飛ばしてしまうほどに、魔法少女エルフィン=ブラダマンテは無縫の試練挑戦を楽しみにしていた。

◆ネタ解説・百五十五話

蜘蛛脚族(アラクネ)

 ギリシア神話に登場する女性。

 『変身物語』によればアラクネーは優れた織り手で、その技術は機織りを司るアテーナーをも凌ぐと豪語するほどだったが、アテーナーと腕を競い合うことになり、アテーナーの父ゼウスのレーダー、エウローペー、ダナエーらとの浮気を主題にその不実さを嘲ったタペストリーを織り上げたためアテーナーはそのタペストリーの出来栄えに激怒し、アラクネーのタペストリーを破壊してアラクネーの頭を打ち据えてしまう。

 これに耐えられなかったアラクネーは自ら命を絶ってしまう。アテーナーは自殺した彼女を哀れみ魔法の草の汁を撒いて彼女を蜘蛛に変えだという伝説がある。

 なお、魔族の一種として登場しているためこの神話とは無関係。とはいえ、糸を利用して服飾をしている者もいる点はかなり類似している。

 アラクネっていいなぁ、と感じたのは黒桜氏のネット小説『召喚勇者は死にました』の影響が強い。

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