新たなる挑戦者達〜悪魔の少女と兎人の少女の暗躍〜
無縫がヴィトニルとの魔王軍幹部戦に勝利した頃、『頂点への挑戦』の予選期間が終盤に差し掛かり、閑散としているバチカル区画の魔王軍幹部巡り総合事務局に三つの人影が足を踏み入れた。
一人目は少し黒みがかった銀色のショートボブと、紫水晶のような瞳が特徴的な、少年か少女か一目で見分けがつかない中性的な美貌を持つ神秘的な容貌を持つ悪魔の少女。
【天魔の斬翼】という異名でその名を知られている対人間族魔国防衛部隊新人のミリア=マクスファール。
二人目はぴょこんと生えた真っ白な兎の耳、腰まで届く空色の髪と同色の瞳が印象的な兎人の少女。
深い海を思わせる群青色のワンピースを纏ったシンプルな服装からでも窺える出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ抜群のスタイルは男性達の目を釘付けにしてしまうほどの破壊力を持っている。
魔王軍即応騎士団新人にして、【戦鎚の兎夜叉】の異名を持つシエル=コニッリアだ。
ミリアとシエル――この二人はエーイーリー区画での合同訓練で知り合い、波長があっていたのか瞬く間に仲良くなった。
しかし、所属しているのが【悪魔の橋】を拠点として外の敵に対処する対人間族魔国防衛部隊と、クリフォート魔族王国のほぼ全土の治安維持と防衛にあたる魔王軍即応騎士団では合同任務でもない限り一緒に行動することはない。
プライベートの時間に予定を合わせて遊びに行くということなら十分に可能だが、貴重な休みの日に友人と共に出かける先として魔王軍幹部巡り総合事務局を訪問するかと問われると疑問符が浮かぶ。
「ミリア=マクスファールさん、シエル=コニッリアさん。両名の『頂点への挑戦』出場の手続きを完了致しました。手帳をお渡し致します。ルール説明については省略しても構いませんね」
「昔出場したことがあるっす! なので、説明は不要っすよ!」
「……ところで、そちらの方は参加なされないということで本当によろしいのでしょうか?」
受付嬢はミリアとシエルの少し後ろに立っていた黒いスーツ姿の男に声を掛ける。
彼は二人と違い人間だ。東洋人らしい黒髪は無造作に伸ばされ、掛けている眼鏡は分厚く野暮ったい。光が反射する眼鏡のガラスの裏では鋭い瞳が怜悧な光を放っていたが、その思慮深そうな瞳はガラスに覆い隠されてしまっている。
少し身なりに気をつければイケメンとして通用しそうな輝きを持っている……が、自分を磨くことに興味がないのか、ファッションに無頓着なのか。辛うじて今はスーツ姿だが、フォーマルな格好をしなくてもいい環境ならスウェット姿で一日を過ごしてそうな、そんな残念臭を垂れ流している。
「私ですか? あははは、無理ですって。ここまで来るまでで既にへとへとなんですよ。体力も力もない非力な男なんです。武力と魔法が飛び交う戦場なんて無理ですって。まあ、私の主戦場は電子の海。得意分野が違うというだけです。どちらが優れているか、なんてことはないと思いますよ」
非力な男を自称するものの、単に得意分野が違うだけだと力説し、他の分野では負けるつもりはないと主張する。
その負けず嫌いな性格はかつて天才ハッカーとして世界中の政府機関や企業を敵に回し、膨大な外交電文を含む機密文書をばら撒き、己の好奇心のままに暴れ回った者としての矜持だろうか?
内務省異界特異能力特務課預かり、特命エンジニア兼内務省秘密開発部門部門長。
【電脳世界に巣食う魔人】の異名で知られる豺波肇は受付嬢の提案を断ると、頭を下げて魔王軍幹部巡り総合事務局を後にする。
ミリアとシエルはメープルに挑戦したい旨を伝えて手続きを済ませるとその場を後にした。
「遅くなりました、藤牧さん」
魔王軍幹部巡り総合事務局を出たところで肇は外で待っていた男に声をかけた。
美しくセットされた白髪混じりの黒髪がトレードマークの紳士――内務省職員の藤牧に肇に続いてミリアとシエルも頭を下げた。
今回、藤牧はミリアとシエルの足として内務省から派遣された――つまり、ここでの彼の役割は運転手である。
内務省とミリアの交渉は、最終的にミリアにワーブウェポンを貸し出すという形に落ち着いた。
しかし、内務省側に見返りがなければ貸し出す意味はない。
そこで、ミリアに一つの条件を提示したのが肇だった。
その条件とは、現在開発中のワーブウェポンの被験体になることである。これまで数多く使われてデータが取られているワーブウェポンとは異なり、開発中のワーブウェポンについてはデータが少ないため不測の事態に陥ったり、予想外の挙動をしたり、といった可能性がない訳でもない。
データを得て、フィードバックをして、更により良いものにしていく。
そのためには多種多様な戦闘データが必要だ。
『頂点への挑戦』の予選では少なくとも八名の猛者と、本戦では多種多様なバトルスタイルの相手と戦うことができる。
その戦闘データを元にワーブウェポンの開発を進めていけば、それは内務省にとって利益になる。
ミリアはこの提案に自分にとっても利があると考えて同意し、ミリアと内務省の間で契約が結ばれた……までは良かったが、肇は強欲だった。
――ミリアだけでなく、でき得るならば他にも被験体が欲しい。
そんな肇の要望が発端となって候補者探しが始まり、白羽の矢が立ったのがミリアの友人であり、将来有望な実力者であるシエルだったのである。
「……試合は午後からっすね。それまではどうするっすか?」
「食事でも摂りましょうか? 待っている間に住民の方から美味しい料理を出すお店を聞いておきました」
「ふ、藤牧さん、凄過ぎですぅ〜! 仕事が早過ぎますぅ!」
「……では、暇潰しに集めた外交電文でも読み漁りながら優雅な昼食と洒落込みますか」
「……貴方は本当に相変わらずですね。悪童は何年経っても悪童ということですか。……いい加減懲りてハッカーを卒業して優れた暗号反逆者になって頂きたいものです」
「政府機関の人間が、社会や政治を変化させる手段として強力な暗号技術の広範囲な利用を推進する活動家になるのを勧めるのはあまり良くないのでは?」
「……貴方に政府の忠犬になるなんてできる筈もないことぐらい分かっているつもりですよ。ならば、せめてより良い社会の実現のためにその頭脳を使って頂きたいと思っただけです」
◆
ヴィトニルとの魔王軍幹部戦に勝利した無縫とレフィーナはヴィオレット、シルフィア、フィーネリアと共に宿屋『鳩の止まり木亭』に戻った。
残る半日は宿で休み、明日に備えて英気を養っておくという選択肢もあったが、レフィーナはここでアィーアツブス区画の試練に挑戦したいと無縫に提案した。
次のアディシェス区画の魔王軍幹部の試練と既に試練を突破しているケムダー区画の魔王軍幹部に勝利すればレフィーナの本戦出場が決まるため、わざわざ挑戦する必要はない。
だが、同じ挑戦者である無縫に並び立ちたいという気持ちから白雪への挑戦を決めたらしい。
レフィーナをアヴァランチ山の山頂に送り届けてから、無縫はついでとばかりに魔王軍幹部の試練のために目星をつけていた美術館や博物館などを巡ることにした。
その合間に名産品や高級な品々にも実際に触れ、味わい――その特徴を記憶していく。
なお、レフィーナの送り届けてからの思いつきなので送り届けに同行しなかったヴィオレット達は当然ながら同行していない。
ヴィオレットやシルフィアも流石にフィーネリアだけでなくビアンカやスノウに監視されていてはギャンブルに出掛けることもないだろう。
もしかしたらフィーネリアやスノウが興味を示したかもしれないし、由緒正しき魔王の娘として育てられて高級な品や美術品に造詣の深いヴィオレットが興味を示したかもしれないが、こればかりは致し方ないことだろう。
えっ、シルフィアはって? あの妖精がそういうものに興味を示すとは思えないけどなぁ。それに、豚に真珠や馬の耳に念仏のような言葉がちらつく。
美術館や博物館巡りを終えた後、宿屋『鳩の止まり木亭』に帰還。
帰りが遅かったことを心配されて事情を説明すると、予想通りフィーネリアとスノウが「同行したかった」と残念そうにした。
スノウとフィーネリアに「明日の試練が終わったら連れて行くよ」と約束をしてからレフィーナの試練の状況を確認するためにアヴァランチ山に戻った。
「……………負けたわ!」
珍しくぐいっとエールを一気飲みしたレフィーナが、「どん!」と効果音がしそうな勢いで木のコップを机に置きつつ悔しそうに突っ伏す。
「まあ、仕方ないさ。白雪さんの試練は難易度が高いからな。雪山育ちならともかく、ウィンタースポーツの経験がない平地育ちには厳しいぜ」
「あの試練に一発合格した無縫は色々とおかしいんだよ! 化け物みたいなこいつと比較して悩むんじゃねぇぞ」
「……おい、ワナーリさん。化け物扱いとはいい度胸じゃねぇか!」
「やっ、やめてください!」
無縫を化け物呼ばわりしたワナーリと無縫の間で一触即発の空気になったタイミングでスノウが割って入る。
「ワナーリさん、無縫さんは化け物じゃありませんよ!」
てっきり「喧嘩はダメですよ!」と仲裁に入ると思っていたワナーリはスノウから「めっ!」とされて「おいおいマジかよ」と肩を落とした。
最初は無縫相手に怯えていたスノウだが、今ではすっかり良好な関係を築いているらしい。
みんなのアイドルみたいな存在だったスノウが無縫の肩を持ってワナーリと対峙する状況によほどメンタルをやられたのか、「あううう」と腐れ饅頭のような声をあげながらへなへなと椅子に座った。
「自業自得ね」
「というか、無縫も本気じゃないからのぅ。喧嘩にはならないから仲裁に入る必要もないのじゃ」
「まあ、でも化け物じみているというところには同意するわ」
「心外だなぁ……俺よりもヤバいやつなんて何人もいるよ。逢坂さんもそうだし、大田原さんも強い。百合薗グループの総帥には苦手意識もあるけど、それ抜きでも大日本皇国上位の実力者だしなぁ。後は噂程度だけどノーベル文学賞を受賞した能因草子先生。あの人も異世界帰りだという噂が本当なら猛者である可能性もある」
「……本当に人外魔境ね」
フィーネリアが溜息を吐いたタイミングで宿屋『鳩の止まり木亭』の扉が開いた。
「あら? お客さんかしら? 流石にこの時間からの宿泊は難しいのだけど……あら?」
最初は宿泊を希望する客かと思ったビアンカだったが、その人物の服装から彼女が客ではないことを悟った。
「はぁはぁ……夜分に失礼します。庚澤無縫さん、レフィーナさん、レイヴンさんはいらっしゃいますか?」
「庚澤無縫です」
「レフィーナもここにいるわ。……レイヴンさんは訳あって別行動を取っているわ」
「分かりました。バチカルの領主公館と魔王軍幹部巡り総合事務局には後ほど私の方から連絡を入れておきます。改めて、ケムダー区画の領主公館より参りました。領主ベークシュタイン=フリネーオ様が始まりの大穴より帰還しました。ここから本戦開始までケムダー区画に留まりますのでいつでも挑戦は可能です。その旨をお三方にお伝えするべく参りました」
「わざわざご丁寧にありがとうございます。了解しました。明日は別の区画への挑戦を予定しているので、明後日に挑戦させて頂きますね」
◆ネタ解説・百五十四話
暗号反逆者
社会や政治を変化させる手段として強力な暗号技術の広範囲な利用を推進する活動家のこと。
本作の豺波肇のキャラ造形をするにあたり、WikiLeaksの創設者であるジュリアン・アサンジについて解説するゆっくりまっちゃ氏の解説動画「【ゆっくり解説】cicada 3301の正体がわかった…かも?」からかなりの影響を受けており、藤牧のこの例えは「We were all misfits in our different ways, but our differences equalised in the strange impersonal universe of the hacker. Under our own and each other's tutelage, we had graduated from being funsters to being cryptographers. And in company with a whole international subculture, we had become aware of how cryptography could lead to polical change. We were cypherpunks. 」というジュリアン・アサンジの自伝の一部を念頭に置いたものである。
◆キャラクタープロフィール
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・豺波肇
性別、男。
年齢、二十三歳。
誕生日、七月三日。
血液型、AB型RH-。
出生地、石川県金沢市。
一人称、私。
好きなもの、ハッキング。
嫌いなもの、つまらない日常。
座右の銘、Mendax(気高く不正直の意)。
尊敬する人、ジュリアン・ポール・アサンジ。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、「面白きこともなき世をおもしろく(長州藩士・高杉晋作の辞世の句)」。
嫌いな言葉、特に無し。
好きなゲーム、各国政府機関へのハッキング(彼はこれをゲーム感覚で行っている)。
職業、クラッカー→内務省異界特異能力特務課預かり、特命エンジニア兼内務省秘密開発部門部門長。
主格因子、無し。
「【電脳世界に巣食う魔人】の異名で知られる世界的犯罪者。かつて天才ハッカーとして世界中の政府機関や企業を敵に回し、膨大な外交電文を含む機密文書をばら撒き、己の好奇心のままに暴れ回った。WikiLeaksの創始者でCicada 3301の正体の候補者としても挙げられるジュリアン・ポール・アサンジを尊敬しているが、彼とは異なり自らの好奇心を満たすためにクラッキングを行っており、その行いは害悪と呼ぶに相応しいものである。現在は、内務省に正体を突き止められ、取引を経て内務省秘密開発部門部門長として内務省での技術開発に携わっているが、内務省の面々からは全く信用されておらず、常に監視がつけられている」
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・藤牧翼冴
性別、男。
年齢、四十九歳。
誕生日、四月二十九日。
血液型、A型RH+。
出生地、岐阜県多治見市。
一人称、私。
好きなもの、ティータイム。
嫌いなもの、冬。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、大田原惣之助、内藤龍吾、リリス=マイノーグラ。
嫌いな人、豺波肇。
職業、内務省大臣官房審議官職。
主格因子、無し。
「内務省の職員で美しくセットされた白髪混じりの黒髪がトレードマークの紳士。内務省の内部部局の一つである。内務省の所掌事務に関する総合調整を行う内務省大臣官房で官房審議官の役職にある。内務省でもかなりの上役だが、本人の細やかな気遣いができる性格や多彩な能力から運転手を引き受けたり、通訳をこなしたり、執事のような仕事を引き受けたりと職務外の仕事を任されることが多い苦労人。ステイツから大統領が来日した際は大田原惣之助総理の依頼を受けて運転手と通訳を引き受けた実績もある。ちなみに、あだ名は『執事長』。よく藤牧と呼ばれるためか、名前が翼冴であることを知らないものは意外に多いようだ」
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