アクゼリュス区画担当魔王軍幹部ヴィトニル=ヴァナルガンドvs体術使い・庚澤無縫〜幹部巡り七戦目〜
道場の中心部にて、ヴィトニル=ヴァナルガンドが拳を強く握り締めて臨戦態勢を取る。
一方、無縫も覇霊氣力を漲らせ、近接戦闘の構えを取った。
黒い稲妻が無縫の周囲を迸る。ヴィトニル四天王に名を連ねる四人は、無縫の戦闘力が自分達と相対した時から少なくとも一段階以上引き上げられたことを察した。
「これよりアディシェスの魔王軍幹部戦を開始する! 挑戦者の庚澤無縫vs魔王軍幹部ヴィトニル=ヴァナルガンド! 戦闘開始ッ!!」
「喰らいつくせ! 天壌喰らいの狼!!」
戦闘開始と同時にヴィトニルを猛烈な魔力が包み込んだ。
その身に纏う魔力の属性は炎――全身を覆うように巨大な炎の狼と化したヴィトニルは地を蹴って一気に加速し、無縫に迫った。
「覇霊空掌!!」
対する無縫は覇霊氣力を掌に収束して掌底打ちを放つ。
覇霊氣力を纏った掌はヴィトニルの纏う炎の狼の鼻先を吹き飛ばすが、次の瞬間――炎は再生して無縫の手を飲み込んだ。
「覇霊放雷!!」
しかし、ヴィトニルの炎でも覇霊氣力は突破できなかったようだ。
無縫は腕が炎に飲み込まれた光景を目撃しながらも一欠片の動揺も見せず、内部から膨大な覇霊氣力を黒稲妻へと変化させて放出する。
覇霊氣力は内部にいたヴィトニルにも殺到し、雷撃がその身体に無数の傷を刻む。
しかし、ヴィトニルの判断は早かった。素早く後方へと跳躍し、黒稲妻の範囲外に脱出する。
そのタイミングでヴィトニルが纏っていた炎の狼は形状を保てなくなり四散してしまうが、ヴィトニルは己の代名詞と呼ぶべき魔法が通用しなかった事態にも動じず、冷静に無縫を見据えた。
「指弾!!」
後方に退避して体勢を立て直したヴィトニルだったが、無縫も黙って見ていた訳ではない。
一撃でヴィトニルを倒せずとも大きく機動力を削ぐために「指弾」を放つ。
「――指弾!」
しかし、その攻撃はヴィトニルが放った「指弾」によって相殺された。
「――ッ! 盗まれたか」
「どうだ驚いたか! 俺様の武術盗覚の力を!」
「その程度で誇られてもな。俺の技なんて少し腕が立つ武術使いなら簡単に模倣できる筈だ。様々な流派があるが、その本質的なところは一つだからな」
「本当に性格が悪いな! 素直に認めろよ! 俺様が凄いって!! 肢体剣!!」
「――肢体剣」
「指弾」に比べて使用頻度は少なかったが、どうやら「肢体剣」も習得していたようだ。
ヴィトニルは己が無縫の技を完全に模倣したことを誇るように両足で飛ぶ斬撃を放ってくる。
対する無縫は表情一つ動かさずに「肢体剣」を放った。
技を模倣されたというのに賞賛するような感情も、かといって不快な感情も見せることはない。
「この程度当然のことだろう?」と感情に波風一つ立てることなく平然としている無縫にヴィトニルは苛立ちを覚える。
少しでも無縫をギャフンと言わせたくて、あの麻婆豆腐を奪った人間の男に目にものを見せたくて……そればかりに目がいき、思い通りにいかない状況に苛立ちを募らせ、頭に血が昇っていたヴィトニル。
それ故にヴィトニルの視野は狭くなっていた。
そんな相手に攻撃を浴びせるなど、様々な世界を巡って戦闘経験を蓄えてきた百戦錬磨の無縫には容易なことである。
無縫は「肢体剣」の飛ぶ斬撃に覇霊氣力を纏わせていた。
確かにヴィトニルの「肢体剣」の威力は無縫の「肢体剣」にも迫るなかなかの威力を誇っている。しかし、それは「肢体剣」単体で話だ。
覇霊氣力を纏った「肢体剣」を相殺するほどの力はない。
ヴィトニルは「肢体剣」を放った直後に退避行動を取るべきだった。
しかし、時既に遅し。ヴィトニルの飛ぶ斬撃を無縫の飛ぶ斬撃が貫通し、ヴィトニルの胸元に真一文字の傷を刻む。
「――ぐっ! まだ、負けて、いないッ!!」
口から血の代わりに細かいポリゴンを吐く。
道着の胸元は斬撃によって深々と傷が刻まれ、胸元に巻いていたサラシが一部露わになっていた。
傷はサラシを貫通し、胸元に深々と大きな傷が痛々しく刻まれている。
先程の斬撃の影響でサラシが緩んだのだろうか? 胸元を締め付けていたサラシが少し緩み……。
「――ッ!? まさか、女性だったのか?」
胸元に明らかな女性的な膨らみが生まれたことを目撃した無縫が驚愕の表情を浮かべる。
「だからなんだ! 俺様が男でも女でも関係ないだろう!」
「まあ、正直驚いたのは確かだ。でも、確かに関係ないな。俺は男だろうが女だろうが平等に殴るタイプだ。……しかし、面倒だな。今のは奇襲だったから成功したが、何をされたかは分かった筈だ。覇霊氣力は体術ではない。模倣はされないだろうが、流石に二回目からは無防備で受けてくれない。……さて、どうしたものか」
「決め手に欠けるのはこちらも同じだ。……認めよう。宰相の推薦を受けただけのことがある。しかし、俺様の目標は魔王だ! この国の頂点だ! こんなところで、俺様は負けられねぇんだよ!!」
ヴィトニルの全身を炎が包む。しかし、今度は「天壌喰らいの狼」のようにその身に巨大な炎の狼を纏わせた訳ではなかった。
全身に薄く纏わせるように炎のローブのようなものを纏ったヴィトニルが右の拳を突き出す。
それと同時に拳を包んでいた炎が狼の顔へと変化し、無縫に向けて解き放たれた。
「炎狼の連拳!!」
右の拳を戻すと同時に左の拳を突き出し、左の拳を戻すと同時に右の拳を突き出す――両手から繰り出される連続パンチに呼応して無数の狼の頭型の炎が無縫に迫る。
「――紙舞一重」
無数の火焔の狼を無縫は「紙舞一重」で見事に躱し切り、ヴィトニルとの距離を詰めていく。
「――瞬閃走」
対するヴィトニルも「瞬閃走」を使用し、目にも止まらぬ速さで無縫に迫った。
「「――指突貫!!」」
無縫とヴィトニルがすれ違う瞬間――二人の人差し指が弾丸の如く両者に迫る。
無縫とヴィトニル――二人が放った凶弾は二人の身体を撃ち抜いた。
しかし、二人には決定的な違いが二つあった。
一つ目は、ヴィトニルが撃ち抜いたのは無縫の右脇腹であり、それもほんの少し掠った程度だったということ。土壇場で「紙舞一重」を駆使してヴィトニルの「指突貫」が致命傷にならないように文字通り紙一重で避けたのである。
そして、もう一つがヴィトニルの腹部を無縫の「指突貫」が撃ち抜いていたことだ。
それも、膨大な覇霊氣力を込めた状態で――。
ヴィトニルの腹部に風穴が空いた瞬間、膨大な覇霊氣力が黒稲妻と化して暴れ回る。
黒稲妻はヴィトニルを体内から焼き尽くしていき、「指突貫」を受けてから十秒も掛からずに耐えきれなくなったヴィトニルの身体は無数のポリゴンと化して消滅した。
そして、ヴィトニルの身体が『夢幻の半球』の外で再構成される。
胸元に刻まれた傷も、腹部に空いた巨大な空洞もすっかり嘘のように、糸の解れ一つない美しい道着姿に戻ったヴィトニルは――。
「うっ、ううっ……こ、これで勝ったと思うなよー!!」
両目に目一杯の涙を湛え、脱兎の勢いで道場から逃走した。
「うわぁ、無縫君酷ーい! 女の子泣かせたー!!」
「うむ、男の風上にも置けない男だな、無縫は。大体、レディに対する扱いがなってないのだ! 我らのことだって躊躇なく殴るし……」
「お、お待ちくださいー! ヴィトニルお嬢様ッ!!」
「ちょっと待ってよ!! 私の試練はどうなるのよ!!」
シルフィアとヴィオレットがここぞとばかりに無縫を「男の風上にも置けない男」扱いをして、慌てた家令のシルバスターがヴィトニルを追い掛け、レフィーナがまだ試験を受けていないのに魔王軍幹部が逃走するという事態に「私の試練はどうなるのよ!」と抗議の声を上げる。
阿鼻叫喚の光景を目の前に、無縫は小さく溜息を吐いた。
「……大変そうね。同情するわ」
「大変なのは俺じゃなくてシルバスターさんだけどな。まあ、アイツは腐っても魔王軍幹部だ。今は衝動を抑えきれないだろうが、心の中ではちゃんと分かっている筈だ。シルバスターさんもついて行ったし、落ち着いたら帰ってくるだろう」
「レフィーナさんの試練もあるし、貴方の分の攻略証明も終わっていないから、戻ってきてくれないと困るわね。……でも、少し心配だわ。『私は認めないわ』みたいなことを言い出したりしないといいんだけど」
「流石に某フスベシティのジムリーダーみたいなことは言わないだろう。……言わないといいけどなぁ」
◆
あれから数十分後、ヴィトニルとシルバスターは再び道場に姿を見せた。
その後、レフィーナも四天王とヴィトニルに挑戦し、魔法少女の姿でごぼう抜きを達成――ヴィトニルからも実力者として認められた。
なお、これは観戦しているタイミングでシルバスターが無縫、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリアの四人にだけ教えた話だが、どうやら今回のように「これで勝ったと思うなよ!!」と捨て台詞を吐いて逃走するような真似をすることはこれまで一度も無かったようだ。
これまで挑戦者相手に感情をムキにすることもほとんどなく、この事態にはヴィトニルを幼少の頃から見ているシルバスターも困惑していたらしい。
「……よっぽど麻婆豆腐を横取りされたのが辛かったんでしょうね」
「確かに美味しい麻婆豆腐だったけど……それだけでここまで執着されることってあるものなのかな?」
その後、無縫とレフィーナはヴィトニルからサインとスタンプをもらった。
「道着姿のヴィトニルが近接戦闘の構えをしている」姿を模したスタンプが押されたことで、無縫はバチカル区画、アィーアツブス区画、シェリダー区画、カイツール区画、ツァーカブ区画、エーイーリー区画、アクゼリュス区画の七つの区画の魔王軍幹部に、レフィーナはバチカル区画、シェリダー区画、カイツール区画、ツァーカブ区画、エーイーリー区画、アクゼリュス区画の六つの区画をそれぞれ攻略したことになる。
幹部巡りの最低条件である八人の魔王軍幹部に勝利するという条件の達成には、無縫が後一人、レフィーナが後二人という状況である。
……もっとも、無縫は後三人に勝つ必要があるため、レフィーナの方が先に条件を満たすことになるのだが。
「……今回は確かに負けた。本気で挑み、そして負けた。確かに少し慢心していたかもしれないな。だが、人間……いや、庚澤無縫! 俺様は『頂点への挑戦』の決勝の舞台でお前を倒す! お前は通過点だ! 俺の目指すのはただ一つ、魔王の玉座のみ!! テオドア=レーヴァテインに勝利するのはこの俺様だ!!」
「ならば、次は全力で相手をするとしよう。俺の得意なギャンブル戦法を今回の戦いでは使っていないからな!」
「なっ、なんだと!? 手加減を、していただと!? ――こっ、これで勝ったと思うなよー!!!」
「お、お待ちください、ヴィトニルお嬢様ー!!!」
◆ネタ解説・百五十二話
フローズヴィトニル
北欧神話に登場する狼の姿をした巨大な怪物フェンリルの別名。
「悪評高き狼」の意がある。他にヴァン川のガンドの意味を持つ「ヴァナルガンド」という意味もあり、ヴィトニル=ヴァナルガンドに纏わるもののほとんどはフェンリルから取られている。
武術盗覚
参考にしたのは海空りく氏のライトノベル『落第騎士の英雄譚』に登場する模倣剣技や附田祐斗氏原作の漫画『食戟のソーマ』に登場する周到なる追跡。
某フスベシティのジムリーダー
『ポケットモンスター 金・銀・クリスタル』及びリメイク版『ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー』に登場するジョウト地方のフスベジムのジムリーダー、イブキのこと。
普段は堂々と振る舞うが、その一方でかなりの負けず嫌いであり、挑戦者が勝利しても素直にライジングバッジを渡さないという悪癖があり、このプライドの高さがよくネタにされる。
ちなみにバッジを手に入れるには対戦後に街の北部にある「りゅうのあな」にて試練をクリアする必要があるのだが、一部作品ではこの試練をイブキ自身が突破できていないことが判明しており、自分がクリアできなかった試練を主人公にやらせた挙句、試練を突破したと長老から聞かされても素直に認めなかったりと、とにかく諦めの悪い人物として描かれているなぁ、と私は感じた。
◆キャラクタープロフィール
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・ヴィトニル=ヴァナルガンド
性別、女。
年齢、二十一歳。
種族、狼人間。
誕生日、十月一日。
血液型、AB型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国アクゼリュス区画。
一人称、俺様。
好きなもの、鍛錬、魔王。
嫌いなもの、弱者。
座右の銘、「完全無欠最強無敵の魔王」。
尊敬する人、ベンマーカ=ヴァイスハウプト(二代目魔王)。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国魔王軍幹部、アクゼリュス区画の領主。
主格因子、無し。
「魔王軍幹部の一人でアクゼリュス区画の領主。魔族の一種である狼人間で極めて好戦的で男勝りな性格。口癖は『これで勝ったと思うなよ!』。最強の魔王となり魔族の頂点になることを目指す野心家」
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