魔王軍幹部ヴィトニルの試練〜ヴィトニル四天王vs庚澤無縫という名の最強の挑戦者〜
領主公館の裏手にある武道場の中央で無縫は道着を纏ったドワーフの男と対峙していた。
その手には大きな鎚が握られている。武道場で戦うのだから無手での戦闘を挑んでくるのかと思った無縫だったが、どうやら違ったらしい。
「ヴィトニル様の弟子の一人、アディシェス四天王の先鋒を務めるケーニッヒ=ガルファロ、いざ参る!!」
『夢幻の半球』を展開した瞬間、ケーニッヒが先制攻撃を仕掛けてくる。
「紙舞一重。――指突貫」
ケーニッヒの一撃は大振りとはいえ得物である鎚をしっかりとコントロールしている一撃だった。
しかし、まるで風圧で掴みどころのない動きをする紙のように器用に鎚が回避された。
ケーニッヒが目を見開く中、無縫は冷静に人差し指に力を集中させて強力な突きをケーニッヒの額に浴びせる。
その力はケーニッヒの頭蓋を粉砕するほどの威力を有しており、ケーニッヒの頭はまるで粉砕された西瓜のように四散し、直後に無数のポリゴンのようなものとなって消滅――『夢幻の半球』の外に再出現した。
「アディシェスの試練! 初戦、挑戦者の庚澤無縫vs四天王のケーニッヒ=ガルファロ。挑戦者の勝利! 続いて、次鋒! 前へ!!」
ケーニッヒが下がり、代わりに出てきたのは熊人の男だ。
道着を纏い、その手には金属製の爪のような武器を嵌めている。
「ヴィトニル様の弟子の一人、アディシェス四天王の次鋒を務めるレギン=ウルブリヒトと申す。手合わせ願おう!」
先に攻撃を仕掛けたのはレギンだ。武器の爪に魔力を収束させ、宛ら飛ぶ斬撃の如く鋭い刃の如き魔力を放ってくる……が。
「――肢体剣!」
無縫は凄まじい速度で腕を振り抜くことで飛ぶ斬撃を放ち、魔力の刃を粉砕――その人外の動きにレギンが一瞬だが怯んでしまう。
その隙を見逃すほど無縫は甘くない。
「指弾」
「指突貫」と「肢体剣」を応用して衝撃波を弾丸の如く射出――レギンの心の臓を撃ち抜いた。
ケーニッヒに続いてレギンも一撃で撃破された……が、無縫の強さを事前に知っていたのか他のヴィトニルの弟子二人も動じた様子を見せなかった。
「アディシェスの試練! 二戦目、挑戦者の庚澤無縫vs四天王のレギン=ウルブリヒト。挑戦者の勝利! 続いて、三番手! 前へ!」
レギンと入れ替わるようにやってきたのは蝙蝠のような翼と桃色の髪、山羊のような角――夢魔と思われる少女だった。
これまで戦った四天王達と同様に道着を纏っているが、他の三人とは異なり武器は装備していない。
また、他の三人やヴィトニル、審判を務める受付をしてくれた女性と同じ格好をした領主公館の職員の女性が道場の中でも靴を履いている中、彼女だけは素足である。
「押忍! ヴィトニル様の弟子の一人、アディシェス四天王の三番手を務めるメリュナ=エイシェトです! お二人を一撃で倒すとはお見事! 自分よりも遥かに強いことは承知の上ですが、四天王を任されている者としてここは退けません! 胸を借りさせて頂きます!」
またしても先制攻撃を仕掛けてきたのはメリュナ。
蝙蝠のような翼を羽搏かせて背後の空気を叩き、その反動を利用して一気に加速――無縫に肉薄する。
一気に無縫に迫ったメリュナは右手を突き出した。
その構えや重心の動きからメリュナが中国武術における「勁」、大日本皇国で馴染み深い名では「発勁」と呼ばれる武術であることを察した無縫は、右手で「発勁」を放った。
互いに放った押し出す力は相殺され、無縫とメリュナは勢いを殺さずほとんど同時に後方に跳ぶ。
「貴方も『勁』を扱えるのですか?」
「俺の世界にも似たような技術がありましてね。専門分野ではないのであんまり得意じゃありませんが」
「いえ、見事な『勁』ですよ! では、更に攻撃を仕掛けさせて頂きます! 攻撃は最大の防御ですから! 崩拳!」
中国の武術で言うところの形意拳に区分される技の一つ、木行崩拳を彷彿とする構えを取り、縦にした拳で中段打ち放ってくる。
厄介なのは両手で交互に繰り出し、連続攻撃を放ってくるところだ。
弓を射る構えから放たれる連撃は極めて重い。直撃を浴びてしまえば覇霊氣力による防御がなければ無事では済まないだろう。
無縫は「紙舞一重」を使ってメリュナの攻撃を躱しつつ後方に退がっていく。
だが、このまま下がればジリ貧になるばかりだ。いずれ背後の壁まで追い詰められてしまう。
無論、無縫も無策という訳ではない。冷静にメリュナの動きを観察し、怒涛の攻撃を放って攻撃こそ最大の防御を体現するメリュナの動きの中にある隙を探る。――そして。
「指弾!」
二発の衝撃弾がメリュナの両手をほとんど同時に撃ち抜いて粉砕した。
己が武器をたった二撃で粉砕され、動揺して動きが止まった一瞬の隙を突き、無縫は「瞬閃走」を使って一気にメリュナと距離を詰める。
そして――。
「指突貫!」
無縫の人差し指がメリュナの腹部へと放たれる。
次の瞬間、無縫の腕はメリュナの背後にあった。腕が丸々入るほどの巨大な穴がメリュナの腹部に空いてしまっている。
腹部に風穴が開くほどの負傷からこれ以上の戦闘継続は不可能と判断されたことで、メリュナの身体が無数のポリゴンと化して消滅していく。
「――お見事です!」
復活したメリュナが拱手てもって勝者である無縫を讃える。
これで三人だ。後一人に勝利すれば、無縫は魔王軍幹部ヴィトニルへの挑戦権を獲得することができる。
「アディシェスの試練! 三戦目、挑戦者の庚澤無縫vs四天王のメリュナ=エイシェト。挑戦者の勝利! 続いて、四番手! 前へ!」
ケーニッヒよりもレギンが、レギンよりもメリュナが強かった。
やはり、四天王と呼ばれる彼らは強さ順に並んでいるのだろう。
この中で唯一、執事服を着た純魔族の紳士が戦場となる武道場の中心へと進んでいく。
彼の纏う猛者の気配から、メリュナ戦以上の苦戦を強いられることになりそうだと感じ取る無縫であった。
◆
「お初にお目に掛かります、挑戦者殿。私はシルバスター=ロッテンマイヤー。ヴァナルガンド家の家令をしております」
紳士は恭しい態度で無縫に名乗った。どうやら、これまでの四天王達のようにヴィトニルの弟子という訳でもないらしい。
「家令……つまり執事か。……魔王軍幹部のヴィトニルさんは貴族なのか?」
「いえ、ヴァナルガンド家は貴族ではなくヴァナルガンド財閥と呼ばれる富豪の一家よ。醸造業から出発し、両替商に転じ、今は銀行業を中心に様々な分野に進出しているわ。それと同時にヴァナルガンド家は武の名門とも言われている。……まあ、私はエルフの里出身であんまり外のことに詳しくないから、これくらいの情報しかないのだけど」
「いや、十分だよ。レフィーナさん、解説どうも」
「ということは、あのヴィトニルっていう魔王軍幹部は名門財閥の御曹司、ぼんぼんなのかよ?」と、第一印象との間でギャップを覚える無縫だった。
「それでは、参りましょう!」
本日四度目――先手を取ったのはシルバスターだ。
……まあ、ここまでずっと無縫が意図して先手を譲ってきた訳だが。
シルバスターは一気に加速――と同時に三本の短剣を懐から取り出して無縫に向かって投擲した。
「雷爆放!!」
無縫の間近に短剣が迫った瞬間、シルバスターの言葉に反応して短剣に込められた魔法が発動し、込められた雷撃を発生させる魔法が無縫に襲い掛かる。
「流石に紙舞一重じゃ躱しきれないな。避雷針」
金属魔法を使って魔法が付与された避雷針を生成――「雷爆放」によって生じた雷撃を誘導することでダメージを無効化させつつ、無縫自身は「空駆翔」を駆使して空中を駆ける。
一切規則性のない軌道で空中を走りつつ、シルバスターに向けて「指弾」を連発する無縫。
マシンガンから放たれる弾丸の雨の如き連続攻撃にはシルバスターも対応しきれなかったようで、かなりの「指弾」を浴びてしまった。とはいえ、致命傷となる部分へのダメージは避け、無数の「指弾」を浴びてなお耐えているのは流石というべきか。
「炎爆放!!」
シルバスターもここから一矢報いると言わんばかりに無数の短剣を無縫目掛けて短剣を投擲する。
込められた魔法は炎属性の爆発魔法だ。
投擲された短剣が無縫の近くで爆発し、無数の爆発が無縫の周囲を埋め尽くす。
無数の爆発に巻き込まれた無縫は「紙舞一重」で爆風に身を任せることでダメージを軽減しつつ、巧みに爆風の中を抜けた。
「空駆翔!」
そこから一気に空中を駆け抜けてシルバスターに迫る。
あれほどの爆撃を浴びれば倒しきれなくてもかなりの負荷を与えられると確信していたのだろう。
シルバスターはほんの少し油断し、それ故に爆風を突破した無縫へと対処が遅れた。
「――瞬閃走! からの、指突貫」
地上に降りると同時に「瞬閃走」に切り替えた無縫はシルバスターの動体視力でも捉えられない速度でシルバスターに肉薄し、その胸に人差し指を貫く。
無縫の人差し指はシルバスターの心の臓を貫き、これ以上戦闘継続ができなくなったシルバスターの身体は無数のポリゴンと化して消滅した。
◆ネタ解説・百五十一話
勁
中国武術における力の発し方の技術のこと。体の「伸筋の力」、「張る力」、「重心移動の力」などを駆使するもので超常的な技術ではない。
各流派ごとに様々な定義が存在しており、その種類ごとに様々な名称がつけられている。
形意拳
中国武術の一派。五行説にちなんだ名前をつけられた五種類の単式拳『五行拳』と、五行拳の応用形でそれぞれ動物を模した十二種類からなる象形拳の『十二形拳』から成るようだが、逢魔時 夕のテクストではこのうち五行拳がよく用いられる。
『五行拳』は金行の劈拳・木行の蹦拳・水行の鑚拳・火行の炮拳・土行の横拳からなる。