残り四つの幹部巡りくらいは順路通り挑戦しようかと思った無縫達だったが、本戦前の駆け込み需要の影響で挑戦の順番がまたしても入れ替わることとなってしまった。
「なるほどなぁ……レイヴンが」
対人間の防衛ライン――【悪魔の橋】の屋上にある訓練場にて。
ヴィクターと共に戻ってきた無縫から土産話を聞いていたオズワルドは、ほんの少しだけ黙考していた。
「あの防衛大臣殿は無茶苦茶だと思っていたが……本質が見えていたんだな。レイヴンは正直かなり危うかった。学生時代の俺よりも遥かに強いのに、レイヴンは更に上を目指していた。気持ちは分からない訳でもない。同期に無縫、お前みたいな化け物がいれば比較しちゃダメだって分かっていても比較するだろ?」
「心外ですね。……誰が化け物だよ」
「まあ、俺は無縫が既に人間の枠に収まる存在じゃないと確信しているがな。……しかし若者がそこまで頑張っているってのに俺と来たら。昔は俺だって幹部巡りをしていたんだぜ。その道を諦め、対人間族魔国防衛部隊に所属した。別に今の仕事に誇りがない訳ではないぜ。人間達から魔族を守る最前線、ここを任されるのは真に信頼されている者だけだ。まあ、即応や近衛が劣るとかそういうことを言いたい訳じゃないぜ。……ただ、心残りがない訳じゃないんだ。だが、部隊長をしているとなるとなかなかこの地を離れられない。だが、レイヴンに手渡す奴と同じ魔道具があれば夢に再び挑めるんじゃないかと思ってな。……虫のいい話だとは思うし、お前にとっては敵に塩を送る等しい行為だが……どうかお願いだ! その魔道具を――」
「皆まで言う必要はありませんよ。俺もオズワルドさんには色々とお世話になりましたからね。一つ作るのも二つ作るのも大差ないので準備しましょう」
「ありがとう! ……心残りってほどじゃないが、実はずっと思っていたことがあってな。初めてお前と会った日、一触即発の状況になった。あの時は悪かったと思っている。宰相殿が止めてなければ大惨事になっていただろう。だが、同時にあの時、俺とお前が戦っていたらどうなっていたんだろう? っていう興味もない訳ではないんだ。無縫、お前の強さは確かに化け物じみている。だけど、挑んでみるまでは結果は分からないだろう? あの時の戦いをさ、あの大舞台で、『頂点への挑戦』の舞台で実現しようぜ!」
「望むところです! オズワルドさんとの戦いを楽しみにしています!」
◆
【悪魔の橋】にヴィクターを届けたところで無縫の仕事は終了となった。
ちなみに、ヴィクターと共に送り届けるべきミリアは内務省にいる。どうやら大迷宮攻略の間に交渉は終わらず延長戦に突入したらしい。
既にレフィーナもヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、それから宿に宿泊していたメンバーと共に宿屋『鳩の止まり木亭』に送り届けたので今の無縫は一人だ。
【悪魔の橋】でオズワルド達と分かれたその足で人工惑星セルメトとスコールド大迷宮を行き来して迷宮最奥部の偽装と古代都市アヴァロニアの転移を完了させた。
これで、移住のための下準備は終わった。後は都市が拡大していくのを待つのみである。
一仕事を終えたところで宿屋『鳩の止まり木亭』に戻って食堂でスノウが手伝い、ビアンカが作ってくれた夕食を食べ、風呂に入る。
ヴィオレットとシルフィアは疲れていたのかすぐに眠ってしまったが、無縫は部屋に戻らず食堂で資料を読んでいた。
「あら? まだ起きていたの?」
珍しく食堂に残っていた無縫にフィーネリアが声を掛ける。
移住先の星が完成したことに喜びを隠せないのか、興奮冷めやらぬ様子だ。
寝られないのも致し方ないのかもしれない。
「……最後の大迷宮で思わぬ収穫があった。ちょっと読んでおきたいと思ってな」
得られた資料は大きく分けて二つだ。
一つは後にマルドゥーク文明と呼ばれるバビロヌス文明に関する詳細。
機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンム、戦滅巨兵ニヌルタといった兵器についての更なる詳細な情報。
そして、もう一つがマルドゥーク文明以前に存在していたという巨大な魔術文明に関する情報だ。
「まず、バビロヌス文明についてだが、機動要塞エレシュキガル、飛空戦艦エンリル、海洋母艦ナンム、戦滅巨兵ニヌルタといった兵器を開発していた話や、それら兵器の中枢を司るエリシ、エンリ、ナン、ニヌルといったAIも開発していたらしいということは話していたが、彼らが新たな世界に旅立つ際に使用した終焉戦艦マルドゥークの設計図と共にそれらの設計図や資料も出てきた」
いずれも強力な兵器だ。保有すれば、戦争の概念が変わってしまうほどの兵器の存在を知った時、無縫は秘匿する選択をした。
そのため、アルシーヴ達はこれら兵器の存在を知らない。
「もう一つ判明したバビロヌス文明以前の古代文明についてだけど、こちらはバビロヌス文明が調査を進めていたもので、それを資料を通じて確認しているものだからバビロヌス文明以上に情報がない。魔術文明エウレカと呼ばれるこの文明は高い魔術を技術として持っていたこと、空間を移動する術を編み出していたことが分かっている。彼らはバビロヌス文明が栄える以前にこの世界から旅立ってしまったのかもしれないな」
ちなみに、これは世界を渡ってからの話のため無縫が知り得ない情報だが、魔術文明エウレカ時代に存在した魔術王朝ユリイカの住民はその後、空間を移動する術を編み出して様々な世界に渡っており、その一つが能因草子が紆余曲折を経て辿り着いて戦う力を得た異世界リブラリアだったりする。
「……ということは、その文明についてはほとんど有益なものが残されていないのかしら?」
「いいや? それが、とんでもないのが残されていたんだ」
無縫がフィーネリアに手渡した資料を見て、フィーネリアの顔から色が抜け落ちた。
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〝DIES IRÆ〟
広範囲神聖属性殲滅浄化魔術攻撃。
当たれば死ぬ、死ななかったら浄化される。とにかく消される。干渉無効化能力も無効化する。
術者が範囲に入っていたら術者も死ぬ、か消える。
使用後、二十四時間使用不可の制限。
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〝MéMèNTo MoRî〟
〝DIES IRÆ〟と対を成す闇属性最強魔術。敵を漆黒の光と共に脱出不能の暗黒空間へと幽閉する。例え神格を持った生物であっても逃れる術はなく、一度捕らえられると二度と脱出することはできない。また、幽閉される際にSAN値が強制的にゼロにされるため例え脱出できても発狂状態になり普通の生活は送れなくなる。
〝DIES IRÆ〟とは異なり再使用規制時間は存在しない。
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「……これはまた、とんでもない魔術ね」
「こういうのは趣味じゃないが、隠し球の一つとして持っておくのはありだと思ってな」
「その隠し球を使わざるを得ない状況にならないことを祈っているわ」
今でも十分に強い無縫が強力無比な魔術に頼らざるを得なくなる危機――そんなものが来ないで欲しいと願うフィーネリアに心から同意する無縫であった。
◆
レイヴンが離脱し、無縫とレフィーナの二人になった幹部巡り。
同行者のヴィオレット、シルフィア、フィーネリアと共に選んだ次の目的地はアディシェス区画である。
既に一度通過しており、空間魔法で移動することができる。その次の目的地であるアクゼリュス区画とも隣接しており、アディシェス区画を攻略してからアクゼリュス区画に挑戦するという流れで攻略する予定になっている。
アクゼリュス区画からケムダー区画にも他の区画を経由することなく移動することが可能で、更に先にはキムラヌート区画もある。
これまでは滅茶苦茶な順番で幹部巡りをしていた無縫達だったが、ここから先は順番通りに攻略した方が都合がいいということで推奨されている順路通り攻略することとなった。
いつも通り、アディシェス区画に時空の門穴を経由して移動する。
そのまま領主公館に受付のために向かうと、既に挑戦者達の列ができていた。どうやら、『頂点への挑戦』の本戦が間近に迫ってきて駆け込み需要が発生しているようだ。
「こちらも大急ぎで対応しているのですが、なにぶん挑戦者が増えてきていまして……明日の午後からでしたらお受けできると思います。それでもよろしければご予約させて頂きますが、いかがでしょうか?」
受付担当の純魔族の青年が額から噴き出る汗を拭いながら尋ねる。
どうやら既に今日の枠は埋まってしまっているらしい。
「分かりました。今日は他の区画に向かいます。また明日お伺いさせて頂きますね」
「承知しました。では、時刻と集合場所を書いたメモをお渡ししますね。……ところで、今から向かわれるということは何かしらの移動手段をお持ちということですね? 手帳を確認させて頂いたところ、まだアクゼリュス区画に挑戦されていないようですので、本日はアクゼリュス区画に挑戦されるのはいかがでしょう? あの区画は試練が単純明快で実力さえあれば比較的早く終わりますから回転率が高いですし」
「分かりました。早速、アクゼリュス区画に向かってみますね」
ということで早速作戦が瓦解し、無縫達は予定を変更してアクゼリュス区画に向かうこととなった。
◆ネタ解説・百四十九話
魔術王朝ユリイカ
『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』など過去のカオスファンタジーシリーズにおいての言及は当然ながらない。
本作時空の能因草子が辿り着いた異世界リブラリアに魔術王朝ユリイカの人々が空間転移しており、【魔術文化学概論】など『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』で能因草子を助けた謎スキルはこの世界で生み出されていたことが判明していたが、今回、能因草子が使用した〝DIES IRÆ〟やヴァパリア黎明結社の首魁にして『文学少年召喚』のラスボスを務めたゼドゥー=ヴァパリアが〝MéMèNTo MoRî〟といった魔術もこの魔術王朝ユリイカの系譜で生み出されたことが判明した。
つまり、マルドゥーク文明や〝DIES IRÆ〟といった大魔術など『文学少年召喚』の物語の核となっている文明や技術の一部はこの異世界ジェッソでかつて生み出されたということとなる。……どんな魔窟なんだよ! この異世界!!