上級種も中級種も絶対的強者にとっては誤差でしかないようだ。……そして、相変わらずチームプレイの概念がない傍若無人な大臣様である。
ミリア達が仮想訓練で交戦したネガティブノイズはいずれも下級種に分類されるものだった。
しかし今回、時空の門穴経由でスコールド大迷宮の一層に召喚されたのは中級種がほとんどを占め、更には八体の上級種まで混ざっているという有様である。
下級種のネガティブノイズといえば、指向性音響共振銃を装備した戦闘経験のない文官の官僚が二、三人いれば安定して対処できるレベルとされている。
春翔率いる勇者パーティとガルフォール達の混成パーティは内務省が雑魚敵と認定しているネガティブノイズ相手に半壊しそうになっていたが、もし仮にしっかりと情報共有がされていれば苦も無く倒せた筈だ。
ネガティブノイズの厄介な点はやはりネガティブエネルギーを操る搦手にあり、初見殺しの要素が強い敵である。
内務省の非戦闘員でも戦えるという評価の裏にはしっかりと情報共有がされているという前提があり、その情報力の差が大きな違いを生み出しているのである。
では、同じネガティブノイズならば中級種以上も余裕なのではないかと思うかもしれないが、その考えは誤りである。
ネガティブノイズの中級種は下級種に比べて格段に高い戦闘能力を有する。
攻撃のキレも威力も速度も桁違いであり、『雷霆』所属の文官や軍人、鬼斬、陰陽師、科学戦隊ライズ=サンレンジャー、魔法少女――彼らのような実戦経験の多い戦力が必要となる。
下級種は所謂節足動物、昆虫・甲殻類・クモ・ムカデなど、外骨格と関節を持つ動物を含んだ分類群の生物をモチーフとした姿をしている一方、中級種は節足動物と人間を除く全ての動物がモチーフになり得ることが判明しており、節足動物型でなければ基本的に非戦闘員は戦いを避けることが政府内での不文律となっている。
中級種の時点でも当時の勇者パーティと戦えば波菜以外誰一人として生存できないだろう。その波菜も三体以上の中級種を相手にすれば少なくとも二体ほどしか足止めできずに一体をフリーにしてしまう。
かといって三体を同時に相手をすれば波菜自身の身も危うくなるくらいには強敵である。
そのため、いずれにしても波菜以外の戦力は生き残れないのではないかというのが無縫の見解である。
では、上級種は……となると、中級種と下級種の間に隔絶した差があるように上級種と中級種の間にも隔絶した差が存在している。
まず第一に全ての能力が少なくとも三段階ほど高まっている。攻撃のキレも威力も速度も桁違いであり、相手の弱点を執拗に狙ったり、複数の味方と連携したり、下級種や中級種に指示を与えて軍隊の如く操ったりと、上級種が一体いるだけで戦闘の難易度は格段に上がってしまう。
更に上級種は共通してネガティブエネルギーを限界まで凝縮、精錬することで生じた奪希子を収束して放つ奔流「絶望の奔流」、ネガティブエネルギーを限界まで凝縮、精錬することで生じた奪希子を氾濫させて広範囲に奪希子をばら撒く「絶望の氾濫」、ネガティブエネルギーを限界まで凝縮、精錬することで生じた奪希子を消費することで発動させる魔術のようなもので強力な奪希子によって対象を洗脳して怒りなどの負の感情を増幅する「奪望の悪夢」、「奪気の幽煌」で生じるような青白い輝きを放ち、光が命中した対象を自在に操る「操望の傀儡」、更には陽子を擬似的な粒子加速器によって亜光速まで加速して発射する「荷電粒子砲」というネガティブエネルギーを直接攻撃に用いない攻撃手段まで有している。
いずれも、姿が神話や伝説に登場する存在と類似しているだけあって、その力はまさに戦略級相当――彼らによって壊滅された都市も少なくはない。
少くとも猛者が数十人で戦うか、魔法少女などの強力な戦力を頼るというのが対上級種の常套手段であり、確実に一人で戦って対処できるような相手ではない。
ちなみに、上級種の上には支配種、頂点種、人型などと呼ばれる存在――【七皇】と呼ばれる存在がおり、人型のネガティブノイズである彼らの戦力は上級者を遥かに上回る。彼らが出張ってくる事態になれば、対ネガティブノイズの戦力である魔法少女を複数人派遣する以外に対処方法がないというのが内務省の見解である。
「対悲観結界!!」
しかし、先ほどの話は対ネガティブノイズ特化の魔法がない場合の話だ。
「対悲観結界」を展開すればネガティブエネルギーを使った攻撃は大幅に弱体化し、ネガティブノイズの動き自体も大きく鈍る。
それは上級者クラスも例外ではない。
「ワーブリングシステム起動っす!」
ミリアが宣言した瞬間、ミリアの身体がワーブル体に換装される。
悪魔の翼などはそのまま、白と黒を基調としたボディースーツのような装備に換装したミリアはその手から二本の刃を出現させると地を蹴って加速した。
「内務省式ワーブウェポン・惑刃っす!」
内務省式ワーブウェポンの一つである「惑刃」は耐久力は極めて低いが、体のどこからでも出し入れでき、ワーブルを消費して自在に形状を変えられるという性質がある。
変則的な攻撃が可能で且つ攻撃力も申し分なく、素早い奇襲に向いているこの武器を、ミリアは今回メインの武装に選んだようだ。
手にした「惑刃」の刃を狙いを定めたネガティブノイズの中級種――大きな牙を持つ像、マンモスを彷彿とさせる紫の個体、内務省のコードネーム方式に則るとViolet MammothやV-Eと呼ぶべき対象へと放つ。
一撃一撃はViolet Mammothを倒しうるほどのものではなかった……が、「対悲観結界」で大きく弱体化しているViolet Mammothは猛攻を受けて少しずつ削られていった。
「『破壊鎚』!!」
一方、シエルの方も大きく跳躍し、空を飛ぶ赤色の鱏を彷彿とさせる個体――Red FlyingManta、或いはR-FMと呼ぶべき個体に『戦鎚』を大きく振り下ろした。
圧倒的な破壊の一撃によってRed FlyingMantaは地面に叩きつけられると同時に粉砕される。
ミリアとシエルがネガティブノイズの中級種相手に死闘を繰り広げる中、無縫も二人の邪魔にならない程度に暴れることにした。
「ワーブリングシステム起動……特注式ワーブウェポン・伸錫刺」
無縫が複数所持するワーブウェポンの中から選んだのはまだ正式採用されていない、現在進行形で実証実験が進められている豺波肇が筆頭を務める開発チームが開発した新型ワーブウェポンであった。
その武器は先端が錐のように尖っており、自在に伸縮する性質がある。ワーブルを込めることにより際限なく伸び、自動で敵の動きを追尾して攻撃するというなかなか凶悪な仕様である。
超高速で伸びた「伸錫刺」は赤色の伝説上の巨人を彷彿とさせる個体――Red Giant或いはR-Gに殺到し、その身体を内部からズタズタに破壊した。
体内を縦横無尽に暴れ回ったのであろう刃はRed Giantの身体を四散させると、血に飢えた肉食獣の如く次の目標へと喰らいつく。
無論、ネガティブノイズ達も黙って仲間が蹂躙される姿を見ていた訳ではない。
特に上級種達は無縫を最大の脅威と認定――橙色の五つの頭を持つドラゴンを彷彿とさせるOrange FiveHeadDragon或いはO-FHDと呼ぶべき個体や、黄色の二角獣バイコーンを彷彿とさせるYellow Bicorn或いはY-Bと呼ぶべき個体、黄色のユゴスよりの菌類、ミ=ゴを彷彿とさせるGreen Mi-go或いはG-Mgと呼ぶべき個体などが一斉に無縫に向けて「荷電粒子砲」を放つ……が。
「操力の支配者」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに変身した無縫が魔法少女の固有魔法を発動し、「荷電粒子砲」を掌握――軌道を大きく歪められた上級種達は己が放った「荷電粒子砲」に貫かれて大きな負傷を負う。
それでも一撃で行動不能になってしまわないのは、流石は上級種というべきか。
「さて、上級種達に追撃を仕掛けるか」と無縫が魔法を発動しようとした時、ゾクっと背筋が凍るような感覚を味わい、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは咄嗟に戦闘中のミリアとシエルを抱えて大きく横に飛んだ。
その瞬間、埒外の威力の飛ぶ斬撃が放たれ、上級種も中級種も関係なく真っ二つに切り裂かれる。
「……ふん、この程度の相手にいつまで時間を掛けているつもりだ? それに、勝手に自分達の獲物だと主張するな。俺があの程度の雑魚で満足するとでも?」
かつてネガティブノイズであった肉塊に冷たい一瞥を与えてから詠が魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスを睨め付ける。
チームプレイも何もあったものではない傍若無人な詠に「本当にこの人はなぁ……」と表情に出さずに心の中で溜息を吐く無縫であった。