迷宮挑戦前、様々な陣営の者達が一堂に会する伏魔殿の如き懇親会。 その陸
自己紹介と大迷宮の概略についての説明を終えた無縫達は隣の部屋へと移動した。
先程まで利用していた【悪魔の橋】の部屋と同様に普段は会議室として使われているその部屋は大きく様変わりしていた。
複数人が固まって話せるように二つほど組み合わせられたテーブルにはテーブルクロスが敷かれ、机の上には美味しそうな焼き菓子が盛り付けられた籠が置かれている。
椅子は各机のブロックごとに八つずつ用意されており、それが全部で四ブロック。全部で三十一人なので一席余ることになる。
今回は人数も人数なので一つのテーブルを囲むことは難しく。仮に囲めたとしても全員が会話に参加するのは難しいだろう。
その点、八人程度であれば全員が会話に参加することもできる。
席は固定という訳ではなく一定時間の経過で席替えをしても良いという形を取った。できれば、様々な人達と交流してもらいたいというのが無縫の本音である。
ここからは所属関係なくチームで大迷宮攻略に挑むのだから。
なお、既に輪を乱している詠はこの場にいない。まだ【悪魔の橋】の屋上で惣之助と戦いを繰り広げているらしい。
まあ、詠の中に「協力する」という概念はあってないようなものなので、「あの傍若無人な元軍人殿はいてもいなくてもどっちでもいいんじゃないかな?」と思っていた。寧ろいない方が良かったまである。
無縫達が席に着いたタイミングで、タキシードを纏った一人の紳士が部屋に入ってくる。
銀のカートを押しながら入ってきた紳士は会釈をすると、部屋を巡回し始めた。
カートの上には珈琲と紅茶を淹れる準備が整えられており、更に何種類かのジュースも用意されている。
「皆様ご紹介が遅くなりましたが、本日、この懇親会のために来て頂いた『パティスリー・カフェ フクロイ』の副店長を務めている巳神楽四門さんです」
「巳神楽と申します。本日は出張版『パティスリー・カフェ フクロイ』として参りました。本日は細やかながら各種飲み物とケーキ等菓子をお持ち致しましたのでご賞味くださいませ。お代わりもご用意しておりますので、希望の方はお申し出くださいませ」
無縫に紹介された四門は軽く会釈をすると再び給仕に戻っていった。
なお、つい先日まで人間を不倶戴天の敵としていた魔族達だが、四門に対して敵意を向ける者はいなかった。
その一方で……。
「……もしかしなくても国賓クラスをもてなすレベルのお店でござるか!?」
「その可能性は高いと思うわ。紅茶の香りもとてもいいし、ケーキもとても美味しそう。……でもそうなってくるとやっぱりテーブルマナーが心配になってくるわ。それに、これだけ贅沢をしていいのかしら、とも思ってしまうわね」
「『NEW GASTRONOMY HORIZON』で二年連続ネクスト・スターを獲得、更に昨年は星一つを獲得した、あのフランス大統領をもてなした『パティスリー・カフェ フクロイ』!?」
既に『ステーキ処 IWAMI』で最高級の料理を味わってしまっているレイヴン、レフィーナ、フィーネリアの三人は高級カフェの飲み物と軽食を前に戦々恐々としていた。
「本当にこんなに贅沢をしていいのか?」と不安になる同じテーブルに座った小市民三人である。……いや、フィーネリアに関しては良家の産まれなんだけどね?
ちなみに、今日は無縫の思いを汲んで普段は行動を共にしているヴィオレット、シルフィア、フィーネリアも無縫とは別々のテーブルに集まっていた。
ただヴィオレットとシルフィアには監視が必要ということで、リリスか龍吾かフィーネリアのいずれかが二人と同じテーブルに座る形になっていたが……。
様々なテーブルでは普段関わることのない者達同士が情報交換をしたり、話に花を咲かせていたりしていたが、中でも人気なのはやはり大迷宮挑戦の主宰者である無縫のいるテーブルだった。
「さっき話に出ていた領域守護者について教えてくれ!!」
「その話も重要ですが、それよりもマルドゥーク文明のことが気になる! 既に攻略した三つの大迷宮では他にどのような情報が発掘されたのだ!?」
エスクードとアルシーヴ、本来は魔王軍幹部として、それ以前に一人の大人として周りに気を配り、学園の生徒達や各騎士団の者達がしっかりと会話の輪には入れているかを確認しなければならない筈の大の大人二人が開始早々に暴走していた。
これには、同席していたクロムロッテとイクスの学園コンビ、ヴィクター、リリスも苦笑いである。なお、最も情報が集まる無縫達のところで情報収集に勤しむつもりなのだろうミリアラは相変わらずの無表情で全く考えが読めない。
ちなみに、ヴィオレットと行動するのと同じくらいリリスと行動する場面が多い龍吾はというと、琢三、彦斎と共にミリアと話をしていた。勿論、その話題はワーブウェポンについてである。この席にはマリンアクアも同席しており、終始ニコニコと笑顔を浮かべながらこちらも情報収集を進めていた。
「まず、エスクードさんご希望の領域守護者についてですが、既になんとなく想像がついていると思いますがデモニック・ネメシスの複製です。懇親会の終わりに希望者には資料をお渡ししようと思っていましたが、宇宙に纏わる技を数多く有する、この世界の魔物とは一線を画する存在ですね。体感だと同じデモニック・ネメシスの複製でも下層に行く方が強くなっていく印象です」
「この手の迷宮って階層主は別の魔物だから同じ魔物だと一体倒された時点で迷宮攻略が確実になってセキュリティとしては弱いんじゃないかと思ったが……なるほど、同じ魔物でも強さが違うのか」
「それと、ついでに九百階以降ですが何らかの無効化スキルを持っている魔物に入れ替わります。いずれも因果干渉が土台にあるので同じ因果干渉系の能力をぶつければ相殺できますが……」
「因果干渉系なんて魔法でも技能でも伝説級だろ? 普通は持っていないんだが……」
因果に干渉できる技能保有者は何百年に一度産まれてくるか産まれてこないかのレベルである。
そういったスキルがなければ物理攻撃や魔法攻撃が魔物に通用しないというのはなかなか厄介な状況である。
基本的には魔法か物理攻撃のどちらか得意な方に比重が置かれるため、オールラウンダーと呼ばれる者達は少数派だ。
デモニック・ネメシスの複製も厄介極まりないが、大迷宮の恐ろしさはそれだけではないのだとエスクードとアルシーヴは想定以上の難易度の高さにぶるりと震えた。
「アルシーヴさん希望の他の大迷宮で得られた情報についてですが……先程の説明会でも申し上げたようにお教えはできません。世界のパワーバランスを崩すだけに留まらず、情報が流出すればクリフォート魔族王国内部で内乱が起きたり、過剰な発展によって環境が破壊されたり、などといった懸念があります。大いなる技術が国を滅ぼした前例もありますし、強大な力を手に入れた者が欲望に取り憑かれて取り返しのつかないことをしでかしたという話もありますからね。……まあ、アルシーヴさんはそういうことをしないと信じていますが、情報が流出する可能性もゼロとは言い切れないでしょう? なので、今回の迷宮攻略で得られた情報に限って持ち帰ることを見逃します」
「……やはり、駄目か。……となると、当初の予定通りとにかく得られた情報を書き留める人材を集めなければならないな。図面などが得られる可能性もあるとなると、やはり絵心も……」
アルシーヴ駄目元で無縫に更なる情報提供を求めたが、結果はお察しの通りである。
致し方なく情報を書き写す人員を集める方向で方針を固めるアルシーヴだった。
◆
懇親会が終わったところで明日の集合場所を決め、デモニック・ネメシスの情報を資料配布の形で共有してお開きとなった。
ちなみに、学園からの参加者は大迷宮攻略を一つの授業として処理、各騎士団のメンバーについても特別任務として処理され、その間の給料も支給される形となったようである。
そして翌日、無縫達の姿はバチカル区画の中央広場にあった。
今後の迷宮攻略は全て、このバチカル区画の中央広場にすることになっている。無縫達が滞在する宿屋『鳩の止まり木亭』からも【悪魔の橋】からもアクセスが良いのが主な理由である。
ちなみに、エーイーリー区画やシェリダー区画よりも魔王城側の地域がホームとなっている学園生徒や教員、魔王軍即応騎士団、魔導近衛騎士団の面々はそのほとんどがバチカル区画の宿を取る形となった。
……魔王軍幹部としてそれぞれの担当地域に帰る必要があるエスクードやアルシーヴを除いて。
それぞれが宿を取ったが、やはり大迷宮攻略のメンバーが多く滞在しているということもあって宿屋『鳩の止まり木亭』に滞在する者がほとんどだった。
琢三と彦斎の『雷霆』コンビ、真由美と日和の鬼斬コンビ、幸成と芳房の陰陽師コンビ、ミリアラ、ドルグエス、マリンアクアのロードガオン組、クォールトとクロムロッテとイクスの学園組、対人間族魔国防衛部隊のミリアと魔王軍即応騎士団のシエル、ディージスと蒼の魔導近衛騎士団組と宿泊客が一気に増えたことにビアンカがスノウと共に嬉しい悲鳴を上げていた。
「それでは、定刻となりメンバーも揃いましたのでスコールド大迷宮の第一層に移動します」
「……いよいよだな」
無縫は全員揃ったことを確認してから時空の門穴を開く。
ちなみに、スコールド大迷宮の入り口の発見は無縫が事前に一人で済ませていた。
ロズワード大火山の一角にあるスコールド大迷宮の周辺は火山の影響で極めて暑く、また近くには熱せられたマグマの池が点在していることから熱の届きにくい大迷宮の一層を転移先に指定した方がいいと考えたのである。
無縫に続いて大迷宮攻略組のメンバーが次々と時空の門穴の中に突入していく。
そして、遂に最後の大迷宮――スコールド大迷宮への挑戦の幕が切って落とされたのだ。
◆キャラクタープロフィール
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・巳神楽四門
性別、男。
年齢、四十歳。
誕生日、六月二十三日。
血液型、A型RH+。
出生地、宮城県仙台市。
一人称、私。
好きなもの、洋菓子全般。
嫌いなもの、辛い食べ物。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、袋井飛雁(『パティスリー・カフェ フクロイ』店長)。
嫌いな人、特に無し。。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、『パティスリー・カフェ フクロイ』副店長。
主格因子、無し。
「『NEW GASTRONOMY HORIZON』で二年連続ネクスト・スターと一つ星を獲得した経験があり、フランス大統領のもてなしにも使われた『パティスリー・カフェ フクロイ』の副店長。天才パティシエールである店長の袋井飛雁とは幼馴染の関係にあり、彼女の夢を叶えるためにパティシエの道を志した。以前から献身的に店長である飛雁を支えており、彼女が味覚障害を発症してからは彼女の舌の代わりとしても飛雁を支えている。本人は純粋な善意で優秀な才能である飛雁が世界で羽ばたくために少しでも力になれればと思っているだけなのだが、飛雁は四門の人生を奪ってしまったことに罪悪感を感じている」
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