タタラ・ツヴェルクの帰国と異世界でできた親友。
エスクードに勝利した無縫達はその後、領主公館で手帳にサインとスタンプを押してもらった。
「パンの入った籠を持ったメープルの姿を模したスタンプ」、「純白のドレス姿の白雪が氷上で三回転半をしている姿を模したスタンプ」、「図書館を背景に杖を構えるアルシーヴの姿を模したスタンプ」、「天空城を背景に翼を広げたイリアを模したスタンプ」、「薔薇に囲まれるマラコーダを模したスタンプ」、そして今回の「剣と盾を構えたエスクードを模したスタンプ」――こうして振り返ってみると多くの魔王軍幹部と戦ってきたことをありありと実感する。
「それで、明日の会だが領主公館まで迎えに来てくれるんだったな?」
「参加者が各所に散らばっているので、会場までは俺が空間魔法でご案内します。会場はオズワルドさんと交渉して【悪魔の橋】の会議室をお借りできることになりました」
「了解した。魔王軍即応騎士団には俺の方から伝えておくぜ」
エスクードと分かれて執務室を後にする。
エーイーリー区画でやるべきことは終えたので後は時空の門穴を使って宿屋『鳩の止まり木亭』に帰るだけだ。
ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、レイヴン、レフィーナと共に時空の門穴を開いて宿屋『鳩の止まり木亭』に帰還するつもりだった無縫だが、そんな無縫に声を掛ける者がいた。
魔法を四散させた無縫は少しだけ意外そうな表情を浮かべつつ、声を掛けてきた者に視線を向ける。
「……ミリアさん、他の方と帰ったのではなかったのですか?」
エーイーリー区画に拠点を持たない対人間族魔国防衛部隊と魔導近衛騎士団は迷宮探索に参加することが決まっているディージスと蒼を除き、訓練終了後にそれぞれの馬車で拠点へと帰還した筈だ。
当然、対人間族魔国防衛部隊所属のミリアも仲間と共に【悪魔の橋】に向かっている筈だが、不思議なことにミリアは無縫達の目の前にいる。
「無縫っちと交渉したいことがあって残ったっす! 馬車には乗らなかったっすけど、時空の門穴で転移させてもらえれば問題ないっすからね」
「時空の門穴を使わせてもらうの前提なんだね。……で、交渉とは?」
「無理なことは承知しているっすが、ワーブウェポンを譲って欲しいっす。訓練でとても手に馴染んで、これこそウチに必要な武器だって思ったっすよ!」
「……正直、俺の独断では『はい』とは言えないかな。これが同盟国とかなら話も変わってくるけど、クリフォート魔族王国とは国交がない。つまり、俺達がワーブウェポンを提供する義理はないんだ」
「まあ、そうっすよね。いくら無縫っちが友好的と言ってもできることとできないことがあるっすよね」
「ということだから、俺から提案できるのは二つかな? 俺は『頂点への挑戦』を勝ち上がって魔王陛下に勝利し、魔王陛下に謁見する許可をもらう。それが、シトラス宰相閣下との約束だからね。当初は魔族という種族を見極め、人間側か魔族側のどちらにつくかを決めたいってのが目的だったけど、それについては幹部巡りの旅の中で魔族の皆様と関わって答えが出ている。となると、謁見の目的はクリフォート魔族王国との同盟を締結する交渉ということになる。今の大日本皇国は異世界の諸国と積極的な同盟を結ぶ政策を取っている。大日本皇国には敵が多いから、できるだけピンチの時に助けてくれる『味方』が欲しいんだ。その代わりに同盟相手がピンチなら助けるっていう、いわゆる集団的自衛の話だね。その際、魔王陛下に大日本皇国とクリフォート魔族王国の同盟を結ぶべきだと進言、プレゼンテーションしてくれる魔族の味方がいてくれるとありがたいんだ。メープルさん辺りにもお願いしようと思っているんだけど」
「なるほど、ウチにもその役割を果たしてもらいたいってことっすね!」
「同盟国に技術提供をするということであれば、巡り巡って有事に心強い味方ができるというメリットがある。まあ、これが一つだね。後もう一つは、そうだね。ワーブウェポンはロードガオンのものを鹵獲し、俺と内務省のエンジニアである豺波さんが共同で開発したものだ。敵から鹵獲したものだし、とりあえずロードガオン人に許可を取る必要はない」
「まあ、そうね。敵国の武器を鹵獲して技術を奪っただけだし……思うところはあるけど、何も言えないわ」
「そして、内務省が開発したワーブウェポンの権利は内務省が持っている。そして、明日に事前説明会と懇親会を行って、明後日から地道に挑戦する予定である最後の大迷宮への挑戦には、内務省からも何人か参加する予定なんだ。内務省参事官補佐を務めているリリスさんの他にも、正直誰が参加するかは聞かされていないんだけど参加する予定がある。後はもう分かるよね」
「つまり、内務省のお偉方と交渉してワーブウェポンを使わせてもらえるように頼めばいいってことっすね!」
「まあ、ミリアさんコミュ力高いし大丈夫だと思うよ。それじゃあ、話も終わったしバチカル区画に戻りますが。……それとも先に【悪魔の橋】までお送りした方がいいかな?」
「流石にバチカル区画まででいいっすよ! よろしくお願いするっす!」
◆
恒例となりつつある早朝と夜のリリスの戦闘訓練は大迷宮挑戦でいくらでも実戦の機会があること、迷宮挑戦のために疲れを取っておく必要があるということで昨日の夜の訓練をもって終了となった。
大迷宮挑戦後は必要に応じてまた訓練を行う予定だが、正直なところここまでの訓練でかなりリリスも仕上がってきているので大迷宮攻略後に訓練を行う必要はないのではないかと無縫は考えていた。
ヴィオレットが魔王国ネヴィロアスの国庫のお金をギャンブルに全額注ぎ込んでしまった事件から始まった生活も少しずつ終わりに近づいている。
当然、それに付随する出会いがあれば別れもある訳で。
「……本当に、もう帰っちゃうのですか?」
悲しそうな顔をするスノウの問いに、タタラは申し訳なさと淋しさがない混ぜになった表情を浮かべている。
タタラがクリフォート魔族王国を訪問したのはリリスに提供した未知数な武器――聖魔混沌槍に不具合があった場合のサポートと、データの収集をするためだった。
製作者としての責任を果たし、安全性を確認することも含めて全て終えてこそ、聖魔混沌槍の譲渡が完了する――そう考えていたタタラはリリスに聖魔混沌槍を手渡してからも頻繁に訓練の様子を確認し、使用者にとって不都合になることがないかを調査した。
結果として、数日間の調査の末に聖魔混沌槍が使用者にとって安全な武器であることを確認した。
これならば、今後不測の事態が起きる可能性は限りなく低いと判断しても問題ないだろう。
タタラはルビリウス王国の庇護下に置かれた職人だ。
父の代から、ルビリウス王国の多大な援助を受けており、当然ながらタタラにはその恩に報いる責任がある。
今までは聖魔混沌槍の安全性を確認するという大義名分があったが、その役目も終わった。今のタタラにクリフォート魔族王国に残る正当な理由はないのである。
「……父も亡くなって一人暮らしになった。あの冷たくて寂しい場所に戻るのは辛いと思う。父との思い出があるとしても、やっぱり寂しいものは寂しい……。スノウさんに、ビアンカさんに、レフィーナさんに、レイヴンさんに、宿泊客のみんなに……沢山良くしてもらった。この宿はとても暖かい場所で、許される限りずっと居たいと思う。でも、私は職人。ルビリウス王国の刀鍛冶としての矜持がある。責任がある。……だから帰らないといけない」
タタラにとって、宿屋『鳩の止まり木亭』は第二の家と呼ぶべきものになっていた。
スノウとも親友といっても差し支えないくらいに仲良くなった。
それでも、タタラは職人だ。ルビリウス王国から恩を受けた人間として、その期待に応えなければならない。
スノウも宿屋の娘として仕事に誇りを持っている。だから、タタラの気持ちがよく分かった。
「……もう二度と会えないことはない。生きていればまた会うことができる」
「そうですよね……また、会えますよね」
「……今度はちゃんとしたお客さんとして来たいと思う。その時はまた温かく迎えてくれると嬉しいな」
「――ッ! はい!!」
「勿論よ。その日が来ることを娘と共に楽しみに待っているわ」
宿屋『鳩の止まり木亭』での夕食を終えた後、タタラはお世話になった人達に感謝を伝えてから無縫が開いた時空の門穴でルビリウス王国へと帰っていった。