エーイーリー区画担当魔王軍幹部エスクードvs大聖女エウラリア=アズラーイール〜幹部巡り六戦目〜
シェリダー区画の魔王軍幹部の試練でレフィーナやレイヴンと出会ってから、基本的に最初に魔王軍幹部と戦うのは無縫という不文律が出来上がっていた。
全ての試練において最も貢献しているのは無縫である。各区画への移動に、バチカル区画の宿屋『鳩の止まり木亭』への支払い――無縫との出会いがなければレイヴンもレフィーナもここまで快適に旅をすることはできなかっただろう。
そのため、最初に魔王軍幹部と戦う権利は無縫にあると二人とも考えていたのだが、このエーイーリー区画での試練において初めてこの不文律が崩れることとなる。
「俺との試合なんだが、こっちで順番を決めさせてもらってもいいか? 主に無縫に関してなんだが、試合の盛り上がり的にメインディッシュは最後に残しておきたいんだ。参加者の騎士達も今回は振り回されっぱなしだったからな。彼らの要望を是非聞いてもらいたいんだが」
今回は無縫達が引っ掻き回してしまったという負い目がある。
そもそも、無縫が最初に試練に挑むという流れも自然にできたものであり、そこに拘る理由もない。
そのため、無縫はあっさりと三番目に戦うことを了承した。
一戦目にエスクードと相見えたのはレイヴンだった。
「魔導忍法・蒼火の手裏剣でござる!」
一戦目は「魔導忍法・水月の術」と「魔導忍法・夜月の朧」を駆使した変幻自在の動きで終始エスクードを翻弄したレイヴンがあっさりと勝利をもぎ取った。
とはいえ、メープルの時と同様にかなり手加減をしていたためレイヴンはその勝利を素直に喜べていないようだ。
続いて二戦目にエスクードに挑んだのはレフィーナ。
魔法少女エルフィン=ブラダマンテに変身することもできるが今回は変身せず、自身の本来の武器である弓をメインにエスクードと戦いを繰り広げた。
「颶風割り断つ裂空の矢!!」
戦闘では風魔法と雷属性を融合させた魔法を使用し、雷撃を帯びた大量の風の矢による物量戦でエスクードに勝利してみせた。
とはいえ、こちらもエスクードの本気には遠く及ばない手加減であることがありありと伝わってくる立ち回りだった。
もし、本気のエスクード相手に立ち回るとなれば魔法少女エルフィン=ブラダマンテの力が必要であると痛感した試合だった。
そして、いよいよ三戦目。観客達が待ちに待った無縫とエスクードの試合である。
『夢幻の半球』を展開した闘技場の中心に無縫とエスクードはほとんど同時に足を踏み入れる。
エスクードは愛刀である巨大な剣――剛聖剣を構えた。
一方、無縫の方は魔法少女に変身することもなく、かといって武器を構えることもなくただ戦場である闘技場に立っているだけだ。
流石に無縫が戦闘体制を取らない状態で先制攻撃を仕掛けるのは卑怯だと判断したのか、エスクードは戦闘体制を崩して無縫に声をかけた。
「おい、どうした? 戦う気はないのか?」
「いえ、戦うつもりはあるのですが……ここまで魔王軍幹部との試合は全て別の戦法を取ってきまして、まだまだ手札は残っていますが、どれで戦うのがいいのか悩んでまして」
「手札が多いのは羨ましいことこの上ないなぁ。……特別訓練の内容的にワーブウェポンを使うってのはどうだ?」
「まあ、確かに内務省で一般的に使われている内務省の汎用のもの以外に、特殊なものも何種類かあるのでそういったワーブウェポンで戦うってのもできるんですが」
「あれだけバリエーション豊富なのに、汎用型って括りだったのか!? 特殊なワーブウェポンって滅茶苦茶気になるんだけど」
「でも、既にワーブルを使った戦いは観戦者の皆様も先ほどの特別訓練で散々見せられて新鮮味に欠けると思いますし……やっぱりこれかな? エスクードさんって、アンデッドって括りですよね?」
「まあ、確かに死霊騎士である俺はアンデッドだが……まさか、光属性とか聖属性とか、その系統で攻めてくるつもりなのか!? いや、俺は確かに死霊騎士だが……しかし……」
「いえ、それでは捻りがありませんので。……久しぶりに使いますか! 【性転者】!」
無縫が発したスキルの名と共に眩い光が無縫を包む。
次の瞬間、無縫が先ほどまで立っていた場所には魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスには流石に及ばないものの、絶世の美少女と呼んでも過言ではない美しい少女だった。
真っ白な頭巾から伸びるのは腰まで届くほどの長い黒髪だ。
無縫の面影を残しつつも可愛らしさと美しさが同居した花も恥らう絶世の顔。スっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、透明感を感じさせるプルっとした薄桃色の小さな唇が完璧な配置で並んでいる。
真っ白なブラウスに薄い水色のスカートを合わせ、その上から真っ白なローブを身に纏っている。
宗教画の中からでも飛び出してきたような、神秘的な美しさを宿した少女に、主に男性陣が心を射抜かれたようで蕩けた表情になっていた。
しかし、男女問わず魅了するその美貌は異性の魅力に弱い男性陣だけでなく女性陣にも影響を与えているようで、数少ない女性騎士達の一部も美少女の笑顔に心を打ち抜かれてしまったようだ。
「……一応聞いておくが、何者だ?」
その可愛らしさにクラっとしながらも彼女よりも美しい魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの美貌を何度も目の当たりにして耐性ができたのか少女の美しさに魅了されて骨抜きになることなく尋ねるエスクード。
「この姿では、エウラリア=アズラーイールと名乗っています。私が渡った世界の一つにデュラフォーンという異世界があるのですが、その異世界で紆余曲折があって宗教国家ローゼンマリアと、ローズマリー教団と敵対することになりまして、組織を内部から破壊するために大聖女として教会内部に潜入したことがあるのです。その時に名乗ったのがエウラリアという名前です。一度目の異世界で大聖女の天職は獲得していましたが、流石に男で聖女って名乗るのも怪しいので、それまでに転移した異世界の一つで手に入れた【性転者】というスキルで女性の姿になりました」
「まあ、なんというか……とんでもないことをしているなぁ。教会の内部に潜入して内部から破壊工作って聖女のすることかよ? で、どうなったんだ?」
「教皇エウロパエル=フランシスはローズマリー教団が崇める女神であるローズマリーさんを召喚して洗脳し、神格兵器にすることを目論んでいました。神界と呼ばれる世界で左近衛大将の地位にある上位の女神で大地の女神ローズマリーの上司に当たる左近紗倉さんの要請を受けた私は紆余曲折を経てローズマリーさんの洗脳を解き、ローズマリーの討伐に成功しました。ローズマリーの死後、現在も教会は健全化した上で存続していますが……何故か、聖女として活動していた間に教会内部でファンが増えてしまい……エウラリアのファンクラブというか、エウラリア教みたいな勢力が生まれてしまって、現在、その世界の最大勢力の宗教になってしまいました」
「まあ、実際に無縫が演じていたエウラリアはまさに模範的聖女だったからな。弱きを助け、邪悪を滅ぼし、笑顔で言葉で人を励ます。アイドル並みの人気になることも頷けるだろう。……死と隣り合わせの世界で可愛い女の子が自分達を助けるために戦ってくれるのだ。これで惚れるなという方が無理がある。それに、行いそのものに偽りがあった訳でもない。無縫は正体を明かしたが、それでも人気は陰ることがなかった」
「大日本皇国では人気アイドルとして知られる茉莉華さんでも、流石にあの世界の無縫君――大聖女エウラリアには勝てないんじゃないかな?」
「まあ、とにかくとんでもない聖女様ってことは分かったぜ。しかし、少々安易と言わざるを得ないな。俺は確かにアンデッドだ。しかし、俺の前世は東方白花正統教会の聖騎士だ。共に裏切られ、クソ女神への信仰もとうの昔に捨てたが、それでも聖騎士であることには変わりがない。つまり、俺はアンデッドでありながら聖属性に強い耐性を持つ。不死者の唯一の弱点すら克服したこの俺を舐めるなよ!!」
エウラリアが二枚の純白の翼が生えた銀色に輝く杖を構えるのとほぼ同時にエスクードが地を蹴って加速する。
「聖なる大盾!!」
魔法の名を言い放つと共にエスクードは無数の光の盾を生成――エウラリア目掛けて放った。
「えいっ!!」
可愛らしい声と共にエウラリアは杖で思いっきり迫り来る盾を殴りつける。
どうやらその一撃は可愛らしい声とは不釣り合いな凄まじい威力を秘めているようで、魔法攻撃でも物理攻撃でも少なくとも数回は耐え切れる光の盾は杖に殴られただけであっさりと粉砕された。
とはいえ、この程度はエスクードも想定内だったようで、次々と光の盾を放ちつつ剣を握る手に力を込める。
「呪われし闇」
自らの剣に闇の力を付与する闇属性の魔法を発動し、剛聖剣に闇の力を纏わせる。
そして、次々と迫り来る光の盾への対処に追われていたエウラリア目掛けて斬りかかった。
とはいえ、エウラリアも手練だ。光の盾をギリギリのタイミングで全て破壊し、エスクードの斬撃を己が杖で受け止める。
しかし、流石に聖女が魔法を発動させるための杖と剛聖剣では、軍配は近接戦闘用の武器として作られた剛聖剣が勝る。切り結べばそう遠くないうちに杖の破壊に成功するとエスクードは確信していた……が。
「浄魂滅壊!!」
「舐めるなよ!! 俺は聖騎士だ! 例え神聖魔法であっても俺には通用しな……何!?」
エウラリアが光系統の浄化魔法を発動しようとする気配を察知したエスクードだったが、自身が聖属性耐性を持っているため仮に強力な魔法だったとしてもエスクードが倒されることはないと思っていた。
しかし、エスクードも魔王軍幹部に選ばれるほどの手練だ。そのため、自分の認識が誤りであったことに比較的早い段階で気づくことになる。
「おい!? まさか、これは魂諸共消滅させる消滅魔法か!? そいつは流石に無理だ! 逃げる! 逃げてやる!! そんなの直撃で喰らえるかよ!!」
エウラリアと切り結ぶことを諦め、一時撤退を選んだエスクードだったが、その判断をするのはあまりにも遅かった。
エスクードが逃げ出す前にエスクードの足元に複雑な眩い光を放つ魔法陣が出現する。そして、光よりも速い速度で眩い光がエスクードを包み込み、その全てを光で塗り潰した。
◆ネタ解説・百三十六話
アズラーイール
ユダヤ教、キリスト教およびイスラム教において死をつかさどる天使で、片手には全ての生者の名を記した書物を持ち、人が死ねばそこから名前が消えるとされている。
姿形は非常に恐ろしく、全身に無数の目、口、舌を持ち、人の罪を見、語り、裁くのだと伝えられる。
アズリエル、アズラエル、イズラーイールなどと呼ばれることもあるようだ。
大聖女エウラリア
間違いなく、『文学少年(変態さん)は世界最恐!? 〜明らかにハズレの【書誌学】、【異食】、にーとと意味不明な【魔術文化学概論】を押し付けられて異世界召喚された筈なのに気づいたら厄災扱いされていました〜』の第七章「四陣営戦争編」に登場したカタリナ=ラファエルのオマージュ。
なお、能因草子扮するカタリナが内部調査を行ったミンティス教国で起きていたことと、宗教国家ローゼンマリアで起きていたことは類似したものであり、この二つの事件には切っても切れない関係がある。……恐らく、本作のどこかで触れると思われる。
浄魂滅壊
『文学少年召喚』以来、『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記』など様々な逢魔時執筆のテクストで登場する魔法。
魂諸共消滅させる神聖魔法の一つ。元ネタは伏瀬氏のライトノベル『転生したらスライムだった件』に登場する「霊子崩壊」。
◆キャラクタープロフィール
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・エスクード
性別、男。
年齢、四十八歳。
種族、死霊騎士。
誕生日、四月四日。
血液型、A型Rh+。
出生地、マールファス連邦首都。
一人称、俺。
好きなもの、特に無し。
嫌いなもの、裏切り、聖職者。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国魔王軍幹部、エーイーリー区画の領主、魔王軍即応騎士団騎士団長。
主格因子、無し。
「魔王軍幹部の一人でエーイーリー区画の領主。元聖騎士の聖なる純白の鎧を纏った死霊騎士で、本来死霊騎士の弱点である聖属性に対して高い耐性を誇る。かつては教会の名のある騎士だったようだが、親友の裏切りで大切な人を目の前で失い、自らの命も奪われることとなった事件以後、かつての名を捨てて「盾」を名乗っている。元々はキムラヌート区画の領主だったが、ジェイドの度重なる問題行為により魔王軍からの辞令で配置換えされることとなりエーイーリー区画を統括することとなる。バチカル区画からはシェリダー区画にも行けるが、エスクードの方が少し弱めになるように調整をしており、魔王軍も先にエスクードに挑戦することを推奨している」
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