三頭騎士団合同訓練 その陸
瑠璃色の陽光の上にちょこんと横乗りし、高速で上空から降りてきた魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは四階の廊下で徒手拳兎と交戦する蒼とコンスタンスに遭遇すると、空中に留まって二人に声を掛けた。
「お二人とも苦戦されているご様子ですね」
「……貴方、何者かしら?」
「あっ、この姿をお見せしていませんでしたね。庚澤無縫です。魔法少女の姿に変身して降りてきました」
「無縫さんなのね。……とんでもない新手が襲撃を仕掛けてきたのかと身構えてしまったわ」
「徒手拳兎に苦戦されているご様子ですが、援護は必要ですか?」
「私達二人で大丈夫ですわ。……って言いたいところですが、全く攻撃が通用しなくて困っていましたわ」
「確かに徒手拳兎の装甲は強力でワーブルを使った武器ならともかく、他の攻撃ではほとんどダメージを与えられないでしょう。では、僭越ながら俺の方で倒しておきますね。内務省式ワーブウェポン・立方弾」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが時空の門穴から取り出した小さな柄状の武器にワーブルを流し込むと、巨大な純白に輝く立方体が現れた。
巨大な立方体は出現と同時に無数の小さな立方体へと分裂――無数の立方体型の弾丸は縦横無尽な軌道を描いて次々と徒手拳兎に命中する。
蒼とコンスタンスの攻撃を受けても決定打を与えられなかった徒手拳兎を魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの放った立方弾は瞬く間に蜂の巣にして機能停止に追い込んだ。
「助かりましたわ」
「いえいえ、戦い慣れていない相手ですから苦戦して当然ですよ。俺はアイツらと戦うのも仕事なので弱点も把握していますから。既に何名か助けてもらったようで、こちらこそ助かりました。お二人にはこのまま地下のシェルターを目指して他のメンバーと合流して頂きたいのですが大丈夫ですか?」
「問題ありませんわ。ですが、無縫さんはどのようになさるおつもりですか?」
「他の階の逃げ遅れた職員を探しつつ、必要なところに加勢する予定です。要救助者を救助したら最終フェイズに移行するので、ボス戦の準備だけは整えておいてください」
そう言い残し、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは再び上の階層を目指して飛翔した。
◆
ミリア、シエル、ジュラキュール、ディージス、コンスタンス、蒼の六人が地下四階のシェルターで合流を果たしたのは試練開始から三十分が経過した頃だった。
助けなければならない逃げ遅れた職員七人も助け出し、シェルターの職員達からも感謝されて清々しい気持ちで終了……と行きたいところだが、どうやら無縫によればまだボス戦が残っているらしい。
ミリア達が一階へと戻り、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが上空から降りてきたタイミングでアナウンスが流れた。
『これより最終フェイズに突入します。繰り返します。これより最終フェイズに突入します。ボスの選定を開始……完了。個体名、三界魔人をバトルフィールド内に召喚します』
アナウンスの終了と同時にそれまで各所で暴れていた霊子力兵器、ネガティブノイズ、ワーブリス兵は一斉に動きを止めて消滅する。
その代わりに一階のエントランスに現れたのは、白銀の鎧のような装甲を身に纏い、霊子力兵器の砲台を肩に二つ装着した人型のネガティブノイズだった。
無縫と肇が「もし、ネガティブノイズとワーブリス兵と地底の兵器が融合したら強大な存在になるのではないか」と思い立ってお遊びで作った空想のエネミーだ。
訓練のボスは何種類も用意されているものの中から選出されることになっているのだが、その候補の一つに紛れ込ませていた。それがたまたま今回候補として選ばれてしまったのだろう。
「対悲観結界!!」
出現と同時に「耳障りな叫喚奇声」を放ってきた三界魔人だが、三界魔人のシャウトは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの貼った対ネガティブノイズ用の結界によって中和されて無効化される。
「ワーブリングシステム起動っす! 装甲を削らせてもらうっすよ!! 飛燕弾っす!!」
ミリアはワーブル体に換装し、黒い筒にワーブルを流し込んで立方体を生成する。
見た目こそ立方弾とほとんど変わらないが、ミリアが飛燕弾を起動すると立方体が崩壊して無数の鳥型の弾丸へと変化した。
鳥型の弾丸は奔放な鳥の如く縦横無尽な軌道で三界魔人に襲い掛かる。
一方、三界魔人も黙って見ていた訳ではない。霊子力の武装の一つである霊子力バリアを展開して防御に回った。
弾丸の大部分は三界魔人の展開した霊子力バリアに防がれたが、一部の弾丸は後ろに回り込んで三界魔人に着弾し、その装甲を少しずつ削っていく。
「ルスヴァン流血刀術・凍血紅華!」
「『破壊鎚』!!」
三界魔人が防戦に動いたことを察したシエルとジュラキュールが二人同時に地を蹴って加速した。
ジュラキュールは血液を自在に操る吸血鬼の力を駆使し、三界魔人の足元を凍結させて地面に縫い付ける。
一方、シエルは「『破壊鎚』を思いっきり振るって三界魔人が展開した霊子力バリアを粉砕した。
「一気に仕掛けるっすよ! 内務省式ワーブウェポン・立方弾」
「劫火火葬砲!!」
「高速錬金術式!」
霊子力バリアが粉砕されたタイミングを狙い、ミリアが飛燕弾よりも威力の高い立方弾で集中砲火を仕掛け、ディージスは炎魔法で、蒼は【高速錬金術式】で生成した巨大な剣で装甲の破壊された三界魔人に攻撃を仕掛ける。
ミリアの放った立方弾によって装甲が剥がれ落ち、ネガティブノイズが素肌を晒したところに高火力の攻撃による集中砲火を浴びたことで三界魔人の体力は大きく削られた。
しかし、それでも三界魔人はまだ倒されていなかった。
限界ギリギリのところで耐えていた三界魔人は霊子力を収束、霊子力砲を放つ。
「……なるほど、チェックメイトまでの道筋が見えましたね。では、俺は霊子力砲の対処をしましょうか?」
ミリア達を纏めて吹き飛ばして余りある圧倒的なエネルギーを有していた霊子力砲は、しかし、ミリア達六人に到達する前に掻き消される。
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが固有魔法「操力の支配者」を発動し、霊子力に干渉――上手くエネルギーを四散させることでミリア達に直撃する前に消滅させたのだ。
「折角与えられたチャンス、無意味にする訳にはいかないわね!」
攻撃を無効化された三界魔人にたった一人迫る者がいた。
双剣の細剣を構えたコンスタンスは無防備を晒していた三界魔人に加速魔法と軽量魔法を駆使して一気に肉薄し、高速の刺突を放つ。
通常であれば、徒手拳兎に匹敵、或いは凌駕するほどの装甲を持つ三界魔人にコンスタンスの攻撃は通用しない。
だが、無縫ほどではないものの高いワーブル能力を有しているミリアが飛燕弾と立方弾で装甲を消し去っており、既にコンスタンスの攻撃を阻む盾は無くなっていた。
ディージスと蒼によって大きく削られ、弱って動きが鈍っていた三界魔人――そんな手負の相手にコンスタンスが遅れを取る筈もなく、嵐のような二刀による無数の刺突を浴びた三界魔人は崩れ落ち、眩い光を放って消滅した。
◆
それぞれの訓練の様子はこの後に無縫、レフィーナ、レイヴン、エスクードの幹部戦が行われるということもあって公平を期すためにどのチームも現時点では確認できないようになっている。
本来、訓練の進捗がチームごとに異なるためバラバラに終わる筈の訓練も、他のチームの訓練が終わるまでは待機室に戻されて待つように設定されており、全てのチームの訓練が終了した時点で現実に帰還することができるようになるという徹底ぶりだった。
全てのチームの訓練の様子を知ることができるのは、現時点では観客達だけである。
魔王軍幹部戦が終了した時点で希望者にそれぞれの訓練の映像を希望者に公開することを無縫は決めてその旨を参加者達にも伝えていたが、幹部戦終了までは無縫を含めて参加者全員自分達以外のチームがどのような結果を出したのかを当然ながら知らない訳で……。
現実世界――闘技場に戻った無縫達を待っていたのはなんとも言えない顔をした観客達だった。
「……なんでみんな揃ってあんな顔をしているのかな? 最後のボス戦もミリアさん、シエルさん、ジュラキュールさん、ディージスさん、コンスタンスさん、蒼さんが完璧な連携で仕留めたし、要救助者も全員助けた。俺の貢献度は低いけど、正直かなり満足いく結果だったと思うんだが」
「無縫、我らも完璧……までとはいかないものの素晴らしい訓練内容だった。シルフィア、フィーネリアとも早めに合流できたし、レフィーナとレイヴン――幹部巡り参加者の二人も未知なる敵相手に善戦していた。魔王軍即応騎士団と魔導近衛騎士団所属のお二人も要救助者の救助と戦闘をしっかりと両立していた筈じゃ!」
「比較的簡単なエリアを選んだとはいえ、まずまずの結果だったと思うよ。だから、他のチームに比べて簡単だったから見応えがなかったかもしれないけど……」
「仮想敵をロードガオンに設定して、ワーブリス兵の情報を事前に共有しておいたことが功を奏したわね。……まあ、ロードガオンの人間としてはなんとも言えない気持ちになったのだけど」
無縫達が満足いく結果を出したように、ヴィオレット達も納得いく結果を出せたと自負しているようだ。
レイヴンとレフィーナも訓練前よりほんの少しだけ自信に満ちた顔をしており、少なくとも観客達にこのような顔をさせるような試合はしていないことは明白である。
となれば、答えは一つ。無縫が、エスクード、オズワルド、ヴィクターに視線を向けると三人は他の四人とともに視線を逸らした。
「いや、勝てたは勝てたんだ。……ただ、なぁ。死者が出過ぎた。別に人間だから死んでいいとか、そういうこと思っていたんじゃないからか。最善は尽くした」
「……一体どんなルールにしたんですか? 対人間族魔国防衛部隊と魔王軍即応騎士団のトップ張っている三人が負けるとは思えないんですが」
「いや、どんなルールでも変わらないだろ? って思って『ランダム』ってボタンがあったら押したんだ。そしたら、自衛軍中央病院っていうところに飛ばされてな」
「……あっ、もう大丈夫です。察しがつきました。自衛軍中央病院は主に戦地で負傷した軍人が傷を癒す場所です。大規模侵攻直後を想定してかなりの負傷者がいますし、医者も看護師も軍の医官とはいえ限界があります。難易度は防衛医科大学校病院と並んで最上位ランク。あれはしっかりと他のマップで鍛えた精鋭で挑むことを想定していますからね。……そういう説明がマップの選択画面に書かれていた筈、なんですが」
「ランダムだから見なかった。……俺達の敗因はそれだな」
エスクード達も最善を尽くし、沢山の人々を救った。
だが、それでもエスクード達の手が行き届かないほどに守るべき人が多過ぎたのだ。
とはいえ、これは全てエスクードが面倒だからと「ランダム」を選んだ結果である。
身から出た錆という以外に表現はできない。