三頭騎士団合同訓練 その伍
ミリアとシエルが西京都大阪市北区にある内務省庁舎三号館を模した建物の二十三階でネガティブノイズとワーブリス兵相手に遭遇戦を繰り広げていた丁度その頃、魔導近衛騎士団所属の近衛騎士ディージスと魔王軍即応騎士団所属のジュラキュールは猛スピードで階段を駆け下りていた。
放送には七人の人間が逃げ遅れているという情報があった。
訓練の課題の一つがその人間達の救出であることは二人も把握していたが、それぞれ別々の階に転送されたディージスとジュラキュールは要救助者の探索を早々に放棄し、とにかく下の階層を目指すことにしたようだ。
決して二人が薄情だとか、救助対象が人間だからという理由で見捨てたいという気持ちに駆られたとか、そのような理由で階段を駆け降りる決断をした訳ではない。
放送では七人の救助対象がいるという情報は伝えられていたが、彼ら彼女らが具体的にどこにいるかまでは不明なままだ。
この状況下では闇雲に広い施設内を探しても救助対象を見つけるのは不可能に近い。そこで、まずは地上階を目指して他のメンバーと合流して状況を確認することを二人は最優先事項に設定したのである。
勿論、道中で救助対象を確認できた場合は助けに入るつもりでいたが、幸か不幸かここで救助対象との遭遇はない。
まあ、その代わりに襲撃者と思われる謎の兵器達とは幾度となく遭遇していたが……嬉しくない方の出会いに二人とも恵まれているようだ。
「ルスヴァン流血刀術・凍血紅華!」
「身体強化! 大盾打殴」
縄文時代の火焔式土器を宛ら王冠のように戴いた巨大な埴輪を彷彿とさせる兵器がエネルギーを収束させる。
異世界人である二人は知る由もなかったが、地底人は覇霊氣力を構成する二つのエネルギー、精神力や気力などの意志の力に由来する覇気と、魂のエネルギーである霊子力のうち、霊子力をエネルギー源とした技術体系を築いていた。
この巨大な埴輪型の兵器も霊子力をエネルギー源とした地底人達が使用するオーソドックスな兵器の一つであり、打ち出されるエネルギーも当然ながら霊子力である。
かなりの破壊力を秘めた攻撃だが、「当たらなければどうということはない」と言わんばかりにディージスとジュラキュールは二人揃って攻撃を躱した。
すれ違い様にジュラキュールは血液を収束させて創り出した血刀で霊子力兵器に斬撃を浴びせて血刀術によって霊子力兵器を凍結させ、動きを封じたところに身体強化をしたディージスが左手に構えていた大盾で霊子力兵器を殴り付けて埴輪型兵器を吹き飛ばした。
階段を転げ落ちるように吹き飛ばされた霊子力兵器は床に打ち付けられる。
盾で殴られたところは大きく凹み、メイン武装である霊子力砲の砲身もグニャグニャに歪んでしまった。
完全な破壊には至っていないものの、凍結されて動きを封じられ、武装も破壊された今の霊子力兵器では二人に攻撃を仕掛けることはできないだろう。
「劫火火葬砲」
ダメ押しとばかりにディーシスが火属性魔法で生み出した劫火球をぶつけて霊子力兵器を焼き尽くす。
完全に破壊したことを横目で確認しつつ、二人は更に下の階を目指して階段を駆け降りていく。
◆
ディージスとジュラキュールが十階に到達した頃、魔王軍即応騎士団のコンスタンスと魔導近衛騎士団近衛騎士の蒼の姿は四階の一室にあった。
「助太刀感謝致します」
指向性音響共振銃をひと撫でしてからホルスターに仕舞った男性職員が助太刀に入ったコンスタンスと蒼に改めてお礼の言葉をかけた。
「それに、内務省の仲間を助けてくださりありがとうございます」
「礼には及ばないわ。困っている人がいれば助ける、それが騎士道よ。……もっともそれだけの強さなら助けは不要だったのかもしれないわね」
「ほとんど倒し終えていたところでしたし、もう少し到着が早ければお役に立てていたと思いますわ。……遅くなって申し訳ございませんでしたわ」
「そんな、蒼さんとコンスタンスさんの助太刀があったこそ勝てたのですよ。実際、かなりの数の敵と戦って体力が限界に近づいていましたから」
圧倒的な数のネガティブノイズと霊子力兵器とワーブリス兵の連合軍を相手にしていた職員は極限状態で精神を大きく擦り減らしていた。
孤立無援で、大量の敵を相手にしていた男性職員にとって援軍の存在は希望の光に見えたのだろう。
「地下のシェルターまでは後八階です。申し訳ございませんが、そこまで三人の職員を護衛して頂けないでしょうか? 俺も微力ながら戦力になりますので」
「元々そのつもりですわ。地下まで送り届けて初めて任務完了なのですわ」
「丁度、こちらからお願いしたいところだったわ。地下シェルターまで共闘しましょう」
方針が固まって部屋を出ようとしたタイミングで廊下の右手から徒手拳兎が姿を見せた。
既に上の階でコンスタンスが遭遇したことのあるワーブリス兵だ。あまりの強さから一度は撤退の選択肢を選ばざるを得なかった蒼にとっては因縁深き相手に蒼の額から冷や汗がどっと噴き出る。
「……徒手拳兎、質の高いワーブルを持ち、ワーブルを武器として扱える戦士を捕らえるために作られた対ワーブウェポン使い捕獲用のワーブリス兵です」
「道理で強い訳ね」
「指向性音響共振銃もほとんど通用しません。逃げましょう!」
「そうね……でも、逃げるつもりはないわ。私って負けず嫌いなのよ!!」
「そうですわ! 敵に背を向けて逃げるなど言語道断!! 戦って敵を砕くか、朽ち果てるだけですわ!!」
ここでの正しい選択は逃げることなのだろう。
だが、コンスタンスと蒼のプライドは逃走という選択肢を放棄させた。
「高速錬金術式!」
コンスタンスと蒼――先に動いたのは蒼だった。
【高速錬金術式】を用いて常人では持ち上げることすら難しい巨大な剣を作り出し、鬼族の膂力で軽々と振るう。
コンスタンスは細剣の使い手で敵の急所を的確に狙う戦闘スタイルを取っている。
人間も一部例外を除いた魔族も基本的には細剣による刺突を弾き返すほどの装甲は持ち合わせておらず、心臓を狙って一突されれば容易く命を落とす。そのため、鎧や魔法で身を守る訳だが、鎧の隙間を狙ったり、武器を魔法で強化したりと様々な方法で防御を突破することが可能だ。
コンスタンスの戦法は対人戦においては理に適っている……が、硬い金属のような装甲で覆われたワーブリス兵と戦う場合は相性最悪と言わざるを得ない。
これが耐久力の低いワーブリス兵であればまだ勝機はあったかも知らないが、徒手拳兎の装甲は理不尽なほど強固だ。
その防御を細剣で貫通して徒手拳兎を撃破するのは限りなく不可能に近いだろう。
――だが、圧倒的な大質量による攻撃であればどうだろうか?
例え、どんなに硬い装甲を持っていたとしても重い面による一撃を浴びれば大きなダメージを負うのではないか?
そのような思惑もあって真っ先に飛び出して【高速錬金術式】を発動した蒼だったが、すぐに自分の想定が甘かったことを悟ることになる。
蒼の攻撃は確かに徒手拳兎にも通用した。
斬撃は徒手拳兎の装甲を貫き、攻撃を受けた左手は大きく抉られている。
だが、蒼の攻撃は徒手拳兎の腕半分のところで止まってしまっている。
徒手拳兎の腕を切り落とすほどの威力は無かったのだ。
剣は徒手拳兎に突き刺さって抜くことはできない。
渾身の一振りを放った蒼はここで今の攻撃が大きな隙を生み出してしまったことを悟った。
徒手拳兎の右手が猛烈な電撃を帯びる。
「――劫火滅却!!」
咄嗟に灼熱の炎を放つ火属性魔法を放った蒼だが、徒手拳兎は灼熱の炎の中でも躊躇なく拳を放った。
徒手拳兎の拳が蒼に命中する――死を覚悟した蒼だったが、寸でのところでコンスタンスが駆け寄って蒼を後方へと引っ張った。
素早く剣を手放し、コンスタンスの助力を得ながらバックステップで後方まで下がった蒼。
一方、徒手拳兎はコンスタンスと蒼に追い縋ることはなく後方へと下がり、腕に貯蔵されていたワーブルを流し込んで治療を開始した。
「与えたダメージが回復されてしまいますわ……」
「これは、今の私達では倒せないわね」
「お二人とも! 逃げましょう!! 階段はこちらです!!」
コンスタンスと蒼が徒手拳兎の注意を引き付けている間に階段の状況を確認して安全を確保してから三人を逃していた男性職員がコンスタンスと蒼に階段の方から声を掛ける。
既に二人の役目は終わっていた。二人で力を合わせても徒手拳兎の討伐は厳しいとなれば、ここは男性職員の言う通り逃げるしかない。
だが、本当に逃げても良いのだろうか? という疑問もある。
二人のプライドが許さないとか、最早そのような話ではない。徒手拳兎という脅威を野放しにしたまま逃走して本当に大丈夫なのかという話だ。
いくらシェルターが強固だとしても、徒手拳兎に突破されないと決まった訳ではない。
このまま二人が逃走すれば、徒手拳兎が追いかけてくる可能性がある。もし、二人がそのままシェルターに駆け込んだら追いかけてきた徒手拳兎がシェルターの防御を突破して他の避難者も巻き込んで大きな被害を出してしまうのではないか?
そんな最悪な予想が脳裏を過ぎったのだ。
「――いえ、やっぱり動けないわ」
「徒手拳兎が追いかけてくる可能性がありますわ! シェルターに避難している皆様を危機に晒しては意味がありませんわ!! ここは私達が食い止めてみせますわ!!」
勝てる見込みがない勝負に挑む――その意味を蒼もコンスタンスも理解していた。
訓練だから命を粗末にしていい訳ではない。そのような甘い考えは蒼にもコンスタンスにも無かった。
現実にこのような状況に直面したとしても、彼女達はきっと同じ選択をしただろう。
誇り高き魔族の戦士達の覚悟に、男性職員は何も言わずに敬礼し、その場を後にする。
「……さて、どうしようかしら? 私達の攻撃もほとんど通用しないみたいだし、戦いながら何か考えるしかないわね」
「本当に辛い訓練ですわ。……これがもし現実だったと思うとゾッとしますわね。まあ、でも、私はこの訓練を現実と同じと思って挑んでいますけど」
「こんなに危険な者達と戦っているのね。……無縫さんが強いのも納得だわ。こういう時に奇跡が起きて誰かが助けてくれる。物語みたいにそんな上手いこと奇跡が起こる訳がないから奇跡なのだけど、やっぱり期待してしまうわね」
コンスタンスがそんなことを呟いた直後だった。
ズドーンという轟音と共に天井が砕け散り、ガタガタと音を立てながら瓦礫が降ってきたのだ。
まるで巨大な刃が刺し貫いたかのように床を貫通したエネルギーは更に下の階を貫き、破壊していく。
意思のない筈の徒手拳兎ですら理解不能の破壊的な力に一瞬動きを止める中、猛烈な速度で上の階層からナニカが降ってきた。
◆ネタ解説・百三十四話
ルスヴァン流血刀術・凍血紅華
参考にしたのは内藤泰弘氏の漫画『血界戦線』の登場人物スティーブン・A・スターフェイズが使用するエスメラルダ式血凍道。血を利用した攻撃であることと対象を凍結させるという点が共通している。
また血を刀のように変形させるという戦闘スタイルは鳥居なごむ氏のライトノベル『境界の彼方』の栗山未来の能力から着想を得ている……と言いたいところだけど、血を武器にスタイルって結構色々なところにあるのでどこから持ってきたかは分からないんだよなぁ。
埴輪型兵器
健速氏のライトノベル『六畳間の侵略者!?』に登場する地底人の兵器から着想を得ている。
高速錬金術式
着想元は羊太郎氏のライトノベル『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』に登場するリィエル=レイフォードの錬金術である隠す爪。