三頭騎士団合同訓練 その壱
シェリダー区画を後にした無縫は【悪魔の橋】でリリスの修行に付き合ってから宿屋『鳩の止まり木亭』へと戻った。
そして翌日、無縫、レフィーナ、レイヴンの幹部巡り三人衆と観覧希望のヴィオレット、シルフィア、フィーネリアの六人は時空の門穴を経由してエーイーリー区画の関所の前へと転移した。
以前は大量の騎士達が無縫一行を出迎えたが、今回、関所の前で無縫達の到着を待っていたのはたった二人だ。
まあ、その二人の正体は対人間族魔国防衛部隊のオズワルドと魔王軍即応騎士団騎士団長のエスクード――今回の合同訓練を共催する組織の責任者達なので全く不足はないのだが。
「よっ、エーイーリー区画の初回訪問以来だな、無縫! まさか、こんなに早く幹部の半数を撃破するとは驚いだぜ。強さは勿論だが、それ以上に攻略速度が異常だ。お前はきっとクリフォート魔族王国の歴史に名を刻むことになると思うぜ! それと、レフィーナとレイヴンだったな? 俺の試練を受けるって聞いているぜ。今回はいつもの試練とは大分違う形になる。本来挑戦者には平等に同一の試練を与えるべきなんだが……まあ、許してくれ。今回は俺達にとっても実りある合同訓練になりそうだ! 無縫という超新星と共に訓練をすることで学べることは沢山ある。試練だからって気にせず、各々有意義な時間を過ごして実りあるものにしようぜ!」
「えぇ、お言葉に甘えて有意義に使わせてもらうわ」
「今回の合同訓練で、拙者は強くなるための切っ掛けを掴むつもりでござる! よろしくお願いするでござる!」
「おっ、おう! 切っ掛けを掴めることを祈っているぜ。まあ、ただ、学生でそんだけ戦えているだけで十分に凄いんだ。あんまり周りと比較し過ぎるなよ」
「そうそう、訓練が始まる前に一点お二人に伝えなければならないことがありまして。オズワルドさんには既に伝えていますが、最後の大迷宮に挑戦することはご存知ですよね」
「ああ、個人的に俺も参加したいし、対人間族魔国防衛部隊、魔王軍即応騎士団、魔導近衛騎士団から参加者を募っている。対人間族魔国防衛部隊からは副隊長殿と他一名有望な新人が、魔王軍即応騎士団は中堅二人と新人一人が、魔導近衛騎士団からは二人が参加することになっている。それがどうした?」
「大迷宮には普段共闘することのない所属どころか暮らしている世界も種族も違う者達が共闘します。流石に初対面のメンバーでそのまま大迷宮に潜るのは危険です。なので、参加メンバーの自己紹介の場を設けさせて頂きたいと思っています。急ですが日程は明日、既にアルシーヴさんを含む対人間族魔国防衛部隊、魔王軍即応騎士団、魔導近衛騎士団以外の参加者には連絡を入れ、学園側以外からは了承を頂いております。大迷宮の構造について簡単に説明したり、日程の擦り合わせなども行いたいので当日はできるだけ参加して頂きたいと考えています」
「まあ、いきなりメンバーが集まって参加して為人を知るのは大迷宮の攻略中にってのは現実的じゃないしなぁ、良い考えだと思うぜ。参加者達には俺の方から伝えておくよ!」
「よろしくお願いします、エスクードさん」
「おう! じゃあ、そろそろ行こうぜ! 訓練場でみんな待っているからな!!」
◆
エーイーリー区画の中心部には大きな闘技場を彷彿とさせる建物が建っていた。
その周辺には騎士宿舎などの軍関係施設が点在しており、街の中心部は魔王軍即応騎士団の拠点となっているようだ。
領主公館も街の中心に置かれており、街の中心部に軍や行政の施設、中心部を取り囲む外縁部に住民の居住区域や商業区域と棲み分けがなされている。
エスクードとオズワルドに案内されて無縫達が闘技場に辿り着くと、既にそこには大勢の魔族達が集まっていた。
人種の坩堝である魔族の軍隊らしく種族もバラバラな者達だが、見た目から三つのグループに分類されることが一目で分かる。
橙色の背景に城壁を模した紋章が描かれた襟章をつけた軍服や鎧を纏うのは対人間族魔国防衛部隊に所属する魔族達だ。彼らの前方には副隊長のヴィクター=ホーグの姿もある。
水色の背景に交差する剣を模した紋章が描かれた襟章をつけた軍服や鎧を纏うのは魔王軍即応騎士団だ。実際、エスクードの胸元にも彼らのものと同じ襟章が輝いている。
そして銀色の背景にドラゴンの横顔と盾を模した紋章が描かれた襟章をつけた軍服や鎧を纏うのは消去法から魔導近衛騎士団であることが分かる。
闘技場の中央部に特設された舞台に立つドラゴンの角を生やした鎧の騎士風の男の胸元にも同種の襟章が無数の勲章と共に輝いており、彼が魔導近衛騎士団騎士団長を務める魔王軍四天王――ゼグレインであることは初対面の無縫から見ても明らかだ。
「遅くなりました」
「いや、遅刻ではない。我々が先についていただけだ。では、皆揃ったところで共同訓練の開始を僭越ながら俺の方からさせてもらう! まずは魔王軍即応騎士団、対人間族魔国防衛部隊の共同訓練並びに庚澤無縫殿の幹部巡りの試練に無理を言って魔導近衛騎士団の参加を捩じ込んだこと、心より謝罪したい。突然のことで驚いただろう。魔王軍四天王という強権を振り翳して無理な要求を貫いたことは否定できない事実だ。しかし、俺はこの選択が間違っているとは思えない。破竹の勢いで幹部巡りを駆け抜けている庚澤無縫殿と共に訓練することで我々は大きな利益を得られると確信している。庚澤無縫殿以外に二名の参加者も参加すると聞いているが、君達にとっても今回の訓練は良き経験になるだろう。今回の訓練、是非有意義なものにしてもらいたい。それと、この挨拶が終わったら俺は一足先に魔王城に戻らせてもらう。本当はこの稀有な機会を活かしたいところではあるが、庚澤無縫殿やレフィーナ殿、レイヴン殿――幹部巡りを勝ち抜いている若者達とは真っさらな状態で戦いの舞台で相見えたい。君達が魔王城の決戦の舞台に上がってきてくれることを心より祈っているよ。それでは、エスクード殿、オズワルド殿、後は任せた!!」
そう言い残し、ゼグレインは闘技場を後にした。
「ってことで、ここからは俺とオズワルドが引き受ける! それじゃあ早速訓練開始だ!!」
◆
訓練は走り込みから始まり、剣や槍などそれぞれの得物を振るう素振り、魔術を的に向けて放つ訓練、そして模擬戦へと途中昼食を挟みながら段階を踏んでいった。
魔王軍即応騎士団、対人間族魔国防衛部隊、魔導近衛騎士団に所属する騎士達は流石は常日頃から訓練に打ち込んでいる者達というべきかほとんど息を切らさず疲れも見せずに淡々と訓練メニューをこなしていく。
一方、レフィーナとレイヴンはというと慣れない走り込みで既に大きく消耗しており、その後の訓練での動きは明らかに精彩を欠いていた。
ちなみに成り行きで訓練に参加したフィーネリアは真っ先に音を上げてワーブル体に換装し、最初は翅を高速で動かしてシルフィアは無縫から「翅使ってズルするんじゃなくてたまには走って運動するべきじゃないかな?」と半ば強制的に走りを強要されると僅か十秒で集団から置いてきぼりにされて周回遅れになった。
幹部巡りの二人やフィーネリアが疲労の色を見せる中、平然と涼しい顔で先頭集団を走っていたのは無縫とヴィオレットの二人だった。
「あの……ちょっと遅いんで少しペース上げていいですか?」
「確かにもう少し早くても良さそうじゃな?」
「俺はまだ全然余力があるから問題ないけど、後十五周あるぞ? そんな飛ばして大丈夫か?」
開始から十五周、ようやく半分といったところで無縫からスピードアップを提案されたエスクードが心配そうに見つめる。
走り込みの訓練にはペースを落とさず走り切るというルールがある。ペースを上げればそれだけ維持するのが厳しくなる。わざわざ難易度を上げなくてもいいんじゃないかと思ったエスクードとオズワルドだったが、無縫とヴィオレットには無用の心配だった。
了承が取れた瞬間に二人はゆっくりとスピードを上げ始まる。途中まで無縫達についていこうとした参加者達だったが、少しずつペースアップについていけなくなった騎士達が脱落し始め、集団が縦に引き伸ばされていく。
ペースを維持しながらもついていけない者達が脱落し始め、集団は先頭集団を含むいくつかの集団に分散――無縫についていけるのはヴィオレット、エスクード、オズワルド、ヴィクターくらいになっていた。
「よし、ラスト一周! ヴィオレット、更にスピード上げるぞ!!」
「うむ、これ以上となるとアレか?」
「はっ、おい……はぁはぁ、これ以上スピードを上げるって正気なの……か?」
「ヴィ……クター、大丈、夫、か?」
「も、もう、流石に……限界……」
「無縫君達が加速する気満々だよ! 流石にこのまま周回遅れで終わりたくないし、魔法少女の力使わせてもらうね!!」
シルフィアが魔法少女シルフィー=エアリアルに変身した瞬間、無縫、ヴィオレット、魔法少女シルフィー=エアリアルが異口同音に短く言葉を発する。
「「「瞬閃走ッ!」」」
一秒間に地面を十回、二十回、三十回……理解し難い、肉眼で捉えきれない人外の動きで地面を蹴って無縫、ヴィオレット、魔法少女シルフィー=エアリアルが一気に加速する。
「「「「「「「「…………はっ???」」」」」」」」
エスクード達を置いてきぼりにして無縫とヴィオレットはこれまでの最高速度でも一周五分は掛かるコースを僅か二十秒で踏破してみせた。周回遅れの魔法少女シルフィー=エアリアルも僅か八十秒でエスクード達先頭集団を追い抜いてゴールする。
と、最初の走り込み訓練の時点で既に色々とおかしい事態に直面していたが、その後の訓練も主に無縫、ヴィオレット、シルフィア、後はたまにフィーネリアのおかげで滅茶苦茶になっていた。
普段通りの訓練であれば幹部巡り候補生に遅れを取らない筈の騎士達も常識を幾度となく破壊された影響かかなり疲れているようだ。
幸い、対人間族魔国防衛部隊の面々は無縫達の常識ハズレっぷりを見慣れているからかまだダメージは少ないようだった。
それでも参加者の大半がかなりの精神的、肉体的疲労を負っており、エーイーリー区画の試練は前代未聞の状況に陥っていた。
……が、彼はまだ知らなかった。これがまだ序章に過ぎないと。
魔王軍即応騎士団、対人間族魔国防衛部隊、魔導近衛騎士団の騎士達と幹部巡りの二人を巻き込み、事態は思わぬ事態――悪夢の如き惨事へと突き進んでいくことになる。