ヴィオレットとシルフィアはニートでも労働に対してあらゆる手段でストライキをする活動家でもなくただ徒にギャンブルで負け越して財産を垂れ流すLOSERだと思うんだけどなぁ……。
無縫に続いてマラコーダに挑戦したのはレフィーナだった。
魔法少女エルフィン=ブラダマンテに変身し、固有魔法である『騎士魔法』やレフィーナが得意とする火、水、風属性の魔法を駆使してマラコーダを終始圧倒し、無縫より少し時間は掛かったものの危なげない勝利を収めている。
一方、レイヴンはマラコーダ相手に苦戦を強いられた。
得意の忍術魔法で変幻自在の撹乱戦を仕掛けるもほとんどの攻撃はマラコーダに見切られ、なかなかダメージが通らない。なんとか長期戦の末にマラコーダを撃破したものの、自分の限界値が少しずつ見えてきてしまっている。
勿論、レイヴンは優秀な部類だ。学生の幹部巡りは基本的に五番目の試練で脱落する。マラコーダは七番目の魔王軍幹部であり、彼に勝利できたということは学生の中でもかなり上澄みの実力を持っているということになるのだ。
ルキフグス=ロフォカレ学園に戻れば、確実に一目置かれる存在になるだろう。
だが、そんなものは何の慰めにもならないのだ。無縫とレフィーナ、自身と比較してしまう対象が近くにいることは、レイヴンにとってある意味不幸だったのかもしれない。
一方、レフィーナもただ勝利に浮かれていた訳ではない。寧ろ、レイヴンを気に掛ける気持ちが強かった。
本来のレフィーナの実力はレイヴンとほとんど差がないのだ。マラコーダ相手にも勝利できているのは魔法少女のハイスペックな能力を獲得して強化されたからであり、この強化イベントがなければレフィーナもレイヴンと同じ立場だったかもしれない。
故にレフィーナは願った。どうか、レイヴンが自分と同じように幸運な出来事に巡り会えますように……と。
◆
マラコーダとの勝負が全て終わったところで無縫達は中庭を臨むテラスへと案内された。
幹部巡りの旅人の奮闘を労う意味を込めてお茶会に招待する。それが、マラコーダ流のおもてなしのようである。
テラスには既にもてなしを受けているヴィオレットとシルフィア、フィーネリアのカップを確認し、使用人に飲み物の追加を頼むと共に無縫達にも席を用意するように伝えた……が、無縫は「紅茶はお気持ちだけ頂きます」と断り、持ち歩いている水筒に入っていた珈琲をマイカップに注ぐ。
礼儀よりも自分の飲みたいものを優先する相変わらずの無縫に呆れるフィーネリアだった。
「ところで、ツァーカブの薔薇は気に入ってもらえたかな?」
「とても美しいと思うわ」
「この地は薔薇を育てるのに適した土地でね。この地に赴任してから私もすっかり薔薇の魅力の虜になってしまったんだ。薔薇の生花や薔薇の意匠を施したカラトリーなども販売しているのだけど、もっとこの地を盛り立てたいと思っていてね。新しい特産品があればいいなと思っているんだ。実は幹部巡りの方々をお茶会に招いた時にも意見を聞いていてね。細やかなものでも大丈夫だから、何か思いつく者があれば教えてもらいたいな」
「薔薇を生かした特産品……なかなか難しいわね。エルフ族には食べられる花を料理に使うという文化があるわ。でも、魔族全体で見るとあまり馴染みのない文化よね」
「エディブルフラワーと呼ばれるものですね」
「あら、無縫さんの世界にもあるのね」
「高級な料理店なんかに行くとたまに見かけたりしますが、あんまり一般的ではないかもしれませんね」
「……薔薇を使った特産品……難しいでござるな」
「そういえば、百貨店で無縫のクレジットカードを使って買い物をしていた時に珍しいジャムを見つけたことがあったな。薔薇の花びらを使ったジャムだったか」
「あー、そういえばそんな商品もあったね! 花弁が薄くて香りが強いものを選んで作っているって解説していたっけ」
「……ナチュラルに犯罪を告白してきたわね」
親しき仲とはいえ、完全にヴィオレットとシルフィアの行いは犯罪である。完全に一線を超えるような行いをして悪びれない二人にフィーネリアがジト目を向ける。
「ほう、エディブルフラワーと薔薇の花びらを使ったジャムか。面白いアイディアだね。是非参考にさせてもらうよ」
「そうですね……後は蜂蜜という選択肢もあるんじゃないでしょうか? 所謂、薔薇の花の単花蜜と呼ばれるものですね。一般的な蜂蜜は様々な花の蜜から作られますが、ツァーカブ区画の花はほとんど薔薇ですから簡単に単花蜜を作ることができそうです」
「ローズウォーターやローズオイルは美容効果があるから女性客にウケが良さそうね。かくいう私も愛用しているわ」
「そーなんですね」
「……ヴィオレットさん、シルフィアさんみたいな美少女や絶対の美貌が確約されている魔法少女には不必要かもしれないけど、美しくなるためには努力が欠かせないのよ!」
「確かに化粧とかしたことがないしな!」
「シルフィアちゃんはそのままで十分美人さんなので関係ないのです!!」
「まあ、魔法少女の姿でも公の場に出る時は多少なり身だしなみのために化粧はするけどスキンケアとかしないなぁ。……ってかもしかして俺ってヴィオレットとシルフィアより女子力高い?」
「女子力というか、オカン力じゃな」
「どこかのニート共がやらないし、元々実質一人暮らしだったから自然と家事技術が上達したんだよな」
「活動家です……あっ、一度言ってみたかっただけじゃ」
「活動家じゃなくて、敗北者だろ?」
「それ、同じ卓でも全く違う動画のネタだよね?」
「……人の金盗んだ挙句、返済できないんだから敗北者以外の何者でもないだろ?」
「……はい、弁解の余地もございません」
人として終わっているヴィオレットとシルフィアに苦笑いを浮かべるしかないマラコーダはこれ以上この話題で話を続けるのは危険と判断したのだろう。
「ありがとう。とても参考になったよ」と微笑を浮かべて話を打ち切った。英断である。
◆
ツァーカブ区画の魔王軍幹部戦に勝利した無縫達は宿屋『鳩の止まり木亭』に戻ってきた。
明日はエーイーリー区画で対人間族魔国防衛部隊と魔王軍即応騎士団の合同訓練が行われる。
エーイーリー区画の魔王軍幹部戦は魔王軍から二番目に挑戦することを推奨している難易度でマラコーダに勝利を収めているレフィーナとレイヴンであれば容易く勝利を収められそうだが、連日の魔王軍幹部戦の疲れを取るために二人は早めに就寝して英気を養うことになった。
一方、ヴィオレットとシルフィアはというと、宿の一室に動画編集用の機材を運び込んで動画編集作業を進めていた。
無縫が異世界召喚され、その隙に乗じて天空カジノで遊び呆けていた二人だが、流石に幹部巡りも後半に差し掛かってくると残り時間が少ないことに恐怖を覚え始めたのだろう。
幸い、しばらく休止する旨を動画を投稿して伝えていたのでチャンネル登録者数に大きな変動が起きていないものの、あまり時間が経ち過ぎるとチャンネルそのものが忘れ去られる可能性も出てくる。そうなれば困るのはギャンブルの軍資金が得られなくなる自分達な訳で、普段は真面目の対極に存在するヴィオレットとシルフィアも死に物狂いで動画編集を進めていた。
無縫から二人を見張るように言われたフィーネリアは珍しく真面目に物事に取り組んでいる二人を「真面目に頑張ることもできるのね」とほんの少し感心したという顔で見守っている。
一方、フィーネリアについてきたスノウは見たことのない機材に目の数々を輝かせ、二人の邪魔にならない程度に質問をしたり、見学をしたりして楽しんでいた。
一方、無縫はというと宿屋『鳩の止まり木亭』にレフィーナ達を送り届けるとフィーネリアに一言二言伝えてから宿を出て単独行動をしていた。
向かった場所はシェリダー区画、まずはシェリダー大書架に向かったものの目的の人物は残念ながら不在だった。続いてルキフグス=ロフォカレ学園へと向かい、守衛室に要件を伝えると応接室へと案内される。
応接室でお茶菓子を供され、珈琲を飲みつつ待つこと五分――目的の人物が応接室に姿を見せた。
「待たせてすまなかった。大迷宮の件だね」
「こちらの挑戦メンバーが粗方決まったようなので、メンバーの選定の状況を確認したくて参りました」
「実は私も宿に手紙を送ろうと思って認めていたところだったのだ」
「それは良いタイミングでした。メンバー選定は無事に済んだということですね」
「魔王軍や学園の教員、生徒を中心に希望を募ったところ、魔王軍からは私とエスクード殿の二名と対人間族魔国防衛部隊、魔王軍即応騎士団、魔王軍四天王ゼグレイン殿が率いる魔導近衛騎士団からそれぞれ数名が、学園からは教員二名と生徒が二名参加することとなった。……そういえば明日、対人間族魔国防衛部隊と魔王軍即応騎士団の合同訓練が行われるそうだね。どこからか話を聞きつけた魔導近衛騎士団が良い経験になりそうだからと参加を打診したそうだが、その様子だと無縫殿には連絡が入ってないようだな」
「えぇ、初耳です」
「ゼグレイン殿も明日顔を出すと言っていた。……まあ、あの方の性格からして長居するとは思えないが。君が極力情報を入れず、勝負の瞬間を楽しみにしているように、ゼグレイン殿も情報を集めず、『頂点への挑戦』の本戦を楽しみにしているのだろう。いや、それは他の幹部にも言えることだね。協力戦い方に関する情報は仕入れずに不公平にならないように心掛けている。情報の差で特定の挑戦者に不利益を出してはならないからね。それに、みんな挑戦者との戦いを楽しみにしているんだ」
「まあ、なんとなく察していましたが情報は共有されていなかったのですね。一応、ここまで魔王軍幹部それぞれに多少被りはあるものの別々の戦法を取ってきたのであんまり情報が役に立つ訳でもありませんでしたが……」
「技の種類が豊富な君にとっては関係のない話だったか」
「話を戻させて頂きますね。大迷宮はそれなりに過酷な環境です。寄せ集めのメンバーでいきなり挑戦というのも不安があると思いますので、メンバーが決まっているようでしたら大迷宮挑戦前に細やかな会合を開かせて頂きたいと思っています」
「それは、素晴らしい提案だ。互いに背中を預けて戦うのだから互いを知っておくということは必要なことだと私も思うよ」
「俺が連絡を取れる他のメンバーにはこちらから通達を入れておきます。既に迷宮挑戦経験のあるメンバーがほとんどである程度日にちが掛かることは承知しているので、連絡を入れれば基本的に参加して頂けると思います。後はクリフォート魔族王国側の参加者の予定次第ですが、一応エーイーリー区画での試練が無事に終わることを想定して明後日、対人間族魔国防衛部隊と魔王軍即応騎士団の合同訓練……いえ、三頭騎士団合同訓練と呼ぶべきものの翌日に行おうかと考えています」
「では、その旨を学園関係者には私の方から伝えておこう。三頭騎士団合同訓練の参加者達には申し訳ないが無縫殿の方から伝えてもらいたい。ちなみに、会合はどこで行うか決めているのか?」
「【悪魔の橋】の会議室をお貸し頂けることになりました。当日は空間魔法でお迎えに上がりますね」
「では、その旨も伝えておくとしよう」
◆ネタ解説・百二十九話
活動家です
クトゥルフ神話TRPGリプレイ投稿者のTタリオン氏の動画に登場するクラウド・ストライキのこと。
詳細は口で説明するよりも見たほうがいいと思うので、「元カレ入りスープ」や「絶望の孤島」をご視聴ください。
敗北者
クトゥルフ神話TRPGリプレイ投稿者のTタリオン氏の動画「全員米津玄師 +α のクトゥルフ神話TRPG!」にて、参加者の中で最下位になったキャラクターに与えられる称号。この称号を与えられた場合は米津玄師クトゥルフへの参加権を永遠に失うらしい。
所謂会話禁止縛りで、参加者は米津玄師の曲の中から一曲を選び、そのブレーズを使ってセッションを行うというルールのようだ。……よく成立するよな。




