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無縫が無能のレッテルを貼られたので、異世界について調べてみたら。……狙って韻を踏んでいるんじゃないよ? ……ないよ。

 召喚された面々のステータスを一通り確認し終えた後、ルーグラン王国の宝物庫に保管されていたアーティファクトの武装が配られた。

 美雪は先代の聖女が使っていたという『遍く照らす光スタッフ・オブ・ルーチェ』と呼ばれる杖と『星辰の外套(コート・オブ・ステラ)』と呼ばれる星のような輝きを放つコート、『大聖女の聖衣(ホーリー・ワンピース)』と呼ばれる美しいワンピース風の装備を、花凛は『黒漆の天目刀(ブラック・ナイトメア)』と呼ばれる黒い刀身の刀を受け取っており、他の面々もそれぞれの天職にあった装備を受け取っていたのだが、ここで装備を受け取らなかった人物が二人いる。


 一人は無縫だ。天職が非戦闘系天職かつ固有系天職ということで現時点で戦力になるかどうかも定かではない無縫は自分にアーティファクトは勿体無いと辞退したのである。これには不良達もニッコリ、気を大きくした小悪党(なんちゃって不良共)の更に面倒臭さが増していた。

 まあ、実際のところは生粋の勝負師(ギャンブラー)である無縫を唸らせるだけのギャンブル系アーティファクトが無かったから何も選ばなかっただけなのだが。その事実を知るのは本人を除けば『男装の麗人』や『王子様』、『似非英国紳士気取り』などと呼称される波菜のみである。


 では、もう一人は誰か。それは意外なことに春翔であった。

 現代の技術では再現不能な事実上一点ものばかりのアーティファクトとはいえ、ルーグラン王国の宝物庫には各地から集められた様々な伝説級の武器が保管されている。しかし、勇者の力を最も引き出すことができる武装はルーグラン王国の宝物庫にはない。


 古の時代、魔族と戦ったという伝説の勇者が装備していた『伝説の聖剣ホーリーディザスターカリバー』、『伝説の聖盾(カテドラル・シールド)』、『伝説の聖兜(ディヴァイン・ヘルム)』、『伝説の聖鎧セレスティアル・メイル』は勇者の死後に四箇所の迷宮へと封印された。

 現在は未踏の地になっているその四箇所の迷宮で勇者の武装を備えない限りは魔族達に太刀打ちできないと白花神聖教会とルーグラン王国上層部は考えており、勇者一行の最初の目的地も当然ながら勇者の武装が封印されているいずれかの迷宮ということになる。


 それまでの春翔の武装は通常の騎士剣ということになる。とはいえ、アーティファクトですらない武装ですら勇者が使えば厄介な武器と化す訳だが……。


 流石に初日の訓練からハードなものを要求することはなく、ガルフォールが簡単な武器の扱い方と魔法の発動の仕方を説明し、ほんの少しだけ自主訓練の時間が設けられただけでその日の訓練は終了となった。

 ちなみに、ジェッソでの魔法の発動方法は予め作っておいた魔法陣に詠唱の形で魔力を込めて魔法を発動するという割とまどろっこしい形である。筆写師と呼ばれる天職持ちが生み出す特殊な紙に同じく筆写師と呼ばれる天職持ちが生み出す特別なインクを使って書き込む使い捨てのものと、錬成師も呼ばれる天職持ちが特別な鉱石に刻む永久的に使用が可能なものの二つがあるようだ。


 無縫は前者を陰陽師が扱う霊符に近いもの、後者を異世界の武器屋などで売られている属性が付与された鉱石を取り付け、宝石を媒介に媒介に特定の魔法を発動できるようにしている武器に近いものと理解した。

 ちなみに、この世界では自然界から取り込んだ体内の魔力を直接操作する術も、自然界の魔力に体内の魔力を駆使して干渉して大魔法を発動する術もないようで、このような複雑怪奇な方法を取っているらしい。魔力を直接操作する方法の方が馴染み深い無縫や波菜にとっては、「なんでわざわざこんな複雑なことをするんだろうか?」と言いたくなるようなレベルである。


 魔法の発動に必要な魔法陣には、属性・射程・威力・範囲・体内からの魔力吸収を盛り込むことが必須で、ここに誘導性や持続時間などなど様々な要素を加えることとなる。

 ただし、その属性の適性を持っていればそういった要素を魔法発動者のイメージで補填することが可能になり、魔法陣そのものを小さくすることが可能となる。


 ちなみに、無縫は怪しまれると面倒臭いという理由から舐めプをする気満々で、既にジェッソ以外のステータスを【ステータス封印】を用いて封印してしまっている。

 このスキルもまた凶悪で、触れた相手に限定されるもののステータスに書き込まれたスキルを丸ごと使用不可能にしてしまえるというかなりのバランスブレーカーな内容になっている。まあ、これでも無縫の理不尽な能力の中ではまだマシの部類だが。


 そのため、魔法陣は初級魔法の【火球(ファイアボール)】ですら最低でも直径五メートルの魔法陣が必要というお世辞にも実践で使えるような代物ではなかった。


 ということで、無縫は表向き魔法を使う道をすっぱりと諦め、剣術とスキルを鍛えることになった。まあ、前者は得意分野ではないとはいえ既に達人の域に達しているため必要はなく、時間のほとんどは珈琲師のスキルの調査に充てられることになった訳だが……。



 異世界召喚からかれこれ一週間が経過している。

 無縫はその間、ほとんどの時間をスキルの調査に充て、訓練では剣の素人のフリしていたため、すっかりクラスメイト達からは無能のレッテルを貼られてしまった。


 ちなみに、訓練以外の時間はスキルの研究のためだとガルフォールに力説し、上層部に掛け合ってもらって手に入れた小さな畑と、すっかりと自分用に改造してしまった滞在用の部屋、図書館の行き来だけで、最初は参加していた食事の席も気まずいからというもっともらしい理由をつけて欠席している。


 そんな無縫はこの日も滞在用の部屋でイヤホンを装着し、お気に入りのジャズを聴きながら図書館で借りてきた本をペラペラと捲りつつカップに入ったコーヒーを嗜んでいた。

 ちなみに、本の題名は『世界地理と魔物の分布』――その名の通り、各国の詳細と魔物の分布が書かれた本であり、無縫が死亡偽装を行った後の活動の指針となり得る重要な情報の宝庫である。決してサボっている訳ではない。


「……ほうほう? 人間と魔族は別の神を崇めているみたいだな。といっても、どこまで信仰が根強いかは不明。寧ろ、白花神聖教会の最大の敵は人間側にあると言った方が良さそうだ」


 白花神聖教会と共に人間側の信仰を二分する東方白花正統教会――マールファス連邦という巨大連合国家に拠点を置くこの宗教は白花神聖教会と同じく唯一神である女神エーデルワイスを崇めている。

 だが、その考えの違いや利権云々が絡み合い、東方白花正統教会は白花神聖教会と袂を分ち、そして現代に至るという状況である。キリスト教で言うところのカトリック教会とプロテスタント……というよりは、カトリック教会もロシア正教会に近い関係と言えるかもしれない。


「魔力のない亜人種族みたいな種族が存在せず、魔族と統合されているから図式はかなり単純だな。ただ、その分、人間の国々が面倒な感じだな。東方白花正統教会を有するマールファス連邦に、魔族との戦争中にとある傭兵団が興した比較的新興の国で現在は武力での覇権を狙っている軍事国家のラーシュガルド帝国。ここにルーグラン王国を加えた国が三つ巴の形になっている、これが基本の構図ということになる。で、この三国の中央にはどこにも属さない商人の国――中央行商独立都市のエリシュガがあるって感じか。伝説の武具は大陸北側の四箇所の迷宮に封印されているものの、そのうち二つの場所は不明。一つはルーグラン王国の更に西方、ワイシャル砂漠の中にあるオアシスの国クランチルス公国、もう一つはルーグラン王国にほど近い場所にあるルインズ大迷宮。……他の迷宮がありそうなのは、ラーシュガルド帝国の辺境にあるロズワード大火山とか、マールファス連邦を南北に貫くクラック峡谷とか、まあ、他にも可能性がありそう場所はあるものの……俺には特に関係ないし、どうでもいいか」


 無縫にも伝説の武具は扱えるが、そんなもの無くても過去に赴いた異世界で聖武具の十や二十は手に入れている。中には神殺しの神剣などという聖剣も霞むような武器まであったが、無縫の望む戦闘スタイルとは噛み合わない。


「それよりも、やはり無法都市――元ブロッサス王国の廃都ダルニカだ! 治安は崩壊して、今は非合法組織が共同で運営しているみたいだけど、表向きは花街にカジノと華やかな街として知られている。いいねぇ、カジノ! 最高だよ、ギャンブル! そうでなくちゃ! そのまま遊ぶのも良し、難癖をつけつつ武力をちらつかせる連中を半殺しにして組織壊滅ゲームを楽しむも良し! まあ、お行儀の良くギャンブルをこよなく愛する紳士的な連中であれば最高だが。全うであるべきである宗教家や王族でさえ、対価を払わずに利益を得ようとするような不誠実極まりない連中だ。この世界の人間の民度など推して知るべし。まあ、多少の鬱憤晴らしにはなってくれるだろう。……後は純粋に金が欲しい」


 カジノでの楽しい楽しい賭け事と死闘を想像して仄暗い笑みを浮かべる無縫。

 廃都ダルニカの未来が決定してしまった瞬間である。


「――無縫君! 無縫君!! 良かったら一緒に訓練に行こうよ! あれれ? 無縫君の声が聞こえた筈だけど、いないのかな? そんなことないよね? ねぇ、無縫君?」


 若干どころかほとんどストーカーと化した美雪が扉越しに声を掛けてきたが、無縫はほんの少しイヤホンの音量を上げて華麗にスルー。

 それでも諦めきれない美雪は何度も声を掛けたが、結局、無縫への迷惑を考えた花凛が無理矢理美雪を力尽く引っ張って無縫の部屋から引き剥がした。


「やはり、ジャズミュージックとコーヒーの組み合わせに勝るものはないね」


 部屋の外から発せられる美雪の声という名のノイズが無くなったのを察した無縫はイヤホンの音量を下げ、心の底から楽しそうな顔で本日十五杯目となるコーヒーを飲み干した。

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