ツァーカブ区画担当魔王軍幹部マラコーダvs二挺拳銃使い・庚澤無縫〜幹部巡り五戦目〜
ツァーカブ区画の領主公館兼領主邸――薔薇迷路から少し離れた場所に用意されたバトルフィールドにて。
無縫は『夢幻の半球』を展開し、戦闘準備を整えていた。
その手に握られているのは銀色に輝く二挺の拳銃だ。
今まで刀や聖剣と魔剣、魔法少女の力とギャンブルアイテムのみを武器とした戦いばかりを見てきたレフィーナとレイヴンも全く見覚えのない近代兵器に興味津々だ。
「二挺拳銃『銀彗大拳』。通常の弾丸から魔法を込めた弾丸、圧縮した覇霊氣力、果ては魔法そのものまでなんでも打ち出せる二挺拳銃だ。どちらかというと剣の方が手に馴染むけど、だからといって別に刀や剣だけしか扱えないって訳じゃない」
「見たことのない武装のようだ。……説明を聞く限り遠距離に攻撃を放つタイプの武器といったところだろうか? いやはや、長きにわたって魔王軍の幹部を務めてきたが、異世界の武器を使う挑戦者と戦うことになるとは思っても見なかったよ。――では、私も本気でお相手しよう。魔王軍からそう指示を受けているからね」
ドリアーヌが右手を振り下ろし、「戦闘開始!」と宣言した瞬間、大きく蝙蝠を彷彿とさせる翼を広げた。
バサっという音を置き去りにするように翼で大気を打ち付け、その反動を利用して一気に加速したマラコーダは一瞬にして無縫の眼前まで肉薄する。
「禍いの尾」
マラコーダの背後から黒々とした尻尾が生じた。尻尾は膨大な禍々しい赤く輝く魔力を纏うと無縫へと鞭のように迫る。
しかし、尻尾が無縫の腹部に当たる直前――間一髪のところで後方に飛んで尻尾攻撃を回避し、お返しとばかりに自分の居た地点に向かって何かを放り投げた。
放り投げられた黒々と輝く紡錘形のナニカを見た瞬間、マラコーダは嫌な予感がした……が、高速で横薙ぎをするように打ち付けた尻尾を止めることはできない。
尻尾は紡錘形のナニカを真っ二つに両断する軌道で紡錘形のナニカに迫り、紡錘形のナニカに尻尾が触れた瞬間に眩い光を放った。
あまりの眩しさにマラコーダの視界がホワイトアウトする。
そして、視覚を奪われたマラコーダに追い打ちをかけるように二発の弾丸が相次いでマラコーダの翼へと放たれた。
「小爆弾」
二つの弾丸はマラコーダの両翼に相次いで命中する。
普通に弾丸が貫通しただけでも翼が機能しなくなる可能性はあったが、万が一弾丸が貫通した状態でも飛行能力を失わない場合に備えてご丁寧に小さな爆発を生じさせる火属性の魔法を仕組んでいた。
無縫の目論見通り、マラコーダの翼は爆発によってボロボロとなる。
大きく穴が空き、辛うじて形を保っていふ部位もボロボロになっている今のマラコーダの翼では翼による飛行は不可能だろう。
「薔薇の蔓打」
視覚を奪われ、聴覚や嗅覚に頼らざるを得なくなったマラコーダだが、どちらの五感も決して優れている訳ではない。
気配を探知する特殊な技能を有しているということもなく、基本的に資格に頼って戦闘をこなしてきた。
取得する情報の約八割を占める視覚情報を奪われたマラコーダには無縫の位置を絞り込むことはできない。
故に、マラコーダはあっさりと無縫の位置を絞り込むことを諦めた。
マラコーダが魔力を練り、発動したのは全方位無差別攻撃魔法という脳筋と呼ばれても致し方ないような全体攻撃魔法だった。
敵の場所が分からないなら全ての場所を攻撃すれば良いと言わんばかりにマラコーダを中心に全方位に無数の荊棘の蔓を生成し、無作為に打ち据えることでマラコーダの周囲一帯に攻撃を仕掛ける。
攻撃範囲も密度も濃く、マラコーダの周囲一帯に近づくのであれば負傷は覚悟しなければならないだろう。
更にマラコーダは感覚を研ぎ澄まして周囲の気配を探るように務めた。【気配察知】などの便利なスキルを保有していないが、荊棘がナニカを打ち据えれた時に生じる音の方向くらいは特定できる。
眩い光で塗り潰された視力が戻ってくる気配がない今、頼れるのは嗅覚と聴覚のみ。その中でも特に聴覚に神経を集中し、敵の居場所が特定できた瞬間に高火力の魔法攻撃――「薔華獄焔」を放つ準備を整えた。
一方、無縫はというとマラコーダが広範囲無差別攻撃に移行した瞬間からマラコーダの思惑を察していた。
敵の攻撃から生じる風圧に身を任せることで相手の攻撃を確実に躱す『紙舞一重』を駆使して荊棘攻撃を躱しつつ、『銀彗大拳』にサプレッサーを取り付け、更に消音魔法を拳銃に掛けた上で次々と弾丸を放っていく。
覇霊氣力と魔力を込めることで威力を増した弾丸は荊棘を容易く貫く。
弾丸が荊棘を貫くと小さな音が生じる。移動する際にほとんど音を立てず、弾丸の発射音も生じない。
マラコーダの耳に届くのは僅かな風の音と、弾丸が複数の荊棘を射抜く音だ。これが一方向から生じる音であればその方向目掛けて「薔華獄焔」を叩き込めばいいだけだが、音は全方位から聞こえてきてとても無縫の位置を特定できるような状況ではない。
実質的に目と耳を封じられたマラコーダにできることは「薔薇の蔓打」を維持して無縫に命中することを願うことだ。
しかし、その願いが叶うことはない。既に無縫は「薔薇の蔓打」の軌道や癖を読み取り、完全に「薔薇の蔓打」を見切ってしまっていたのだ。
否、仮に見切っていなかったとしてもどちらにしろマラコーダが無縫に攻撃を当てることは不可能だっただろう。
必然性のある攻撃であれば、避ける余地が一切存在しない攻撃であれば無縫を倒すことができたかもしれない。
しかし、無差別攻撃とはいえ攻撃が当たらない空間が僅かでも存在している限り、攻撃が当たらない可能性がどうしても存在してしまうのである。
そして、僅かでも攻撃が当たらない可能性が存在するということは運が介在する余地があるということである。
つまり、理不尽な幸運に守られている無縫に攻撃が当たる可能性など万に一つもある筈が無く――。
しばらくすると荊棘へと向けられていた銃口がマラコーダ自身へも向けられるようになる。
戦場を駆け巡り、位置を悟られないように気を配りながら荊棘とマラコーダを交互に狙い撃つように弾丸を放つ。
足、腕、脇腹――最初は掠る程度だった弾丸は次第に全身の肉を少しずつ抉り始め、マラコーダの気力と体力を痛みを伴って奪っていく。
遂にマラコーダが膝をついた。激しく吐血しながらも立ち上がろうとするが、第二第三の弾丸がマラコーダに命中して激痛を引き起こす。
レフィーナの目にもレイヴンの目にも既に勝敗は決しているように見えた。あの閃光手榴弾が無防備を晒していたマラコーダの目を、視界を塗り潰した瞬間に勝敗は決したのだろう。
しかし、マラコーダはまだ諦めてはいないようだ。
マラコーダは既に発動寸前の状態にしていた「薔華獄焔」を発動する。
自分を中心に、辺り一帯を――戦場を焼き尽くす灼熱の炎を解き放つ魔法を。
既にマラコーダから勝利の可能性は失われた。だが、決して負けた訳ではないのだ。まだ、引き分けという唯一の可能性が残されている。
灼熱の炎はマラコーダと「薔薇の蔓打」を巻き込み、バトルフィールド全体を焼き尽くす。既にボロボロになっているマラコーダでは自らの放った炎に抗う術はない。この時点でマラコーダの負けは確定する。
後は「薔華獄焔」に無縫が耐え切れるかどうかが重要となる。
幹部巡りの規則では、引き分けは挑戦者側の敗北となる。ここまで一方的にマラコーダを追い詰めた手腕は評価に値するが、この攻撃に耐え切ることができなければツァーカブ区画の魔王軍幹部に勝利した証は与えられない。
「勝負だよ! 庚澤無縫さん! 焼き尽くせ! 薔華獄焔」
爆心地にいたマラコーダを一瞬にして焼き尽くした莫大な熱量に、無縫は「なるほど……魔法少女の固有魔法を使わないのであれば軽減はできても無傷で耐え切ることはできないな」とその恐ろしさを瞬時に見抜いた。
しかし、無縫に恐怖心はない。
無縫は迫り来る爆炎に恐怖の一つも覚えることなく、ゆっくりと静かに銃口を向けた。
そして――。
「術式霧散」
魔法そのものを破壊する魔法がマラコーダを焼き尽くした爆炎を一瞬にして消滅させる。
炎の一片も残さず膨大な熱源はただの魔力へと変換されて空気中に溶け込んでいった。
この瞬間、勝敗は決した。マラコーダが『夢幻の半球』の外で甦る中、無縫は時空の門穴を開いて二挺の『銀彗大拳』を放り込んだ。
「お見事! 完敗だよ! 流石は多くの魔王軍幹部を倒してきた挑戦者殿だ。どうやら、本戦での君との再戦に向けて鍛え直さなければならないようだね。だが、まずは君の強さを讃えよう! 素晴らしい戦いをどうもありがとう!」
「今回はたまたま閃光手榴弾が上手く機能してくれて助かりましたが、本気で戦っていたらかなりの苦戦を強いられていたでしょうね。次は流石に搦手が通じないでしょうから、本戦で相見えた時にどうなるかとても楽しみです」
無縫とマラコーダが厚い握手を躱す。
そして、次の挑戦者であるレイヴンとバトンタッチして、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、レフィーナのいる観戦席へと向かった。
◆キャラクタープロフィール
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・マラコーダ
性別、男。
年齢、六十一歳。
種族、マレブランケ。
誕生日、九月十四日。
血液型、B型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国ツァーカブ区画。
一人称、私。
好きなもの、薔薇、領民。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国魔王軍幹部、ツァーカブ区画の領主。
主格因子、無し。
「魔王軍幹部の一人でツァーカブ区画の領主。黒い体に蝙蝠のような翼を生やし、幾何学模様の刺青を刻んだ鋭い牙と爪を持つマレブランケという希少種族の一体。マレブランケは悪魔に似ているが別の種族である。薔薇を愛する者達の多いツァーカブ区画の住民達に触発され、自身も薔薇を育て始め、遂には薔薇を愛する領主として知られるようになる。住民達との関係も良好で目安箱を設置するなど、民の声を治世に反映させようという意識が強い。最近の悩みは『何かツァーカブ区画の薔薇を生かした特産品を作り、民に還元することはできないか』というものであり、どこまでも民想いの領主である」
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