魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス、リリス、ビアンカによる『ステーキ処 IWAMI』でのディナーと、予想外の来訪者。
宿屋『鳩の止まり木亭』の営業が終わり、ヴィオレットとシルフィアがぐうすかいびきをかきながら寝ている夜。
ドレス姿の魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス、リリス、ビアンカの姿はホテル『ロイヤルトゥインクル』の最上階、『ステーキ処 IWAMI』にあった。
ガラスの外には美しい星空と、都心のビルの光が織りなす夜景が広がっている。
礼儀が重んじられながらもどこか賑やかしさのあった昼間のレストランとはまた違った、夜景に彩られたムーディーな夜のレストランの雰囲気と思い思いのお酒に酔いに浸りながらディナーを堪能していると、一人の男がレストランに入ってきた。
その姿を見るなりすっかり酔いが覚めてしまったのだろうか? ほんの少しだけ緩んでいたリリスの表情が引き締まる。
小さく黙礼をするリリスとは異なり、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは心底呆れたという表情で男にジト目を向けた。
「相席させてもらってもいいだろうか?」
白髪混じりというよりは、白髪の中に黒髪が混じっていると表現するべきな髪を持ち、特徴的なカイゼル髭を持っている。
身長は二百メートルには届かずとも限りなく近い高さで、服の上からは分かりにくいがしっかりと筋肉がついている。
文官というよりも武官のように見えなくもない男は仕立てのいいスリーピースのスーツを美しく着こなしている。
そんな彼の服装に不釣り合いなものが一つ。それは、刀を佩刀しているということである。
「獅子刀・百獣護国」と呼ばれるこの刀は第二次世界大戦に打たれた刀でありながら『古今鍛冶備考』で最上大業物に選ばれた刀に比肩、あるいは凌駕する切れ味を持つものとして新生最上大業物二十四工の一つに数えられている。
この刀は元々天皇家所有の刀であったが、「神刀・虚空御前」が下賜された日と同じ日に、同じ場所でその男に下賜されたものだ。
その男の名は大田原惣之助――大日本皇国内閣総理大臣、つまり大日本皇国という国の頂点に君臨する男である。
「……大田原総理、流石に護衛の一つもつけずに動くのはあまりよろしくないのではありませんか?」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスのジト目を全く意に介さず、惣之助は無造作に椅子を引いて座った。
そんな惣之助の姿に魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは呆れ、リリスも苦笑いを浮かべている……が、そんな二人とは異なり明らかに動揺している人物がいた。
「そ、総理!? それって、無縫さんの上司で、大日本皇国という国の頂点に君臨するお方、だったわよね!? わ、私、高貴なお方に拝謁した経験なんてないわ! 一体どうすればいいのかしら!!」
ビアンカの感覚でいえば、魔王に直接謁見するような状況なのである。
国のトップで礼節をもって相見えなければならない相手だ。本来であれば、平伏して許可を得るまでは頭を上げてはならない――少なくともこのように席に座ったまま言葉を交わしていいような相手なのではないだろう。
常識人であるビアンカだが、状況が状況であった故に気が動転してしまい、緊張も相まっておかしくなっていた。本来であれば、口に出すべきではない言葉が、思考が垂れ流されるように口から飛び出す。
そんなビアンカに周囲の僅かな客達は咎める視線を向けず……寧ろ憐れむような、労わるような視線を向けた。
「ああ、そういうかったるいのは無しで頼む。俺も元は平民だ。文官上がりでちょっとばかし剣の腕が立って、経験値があるから政治的な駆け引きができるってだけだ。無縫が世話になっているようだな! 保護者として感謝申し上げる!」
「そ、そんな! 畏れ多いことでございます! 無縫さんには私の方がお世話になりっぱなしでして……その」
「かくいう俺も無縫には返し切れない恩がある。俺とええっと……」
「ビアンカさんです。雪女の」
「ビアンカさんっていうのか? 俺もビアンカさんと同じ立場だ。そう堅苦しくする必要はない。折角のディナーが不味くなるのは不本意だ。祝井、俺にもディナーを頼む!」
「……はぁ、大田原さん。一応、うちはドレスコードもある紳士淑女のためのお店なんだ。最低限、他のお客に迷惑が掛からないように頼むぜ」
「そう堅いこと言うなよ! 他国の使節を招いている訳でもないんだし、疲れてんだ。少しくらい大目に見てくれねぇか? 俺とお前の仲だろ?」
「そう言われると何とも言えないんだよなぁ。……多少のことは大目に見るが、他の客には迷惑をかけないように、それだけは最低限良識ある大人として守ってくれ」
「わあってる! わあってるって!」
「……まあ、あの狂犬殿に比べたら良識は……別ベクトルでないから心配なんだよなぁ。無縫、よろしく頼むぜ!」
「……できる範囲で頑張ります」
歯切れの悪い言葉を返す魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに何とも言えない顔になる梟帥だった。
◆
惣之助の豪放磊落な性格も相まって、ビアンカの緊張は少しずつ解けていった。
前菜からメインへとコース料理は順調に進み、小菓子とカフェの段階まで辿り着いた頃、惣之助は徐に鞄からファイルに入った書類を魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスへと手渡す。
「スコールド大迷宮への挑戦メンバーについて、鬼斬機関、陰陽寮、科学戦隊ライズ=サンレンジャー、その他無縫が連絡を入れた個人からの回答だ。鬼斬機関より局長・桃沢真由美、桃沢日和、陰陽寮より陰陽頭の賀茂幸成、在原芳房が参加を表明している。……まあ、幸成の奴は周りに言われて渋々ってところだろうが。科学戦隊ライズ=サンレンジャーは前回迷宮を攻略したということで辞退、玉藻楪、三栖丸雪芽からも辞退の連絡があったぞ」
「ロードガオンからはフィーネリアさん、ミリアラさん、ドルグエス、マリンアクアさんがさんが予定。俺、ヴィオレット、シルフィアも参加しますが、それに加えて異世界ジェッソのクリフォート魔族王国から何人が参加する予定です。そちらは選抜が終了し次第こちらに連絡があります。……それで、肝心の内務省からの参加についてのリストがないようですが?」
「ああ、それなんだが、当日のお楽しみってことで!!」
「…………はいィ?」
「あははは! 本当に面白い反応するよな!! ってことで楽しみにしておけよ!!」
「嫌な予感しかしないんですが!!」
「こっちの方で関係各所に連絡入れるから具体的な挑戦の日程が決まったら連絡を頼む!」
言いたいことを言いたいだけ魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに通達した後、惣之助は言葉を切って優雅に紅茶を口の中で転がす。
ビアンカが聞いても明らかに無茶苦茶な発言だが、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは驚いたものの惣之助の提案を突っぱねようとしないあたり無縫は惣之助に逆らえないのだろうと察した。……上下関係などで従ってるのではなく、受けた恩故にできる限り求めることに応じたいという善意が働いている故のものであり、こうした二人のやり取りからは無縫と惣之助が強い信頼感で結ばれているのが伝わってくる。
その後、夕食終わりに魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスと惣之助のどちらが支払いをするかで小競り合いにはなったものの、特に大きなトラブルが起きることもなく、楽しい一夜はゆっくりと過ぎていったのだった。
◆
エーイーリー区画での試練を翌日に控え、無縫達はツァーカブ区画へとやってきた。
ツァーカブ区画を攻略すると、残すはエーイーリー区画、アディシェス区画、アクゼリュス区画、ケムダー区画、キムラヌート区画の五つ。無縫の視点から見ればそろそろ折り返しという地点である。なお、幹部巡りを八つ攻略すれば十分なレフィーナとレイヴンの二人にとっては既にバチカル区画、エーイーリー区画、シェリダー区画、カイツール区画の四つの区画を攻略済みで既に折り返し地点に入っていたりする。
さて、ツァーカブ区画の門まで辿り着くと辿り着くとメイド服を纏った森樹精の女性――侍女頭のドリアーヌが無縫達を出迎えてくれた。
「昨日はご迷惑をおかけ致しました。本日は予定通り挑戦ということでよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いするでござる!」
「お願いするわ!」
「では、領主邸までご案内致します」
ドリアーヌを先頭に無縫達は領主邸へと歩いていく。
領主邸に近づくと門の左右に使用人達が列を作っている光景が目に入った。
異世界で王城に登城した経験が何度もあり、使用人達を労わる心こそあれど恐縮したりすることはない無縫とシルフィア、魔王の娘として傅かれたことがあるヴィオレット、なんだかんだ良家の出身で身の回りのお世話をする使用人に囲まれていた経験のあるフィーネリアは特に反応を示さなかったが、小市民的なところがあるレフィーナとレイヴンは使用人に総出でお出迎えされるという状況にすっかり萎縮してしまったようだ。
無縫達が屋敷の門を通過するのとほぼ同時に屋敷の扉が開く。
現れたのは黒い体に蝙蝠のような翼を生やし、幾何学模様の刺青を刻んだ鋭い牙と爪を持つ白髪の老紳士だった。
無縫は調査した情報や、持っている知識から彼がマレブランケと呼ばれる希少種族であると推測する。
「ようこそ、ツァーカブ区画へ。昨日は大変申し訳なかった。私はマラコーダ、ツァーカブ区画の領主をしている者だ。君達にとっては魔王軍幹部という肩書きの方が重要なのだろうね」
「お初にお目にかかります、庚澤無縫と申します」
「レフィーナよ」
「レイヴンでござる!」
「三人とも元気があって結構だ。やはり、活力に満ちた若者というのは良いものだね。この老骨にはちょっとばかり眩しいものだが……さて、挑戦を快く引き受けたいところだが、生憎と魔王軍から幹部戦の前に戦うに相応しい資格を持つか見極める試練をするようにと言われていてね。君達にはちょっとした試験を受けてもらおう。それじゃあ、行こうか? 私の自慢の薔薇の迷路へ」
◆ネタ解説・百二十六話
マレブランケ
ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』地獄篇第二十一歌から第二十三歌に登場する、地獄界の第八圏、第五の嚢(マーレボルジェ/Malebolge)で亡者達を罰する十二人の悪魔あるいは鬼の総称。
その名は「悪の爪」を意味しており、マラコーダが統率する。
マラコーダ
マレブランケのリーダー。その名はイタリア語で「禍いの尾」、「邪悪の尾」を意味する。
◆キャラクタープロフィール
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・大田原惣之助
性別、男。
年齢、五十歳。
誕生日、十二月三日。
血液型、O型Rh+。
出生地、山口県防府市。
一人称、俺い。
好きなもの、酒、温泉、人形(主にルーグヌシャ工房のピスクドール)、 【スターライト・トゥインクル】。
嫌いなもの、物を粗末にすること。
座右の銘、無心抜刀、護国豊穣。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、司法庁の役人達。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、内務省異界特異能力特務課長官→内閣総理大臣。
主格因子、無し。
「元内務省の役人で現在は内務省を退職して内閣総理大臣を務めている。内務省時代から現在に至るまで常に国益と市民の利益を重視して動いており、自分の選択と仕事に絶対の自信を持っている。居合の名手で、内務省入庁後には鬼斬の技も体得しており、内務省時代には『銀閃』の二つ名を手にしていた。 【スターライト・トゥインクル】の大ファンで無縫の協力を得て推し活を楽しんでいる。また、界隈では人形蒐集家としても知られており無縫の協力を得て気に入った人形を収集しているらしい」
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