二代目魔王ベンマーカ=ヴァイスハウプトからの挑戦状〜無縫vsベンマーカ、バアル=ペオル広場の戦い〜
イリアとの魔王軍幹部戦は無縫と魔法少女の力を駆使したレフィーナの二人が余裕のある勝利を収めた。
レイヴンはイリアとの戦いには勝利したもののお世辞にも圧倒的な勝利とは言い難い辛勝であり、無縫とレフィーナの間に埋められない実力の差を感じ取って落ち込んでいた。
……まあ、レフィーナの場合は魔法少女の力に頼ってしまっているため素の実力という点においてはレフィーナとレイヴンのどちらが優れているかどうかは微妙なところではあるのだが。
試練を攻略したところでイリアは手続きをとっとと済ませるために無縫達を領主公館へと招こうとしていたのだが、ここで予想外のことが起こる。
パチパチという拍手と共に一人の紳士が無縫達の方へと近づいてきたのである。
「実に素晴らしい戦いだった」
「勿体無いお言葉です。二代目魔王ベンマーカ=ヴァイスハウプト陛下」
最初は一体何処の馬の骨が熱狂冷めやらぬ激闘の舞台に土足で上がり込んで汚すのかと冷たい視線を送っていた観客の魔族達だったが、無縫がその名を呼んだことで状況が一変する。
「おや、名乗った記憶はないのだが……」
「お会いした時に姿を魔法で偽っていたこと、実際は魔王に匹敵する力を持ちながらもその力を巧妙に隠していることを察知していました。気配の消し方は実に巧妙ですが、強過ぎる力とはなかなか隠し通せないものです。種族的特徴からベンマーカ=ヴァイスハウプト陛下ではないかと思ってはいましたが、レフィーナ殿の発言で確信を得ました」
「ほう、そちらのエルフのお嬢様のなかなか博識だね。私のような骨董品の名を覚えて頂けているなんて恐悦至極だよ。さて、イリア君、この老骨にしばし時間を頂けないだろうか? 前線を退いてかなりの時間が経って腕も鈍っている。それに、今代の魔王陛下には遠く及ばないが、是非庚澤無縫殿とお手合わせしたいのだ。勿論、無縫殿が応じてくれればという話でもあるのだが……」
とっとと終わらせて帰って同人執筆をするつもりだったイリアは一瞬だけ嫌そうな顔をした。しかし、自分のキャラが邪魔をしたのか、将又魔王を務めていたレジェンド級の魔族に逆らえないのかあっさりと許可を出した。
「俺としても異論はありません。是非お手合わせをお願い致します」
観客の魔族達はなかなかお目にかかれない元魔王と異世界から来た勇者という唐突に降って湧いたビッグタイトルの試合に熱狂する。
一方、無縫とベンマーカの周りだけは不自然に静かだ。達人同士が敵の動向を探り合うように暫しの静寂が続く。
ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、レフィーナ、レイヴン、イリア――全員が固唾を飲んで見守る中、先に動いたのはベンマーカだった。
「紫電爪撃!!」
愛刀である『魔剣ダインスレイヴ』に紫色の雷撃を纏わせて斬撃を放つ。その斬撃はまるで三又に分かれた爪の如く無縫に向けて三本の斬撃と化して殺到した。
「不可視の空気弾丸!!」
しかし紫電の斬撃は無縫に到達する前に放たれた空気弾によって打ち砕かれて四散した。
無縫は「冥斬刀・夜叉黒雨」を鞘から抜き払うと同時に地を蹴って加速――覇霊氣力を剣に纏わせて黒く硬質化させてベンマーカに斬り掛かる……が。
「極寒世界、灼熱世界」
その動きを察知していたベンマーカが用意していた魔法を満を持して発動した。
極寒の吹雪が吹き荒れる領域を作り出す大魔法と灼熱の熱風が吹き荒れる領域を作り出す大魔法を同時に展開――それぞれの過酷な領域とその温度差を利用してダメージを与え、最終的には死に至らしめるベンマーカの代名詞と言える魔法戦術の一つである。
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスであれば固有魔法で無効化できただろうが、今の無縫は人間の姿である。そのため、魔法そのものを破壊する魔法「術式霧散」などを用いない限り「極寒世界」と「灼熱世界」を無力化することはできない。
しかし、無縫は魔法そのものを無効化する魔法を使おうとはしなかった。代わりに覇霊氣力を漲らせて温度差による攻撃から身を守る。
そして……。
無縫は懐から金色に輝くナニカを取り出す。ベンマーカが「何をするつもりなのか?」と警戒心の篭った視線を向けると無縫はニヤリと笑った。
「これは『黄金の硬貨』。異世界でドロップするギャンブルアイテムです。使用した場合、コインの表が出た場合は受けたダメージの二倍のダメージが相手に、裏が出た場合は受けたダメージの二倍のダメージが自分に、それぞれ問答無用に襲ってきます。このダメージを回避する方法はありません」
「なるほど……『極寒世界』と『灼熱世界』のダメージが二倍となって、それは困るな」
「では、運命を決めるコイントス!」
ベンマーカは下手に妨害をした結果、自分の身に更なるダメージが降りかかることを危惧して「極寒世界」と「灼熱世界」の維持に努めた。
そして、運命の瞬間がやってくる。コインは真っ直ぐ地面に落ちてカランと音を立てて再び空中に跳ね返る。そして、再び地面へと落下して少しだけ回っていたが、やがてコインのエネルギーから動かなくなる。
出た目は表だ。ベンマーカがそう確信した瞬間に激しい激痛がベンマーカを襲った。
いつの間にか「極寒世界」と「灼熱世界」が消失していた。ベンマーカはダメージを受けても痛みに耐えながら魔法を維持していたので魔法が消えるというのはあり得ない。つまり、「黄金の硬貨」には「二倍のダメージを与えると同時に攻撃そのものを掻き消す」という効果があるのだろう。
だが、ベンマーカに推理ができたのはそこまでだった。
「鬼斬我流・厄災ノ型・神避!」
膨大な覇霊氣力が黒い稲妻と化して放出される。
そして、ベンマーカの動体視力ですら見切れない速度で肉薄すると同時に薙ぎ払いを放つ。
ベンマーカの身体は斬撃に耐えきれずに傷口から溢れた膨大なエネルギーで内部から破壊され、戦いの舞台から消滅した。
◆
無縫との戦いで満足したベンマーカは無縫達にお礼を伝えてから雑踏の中へと姿を消した。
イリアはベンマーカが去っていくのを見届けた後、領主公館に無縫達を招く。
領主公館につくと執務室へと無縫達を案内して手帳にイリアに勝利した証であるスタンプとサインを書いた。
そして、「お前らもう用はないよな!? 私はやらないといけない執筆という名の仕事があるんだ!!」と言わんばかりに部屋に篭ってしまった。
無縫達もこれ以上イリアに用事はないのでミリィア達に一言挨拶をしてからバチカル区画に戻ってきた。
それから数時間後、無縫の姿は【悪魔の橋】にあった。
ヴィオレットとシルフィアに加え、内務省での仕事を終えたリリスの姿もある。
集まった場所と顔触れからも分かるだろうが、その目的はリリスの修行だ。
到着早々、リリスは魔法少女へと変身し、蝙蝠のような翼と真紅の透けるような薄く扇状的なドレスを纏った、一見すると吸血鬼にも見える姿へと変化する。
真紅のドレスが透けて身体の線や真っ赤で派手なデザインの下着がうっすらと見えるようになっており、リリスはその姿に「破廉恥だ!」と叫んで顔を真っ赤にしたが基本的にデフォルトの魔法少女の姿を変更することができないので魔法少女に変身する度にすぐに衣装を着替えるなどアナログな対象方法を取るしかない。
そもそも魔法少女の衣装もまた魔法少女の高い身体能力に耐え得るだけの耐久力と機能性を持っている。通常の服装では魔法少女の高い身体能力に耐え切れない場合もあるので魔法少女は魔法少女の衣装で戦うのが無難だ。
そのことを理解しているリリスは心底嫌そうな顔をしながらも決して着替えるという選択肢を選ばない。心の奥底ではこの姿が合理的なものだと理解しているのである。
黒かった髪はほんの僅かに緑掛かり、瞳は紫水晶のような輝きを湛えている。
魔法少女は絶世の美少女揃いだが、その中でもリリスの姿は頭一つ抜きん出ている。魔法少女の中でも上位の美貌を持つ魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスとタメを張るほどと言えばその凄さも伝わるのではないだろうか?
「魔法少女としての名前は……魔法少女マイノグーラ・ナイトメアとかどうかな? 男の心を虚ろな石に変えると言われる容貌を持つナイアーラトテップの従姉妹の女神から取ってみたんだけど……」
「特に名前に希望はないが……この容姿はどうにかならないのか?」
「どうにもならないよ? 諦めてね! で、固有魔法なんだけど『黒魔術魔法』ってのが使えるみたい。一つの系統で使い方が様々ある魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの『エネルギー操作』みたいな汎用性じゃなくて、文字通り様々な魔法を内包している固有魔法みたいだよ。黒魔術的な魔法を使用できる固有魔法って言えば伝わるかな? 私、あんまり黒魔術ってのに詳しくないからよく分からないけど。それと、面白い力があるみたいだね。そうだ! ねぇねぇ、おにいさーん!」
何かを思いついたのだろうか? シルフィアが訓練場で自主練をしていた騎士に声を掛けた。
その純魔族の騎士は真面目な性格だったのだろう。何をする気なのか特に聞くこともなくあっさりとシルフィアについて来てしまった。……危機感がないとも言う。
「呼ばれてきましたが、一体何をするつもりなんですか?」
「はい、リリスさん! ここで可愛らしくウィンク!」
「そ、そんな急に言われても!!」
普段はそのような恥ずかしいこと頼まれてもできないリリスだが、魔法少女マイノグーラ・ナイトメアはそんなリリスの思いとは裏腹に可愛らしいウィンクを決めてしまう。
その瞬間、魔法少女マイノグーラ・ナイトメアの可愛らしいウィンクに心を射抜かれた純魔族の騎士が石化した。
「――ッ!? シルフィア! 何考えているんだよ!!!」
素早く動いた無縫が聖女の神聖魔法を使って石化を除去する。
低頭平身で純魔族の騎士が思わず引いてしまうほど謝罪し、なんとか許しをもらったところで純魔族の騎士は去っていった。ひとまずこの場では謝罪を受け取ってもらえたが「後で訴えられないかな?」と心配になる無縫である。
「という感じで魔法少女マイノグーラ・ナイトメアには『魅了』の力があるよ。そして、魔法少女マイノグーラ・ナイトメアに魅了されると、身体が石化するんだ。石化は魔法少女マイノグーラ・ナイトメアが任意で解除できるよ。石化している間は耐久力が普通の岩並みになって防御もできなくなるから、石を砕ける程度の力があれば敵を粉砕して再起不能にすることもできるよ!」
「なんとも恐ろしい力じゃな。あの破壊力のあるメロメロ攻撃に耐えられなければ死あるのみか……」
「こ、こんな力封印するに決まっている!! 私の心がもたない!! こ、こんな破廉恥な! 破廉恥なッ!!」
発狂している魔法少女マイノグーラ・ナイトメアをなんとか宥め、その後も無縫達は魔法少女マイノグーラ・ナイトメアの修行に付き合った。
結果的に「身体の一部を毒蛇に変化させる黒魔術」、「魔法陣から悪魔に似た闇の生物を召喚する黒魔術」、「闇の中から無数の触手を生み出して攻撃する黒魔術」の習得に成功。どれもリリス好みの正々堂々とは対極にある魔法だが、これも戦力の強化と割り切り、渋々受け入れるリリスだった。
◆ネタ解説・百二十五話
極寒世界
北欧神話の九つの世界のうち、下層に存在するとされる冷たい氷の国。ギンヌンガガプと呼ばれる亀裂を挟んでムスペルヘイムの北方にある。
逢魔時 夕のテクストにおいては、よく氷属性魔法の名前として使用される。
魔法の名前として使用するようになったのは、恐らく佐島勤氏のライトノベル『魔法科高校の劣等生』に登場したニブルヘイムの影響が強い。
灼熱世界
北欧神話に登場する、世界の南の果てにある灼熱の国。
逢魔時 夕テクストにおいては、ニヴルヘイムの対極にある火属性魔法としてよく登場する。
佐島勤氏のライトノベル『魔法科高校の劣等生』に登場した氷炎地獄の影響で極寒世界と同時に使用される場合が多い。
マイノグーラ
クトゥルフ神話に登場する架空の神性で旧支配者の一柱。ニャルラトホテプの従姉妹。
背に蝙蝠のような翼を持つ女の姿を取る。
男の心を虚ろな石に変えると言われる容貌については、睥睨する非人間的な眼、触手が巻くが如き髪、あらゆる永遠を内包する口、と表現される。
リリスの苗字のマイノーグラとは似ているが、全く関係ない……ないと言ったらない。
◆キャラクタープロフィール
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・ベンマーカ=ヴァイスハウプト
性別、男。
年齢、五百九十九歳。
種族、狼人間。
誕生日、八月二十五日。
血液型、AB型Rh+。
出生地、紛争地域。
一人称、私。
好きなもの、ロース肉のステーキ。
嫌いなもの、蒸し野菜。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、二代目魔王→隠居。
主格因子、無し。
「初代魔王ジュドゥワードの腹心の部下にして、クリフォート王国の最大の在位期間を誇る魔王。魔族統一を成し遂げるだけ成し遂げてその後の後片付けを全て押し付けられた。クリフォート王国の基礎を築き、黄金世代が台頭してくるまで数百年間クリフォート魔族王国の玉座に君臨し続けた伝説の人」
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