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???(ブリュンヒルダ、フレイヤ、プリュイ陣営)side2. 「天人五衰・頭上華萎」

 無縫とイリアがカイツール区画で交戦している頃、ルインズ大迷宮の唯一の入り口を暴落させ、たった一人でルインズ大迷宮を攻略していたプリュイはカイツール区画の最奥部へと辿り着いた。

 無縫一行が攻略していなかったエリアのデモニック・ネメシスも討伐し、百層ごとに設置された転送装置も全てアクティベートしている。


 そんな模範解答の如き迷宮攻略を成し得たプリュイだったが、そんな彼女に与えられた褒美は彼女の頑張りに到底釣り合わない程度の低い聖剣の模造品であった。


「……超共感覚(ミューテスタジア)でも読み取れる戦闘の記憶は全くないですね。見た目こそかなり正確に聖剣に似せているようですが、聖剣が内包していて当然の聖なる力も感じません。……これは、偽物を掴まされてしまいましたね」


 伝承を信じるならば、伝説の勇者が四つの聖武具を封印して以来一度も攻略されたことがない筈の大迷宮。しかし、蓋を開けてみれば攻略済みだった。

 だが、迷宮が攻略されたとなれば新たな勇者の誕生や聖武具が発見されたという噂が広まってもおかしくはない筈だ。


 ほとんどの人間にとって聖武具は不要なものである。

 その真価は魔族との戦いでこそ発揮されるものであり、必然的に聖武具を手に入れた場合は白花神聖教会に届け出ることになる。

 勇者という称号を手に入れるためにも、勇者を目指す者に高値で売りつけるためにも白花神聖教会を通す方が確実で、そして利益が見込める。


 しかし、それがない。ならば、営利以外の目的だろうか?

 例えば、聖武具が邪魔である魔族達が秘密裏に聖武具を回収したという可能性もないとは言い切れない。

 だが、魔族が目撃されたという証言はなかった。彼らの容姿は目立つため、流石に誰にも目撃されずに迷宮に挑むことはなかなか難しい。それに、人間達を攻撃せずに迷宮に挑むという行動も不自然だ。魔族が人間に対して敵愾心を持っているのであれば、攻撃を仕掛ける方が自然である。


 残るは第三勢力である。では、その第三勢力とは何者だろうか?

 残念ながらプリュイには目星がつかない。勇者候補の珈琲師と呼ばれる非戦闘系の固有系天職を持ち、ハズレ天職持ちのお荷物と蔑まれた少年が迷宮百層で命を落としているという話も聞いているが、それだけの高さから落ちたとして命があるとは思えないし、デモニック・ネメシスに勝てるとも思えない。

 あれは、勇者であっても苦戦する、それどころか命を落とすかもしれない難敵であった。

 「その武器に蓄積された記憶を読み取る」という超共感覚(ミューテスタジア)がなければプリュイも死んでいただろう。


「……幸い、転輪武装『自分の知るその世界に存在する武器の再現』で再現できそうだとはいえ、本物を回収できなかったのは痛手です。……さて、この聖剣擬きは作られたばかりがですが、それでもほんの僅かな記憶の残滓が残っているようです。創り出した人間の記憶を完全に読み取り、己が力にすることはできないでしょうが、少しだけなら何か情報を得られるかもしれませんね」


 プリュイは聖剣の模造品に触れ、超共感覚(ミューテスタジア)を発動する。

 普段は無意識に取り込み、己が技とする武器の記憶の読み取りを意識化――僅かに残された記憶の残滓を脳内のイメージとして組み立てていく。


 そして、朧げながら記憶の残滓は一人の少年の(イメージ)を結んだ。

 見た目は高校生くらいの少年だろうか? 短めの黒髪に、黒々とした瞳。イケメンでもなければ、不細工という訳でもない平均的な容姿。


 その姿は、丁度異世界に召喚されたという高校生と同じくらいの年齢の少年のようにプリュイの目には映った。


「……そういえば、迷宮で一人命を落としたって噂がありましたっけ? 確か名前は庚澤無縫でしたか? あまり役に立たなそうな天職を得て、無能と蔑まれていた少年はこの大迷宮で命を落としたそうですが……まさか生きておられたとは。彼は実力を隠していたのか、それとも? いずれにしても、彼が聖剣の模造品を作ったのは間違いないでしょうね。…………ん?」


 プリュイの目が大きく見開かれる。その理由は記憶の残滓の中に、脳裏に浮かんだ庚澤無縫に重なるようにプリュイにとって馴染みのある人物の姿が見えたからだ。


「嗚呼、貴方も来ていたのですね!! 浅輪博重(頭上華萎)!! やはり、この世界は面白い!! 予想外のところで因果が巡っているッ!! 強い魂同士には引力があるのですね!!」


 ほとんど感情を見せないプリュイには珍しく、狂ったように笑い声を上げる。


 懐かしき『天人五衰』の同僚――『気紛れなノルン・ブレッシング・女神の寵愛オブ・ネームレス・グローリー』と呼ばれる制御できない莫大な幸運を操る力を持ち、その不完全な異能に振り回され、多くのものを得て、同時に多くのものを失った哀れな男、浅輪(あさわ)博重(ひろしげ)


 確固たる理由があった訳ではない。だが、プリュイには何故か、庚澤無縫の前世が懐かしき同僚であるという確信があった。


 今世では敵になるのだろうか? それとも味方として共闘することになるのだろうか? それはプリュイにも分からない。

 だが、どちらに転んでも楽しそうだ、とプリュイは無責任に目の前に転がり込んできた奇跡を喜んだ。



 ほとんど時を同じくして、ログニス大迷宮。

 迷宮攻略を進めていたブリュンヒルダとフレイヤも迷宮の最奥部に辿り着いていた。


 残されていた大迷宮の宝物である聖武具を【鑑定】スキルで確認し、ブリュンヒルダは小さく首を横に振った。


「……偽物だ」


「――ッ!? そんなまさか!?」


 全くもって理解不能な状況にフレイヤも衝撃を受ける。

 それも致し方ないことだろう。


 大迷宮に聖武具が隠されているという情報は白花神聖教会も真と置いているものだ。それ故にルーグラン王国は勇者一行の修行もかねて大迷宮に挑んだのである。

 だが、大迷宮にあったのは巧妙に作られた偽物の聖武具であった。勇者一行や白花神聖教会にとっては残されていた希望を絶たれたという結果である。


 大迷宮を攻略したという噂は聞かない。もし、実際に攻略したとなれば史上初の大迷宮攻略者という偉業を誇り、声高に吹聴する筈だ。

 そして、手に入れた聖武具を白花神聖教会やルーグラン王国と交渉して巨万の富を築くか、自身に勇者の資質があるのであれば国や教会のバックアップを受けながら勇者として活動するというのが王道だ。

 少なくとも未踏の大迷宮を攻略したという偉業を隠す必要はない。


 では、情報を隠匿して利益を得る者とは一体何者か? 真っ先にフレイヤが思いついたのは人間と敵対する魔族である。

 彼らが自分達にとって害をもたらす聖武具を回収した……という可能性はないとは言い切れない。だが、ログニス大迷宮は人間達の領域に存在する。人間と敵対的な魔族が潜伏しながら大迷宮まで辿り着き、ログニア大迷宮に挑むというのは困難を極める上に、そもそも人間と敵対的な魔族が不倶戴天の存在である人間を無視して大迷宮の攻略に全力を注ぐというのもなかなか無理のある話である。


「こちら美智香。こちら美智香。プリュイ、どうぞ――」


 遠く離れた場所でもやり取りをすることができる魔導具を使用し、フレイヤはプリュイに連絡を入れる。


『こちらプリュイ。先程、ルインズ大迷宮を攻略しました。……そして、残念なお知らせです。安置されていた聖武具は偽物でした』


「――ッ!? ルインズ大迷宮の聖武具も!?」


『となると、ログニス大迷宮の聖武具も偽物ですか』


 動揺するフレイヤとは対照的にプリュイは冷静だ。

 求めてきた聖武具が偽物であると聞いても全く動じた様子はない。


「プリュイ殿、無茶を承知で尋ねるが迷宮攻略者について何か掴めた情報はないだろうか?」


 例え情報がないとしても、ブリュンヒルダにプリュイを咎めるつもりはない。自分達もこの状況にただただ困惑するばかりで何も成果は上げられていないのである。

 しかし、プリュイはブリュンヒルダの予想に反してしっかりと重要な情報を掴んでいた。


『大迷宮を攻略したのはこの世界では珍しい黒髪黒目の少年でした。より正確には偽物の聖剣を創り出した人物、ということになりますが、同一人物として見て間違いないでしょう。……そういえば、最近異世界から召喚されて大迷宮で命を落とした少年がいたようですね』


「ああ、痛ましいあの事件の話は私の耳に入っている。庚澤無縫……しかし、彼の力では流石に大迷宮を攻略することは不可能なのではないだろうか?」


「ルーグラン王国や白花神聖教会は認めていない、あくまで風の噂レベルの情報だけど危機的状況に陥った勇者一行を無縫という少年が敵と共倒れになって救ったという情報も耳に入っているわ。彼は奈落に落ちたそうだから、仮に勇者パーティが苦戦するような敵……恐らくあの百層ごとの守護者として置かれていたエイリアンみたいな魔物でしょうけど、あれと伯仲するような力を持っていても落下のダメージをどうにかすることはできないと、そう思っていたのだけど」


「……それに、彼の天職は珈琲師と呼ばれるものだ。仮に迷宮を攻略しても聖武具を偽造する力はない筈だ」


『では、庚澤無縫が前々から力を持っていてその実力を意図的に隠していたという仮説はどうでしょうか? 私の知る限り地球にスキル、技能(アビリティ)などと呼ばれる力はありません。天職という概念も存在しないのです。召喚勇者は女神の加護によりそのような力を与えられると言われていますが……女神の関与などなく、実際には世界を渡るごとに力を得るとしたら?』


「つまり、庚澤無縫は異世界帰りの人間、転移経験者だということか!?」


「確かにそれなら創造系の力を持っていても辻褄は合うわね」


『それともう一つ、庚澤無縫が素晴らしい運の持ち主であったという可能性もあります』


「さ、流石にそれは現実的な話ではないと思うわ。運良く安全な場所に落ちたから命が助かったってことよね? それに、あの魔物は他の魔物と比較しても異常な力を持ち合わせていたわ。その魔物を運だけで倒せるとは思えない」


『もし、因果に干渉するほどの幸運を持っていたとしたらどうでしょうか?』


「……プリュイ殿、もしや目星がついているのか?」


『えぇ……確証はありませんが、記憶の残滓を探っていた際に面白い幻視をしました。俺の前世の同僚の一人で『天人五衰』において頭上華萎の異名を賜っていた男。『気紛れなノルン・ブレッシング・女神の寵愛オブ・ネームレス・グローリー』と呼ばれる制御できない莫大な幸運を操る力を持っていた浅輪博重。……もしかしたら、庚澤無縫は彼の転生者かもしれません。勿論、ただの俺の勘違いの可能性もありますが』


 プリュイの言葉にフレイヤとブリュンヒルダの顔が険しくなる。

 『天人五衰』、プリュイの前世である小鹿島秀平が与していた組織。彼女の実力をよく知るフレイヤとブリュンヒルダはそんな彼女と肩を並べていた人物が転生して敵か味方か全く分からない立ち居振る舞いをしているという事実に恐怖を感じたのである。


「……由々しき事態だな。庚澤無縫が何を狙っているのか全く想像がつかない上に、プリュイ殿と互角の力を持つ存在である可能性もあるとは……」


『ひとまず、プランBに移行しましょう。聖武具の回収は諦めて複製品を作り上げて我慢するしかありません。……ただ、どのような結末になるかは分からないとはいえ、彼は近いうちに俺達の前に現れる予感がします。その時、もし敵として相見えることになるのであれば、それに向けて相応の準備は必要でしょうね』

◆ネタ解説・百二十三話

浅輪(あさわ)博重(ひろしげ)

 初出は『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記 〜前世で作った乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢が前世の因縁と今世の仲間達に振り回されながら世界の命運を懸けた戦いに巻き込まれるって一体どういうことなんだろうねぇ?〜』の「Act.9-421 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ビオラ・スクルージ商会戦争〜 六章〜『天人五衰』と医学を志す少女〜 scene.1」。ちなみに、この回は『天人五衰』の全メンバーのプロフィールが明らかになった歴史的な回でもある。

 金に振り回された人生を送ってきた男で若くして巨万の富を手に入れるも、部下の裏切りに遭って大切な妻をも奪われる。そうした転落人生を数多く経験してきた。元々は花屋の息子として生まれたが、その『並み外れた金運』によって家庭が崩壊し、家庭内暴力に苦しむ少年期を送った。制御できない莫大な幸運を操る力を持ち、その不完全な異能は『気紛れなノルン・ブレッシング・女神の寵愛オブ・ネームレス・グローリー』と呼ばれる。

 自分も意図しない瞬間に想像を絶する幸運が訪れるが、その反動で想像を絶する不幸が訪れる。この能力から逃れる手はなく、その並み外れた幸運で絶対に死なない。

 厄介な点はこの並み外れた幸運が戦闘でも変則的に適応されること。繰り出す攻撃の一つ一つが致命的なラッキーヒットとなり、自分に対する攻撃はあらゆる要因によって失敗させられる。偶然攻撃が外れる、外れないような狙いを定めない攻撃はそもそも命中しないなど、あらゆる偶然が味方し彼を傷つけることはできなくなる。

 敵対する者にとっては厄介極まりないものだが、一方で死という救済を与えず浅輪を永遠に苦しめるための『気紛れなノルン・ブレッシング・女神の寵愛オブ・ネームレス・グローリー』の呪いの如き効果であるという捉え方もできる。

 『天人五衰』所属後は「頭上の華鬘が萎える」を意味する「頭上華萎」のコードネームを与えられた。

 プリュイに転生した「衣裳垢膩」のコードネームを持つ小鹿島(おがしま)秀平(しゅうへい)、『元悪役令嬢捜査官ロベリアと相棒リナリアの事件簿』の世界にデルフィニウムとして転生した「身体臭穢」のコードネームを持つ名無しの男は彼の同僚に当たる。

 プリュイは彼が浅輪博重の転生体であると睨んでいるようだが、その一方で無縫の持つ幸運は博重のものよりも明らかに弱体化しているようで……果たして無縫は本当に博重の転生体なのか疑問が残るところである。

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