放射状の道と石造りの街、無数の浮島からなる魔族王国最大の都市――カイツール区画にて。前篇。
色とりどりの薔薇に彩られた古き街並みの残る石畳の街、ツァーカブ区画。
以前はアィーアツブス区画に向かうために突っ切ったが、観光せずに歩くだけでも目に入るぐらいツァーカブ区画は薔薇で溢れている。
「領主公館は……あの建物だな」
時空の門穴を経由してアディシェス区画側の街道側の門へとやってきた無縫が視線を向ける先には街の建物の中でも一際大きく立派ないかにも貴族の邸宅といった感じの屋敷があった。
特に目を引くのは色とりどりの薔薇が植えられた広い庭だ。薔薇に彩られた区画ということだけあって、街の顔と言える領主公館でも薔薇が大切にされているらしい。
街道とアディシェス区画を繋ぐ門に無縫達が近づくと門のところで二人の純魔族の騎士の装備を纏った男とメイド服を纏った森樹精と思われる女性が何やら話している姿が目に入った。
レースで彩られた黒の日傘を閉じ、門兵達と話をしていた女性は、無縫達の存在に気づくとカーテシーで挨拶をした。
「幹部巡りの旅の方でしょうか? 本日はツァーカブ区画にようこそいらっしゃいました。私はツァーカブ区画が領主マラコーダ様の領主邸にて侍女頭をしております、ドリアーヌ=ブロッサムと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。幹部巡りで参りました、庚澤無縫と申します。幹部巡りに参加するのは俺とこちらのレフィーナさん、レイヴンさんの二人だけで、残りのヴィオレット、シルフィア、フィーネリアさんの三人は幹部巡り参加者ではありません」
「初めまして、レイヴンでござる!」
「ご紹介に預かったレフィーナよ」
「参加希望者は無縫様、レフィーナ様、レイヴン様の三名、残る方々は見学希望ということでよろしいでしょうか?」
「その認識で相違ない」
「承知致しました。しかし、大変申し訳ございません。本日は領主公館において年に一度の薔薇の品評会が行われております。そのため、本日は試練と幹部戦、どちらも挑戦ができません。明日以降であれば問題なく挑戦可能ですので、必要であれば宿の手配をさせて頂きます」
「……あっ、そうでござったね。今日は年に一度のツァーカブの薔薇品評会……もっと早く気づけば良かったでござる」
「もしかして、ドリアーヌさんがこちらにいらっしゃったのは……」
「はい、幹部巡り希望者の方がいらっしゃった時に本日は挑戦できない旨を伝え、必要であれば宿の手配をするためです。挑戦できないのはこちらの都合ですので、しっかりと損失は補填させて頂きます」
「本当に頭が下がるわね」
「では、明日三人分の試練挑戦の予約を入れさせてもらっても大丈夫でしょうか?」
「承知致しました。宿の手配などはいかがなさいますか?」
「空間魔法あるので夜にはバチカルの定宿に戻りますし、これからカイツール区画に挑戦する予定なので滞在もしません。明日また改めて空間魔法で訪問させて頂きます」
「承知致しました。では、ご希望の時間があれば仰ってくださいませ」
「特にないですね」
「それでは、明日の九時頃に領主邸の門までよろしくお願いします」
◆
ツァーカブ区画の魔王軍幹部の試練の予約をした後、無縫は時空の門穴から【666號】を取り出した。
巨大な金属の塊にしか見えない未知の乗り物にドリアーヌや門兵達だけでなくレフィーナやレイヴンも驚く中、無縫は【666號】の扉を開けて乗るように促す。
「とても座り心地がいいわね」
「ふかふかでござる!!」
フィーネリア、レフィーナ、レイヴンが二列目に乗り、ヴィオレットは助手席に座る。シルフィアはヴィオレットの膝に座り、シートベルトでしっかりと固定する。
フィーネリアがレフィーナとレイヴンにシートベルトの装着方法を教える中、無縫は手早くエンジンをかけた。
「またラジオね……変えていい?」
「もう少し世間のことに気を配れ……って言っても無駄か。お好きにどうぞ」
「ではお言葉に甘えて変えるとしよう」
「……ちなみにお気に入りアニメのオープニング・エンディングのリストか、ゲームミュージックのミックスリストかどっち?」
「最近マイブームになっているイカれた連中のクトゥルフリプレイ動画総集編じゃ!」
「おいふざけんなよ!! 身内だけならともかくレフィーナさんとレイヴンさんもいるんだぞ!!」
「……私ってもうナチュラルに身内カウントされているのね。なんというか、複雑な気分だわ」
仲間として認められて嬉しいという気持ちがある反面、まるでヴィオレットやシルフィアと同族みたいに扱われているようでなんとも複雑な心境になるフィーネリアだった。
◆
混沌にして喧噪――罵詈雑言と真面目と狂気が綯い交ぜとなった明らかにゲストが乗っている車内で垂れ流すべきではない動画を垂れ流しつつ車はカイツール区画へと辿り着いた。
唯一救いがあったとすれば、ルールが分からない中でもレフィーナとレイヴンがそれぞれ自分なりの楽しみ方を見つけてそれなりに動画を楽しんでくれたことだろう。
カイツール区画に近づいたところで車を止めて【666號】を片付ける。
目の前に聳える凱旋門を彷彿とさせる大きな門へと近づき、警備の騎士に幹部巡りの手帳を見せて街に入る許可をもらう。
その先に広がるのは、クリフォート魔族王国屈指の大都会だ。
フランスのエトワール広場を中心とした都市を彷彿とさせる放射状に伸びた道と石造りの建物。
バチカル区画も計画都市としての顔を持っていたが、カイツール区画はバチカル区画よりも更に巨大でより緻密に街が設計されていることが窺える。
そして何より、他の都市とは明らかに違う点が存在した。
街の上空に、無数の空中都市が浮かんでいるのである。
その中でも最も大きな浮島には西洋の城を彷彿とさせる建物が建てられている。小さな浮島はそれぞれが小さな街になっているようで、無数の建物が所狭しと建てられている。
「初めまして、カイツール区画は初めてかな? 見たところ、幹部巡りの若者のようだね」
無縫達が門を潜りカイツール区画に入ると、一人の男が無縫達に話し掛けてきた。
種族は狼人間だろうか? 黒い山高帽を目深に被り、モノクルを掛け、スリーピースのスーツを美しく着こなす紳士はどうやら人間である無縫に一切悪感情を抱いていないらしい。
初対面の魔族から大抵敵意を向けられてきた無縫にとってはかなり新鮮な体験である。
「初めまして、庚澤無縫と申します。ここはかなり広い街のようですね。驚きました」
「ここはクリフォート魔族王国の中心、物流の中枢と言える場所だから発達したというのもある。それ以前から、ここには有翼の乙女という種族の拠点があり、この地は彼女達の王国の首都でもあった。元々、栄えていた場所が更に栄えた結果、今ではクリフォート魔族王国最大の都市になっているよ。ただ、昔からこんなに綺麗に区画整理された街だった訳ではないよ。あの上空にある浮島は魔族戦争時代に当時の女王の魔法によって浮かび上がり、以後ずっとあのままだけどかつての地上にあった都市は全て戦禍で焼けてしまったのだ。そこで、都市再建計画として折角ならば美しい都市を作り上げようとプロジェクトが組まれたのだよ。……失礼、老人のつまらない話を聞かせてしまったね。この街の領主公館はあの浮島にある城なんだけど、試練の受付は街の中心部、バアル=ペオル広場の領主公館分局で行われている。このイヴェールアベニューという道をまっすぐ進めば領主公館分局もすぐに見つけられるだろう。君達の健闘を祈っているよ」
そう言い残し、紳士は無縫達に一礼すると街の雑踏の中へと消えていった。
「親切な人でござるな!」
「一応、各試練の詳細は調べているし、そういう情報収集能力も『頂点への挑戦』で求められている力だとは思うけど……それはそれとしてやっぱりこうやって情報を教えてくれる親切な人に出会うと、世の中捨てたものではないと思うわ。……って、三人ともどうしたの?」
親切に情報を提供してくれた謎の狼人間の紳士を見送りながらレフィーナとレイヴンが善意に感謝していると、レフィーナは無縫、ヴィオレット、シルフィアが紳士の背中に鋭い視線を向けていることに気づいた。
「……ヴィオレット、シルフィア、気づいたか?」
「うむ……我の父上と伯仲する実力者じゃな」
「やっぱり、魔王級だよね? 巧妙に隠していたみたいだけど、色々な世界で魔王に会ってきた魔王マイスターのシルフィアちゃんにはお見通しなのです」
「魔王マイスターってどんな資格だよ。……ただの親切じゃないだろうな。狙いは、前代未聞の人間の幹部巡り挑戦者、要するに俺のことを見極めに来たってところだろうか?」
「んんッ!? まさか、あのさっきの紳士が魔王だっていうの!?」
無縫達のやり取りに驚いたのはレフィーナとレイヴンだけではなかったようで、フィーネリアも無縫達の口から飛び出した想定外の言葉に驚愕のあまり目を見開いている。
「認識阻害系の魔法が掛かっていたし、魔王特有のオーラ、魔王覇気みたいな力を抑えてはいたけど、どのように偽ったところで隠しきれないものはある。真の王の風格、強者のオーラってのはそう簡単に消せないものだよ。とはいえ、自分の力を矮小化させるのがメインで、種族は偽っていない感じだった」
「……狼人間で魔王となると、初代魔王ジュドゥワード陛下の腹心の部下にして、クリフォート王国の最大の在位期間を誇る魔王ベンマーカ=ヴァイスハウプト陛下が思い浮かぶわね。隠居されているけど、死去したとは聞いていないし、接触してきてもおかしくはないのだけど……あの方は三代目魔王ロズワール=マーノード陛下に魔王位を譲ってから表舞台には顔を出していない筈よ。でも、無縫さんは規格外の存在だし、隠居していたベンマーカ陛下がわざわざ接触を図ってきたのも別に不思議ではないわね」
「……俺って別に珍獣ではないと思うんだけどなぁ。ごく普通のどこにでもいる勝負師なんだけど」
「「「それだけはないわ!!」」」
◆ネタ解説・百十九話
イカれた連中のクトゥルフリプレイ動画総集編
元ネタの動画なんてない。
クトゥルフ神話TRPGとはパルプ・マガジンの小説を元にした架空の神話『クトゥルフ神話』を基にしたテーブルトークロールプレイングゲームのこと。
『クトゥルフ神話』はパルプ・マガジンの作家であるハワード・フィリップス・ラヴクラフトと友人である作家クラーク・アシュトン・スミス、ロバート・ブロック、ロバート・E・ハワード、オーガスト・ダーレスらの間で架空の神々や地名や書物等の固有の名称の貸し借りによって作り上げられた。
クトゥルフ神話TRPGはこの神話を基にアメリカのゲーム会社であるケイオシアム社が1981年に製作した。
その後、バージョンアップを重ねており、最新バージョンは2014年発売の第七版。
有翼の乙女
ハーピーなどとも呼ばれる。
ギリシア神話に登場する女面鳥身の伝説の生物。
有翼の乙女、または人間の女性の頭を持った鳥の姿で表現される。
その名は「掠める女」を意味するらしい。
イヴェールアベニュー
イヴェール(hiver)はフランス語で冬を意味する。他に春を意味するプランタン(printemps)、夏を意味するエテ(été)、秋を意味するオトンヌ(automne)の名前がつけられた大通りであるアベニュー(Avenue)が存在する。
作中で触れられているようにフランスのエトワール広場を中心とするフランスの街並を参考にデザインされている計画都市だが、通りの着想は『ポケットモンスター X・Y』に登場し、更には『Pokémon LEGENDS Z-A』において登場することがPVで判明しているミアレシティから得ている。
実際、ミアレシティには四季の名前を冠する四つの通りが登場している。
バアル=ペオル
古代モアブで崇められた神バアル・ペオル。
キリスト教の浸透と共に一神教に基づく聖書世界で卑小化され、七つの大罪の一つ「怠惰」を司る悪魔ベルフェゴールとされていった。
ヴァイスハウプト
イルミナティを結成したドイツ・インゴルシュタット出身の哲学者アダム・ヴァイスハウプトから着想を得た。