太極・円環の蛇剣
お会計を済ませ、「さべーじ」で春臣達と分かれた魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは一人時空の門穴を使って異世界アルマニオスの主星、惑星ルマニアの隣に作られた人工惑星セルメトへと転移した。
まだ惑星が作られたばかりで大気も存在せず植物も存在しない、文字通り岩の塊である人工惑星の上でも宇宙空間ですら生存可能な魔法少女は問題なく活動できる。
まずは風魔法を応用して大量の大気成分を生成する。
惑星の質量が惑星ルマニアとほとんど変わらないため重力の問題はなく、あっさりと大気が人工惑星セルメトを包み込んだ。
続いて生命にとって必要不可欠な水を水魔法によって生成する。
金属魔法を応用して生み出したミネラル成分などを上手く組み合わせて海を形成、今はまだ生命が存在しないが環境形成に必要な生命を移植していけば地球やかつての惑星ルマニアのような生命溢れる環境を作り上げることも可能な筈だ。
海から海水を引っ張り込み、濾過する浄水施設を設置したところでいよいよ空間魔法を発動――三つの巨大に魔法陣を展開し、古代都市アヴァロニアの都市の欠片三つを異世界召喚する。
事前にリエスフィアとシエールにも連絡を入れておいたので、特に状況の変化に困惑することもなく中枢管理棟から出てきた。
特に決め事をした訳ではなかったが、フランメ、リエスフィア、シエールの三人はドッキングした街の中心部を目指しているようだった。
上空から三人の姿を確認した魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスも三人を追いかけて街の中心部へと向かう。
「久しぶりだね! フランメお姉ちゃん」
「相変わらずぶりっ子してんのか? あいた! 酷いことするじゃねぇか!!」
「……相変わらずですね、フランメさん。また、こうして三人顔を合わせる日が来るとは思ってもみませんでした」
「まあ、大迷宮は本来、攻略されないのが望ましいからな。でも、これはこれで良かったんじゃねぇか? 聖武具を悪用するつもりもなく、古代都市アヴァロニアの技術を平和的に利用するつもりな奴の手に権利が渡ったんだからな。で、アタシらはこれからこの星を都市へと改造していけばいいんだよな?」
「最低限の海と大気、浄水施設の設置は済ませています。必要な鋼材などの材料を用意していきますので、少しずつ都市を広げていって頂ければと思います。他に必要なものがあれば連絡して頂ければ都度用意します」
「建築用のロボットとかは埃被っているが、問題なく動く筈だ。エネルギーとかも問題はないし、今のところ必要なものはないな! 鋼材とかも残っているが、無縫が用意してくれたものと合わせればなんとかなるだろ」
「古代都市アヴァロニアには種の保存のために様々な植物の種子が保存されているので、その種を発芽させればある程度の生態系を構築することはできると思います」
「ひとまず、私達はできる範囲で都市を広げていくよ! しばらくは困り事も起きないと思うし、起こったら無縫さんに助けてもらうってことでいいんじゃないかな?」
「俺と直接連絡を取れる通信機器は引き続きリエスフィアさんに預けておきます。何か困り事がある時は連絡お願いします。それでは、俺はそれぞれの大迷宮に戻って迷宮の偽装工作をしてきますね」
人工惑星セルメトでやるべきことを終えた魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはリエスフィア、シエール、フランメに仕事を引き継ぐと時空の門穴を使って異世界ジェッソのルインズ大迷宮へと向かった。
◆
異世界ジェッソへと戻った魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは変身解いて無縫の姿に戻った後、ルインズ大迷宮、ログニス大迷宮、レイゼン大迷宮を巡り、迷宮の古代都市があった空間を魔法で埋め立てた。
そして、それぞれの大迷宮に残されていた聖武具を模した武具を【万物創造】で作り上げた台座の上に置き、千一階の小部屋が地上へと転移できる魔法陣を配置して迷宮の終着地点であることを演出する。
満足いく出来栄えになるまで調整を重ねた後、無縫は一通のメールを送ってから時空の門穴を通って大日本皇国に帰還した。
リリスの大日本皇国での自宅である内務省に程近い場所にある一戸建てに向かい、仕事用の鞄を持った少し眠そうなリリスと合流した後、時空の門穴を通って異世界ジェッソの【悪魔の橋】にある訓練場へと向かう。
ちなみに今日のリリスはTシャツとジーンズ、スニーカーと大凡この後仕事に行くとは思えない格好をしている。
無縫との早朝の修行を終えてから、スーツに着替えて職場である内務省に向かうつもりのようだ。勿論、着替えの服は時空の門穴と通じる異空間に保管されている。
「……ふぁぁぁ、おはよう」
かなり早い時間のため訓練場にいる人は疎らだ。
オズワルドとヴィクターもいないそんな訓練場に一つの小さな人影が姿を見せる。
明らかに自分の背よりも大きい布に包まれた何かを軽々と頭の上に掲げるように運んできたその人影の正体はタタラだった。
「……すまなかったな。急がせてしまって……体調は大丈夫なのか?」
「謝らないで……体調を崩したのは、私が自分の力を見誤っていたことと、仕事に熱を入れ過ぎたのが原因。二人とも、急がなくていいと言ってくれていたのに……。でも、その分、良いものはできたと思う」
タタラが巻き付けられていた布を外すと、黒と白が螺旋状に絡み合う独特な色合いと形をした槍が顕になる。
「仮称、聖魔混沌槍。聖なる力を宿した勇者の聖剣と、魔の力を宿した勇者の魔剣、二つの力の融合した自慢の一振り」
「これが……凄まじい力を感じるな」
タタラから手渡された槍の柄を握る。すると、これまで愛用していた魔槍『ブラックバード』が霞むほどの圧倒的なフィット感、まるで身体の一部のような一体感をリリスは味わった。
と同時に、リリスの身体の奥底から不思議な力が溢れ出す。
「この……力は!?」
「魔王への覚醒だな。その魔剣……いや、魔槍がリリスさんのことを魔王と認めてくれたということだ」
リリスのステータスに「魔王」の天職が新たに刻まれたことを確認した無縫がリリスの感覚を裏付ける言葉を紡ぐ。
「勇者と魔王の技は知っているよな?」
「ああ、使えずとも知識としては知っている」
「なら、後は実戦あるのみだ。ということで、模擬戦を開始する」
「いきなりか!?」
『夢幻の半球』を展開せずに模擬戦開始の宣言を言い放つ無縫に少し困惑しつつも、リリスは聖魔混沌槍を構える。
対する無縫は無手――愛刀も鞘に納めたままで聖剣や魔剣を取り出す気配もない。
勇者と魔王の力を持つ者に相対する者の姿とはとても思えない明らかに無防備な姿勢。
しかし、その身から立ち昇るように漲る覇霊氣力は極めて濃厚で、殺気が自然と黒い稲妻や火花へと変化する姿を見れば無縫が決してリリスの修行に付き合うつもりであることが伝わってくる。
「推して参る!! 【魔王の一斬】」
魔王ノワールが謁見の間で無縫へと放った魔王の斬撃――その一撃と見紛うほどの一撃が大きく振り下ろされた槍から放たれる……が。
「覇掌」
膨大な闇のエネルギーが乗せられている筈の斬撃は無縫がゆっくりと突き出した掌に命中すると同時に粉々となって四散した。
「掌底打ちの衝撃に覇霊氣力を乗せて内部から斬撃を粉砕したのか……相変わらず出鱈目な力だ。勇者と魔王の力を獲得して強くなったと思ったが、思い上がりだったということだな。『夢幻の半球』を展開する必要がないのも当然だな」
「今は無理でも、いつかは俺を倒せるようになるんじゃないかな? リリスさんは努力家だし才能もあるし。なかなかの威力だね、あのファザコン魔王としっかりと渡り合える力はあるよ」
「次は勇者の力だな。どうやら、どちらの力を使うかを頭に思い浮かべればちゃんとその力を槍が受け取ってくれるようだ。素晴らしいスペックだな」
「流石はリリスさん……使い方の説明が必要かもしれないと思っていたけど、これなら大丈夫そう。……基本的には聖剣と魔剣、二つの力を切り替えられる。でも、それだけじゃないよ」
「あの技も使えるということだな。しかし、楽しみなとっておこう! 【至高天の白薔薇】!!」
槍の穂先に込められた膨大な聖なる力が穂先を包み込んで槍が金色に輝く巨大な穂先へと変化する。
弾丸の如く無縫へと放たれた穂先は黒い稲妻と火花を迸らせ、大きく突き出した掌底から発せられた漆黒の掌を思わせるエネルギーの奔流と激突し、キラキラと輝く無数の聖なる魔力の欠片と化す。
しかし、【至高天の白薔薇】には第二の刃がある。巨大な金色の穂先を形成しなかった聖なる魔力は無数の光の刃と化し、まるで意思でも持っているのか、複雑な軌道を描いて無縫へと殺到した。
次の瞬間、無縫を中心に衝撃波が発生し、光の刃が全て粉々に砕け散る。
覇霊氣力を発散することで威圧する技術の応用で強力な覇霊氣力を発散することで物理的な破壊を生じさせたのだ。
「色々と試したいことがあるが……そろそろメインディッシュを頂くとしよう! 【太極・円環の蛇剣】」
勇者のみが扱える聖剣と魔王のみが扱える魔剣――二つの力が込められた聖魔混沌槍から聖なる魔力と闇の魔力が溢れ出し、混ざり合い、混沌が生じた。
理解を拒絶するほどの膨大なエネルギーの奔流が無縫へと殺到する。
「……流石にこれは拙いな」
流石に掌底や発散で受け止めきれないと察した無縫は覇霊氣力を三重のバリアを展開――膨大なエネルギーの奔流を真正面から受け止めた。