鼓膜クラッシャーなドルグエスは他人の電話をジャックして無縫の鼓膜を無自覚に狙い撃つ。
『おう、無縫殿! 久しぶりだな!!』
通話に出て早々、耳元でドルグエスの大声が無縫の鼓膜を直撃した。
「……あれ? おかしいかな? 日和さんの電話に出た筈なんだけど、なんで脳筋筋肉達磨の声が?」
『ん? どうした? もしかして通じていないのか?』
自分にとって不都合なことが聞こえないのか、将又素で聞こえていないのか、ドルグエスの不思議そうな声が無縫の耳に届く。どうやら、ドルグエスの大声で完全に耳がイカれてしまった訳ではないらしい。
「で、連絡があったってことはレイゼン大迷宮を攻略したってことだな?」
『おう! 被害はなし、全員無事に踏破した! 『伝説の聖兜』も手に入ったぞ!!』
『はぁ……はぁ……ドルグエスさんが暴走して、強行軍で疲れましたが、とりあえず、全員ヘトヘトなこと以外は無事です』
「……皆様本当にお疲れ様でした」
今回、誰もドルグエスの暴走を止められなかったのだろう。
ツンとエスっ気が強いツンデレで自分の意志を貫き通すタイプの美遊も今回ばかりは完全にストッパー役にはなれなかったようで、文字通り燃え尽きて灰になっていた。
元気が有り余っているのはドルグエスくらいだ。もしかしたら、ドルグエスが連絡係に選ばれたのは他の全員がダウンしていたからという消極的な理由だったのかもしれない。
「これで三つですね……残る一つの大迷宮についてはまたメンバーの選定をしてから攻略するという流れになります。とりあえず、皆様お疲れ様でした」
通話を切ると、生徒達の視線が無縫に集まっていることに気づいた。
「あの……先ほどの電話は」
「ああ、迷宮の攻略の件ですね。いくつかの理由があって独自に大迷宮の攻略を進めているんですよ」
「先ほど、『伝説の聖兜』って聞こえた気がしますが」
「えぇ、お察しの通り、かつてクリフォート魔族王国を訪問した勇者の聖武具です。勇者は魔族が人間とほとんど変わらない、教会連中が語るような純粋悪の存在ではないことを知ると、秘密裏に魔王と休戦協定を結びました。そして、二度と勇者が祭り上げられないように、その力を最大限引き出すことができる聖なる武具を封印しようと目論んだようです。勇者はかつて誰も攻略できなかった大迷宮の一つを攻略し、聖武具を封印しました。本人は隠したつもりなんでしょうけど、どうやら噂が漏れ出てしまったようで、白花神聖教会は聖武具を得るために大迷宮に召喚勇者一行を派遣して聖武具の奪取を目論んでいました。……まあ、聖武具が召喚勇者側、クラスメイト連中に渡るのは面倒ですが、俺個人としては聖武具に魅力は感じません。様々な世界を巡った結果、何本か聖剣は入手していますし、聖なる武具もそれなりには収集していますから。まあ俺のバトルスタイルには合わないので聖剣以外は箪笥の肥やしになっていますけどね。今回は当時の攻略メンバー……さっき電話に出たドルグエスが興味を示していたので彼が聖武具を集めることになりました。あの人武器マニアなので珍しい武器に心惹かれるんでしょうね」
「では、大迷宮攻略は白花神聖教会やルーグラン王国への嫌がらせなのですか?」
「まあ、そういった意図がない訳ではありませんが……」
「今回の異世界召喚に無縫はあまり良い印象を抱いていない」――特別講義を聞き、そういった無縫の考えを汲み取った純魔族の生徒の問いへの無縫の反応は想定していたものではなかった。
「こういった話は信じられないかもしれませんが、かつてこの世界には巨大な文明がありました」
「……巨大な文明、ですか?」
「えぇ、その文明は高度に発展し、種族の垣根を超えて共に手を取っていたようです。高度に発展した魔法と科学、この二つの力でその文明はジェッソ全土を一時期支配下に置いていたようです。そんな彼らの前に脅威が現れます。外宇宙から侵攻してきた侵略生命体とその文明は交戦し、激しい戦いの末に都市は地下へと移されました。大迷宮の地下にはその古代都市がそのまま眠っているのです。俺達にとっては寧ろその古代都市の方が本丸ですね。地球と現在敵対関係にあるロードガオンとの和平の条件は移住先の提供なのですが、その移住先としてとある異世界が生まれ育った星を捨てて新たに移り住む先として作り上げていた星を貰い受け、古代都市の技術を利用して星を住みやすい都市へと改造して譲り渡したいと考えています。そのために古代都市が必要ということです。……ってどうしましたか?」
「だっ、大丈夫です!! ただ、あまりにも壮大な話だったので」
魔族と人間が手を取り合っていた旧時代、現代とは比較にならないほど発展した文明――生徒達にとっても近くで話を聞いていたクォールトにとっても衝撃的な話だってのだろう。
しかし、無縫の性格からして嘘を言っているとは思えない。そもそも、そのようなことをする利点がない。
逆説的に、信じる以外の選択肢はないのだ。
「……次が最後の迷宮だし、移住先の星も譲渡してもらっているから先に三都市を異世界アルマニオスの移住予定地に転移させてテラフォーミングを進めておくのもありかな? 流石に可能性が低いとはいえ勇者パーティに到達されて情報を与えるのも望ましくないし。……流石に最後の迷宮は俺も挑戦して締めくくりたいし、一通り各組織の希望を聞いてメンバーを選定したから最後は選定はどうしたものか……って、あっ、すみません。ついつい思考の海に沈んでいました。そろそろ模擬戦再開しましょうか? それとも、質問会に移行しますか?」
結局、無縫とドルグエスの電話の間に先ほどの模擬戦で失われた生徒達の体力が回復することはなく、生徒達の希望で少し早いが質問会に移行することとなった。
◆
質問会が終わったところで、無縫達は生徒達と分かれて理事長室へと向かった。
ちなみに通話で模擬戦が中断され、質問会に移行すると決まったタイミングでクォールトは所用があるからといってグラウンドを後にしている。そのため、質問会が終わったタイミングで残っていたとは無縫達と修行していたヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、レフィーナの四人、そして最後まで質問会に残っていた三十人の生徒達だけだった。
人数も人数で翌日の授業にも差し障りがあるため、質問が終わったら寮に帰宅するように促したのが大きかったのだろう。……それでも、何人か質問を終えている生徒達も残っていたが。
そういった生徒の中には熱心にメモを取っている者もいたため、もしかしたら質問会の内容を纏めて後で未参加の生徒に情報を共有するために残っていたのかもしれない。
理事長室に向かうと、アルシーヴとスノウが楽しそうに談笑しながらアフタヌーンティーを楽しんでいた。
アルシーヴに促されるままに無縫達も席に座る。
「先ほど報告を受けたのだが、大迷宮を攻略したそうだな」
「……その報告というのはクォールト教諭からでしょうか?」
お茶会が始まってから十五分、良い雰囲気になってきたところでアルシーヴは一気に話を切り出した。
無縫の問いにアルシーヴは一切の隠し事をせず、「その通りだ」と答える。
「まあ、質問会のタイミングでいなかったので察しはついていますが。先に言っておきますが、大迷宮の力を使ってクリフォート魔族王国に不利益をもたらすような真似はしませんよ。そもそも、敵対する気なら別の異世界で手に入れた聖武具を使えば済む話です」
「その意図がないことは流石に分かっている。興味があるのは、かつてこの世界に栄えていた文明についてだ。そのようなものが存在していたこと自体初耳だ。智の探究者としてはやはり古の歴史や高度に発展した文明に興味がある」
「仮に迷宮探索に同行するにしても迷宮にある秘宝や古代都市アヴァロニアは差し上げられませんよ? 聖武具についてはロードガオンの幹部のドルグエスさんが、古代都市アヴァロニアについてはフィーネリアさんがそれぞれ所有する権利を得るという形で契約がなされています。こちらとしても、テラフォーミング計画を進めていきたいので古代都市の研究のためにあまり長い時間は割けません。長期間の迷宮探索に対して利益は皆無、正直リスクに対してリターンが少ない迷宮探索になりますが……」
「元々こちらが無理を言っている立場、それだけでも十分な譲歩だ。しかし、良いのか? お二人ともロードガオンの出身者なのだろう? それでは、無縫殿が迷宮を攻略しても何の利益もないように思えるのだが」
「大日本皇国にとって敵対勢力が一つ消える、これも十分国益に繋がるのですよ。まあ、フィーネリアさん達とは交渉が成立していますが、ロードガオン本国からの了承は得られていませんので、まあ、交渉が決裂したらロードガオン本国と戦争することになるでしょうね。一応、その可能性も踏まえてしっかりと作戦は練っています。それと、ここまで言ってからこんなことを申し上げるのも申し訳ないのですが、大迷宮に挑戦するメンバーはこれから選定することになります。一応、ここまでの三つの大迷宮の攻略で一通りの組織の希望は通したので、ここからのメンバー選定は公平にしていくつもりですが……逆に言えば、全ての組織が一巡しているので競争倍率は過去最高になりそうですね。一応、迷宮に挑戦していないメンバーを中心にメンバーは選定していこうと思っています」
「私やヴィオレット、無縫君は参加するとして……後は誰かな?」
「ロードガオンとしてはやはり私達の問題だし、最後の迷宮だから私達もしっかりと参加させてもらいたいわ。マリンアクアさんとミリアラさんにも声を掛けておくわね」
「まあ、その辺りは確定だな。……こちらとしてもなるべく意見は取り入れたいのですが、流石に護衛をしながら迷宮を探索するってのは大変なので最低限戦える方で、少人数のメンバー選定をお願いします。……今回は本当に希望者が殺到しそうなので」
「分かった、選抜を進めておこう。メンバーの選定が終わったらどちらに連絡を入れれば良いのか?」
「バチカルに引き続き滞在するので、宿屋『鳩の止まり木亭』まで連絡お願いします」
「承知した」