内務省異界特異能力特務課所属・庚澤無縫の特別講義〜後編〜。
「第二次世界大戦で敗戦した大日本皇国は、敗戦国でありながらステイツ――戦勝国の核の傘、権威の傘に入って平和を享受していました。しかし、近年に入り世界は再び不穏な方向へと進み始めます。二度の大戦後は武力を使わない大国同士の競争、冷戦と呼ばれる戦いや小規模な地域的紛争が主流で世界を巻き込む争いはしばらくの間起こりませんでした。しかし、ある時期に大国の一つであるロシアと元々ロシアと共にソビエト連邦という国を形成していたウクライナの間で戦争が始まります。この戦争はステイツを始めとする西側と呼ばれる国々もウクライナ側に協力する形で関与していましたが、あくまでウクライナとロシアの戦争であって直接西側諸国と戦争が引き起こされている訳ではありませんでした。戦争そのものは長引き、両国は疲弊していましたが、第二次世界大戦の被害範囲に比べたらまだマシと言えるかもしれません。他にはアブラハム系と呼ばれる三つの宗教にとって聖地であるイスラエル、パレスチナ地方を巡る紛争も起きていましたが、こちらも根深い問題とはいえ全世界を巻き込む火種にはなり得ないものでした。……二度の世界大戦の反省もあり、いずれの国も世界規模の戦争を二度と起こす訳にはいかないと考えていた筈です。しかし、そんな世界各国の思惑を粉々に粉砕する事件が起こります。西側諸国の主要国、ステイツで発生した飛行機ハイジャック・テロです。まあ、かつて引き起こされた9.11と呼ばれる大きな事件を彷彿とさせる莫大な死者を出した非道な事件だと思ってください。この辺りの説明をすると長くなるので、重大な事件が起こったと簡単に認識して頂けると幸いです。その事件を機に、ステイツはロシア・ウクライナ、イスラエル・パレスチナの二つの争いにおいて、ステイツに恨みを持つ国による犯行だと断定、ロシアとパレスチナに対して宣戦布告を行いました。更に西側諸国もそれに呼応、第三次世界大戦と呼ばれる世界規模の戦争が始まります。ステイツは当然、傘下である大日本皇国にも戦争参加を呼び掛けました。しかし、そのタイミングで大日本皇国を未曾有の大災害、大日本皇国全土を震撼させる地震が発生します。巨大地震が起こることそのものは既に予期されていましたが、その予想を遥かに上回る規模で震災は発生し、大日本皇国の都市機能は完膚なきまで破壊されました。また、地方においてもかなりの被害が起き、億単位の死者が出ています。結果として、大日本皇国は震災を理由に戦争への不参加を表明。一方、世界はその後どうなったかというと、ネガティブノイズと呼ばれる謎の勢力が出現し、地球全土で暴れ回ったため戦争どころではなくなり停戦条約が結ばれました。このネガティブノイズの第一次侵攻もそうですが、この時期を境にこれまでの常識が通用しないような事象が度々引き起こされています。邪悪心界ノイズワールドと呼ばれる異界からのネガティブノイズの襲来、邪悪心界ノイズワールドの勢力と敵対する魔法の世界フェアリマナからの使者――魔法少女の力を授ける妖精の来訪、地底世界アンダグラウンドからの地底人の地上進出、通常では認識できない隣り合う世界が存在するもう一つの宇宙のような存在である虚界、そこに浮かぶ惑星状の世界の一つ――独立国家ロードガオンからの侵攻。それに加え、各地で時空災害というものが度々発生するようになりました」
既に大日本皇国の近代の歴史を圧縮したような無縫の胸焼けしそうな話で、ほとんどの生徒達は頭がパンクしそうになっており、教師陣達も大半が根を上げていたが、無縫は構わず話を続ける。
本来は噛み砕いて丁寧に、理解できるように説明すべきところだが、無縫は基本的にただの高校生だ。こうして壇上に立って説明するような機会はほとんど無かったため、分かりやすく説明するというスキルが鍛えられる機会もなかったのだろう。
無縫も決して万能ではないのだ。
ちなみに、ヴィオレットとシルフィアはこの時点で既に爆睡しており、無縫の周りの人間だと真剣に話を聞いているのはスノウ、レフィーナ、レイヴンの三人だけである。
フィーネリアはここまでの話が全て把握している話だったため「もう少し噛み砕いて説明してあげればいいのに。……でも、そうするといつまで経っても話が終わらなくなるかしら? この辺りの話は前提知識にあたるお話で、別にに聞き流してもさほど問題はない筈だし」などと適当に話を聞き流しつつ考えていた。
「時空災害とは、一体何なのか? 今顕現した時空の門穴と呼ばれる異なる空間を繋ぐ魔法の穴、これも時空災害によって生じる現象の一つです。他に、発生した地点にいた人間を巻き込んで他の世界に転移させる空間転移、分かりやすくいうと召喚主のいない異世界召喚と言えば伝わるでしょうか? また、今回ルーグラン王国が白花神聖教会が共同で実行したような異世界召喚も近年急増しているというデータもあります。こうした時空関連の予期せぬ事象、それによって引き起こされる災害などを総称して時空災害と呼んでいます。……ただ、あくまで増加しているというだけで少数ながら異世界召喚がなされたという記録もあります。ノーベル賞と芥川賞の受賞者として知られる能因草子先生とそのクラスメイトが巻き込まれた旧愛知県の河海市立高校、現中京都の青表市立高校もその例の一つです。ただし、昔から神隠しと呼ばれる失踪事件はいくつも発生しており、それが異世界召喚であった可能性も十分に考えられます。ただ、確実に異世界召喚のような事象が急増しているのは確かです。もしかしたら、召喚魔法を発動した際に繋がり易い世界になっているのかもしれませんね。先述のネガティブノイズ、地底人、ロードガオン人、これら三つに加えて時空災害への対処と古の時代から存在する鬼や妖怪、魑魅魍魎への対処……それら大日本皇国の平穏を脅かす可能性が高い者達への対処を専門とする部門として内務省異界特異能力特務課は設立されました。では、長くなりましたがこれから俺が経験した地球や異世界について、いくつかピックアップして話させて頂こうと思います」
◆
無縫はそれから地球での国連総会に出席する大田原惣之助の護衛、イギリスに訪問する大田原惣之助の護衛と「時計塔の正騎士団」の騎士団長デイム・アデル・クリスティ爵との共闘といった思い出深いエピソードや、異世界アムズガルド、異世界ハルモニアといった無縫が最初期に訪れた異世界についての思い出話などを話して特別講義は終了となった。
時間にして一時間、授業一コマ分である。あれだけの話をよく一時間に纏めたものだとフィーネリアは感心していた。
なお、ヴィオレットとシルフィアは講義が終わる頃に目を覚ました。彼女達は本当に何をしに来たのだろうか?
前半の頃は膨大な情報量の暴力に晒されて既にお腹いっぱいになっていた生徒達も外交パートに入ると自分達の知らない様々な世界に心を踊らせた。それと同時に、最初の事前説明がいかに重要であったかをまざまざと思い知らされたようである。
当初はアルシーヴも無縫も特別講義は一時間で終えるつもりだったが、生徒達の意を汲んで質疑応答の機会を用意すると、生徒達からの質問が多数寄せられ、結局特別講義は二時間目終了の時間まで続いた。
教員達にとっては予定が大きく変更された形だが、生徒達に混じって教員達も質問をぶつけていたので特に問題はないのだろう。
最初に向けられていた警戒が嘘のように警戒は溶け、二時間目の終了時点でアルシーヴが無理矢理質疑応答を終了しても生徒達は満足していない様子だった。
結局、無縫との模擬戦を希望する生徒達と同様に質問を希望する生徒達についても昼休みや授業後に受け付ける形となった。
「……まさか、あれだけ質疑応答が白熱するなんてびっくりだね!」
「まあ、様々な異文化との接触じゃからな! 強く惹かれて沢山質問したくなる気持ちも分かる」
「時間が思いの外掛かり過ぎて、ルーグラン王国や無法都市の話はできなかったしなぁ。この辺りの話はある程度人が集まったらしようかな? ……ってお前ら寝てたよな?」
「さっ、さぁ、ナンノコトカシラー?」
「よ、ヨク分カラナイノジャ」
明らかに挙動不審になるヴィオレットとシルフィアにジト目を向ける無縫達。動揺するとすぐに顔に出る分かりやすい二人である。
特別講義が終了した後、レイヴンは次の授業を受けるために他の生徒達と共に講堂を後にした。
そのため、講堂に残ったのは無縫、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、スノウ、レフィーナの六人だった。
残った教員達が片付けを進める中、どこに行けばいいか分からない無縫達がとりあえず講堂の中央付近で集まっていると、一人のダークエルフの女性が近づいてきた。
「特別講義お疲れ様でした。質疑応答までお付き合いくださりありがとうございます。ルキフグス=ロフォカレ学園で教務主任をしているミッシェール=エデルガルドと申します。三時間目の担当となりましたのでよろしくお願いします」
「初めまして、内務省の庚澤と申します。三時間目というと、次の授業の担当ということでしょうか?」
「はい、その通りですわ。早速ですが、三時間目の授業の内容について説明させて頂きます。三時間目の内容は実力を図るテストです。こちらとしても、無縫様がどこまでの知識を持っていて、どのような知識が足りないのか分かりませんので実際にテストを受けて頂くことになります。四時間目の授業の時間に急いで採点と教師の選定を行い、五時間目と六時間目に対策講座を開かせて頂くという形になります。本日は無縫様以外にレフィーナ様も参加されるとのことですが、無縫様を基準にしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、勿論。今回は無縫さんのお溢れだし、私にわざわざ基準を合わせる必要はないわ。それに、学園には通っていないけど里でしっかりと学んできたし、勉強には自信があるのよ」
「なるほど……ところで、その他の方々はどうなさいますか? 授業が終わるまでの時間、アルシーヴ理事長は理事長室でおもてなしをしたいと仰られていますが」
「……では、我は理事長室に向かうとするか?」
「賛成!!」
「待て、てめぇら。最近気が緩んでいるみたいだし、この機会にきっちりテストと授業を受けろ。シルフィアは知らないが、ヴィオレット、お前はしっかりと魔王国ネヴィロアスで教育を受けてきたよな? まさか、全然問題を解けないなんてことはないだろ?」
「わ、分かったのじゃ! だ、だから睨むでない!!」
「む、無縫君がいつになく怖いよ!!」
「じゃあ、折角だし私も受けさせてもらおうかしら? 無縫君達が勉強をしているのに理事長室でお茶しているのは申し訳ないし」
「わ、私も学園に通うことになるので、今のうちにどういう場所なのか知っておきたいです」
「そう言って頂けるのは嬉しいですね。スノウさん、ご入学の日を楽しみにさせて頂きますね。では、全員参加ということで承りました。早速教室までご案内致します」
◆ネタ解説・百九話
河海市立高校
能因草子が通っていた高校。愛知県に存在する河海市という設定。
これは、『文学少年(変態さん)は世界最恐!? 〜明らかにハズレの【書誌学】、【異食】、にーとと意味不明な【魔術文化学概論】を押し付けられて異世界召喚された筈なのに気づいたら厄災扱いされていました〜』と同様であり、今回の話で『文学少年召喚』の能因草子の高校が判明したということになる。誰得情報かは永遠の謎。