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内務省異界特異能力特務課所属・庚澤無縫の特別講義〜前編〜。

 シェリダー区画に置かれたクリフォート魔族王国唯一の学術機関、ルキフグス=ロフォカレ学園の講堂には、早朝から大勢の生徒が集まっていた。


 ルキフグス=ロフォカレ学園は十三歳から十七歳までの五年制の学園である。実際には十二歳以下を対象とした学園初等部もあるのだが、まだまだ学校教育という概念が浸透していないクリフォート魔族王国ではなかなか生徒が集まらないようだ。

 とはいえ、初等部と比較して高等部などと呼ばれるルキフグス=ロフォカレ学園そのものは四代目魔王であるテオドア=レーヴァテインが義務教育としており、クリフォート魔族王国中の該当する魔族の子女は一切の例外なく通っている。


 そんなルキフグス=ロフォカレ学園において、全生徒が一堂に会する機会はほとんど存在しない。

 そもそも講堂が使われること自体が複数の学年の生徒が参加する課外学習前の説明会や合同授業くらい、行事ごとだと入学式や卒業式くらいで、そういった行事ごとも基本的には該当する学年のみが参加する形である。


 全校生徒を対象とした集会が行われて校長のつまらない長話を聞かされるとか、素早く集まらなかったクラスや生徒を吊し上げるとか、そういったことが不毛だからとそういった集まりを廃した……という訳ではないのだろう。

 そもそも、魔族の国には学園が存在せず、理事長のアルシーヴはかつて暮らしていたルーグラン王国の学園を参考にした。その学園は王侯貴族の子女が通う学園で、地球の一般的な学校の要素は薄く、卒業のお祝いにダンスや立食パーティが開かれたりといった生徒が主導となり、我々が想像する学校生活とは大きく異なる貴族らしい華やかな文化が花開いている。


 そういった学園を参考にしつつも、貴族らしさを消し去ってより学術機関・育成機関としての要素を務めたのがルキフグス=ロフォカレ学園であり、スタート地点からして地球の学校とは大きく異なっているのだ。

 文化の違いが生じるのも当然のことかもしれない。


 普段であればホームルームを終え、それぞれのクラスに教科担当教諭が赴いて授業を開始する……その筈だったが、昨日の夕刻の教職員会議にて理事長アルシーヴより通達を受けた教職員達はホームルームで一時間目が別の授業に変更されたという旨を生徒達に通達し、講堂に集まるように指示を出した。


「昨日の夕方の職員会議でアルシーヴ理事長から今日の一時間目に特別講義を行うという通達がありました。我々教職員も詳しくは分かりませんが、どうやら今クリフォート魔族王国を訪れている『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の挑戦者の庚澤無縫さんに講義をお願いしたようです」


 それぞれの教職員からは講演者である庚澤無縫についての「人間であること、ルーグラン王国と白花神聖教会が主導した異世界召喚魔法によってこことは違う世界、異世界から召喚された勇者の一人であること、シトラス宰相閣下から推薦を受けて『頂点への挑戦(サタン・カップ)』に参加しており、現在、バチカル、アィーアツブス、シェリダーの三つの区画で魔王軍幹部に勝利している猛者である」といった簡単なプロフィールと共に「昨日理事長がオファーを掛けてそれに応じてはもらえた形だが、無縫にとっても唐突なものだったのでしっかりと打ち合わせはできておらず、具体的な講義の内容は理事長を含めて学園側も把握していない」という話が伝えられた。

 前者も後者も学園に通う生徒達にとっては爆弾発言である。


 これに対して、生徒達の反応は様々だった。


 「人間である無縫に敵意を抱くもの」、「何故、そのような明らかに危険な存在をクリフォート魔族王国に招いたのかと魔王軍の正気を疑うもの」、確かにこういった考えを抱いている者も多い。

 しかし、中には「昨日の今日で講義をするように依頼するという無茶を押し通した理事長の暴走っぷりにほとほと呆れ、巻き込まれた哀れな被害者の無縫という人間に同情するもの」や、「外の世界から来た人間がどのような講義をするのかと興味を惹かれるもの」もいるようである。


 また、昨日のアルシーヴと無縫の戦いを観戦した者や『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の前哨戦、幹部巡りにおいて熟練の挑戦者であっても避ける場合が多い淡空白雪に勝利しているという事実を知った生徒の中には、強くなれるヒントを講義で得られるかもしれないと期待している生徒達もいるようである。


 敵意、疑念、期待、好奇心……様々な感情が渦巻く講堂にて、最初に壇上に立ったのは理事長のアルシーヴだった。


「諸君、早朝からわざわざ集まってもらって申し訳ない。本日集まってもらったのは、既に教職員から通達があったと思うが、特別講義を行うためだ。昨日、幹部巡りの挑戦者として一人の人間が私に挑んだ。実際に、昨日の夕刻にその戦いを実際に観戦した生徒も多いのではないだろうか? 彼は本気の私を凌駕する圧倒的な強さを持っていた。それに、話を聞けば興味深い経歴の持ち主でもあるという。そこで、無理を言って講堂での特別講義をお願いした。無茶なお願いであることは承知の上だったが、良い返答をもらえたのは本当に幸運だったと思う。肝心な講義の内容は無縫殿に丸投げしたので私も把握していない。だが、皆にとって為になる一時間にしてくれると期待している。私のつまらない前置きはここまでとしよう。無縫殿、後はよろしく頼む」


 壇上から降壇し、代わりに壇上に上がったのは生徒達の上級生とほとんど歳が変わらなさそうな少年だった。

 一体どんなに恐ろしい存在が壇上に立つのかと不安になっていた生徒達は少し拍子抜けしたようで、ほっと胸を撫で下ろしている。


「アルシーヴ殿から過度な期待をされて少し困っています。まあ、肩の力を抜いて聞いて頂けると嬉しいです。ご紹介に預かりました、庚澤無縫と申します。一体どのような紹介がされたのか分かりませんが……なんとなく敵意が多めな印象ですね。ルーグラン王国と白花神聖教会が共同で召喚した勇者一行のメンバーという点が足を引っ張っているのか、それとも人間であるということが足を引っ張っているのか、まあ、両方でしょうね。まずですが、俺に皆様に対して危害を加える意思はありません。できる限り魔族の皆様とは友好的な関係を築きたいと思っています。少なくとも、ルーグラン王国上層部や白花神聖教会の狂信者達に比べたらしっかりと対話ができると思いますし……いえ、失礼致しました、あんな輩と一緒にされるのは不服でしょうね」


 ここまでの話振りから、無縫が少なくともルーグラン王国や白花神聖教会にとってあまり良い感情を抱いていないことや、魔族に対して友好的な感情を抱いていることが生徒達にも伝わったようだ。

 生徒達もほんの少し警戒心を解き、無縫の話を聞く体勢を取り始める。


「さて、前置きも終わったことですし、特別講義を始めていきたいところですが……正直、何をお話しするのが良いのか分かりません。俺もそれなりに場数を踏んできているので、こと戦闘分野についてはある程度お話しできることもありますが、今回はアルシーヴ殿からは『外の世界から来た人間の経験』というものを話すことを期待されていると思いますので、そういった戦闘分野については触れないでおきます。もし、興味がありましたら休み時間の時などにお声掛けください。今日一日は学園にいる予定ですので相談に乗ったり模擬戦をしてみたり、そういったことでご協力できると思います」


 戦闘分野に関する期待をしていた生徒達は無縫の話を聞いて一度はがっかりしたが、休み時間などに相談や模擬戦に応じてくれると聞き、興奮と闘志を再び燃え上がらせたようだ。

 そんな向上心のある少年少女に無縫はほんの少し微笑ましそうな視線を向けていたが、すぐに気持ちを切り替えて話を戻す。


「俺は様々な世界、様々な国をこれまで巡ってきました。この異世界ジェッソもその一つです。今回の特別講義ではそういった俺の立場から異世界と捉えられる世界についてもお話ししたいと思いますが、まずは最も身近な場所、母国である地球という星の大日本皇国という国ついて説明していきましょう。まず前提として、地球での魔法は御伽噺の産物でしかなく、魔族と呼ばれる存在もいません。……まあ、妖怪と呼ばれる怪異的なものは存在するのですが、基本的には隠れ潜んでいて、そういった存在の実在を知るのはごく少数の専門家に限られます。魔法の代わりに科学という分野が発展しており、この世界とは大きく異なる文明を築いています。人間、その中でもホモ・サピエンス・サピエンスという種族のみが絶滅の危機を乗り越えて数を増やし、文明の中心となっていますね。まあ、単一種族が支配していても、その中で対立や差別があるので、別に平和って訳でもないのですが。大日本皇国は太平洋という海洋に浮かぶ島国です。古来より百代以上続く天皇家という王家が存続しており、基本的には天皇家を立てつつ、その権力を上手く利用したものが政権を取ってきたという歴史があります。外戚関係で権力を得た豪族藤原氏然り、清和源氏や桓武平氏といった皇族の血を引く者を頂点に置く武士政権然り、しかし、武士と呼ばれる武力を背景に持つ政府は明治と呼ばれる時代に倒され、その後は現在に至るまで国民の中の代表が政治家となって立法府と行政府を運営し、司法を統括する司法庁を含めた三つの組織で互いに均衡を保つ三権分立というシステムが運用されています。幕府、武士の政権が打倒された後、二度の大戦を経て敗戦するまでは実情は別として表向きは天皇家が頂点に君臨していました。第二次世界大戦という世界を巻き込んだ戦争で大日本皇国が敗戦した後は『君臨すれども統治せず』を掲げて天皇家は国の象徴となり、代わりに行政機関、内閣府が政治を取り仕切っています。この下部組織には様々な機関があり、その機関の一つが内政・民政を担う行政機関、内務省です。さて、何故ここまで詳しく行政機関について語ってきたかというと俺の所属先に関係があるからです。地球での肩書きは皆様と同じ学生ですが、アルバイト、つまり非正規職員として内務省下部組織、内務省異界特異能力特務課でも働いています。ここからのお話はルーグラン王国に召喚された勇者ではなく、この内務省異界特異能力特務課所属の臨時職員・庚澤無縫の立場でお話しさせて頂くので、そのようにご理解頂けると幸いです」

◆ネタ解説・百八話

ルキフグス=ロフォカレ

 悪魔学における悪魔の一体であるルキフゲ・ロフォカレのこと。フランス語ではリュシフュージェ・ロフォカルと発音される。

 主として十八世紀から十九世紀のフランスで流布したグリモワールである『大奥義書』やその異本『赤い竜』などに登場した悪魔。

 ラテン語風にルキフグス・ロフォカルスを縮めてルキフグスと呼ばれることもある。

 本作ではこの略称形のルキフグスとロフォカレを組み合わせた。

 ちなみに、この呪文を著者は石崎洋司氏の小説『黒魔女さんが通る!!』から受容している。

 「ルキウゲ・ルキウゲ・ロフォカーレ!」。

 学園名につけたのは、なんとなく悪魔っぽい名前から持ってきた方がそれらしいかな? と思ったからで特に深い理由がある訳でもない。まあ、この作者だしね、仕方ないね。

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