バチカル区画に来訪する意外な二人組。
それぞれ荷物を取りに戻ったレイヴンとレフィーナと学園内の食堂で合流した後、無縫達はバチカルへと戻った。
「……ん? 何か騒がしい気がする。トラブルメーカー不在なのに騒ぎが起きるなんてどういうことだろう?」
「ナチュラルにこちらを見てトラブルメーカー扱いするのはやめてもらえないだろうか!? 我らは賭け事が絡むと暴走するだけだ!」
胸を張って得意げな顔になるヴィオレットとその隣で翅を羽搏かせて空中に留まりつつ、ヴィオレットと全く同じ格好で得意げにドヤ顔をするシルフィアに「そういうのをトラブルメーカーっていうのよ」と溜息を吐くフィーネリアだった。
「あっ、あの……何かあったのでしょうか?」
一方、スノウはというとバチカルの広場に帰還して早々近くにいた魔族達から話を聞き始めた。
本来はスノウよりも年上の無縫達が率先してやるべき仕事だ。それでいいのか? と言いたくなるような不甲斐ない年上連中である。
「あっ、宿屋のスノウちゃんじゃないか? 実はついさっき人間が現れたんだ。突然現れた上に俺達魔族とは敵対関係にある人間だ。まあ、そこの無縫さん達のように良い人間もいるとは思うが魔族を根絶やしにするべく送り込まれた人間の可能性もないとは言い切れないだろ? そこでメープル様に連絡を入れて対処をしてもらっているところなんだ」
「その人間の方はどちらに?」
「領主公館の方にいる筈だ。そういえば、もう一人いたなぁ。二人とも女性だった」
「教えてくれて、ありがとうございます」
スノウは情報提供をしてくれた純魔族の男性にお礼を言うと、無縫達の方へと戻ってきた。
「人間ね……無縫さん、心当たりってないのかしら?」
「いや、少なくともジェッソ出身でクリフォート魔族王国にまで来そうな人間の女性って全く思い当たらないんだよなぁ。動向が気になっている失踪したルーグラン王国のブリュンヒルダ第一王女とは接点の欠片もないし、豪傑な人とは聞いているけど単身でクリフォート魔族王国に乗り込める度胸があるならとっくの昔に決着ついていそうなんだよなぁ。後はクラスメイトの奴ら……白石美雪と天月花凛辺りは条件に当てはまりそうだけど、勇者パーティがクリフォート魔族王国に現時点で侵攻してくる可能性は皆無に等しい。勇者の聖武具がなければ流石に厳しいという判断になるだろうし。まあ、聖武具に関しては既に俺達の方で二つ回収済みだし、残る二つの場所を知るのは現時点で俺達のみ、勇者パーティは実質詰みの状態なんだよなぁ」
「ちなみにその聖武具は今誰が持っているでござるか?」
「……私の一応同僚にあたるロードガオン出身の怪人ドルグエスが持っているわ。彼は武器や防具のコレクターで、聖武具をコレクションに加えたいと思ったそうよ。本来は迷宮攻略をほとんど一人で達成した無縫君の持ち物になる筈だったんだけど、私が迷宮そのものの所有権、ドルグエスが聖武具を保有する権利をそれぞれもらうという形になっているわ」
「まあ、要するにルーグラン王国並びに白花神聖教会の最後の希望はよく分からない怪人に横から掻っ攫われたってことですね」
「それもこれも無縫君なんていうよく分からない化け物じみた存在を召喚してしまったルーグラン王国の自業自得だから何にも擁護の余地がないのよね」
「後可能性があると無法都市関連かな? ベアトリンクスさんは人間じゃなくて獣人系魔族の狐人族の派生――九尾の妖狐だったから可能性はないし、となると助けた元奴隷の誰か?」
「付き合いが長かったのはエアリスさんとミゼルカさんだけど、二人は異世界アルマニオスにいる筈だし、可能性は低そうよね」
「まあ、考えても仕方ないし一旦領主公館に向かいましょうか?」
◆
領主公館に到着した無縫達はすぐに領主公館の応接室へと通される。
そこで待っていたのは意外な二人だった。
「お久しぶりです、皆様。フィーネリア様とスノウ様とは異世界アムズガルドのイシュメーア王国王都フィオーレでお会いして以来ですね。覚えていらっしゃるでしょうか?」
「お、お久しぶりです! リリィシアさん!」
意外な人物との意外な場所での再会にスノウは驚きつつも挨拶を返す。
そんなスノウの姿をリリィシアは微笑ましそうに見ていた。
「久しぶりね、タタラさん。珍しい組み合わせね」
「……ん、久しぶり。無縫さんに納品を頼まれたものを完成させた。職人として納品したものに不備がないかを確認したかったから、リリィシアさんに無理を言って連れてきてもらった」
「頼んでからあんまり時間経っていないと思うけど、よく完成しましたね」
「ずっと徹夜で試行錯誤をしてきた……眠い」
普段から少し不健康そうだが、今日のタタラは目の下の隈が酷く、顔色もかなり青褪めている。
相当な無茶をしてきたのだろう。そこまで頑張ったのは無縫の「早く納品してもらいたい」という願いを実直に叶えるべく奮闘した結果だろうか?
「……頭もぐわんぐわんいっている。眠い……頭が重い」
「たっ、大変! 宿屋『鳩の止まり木亭』で良かったらお母さんにお願いして部屋を用意してもらいます!!」
「ありがとう……助かる」
「領主公館で休んでもらってもいいけどぉ、やっぱり無縫さん達の近くの方がいいかしらぁ? スノウさん、お願いするわぁ」
「スノウさんだと運ぶのは難しそうね。私が代わりにタタラさんを宿まで運ぶわ!」
「では、拙者はタタラ殿の荷物を運ばせて頂くでござる!」
「……ありがとう」
「ありがとうございます! レフィーナさん、レイヴンさん、ありがとうございます!」
スノウ、タタラ、レフィーナ、レイヴンの四人は一足先に宿屋『鳩の止まり木亭』に戻った。
「……ところで、何故リリィシアさんはこの世界に来ることができたのかしら?」
「悪いとは思っていましたが、ブルーベル商会でお会いした時に皆様に魔法を仕込ませて頂きました。空間魔法の一種でマーキングした方が移動した座標を術者に伝える魔法ですわ。異世界ジェッソには是非一度訪問したいと思っていましたので、タタラさんの希望もあったので折角ならクリフォート魔族王国を訪問しようかと。ご紹介頂いた『Boulangerie et Pâtissière 千枚の葉』にも是非行ってみたいと思っていましたし」
「……流石は百戦錬磨の商人。本当に油断ならない方ですね」
「無縫様にだけは言われたくないですわ。……それに、ブルーベル商会の中興の祖とか、『女狐』とか、ご大層な異名で呼ばれていますが、私はそこまで才能がありません。こと競い合う勝負事に関しては自分でもびっくりするくらい弱いのです。なので、他の方と競合しない、競争相手がいない分野の開拓に全力を注いできました。無縫様とお会いできなければ、商会の発展などきっとできなかったでしょう。私はおこぼれに預かっただけの身ですわ」
「……過ぎたる謙遜は嫌味にしか聞こえぬぞ。……まあ、だが、確かにリリィシア殿は完璧で食えない商人の筈なのに、何故か時々不憫臭がする時がある。不思議なこともあるものだな」
「それ、私も思っていたよ。完璧超人なザ・『女狐』って感じの敏腕女商人って感じなのに、たまに不憫枠っぽい匂いがするんだよね。具体的な事例がある訳でもないけど、なんでそんな風に感じるのか、本当に疑問だよね」
散々なことをヴィオレットとシルフィアから言われてもリリィシアはにこにこ微笑を湛えている。
「流石は百戦錬磨の商人。ポーカーフェイスが全然崩れないわね。……それとも、もしかして底抜けの善人なのかしら?」とそんなリリィシアのことを眺めながら思うフィーネリアだった。
「ではぁ、私はそろそろ失礼しますねぇ。リリィシアさんがぁ、私の店のパンを食べてみたいと仰ってくださいましたのでぇ、是非私の自慢のパンを食べてもらいたいと思いましてぇ」
「流石にご厚意に甘えっぱなしという訳にもいきませんので、お支払いは必ずさせて頂きます。……ただこの世界の通貨は持っていないので黄金でお支払いをさせてください」
「そういうと思いましたよ。リリィシアさん、これを持っていってください」
小さな時空の門穴を開いて中から金貨と銀貨が入ったがま口を取り出すと、リリィシアの方へと放り投げる。
「支払った分は今度ブルーベル商会に行った時にでも……まあ、それくらいなら返さなくてもいいですけどね」
「流石にそういう訳にはいきませんわ。お支払いは後日させて頂きますね。それから、ブルーベル商会に来てくださった時にはサービスさせて頂きますね」
「では、こっちのゴタゴタが片付いた時にはみんなで遊びに行きますね」
がま口を受け取ったブルーベルは会釈をしてからメープルと共に領主公館を後にする。
二人を見送った後、無縫達も領主公館を後にして宿屋『鳩の止まり木亭』への帰路についた。