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宿屋『鳩の止まり木亭』の看板娘スノウはたまたまついていったシェリダー区画でなんと二人も新たな宿泊客を確保してしまうという将来有望な才能の片鱗を見せた。

 その後、アルシーヴは続け様にレイヴン、レフィーナ、カーリッツと交戦した。

 【不可視の天地雷原ダブル・キラー・マイン】などのアルシーヴの強力な得意魔法を全て封印し、汎用魔法のみを扱うアルシーヴ相手にレイヴン達は欠片も苦戦を強いられることなく勝利を収めた。


 レイヴンの放った燃え盛る蒼焔を纏った手裏剣がアルシーヴの身体を貫き、レフィーナの放った荒れ狂う暴風を纏った矢がアルシーヴの頭を打ち抜き、カーリッツの巨大な戦鎚がアルシーヴの頭を粉砕する。

 三人とも見事に勝利を収めた筈だが、その表情は勝利者とは思えないほど暗い。


「レイヴンさん、レフィーナさん、カーリッツさん、勝利おめでとうございます」


「まあ、確かに勝ったには勝ったでござるが……複雑な気分でござる」


「なんというか……本当の上位層の強さというものをまざまざと見せつけられたというか。あれが『頂点への挑戦(サタン・カップ)』本戦のレベルなのね」


「いや、レフィーナ嬢。断じて違うぞ。儂も昔から毎年『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦を会場の魔王城で欠かさず見てきたが、これほど理不尽な強さの挑戦者は前代未聞じゃ。今年の『頂点への挑戦(サタン・カップ)』は面白い結果になりそうじゃな!」


「すっかり観客目線だけど、私達が『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦出場権を獲得したら無縫君と戦うことになるのかもしれないのよ。カーリッツさん、いつまでもお客様気分でいるのは良くないと思うのだけど」


 幹部巡りを攻略し、『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦に出場する権利を得られれば無縫と戦うことになる。

 強力なライバルの出現はレイヴン達にとってはあまり喜ばしいことではない。……まあ、そもそも『頂点への挑戦(サタン・カップ)』の本戦に出場しなければ無縫と公式戦で戦う理由がないため、無縫との戦いを悩む必要があるのは本戦に出場する権利を獲得してからなのだが。


「ところで、『夢幻の半球(ドリーム・フィールド)』の呪文を教えて頂けないかな? この魔法があればより実戦的な授業も実施できるようになるのだが」


「ああ、そういえば『夢幻の半球(ドリーム・フィールド)』を発生させるキューブの提供ってメープルさんと白雪さんにしかしていなかったですね。今更ながら幹部巡りの運営側に頼んで事前にキューブを各地に送ってもらっても良かったかもしれません。こちら、『夢幻の半球(ドリーム・フィールド)』を発生させるキューブと『夢幻の半球(ドリーム・フィールド)』そのものの魔法式です。他の幹部の皆様にもお送り頂けると助かります」


「うむ、では責任を持って預かろう。……しかし、良かったのか? 魔法の発動方法まで教えてくれて。キューブだけ提供するという選択肢もあったと思うが」


「別に困るものでもありませんからね。ただ、普通に魔法を使おうとすると空間魔法の適性が必要となるので、空間魔法の適性がある人が拵えたキューブを使う方が簡単だと思いますよ」


「空間魔法は神話級の魔法、適性を持つものを探すのもなかなか骨が折れそうだ。……量産もなかなか難しそうだ。さて、立ち話はこの辺にしよう。私に勝利した者達よ、ついてくるといい。君達の手帳に私に勝利した証を刻まなければならないからな」


 理事長室へと案内したアルシーヴはそこで無縫達が持つ手帳にサインとスタンプを押す。

 ちなみに現時点でレイヴンは今回の戦いで勝利しスタンプ一つ、レフィーナはバチカルとシェリダーを攻略してスタンプ二つ、カーリッツはバチカル、エーイーリー、シェリダーを攻略してスタンプ三つという状況である。


 進捗率としては、無縫とカーリッツが並び、レフィーナとレイヴンが追いかけるという流れだ。


「ところで、参考までに聞きたいのだが……次はどこの幹部に挑むか決めているのかな?」


「儂は順路通りアディシェス区画に挑むつもりじゃ」


「拙者はバチカルに挑もうと考えているでござる! 丁度スノウ殿とも知り合えて泊まる宿も決まったでござるし」


「勿論、お母さんには宿泊費を割引してもらえるように頼んでみます!」


 出かけた先でちゃっかりと宿泊客を捕まえてくる看板娘の鑑のようなスノウである。


「俺はケムダー区画の予定です。当初はアィーアツブス区画を攻略する予定だったのですが、試練の内容的に先にシェリダー区画に挑戦した方がいいと白雪さんからアドバイスを受けまして」


「なるほど……奇妙な順番だとは思ったが。無縫殿は全ての魔王軍幹部に挑戦するつもりだと聞いたが、それは事実なのかな?」


「えぇ、キムラヌート区画も含めて全ての区画に挑戦するつもりです」


「うむ……実力的には問題ないだろうが、試練の内容がネックとなりそうだ。よろしい、余計なお世話であることは承知の上で一つ提案をしたい。無縫殿、君の明日一日を私にもらえないだろうか? クリフォート魔族王国はある意味閉鎖的だ。様々な種族が同居し、確かに多様性には溢れているが、外の国々との交流はない。無縫殿のような外の世界からの来訪者はなかなかないのだ。なので、是非我が学園の生徒達に貴重なお話を聞かせてもらいたい。その対価として、私が魔王軍幹部の試練を突破するのに必要と判断した知識を持つ教授達を集めて特別講義を開講させてもらう。まあ、知識があるだけで必ずしも攻略できるという訳ではない……あくまでスタートラインに立てるだけの知識の提供という形ではあるのだが。実際、私も『画聖』ジェイド先生……キムラヌート区画の魔王軍幹部の試練には挑戦したことがあるのだが、正直全問正解はできなかった。こんな私でよければ力になりたいと思っている」


「なかなか魅力的なお話ですね。……どうしました? レフィーナさん。私も特別講義に出席したいし、あわよくばそのままお礼の講義も聞きたいみたいな顔をして」


「か、顔に出ていたかしら?」


「うむ、レフィーナ殿は分かりやすいからな。……謙虚に見えて意外と欲張りじゃな」


「少なくとも強欲の化身であるヴィオレットとシルフィアに比べたらマシだろ?」


「えっ!? まだ私何も言ってないんだけど、なんで巻き添え!?」


「日頃の行いじゃないかしら?」


「きっと日頃の行いですね」


「――ッ!? スノウ! フィーネリア! 二人とも酷いよ!!」


 抗議の声を上げるシルフィアだったが、ヴィオレットを含めて誰もシルフィアの擁護に回ることはなかった。

 最初の頃は二人に対するぞんざいな扱いを見て無縫に非難の視線を送っていたスノウだったが、今ではすっかり二人の扱いに慣れてきたからか無縫達の独特の空気感に慣れてきたからか初対面の時に比べてかなり二人の扱いが上手くなってきたようだ。


「うむ、では希望者は全員特別講義を受講できるように取り計らっておくとしよう。私としても無縫殿がそれでいいというのであればレフィーナ殿を爪弾きにする理由もないからね。レイヴン君、カーリッツ殿、お二人はどうする?」


「折角の機会でござるし、バチカルに行くのは明後日以降にするでござる!」


「うむ、良き判断だ。無縫殿の講義を受けられる機会はこれ限りかもしれないからな」


「……まあ、具体的に何をすればいいのか正直分からないんですけどね。俺って普通の高校生ですし、話すことができるとすれば……なんだろう? ギャンブルに関することくらいかな?」


「それは流石に教育に悪いと思うよ! これまで巡ってきた異世界関連の話とか、大田原総理に同行して各国を巡った話とか、剣とか魔法とかの戦闘面に関する話とか色々話題はあるよね?」


「……教育に悪いっていう自覚はあるんだな。まあ、話せるとしてもそれくらいかな?」


「様々な地を巡り、様々な経験をしてきたのだろう。その経験はどれも得難いもの、できれば、無縫殿が様々な土地を巡り、そこで思ったことを話してもらいたいな。無論、それはこの世界だけでなく、君の生まれ育った世界や訪れた異世界も含めてだ。勿論、これはあくまで希望、全てを話すことは時間的にも難しいだろうし、詳細は無縫殿に一任させてもらうよ」


「つまり、無縫に丸投げということじゃな!」


「まあ、否定はできないな」


「……ヴィオレットさん、もう少し言い方ってものがあるんじゃないかしら?」


「基本ヴィオレットもシルフィアもデリカシーはないからな。大体こんな感じだろ?」


 無縫は二人のことを完全に諦めているのか、それとも当然の如く受け入れているのか、フィーネリアのようにアルシーヴに対する失礼な発言に何かを思うことはないらしい。

 「もしかして、四人の中で常識人って私だけ!?」と不安になる悪の女幹部であった。


「儂は今日中にシェリダー区画を発つつもりじゃ。特別講義の内容もクリフォート魔族王国出身じゃない人向けのものじゃろうし、他のジャンルについても問題ない。儂は『頂点への挑戦(サタン・カップ)』のファンとしてやれるだけのことはやってここにいる。……シェリダー大書架ではあまり役立たなかったが。当然、認められる範囲での情報収集はしてきたつもりじゃ。では、無縫殿! 次は本戦の会場か観客席か、それともどこかの試練かは分からないが、また会える日を楽しみにしておるぞ!」


 カーリッツはそう言い残し、一足先に学園を後にする。

 無縫は改めてアルシーヴと明日講義を行う約束をした後、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、スノウ、レイヴン、レフィーナと共に理事長室を後にして学園の正門まで戻ってきた。


「ところで無縫さん達ってどこに宿を取っているのかしら?」


「どこってバチカル区画の宿屋『鳩の止まり木亭』だよ?」


「えっ? ……あー、なるほど、そういうことね。空間魔法?」


「察しが良くて助かるよ」


「ということは、無縫殿のお力をお借りすれば宿屋『鳩の止まり木亭』と学園の行き来も可能でござるね! 先に荷運びもしておきたいでござるし、無縫殿さえよければ連れて行ってもらいたいでござる! 勿論、時間は掛けさせないでござる! 寮で荷造りも終えているでござるし」


「俺は別に問題ないですよ。時空の門穴ウルトラ・ワープゲートは門を作り出して維持する魔法ですから、一人増えるのも二人増えるのも正直あんまり関係ないですし」


「あらあら、楽しそうね。……正直、私は宿に戻っても一人だし寂しいのよね。宿屋『鳩の止まり木亭』はいい宿だったし、楽しい雰囲気だったから私もついて行ってもいいかしら? 荷造りをすぐ済ませて戻ってくるわ!」


「じゃあ、その間に俺は学園の食堂を借りて珈琲でも飲んでいますね」


 レフィーナとレイヴンが大急ぎで戻っていき、無縫達は二人が帰ってくるのを待つために学園の食堂の方へと向かう。


「やったよ、お母さん! 二人もお客さんが来てくれるよ!」


 訪問先で二人も新たな宿泊客を確保してしまったスノウに「やっぱりこの子、とんでもない商才があるわね!」と将来有望なスノウに戦慄を覚えるフィーネリアだった。

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